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第5回目(2011年9月)の課題本

 

カリスマ体育教師の常勝教育

 

アマゾンの商品説明から

「究極の荒れた学校」とまで言われた大阪市立松虫中学校に赴任し、学校再生のため、
「陸上部の子どもたちを2年後に日本一にする」と宣言して実現させた体育教師がいる。
原田隆史だ。赴任後7年の間に、陸上競技の個人種目で13回の日本一を達成するなど輝
かしい実績を残し、「松虫の奇跡」と驚嘆された。だがそれは、「奇跡ではない」と原
田は言ってのける。どうしてそのようなことが可能となったのか。その指導法を明らか
にしたのが本書だ。


この本は単なる学生指導の話ではありません。人間が夢や目標を実現させるために必要
なノウハウが詰まっているのです。
イヤ、「ノウハウ」なんて薄っぺらな単語で語れない、こころが熱くなる人生論がそこ
にはあるのです。
その証拠にこの原田先生、現在は教師を退職し社会人向けに講演会やセミナーをやって
いて、これがスゴく熱いのです。「熱い」というのは理路整然とした論理ではなく「こ
ころを作る」という事です。すべてはこころ。こころを鍛える事で不可能が可能になる
という事が本書を読むと分かるはずです。

この本は当然のように良書リストに入っています。それくらいインパクトのある本です
ので、多くの方に熟読して頂きたいと思っています。

 

ちなみに、本の内容を要約する方がいらっしゃるんですが、要約した部分がご自分の意見や感想と密接にリンクするようにして下さい。本の要約は意見でも感想でもありませんのでご注意下さい。

 


【しょ~おんコメント】

優秀賞は1名しか選ばないように決めているんですが、今月は悩みました。 みなさんレベルが高いです。

で、今月は悩んだあげく「YS08」さんに差し上げる事にしました。

 

この方、課題図書を理解するために、4冊他の本を読んでいるんですよ。 こういう姿勢で本を読むのって重要なんですよね。 本というのは有機的に類似書と結びつく事で、理解の厚みが増すんですね。

そしてさらに、本を読んで感じたところを実際に行動に移しているところがス ゴいです。普通、本を読んだだけで、「近所の道路のゴミ拾いを毎日やる」な んて決断出来ませんし、それを3年間やり続けると宣言するのはスゴいのですよ。

 

ぜひ、続けて欲しいと思いますし、3年後にどういう変化が起こったのかを教え て欲しいなぁと思います。

感想文の内容では、同レベルの方が何名かいらっしゃったんですが、この決意 に敬意を表してこの方にアマゾンの商品券をお送りします。

今月の感想文は粒ぞろいなので、アップしなかった方も是非読んで下さいね。

頂いたコメント】

投稿者 TBJ 日時

カリスマ体育教師の常勝教育を読んで

この本は私にたくさんの気づきを与えてくれる本でした。
著書では陸上というスポーツを通して、中学生に人としての指導をされていますが、その内容は社会人になっても実行すべき内容だと感じました。

心技体という言葉は良く聞く言葉ですが、人が成長する上でその3つを自分の中で成長させることがどれほど大切なことかを改めて感じることができました。
特に心の指導については、読んでいて自分が恥ずかしくなりました。
社会人になり仕事を始めてから、自身の成長とはスキル(技)を身につけることだと思っていたからです。しかし、しょうおんさんのメルマガに出会い、本を読み、セミナーに参加するようになって、技以外に大切なものがあることに気づき始め、体を整えること、そして心を育てることの大切さを知りました。

著書では家の手伝いを毎日やり続けることで強い心を育てていますが、これは子供とか大人とか関係なく、人として社会で生活している以上、社会に貢献することをやり続けるべきだと教えてくれました。

本を読み終えてからまだ日は浅い(10日ほど)ですが、些細なことでも意識して実行するようにしています。

・毎朝駅前の駐輪場の方に自分から挨拶をする
・会社の共用部(会議室や通用口など)のものを整理整頓する
・買い物をしたとき、レジの方に「ありがとう」とお礼を言う
・自宅の靴はきちんとそろえる
・自宅のゴミ捨ては自分の役割とする

そして本を読み終えてから、自分の考えや目標を整理するために、自分と周りの人に向けて毎日メールを送っています。
自分の目標やその目標達成に向けて今後何を実行するのか、そして一日の生活の中で何に気づき、昨日の自分より今日の自分が成長するために何をしたのかなどを書いています。
これもまだ書き始めて10日ほどですが、自分を見直す良いきっかけになっています。

最後になりますが、この本を課題図書としてくださったことに感謝しています。
毎日仕事していると、仕事に慣れ、段々と「自分が何をもって会社に貢献しているか」を意識しなくなってきます。ただ毎日会社に行って普段の仕事をすることで給料がもらえることが当たり前になってしまう。この感覚は非常に怖いことです。
しかし本を読んで改めて、会社により利益をもたらすために何をすべきか、そして会社の成長のために自分自身がどのように成長すべきか、後輩をどう指導していくべきかを考え、整理することができました。

今後何かにぶつかったり、目標を見失ったときは、この本に立ち返り自分の心技体を問いたいと思います。
本当にありがとうございました。

 

投稿者 akiko3 日時

「カリスマ体育教師の常勝教育」を読んで

人生、やり直せるなら、中学2年の頃からやり直したい。20代前半の頃だったか、そんな風に自分の過去を振り返っていた頃があった。
中学2年の時、あることで傷つき、自分はだめなんだと、周りに対し不信感を抱き、自分の殻に閉じこもった。小学校の頃から続けていた習い事もクラブもやめた。すべてにやる気がでず、自分のことが嫌いで、自分なんてと自己否定を悶々としていた。
社会人になって、男性脳、女性脳の違いにより、中学生の男子は外へ暴力的な行為が出るのに対し、女子は内に内にこもりがちと聞いて、自然な発育段階といえば、そうだったんだと納得した。だが、あのやる気のでない、ただ悶々と時間を過ごしてしまったことは後悔していた。悶々と持て余す自分の気持ちは、母への反抗という甘えで解消した。母がぶれずに、ことごとく反抗的な態度をとっても、受け止めてくれたおかげがあった。「親が子供を信じなかったらどうするの」高校生の頃、ふと耳に入った電話中の母の会話。母のおかげで、自己否定のスカスカの心は、安心で埋められていったんだ。そのおかげは一生忘れない。そのおかげがあってこそ、その後の頑張れば頑張っただけ、自分の力になるってことを少しずつ体感し、一歩一歩前に歩む楽しさが覚えられたんだ。
中学の頃に、こんな先生の下で自分に打ち勝つ訓練をさせてもらっていたら、それこそ、自分の人生の金メダルを目指して、フル回転でスパイラルアップしていく充実した日々を過ごしたにちがいない。
しかし、本当にそうだろうか?なんか、それは私の人生とは違うような違和感を覚える。
こんな風に自分の人生120%、充実で一杯ですというのも素晴らしいことだとは思う。でも、骨粗鬆症のような私の人生でも、そっちの方が私の人生っぽいと居心地の良さを感じるし、読んでいても、そんなに自分を熱く奮い立たせることはなかった。だけど、先生の指導に、生きる力=心がぶれずに中心にあることに共感を覚え、先生の指導法に興味を覚え、読み進めた。

先生は、新米教師の頃の強烈な体験により、教師としての使命感、理念を持つようになられたようだ。だから、日本中の教師から多くの質問を受ける中で、そういった理念や目標とする人物像がみえてないことが、子供に対する強い思いに結びついていないと指摘されていた。私は、平凡な人生を歩む中で、大きな不幸もない代わりに、強烈に自分の中に何かを抱くこともないんだと思った。でも、あの無気力な中学2年の空虚感があったおかげで、もう自分の人生に後悔はしたくないとは思っている。
生きているのは偶然ではないと思う。いろいろな感情、体験、背景を持って、個々の人生を味わいにきていると思う。その日々に生まれてよかったという感謝感激を折りにふれ、感じられるといいなと思う。その為に、人生=経験と考えた上で目標を持って生きる方がぶれなくてよいだろう。自分の力だけで生きているわけではないことを忘れず、礼儀や基本的な生活習慣に反映させていきたい。最近、加齢による体力、体型の衰えは否定できないが、自分の力を出し切る為にも、心身の健康は大切だとしみじみ思う。
先生の指導は、こういったことを中学生には中学生の具体的な目標に落とし込み、やらせきる指導を忍耐強く、愛情をもって行い、その結果、そんな愛情に答え成長する子供達に励まされ、とスパイラルアップし、自分のスタイルを構築され、人生の目標も子供から大人と進化を続けておられる。

2年ぐらい前だったか、自分の人生、自分らしくと意識すればするほど、どう生きれば自分らしいのか?清く正しく美しく、人と仲良く、平和に暮らす。そんな大きな目標に対し、じゃあ、どうすれば?と具体的な目標に落とし込もうとした時、人生をかけて取り組むことは?どんな生き方が自分らしいの?と、悩みといえば悩みを抱いていた。生きる力とは何かを知りたくて、「クラッシュ」と「生かされて」という本を読んだ。自分のように何不自由ない生活が送れている日々の中にいる人間からすると、すごいの一言だった。否応なく逆境に引き込まれ、そんな中で生きている意味をじわじわと実感せざる得ない体験を通し、人生は愛だと教えてくれた。その愛に報いる生き方をしようとしている姿に尊敬の念を抱いた。
そんな愛に報いる生き方として、先生の紹介されたエピソードにも心打たれるものがあった。自分を冷静に見つめ、弟の為に自分の進路を決めた姉の配慮、人としての心配りの話しだ。わずか15歳の子でもこんなに成熟した判断ができるのだと感心した。
1つ1つ、人生の中で取捨選択する場面が延々と続いている中で、こんな風に利他の心を素直に表現できるのか?いや、できるようにならないといけない。いや、人生に“ねばならない”を思うと、ゆがむこともあるから、できるようになりたいと思った。その為に、先生の大人向けの自立型人間になる為の指導方法を参考に、一つ一つ確かめてみた。
1 自ら変わること
すでに変わろうとしているのでよしとする
2 目標設定の技術を学ぶ
目標設定シートはなんか書くことが沢山あってちょっと引いているが、日々、これはやると決めていることは○×をつけている。×をつけている部分をどうやって○にできるかが現在の課題(この“ゆるさ”が“らしさ”ともいうのかな?)
3 個人の理念を掲げ、同志を増やして仲間と一緒に変革する
理念は生かされて生きる命。自分らしく生き、オーバーアチーブした部分を社会に還元する。しかし、理想とのギャップが大きい現実(この不完全さが“らしさ”というしかないか…)。その上、今はなんの組織にも属していないので、同志はいない。メルマガやブログで勝手に刺激を受ける日々。とりあえず、日々、実行することの○を増やし、この課題図書の課題をこなして、しょ~おんさんのセミナーに行こう♪

やっぱり、自分の人生に後悔しない、静かに心に再確認したことだ。
これからの自分の人生の選択は、正しいものであるか、そうでないか、わからないけれど、後悔しない為に、先生が次の4つを学ばせ、実践させると子供が自立した、大人や企業の業績が良い方向へ、大学生が生き生き生活した成果を信じて、実践していきます。
① 心づくり(目標設定)
生かされて生きる命。自分らしく生き、オーバーアチーブした部分を社会に還元する。親にも還元する。
② 主体変容(自分に気づき、他人に気づく)
いつも人に恵まれ、明るく生かしてもらっていた。特に母の無償の愛には多く助けられた。そのことを忘れない為に内観していく。
③ 個人理念の構築(何が起きても動じない自分づくり)
過去、辛いことが幸いする。辛いことは辛いけど、それを生かすことも心ひとつの置き所。大丈夫、大丈夫と自分に声をかける。
④ 長所の発見と伸長(自分の得意なことから成功を導き出す)
英語力を鍛える。自己表現の訓練をする。調和を大切にする。自分を見つめる。感謝する。
最後に、かつて人は、木の枝一本、道端の石ころの中にも神を感じたとか。
自分の生活一つ一つ、無意識に流している部分が多々あることを反省し、先生の“○○と思うな、人生と思え“このことをしっかり意識して日常生活を大切にします。
人生、中年の心になりかけていたところ、さわやか、かつ熱い風をありがとうございました。少しは加齢に歯止めがかかった気がします。

 

投稿者 kyokyo 日時

カリスマ体育教師の常勝教育
本書を読んでの感想
とても分かりやすく、丁寧に説明されており没頭できました。
教師と言う立場で、ここまで本気で生徒と向き合える先生に感動しました。
いや、教師と言う対人間の立場だったから本気で取り組めたのかも知れません。

この本を読んで、継続の大切さを改めて気付き、継続によって創られる心の芯の創り方を教えてもらいました。
また、継続させるための方法などは、とても参考になりました。
細かく明確にイメージすることが出来れば、後は続ける。大きく見ればシンプルな事なのかなと思います。

現代の日本では、本気にならなくても何となく過ごせる環境ですが、今も原田先生の教えの元、沢山の人が目標に向かって本気で取り組んでいる姿を思い浮かべると、嬉しくもなり、同時にこれからの日本もたくましく思いました。

自分自身も本気の人になれるよう、自分の中にあるぼんやりとしたイメージを、細かく切り分けて見直して行きたいと思いました。

また読み返したくなる本でした。
良い本のご紹介ありがとうございました。

 

投稿者 saab900s 日時

 

カリスマ体育教師を読んで

この本が店頭にあり、なおかつ自分の目の前にあったとしても必ず無視していたと思われる類の表題でした。それは、学校教育内の一科目教師が教育課程外において影響を及ぼすことができないという自身の固定概念があったからです。その固定概念は私個人の体験によって構成されており、体験以外の事実には正面から向かい合うことを知らない性格をもっていました。

「土台」が大切であるという言葉は耳にタコができるほど聞いています。しかし、この本に出会うまではその「本当の大切さ」でさえも気づけない人間でした。気づかせてくれたのは、靴をそろえる、鞄を立てる、あいさつをする、といったような、鼻で笑ってしまうような事を忠実に、そして徹底して実践し、実体験を積み重ねることでした。地味な「チリ」を積もらせて結果という「ヤマ」を作る動作を一度体が覚えてしまえばビジネスにも学問にも応用が利くというまさに黄金の方程式ともいえるものだったのです。このことを両親や教育者が「大切だ」との賜るものの、このようにロジックが確立されていないがために信じて実践し結果を残した人のみこの基本動作が大切さの「質」を知り、それを伝え聞いた人はただ盲目的に「大切さ」を説いてきたというのがこれまでの流れなのだと思います。

これまでの私は、知識やノウハウの小手先の技術を追い求めてきましたし、これが最短だと考えてきました。しかし振り返ってみると靴揃えは小学校で勝手に卒業し、あいさつは部下ができるとおざなりになってしまっている自分がいました。さらには呼吸法も特例をつくっては先延ばしにするなど、原田先生が上司だとしたらまっさきにクビになるだろうと思い、想像するだけでもぞっとしました。

もういちど基本に立ち返り私の土台に気づかぬうちに生じたヒビ、綻びを修理するために本にあったことを実践します。それこそ、基本の基本に立ち返るために家族へのあいさつ(2歳の息子にはとくに♪)、家族の靴揃えから始め、段階を追って自らの夢を文章に起こして具体化をします。最後に人生をかけてタイミングイズマネーと、目標がかなったときを強くイメージし、夢に向かって力強く前進します。


本を読み終えたとき、わが意を得たり!!と感じたのと同時に、自然と腹に力が入ってきたのが不思議でした。それは、私にとって新たなステージの幕開けを意味していると捉えます。

 

投稿者 BruceLee 日時

 

「強烈なサポーター」

読後、率直に感じたのは、良書リストにも紹介されている「宇宙に上手にお願いする方法」や「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」等の「実録版」のような話だなぁ・・・という事。

何故って、普通に考えたら「荒廃した高校陸上部を2年で日本一?どんなテクニックがあるんだ?」って思いません?ところが原田先生が重視したのは「心」。心を作り、使い、きれいにし、強くし、整理し、そして広げるために、生徒たちに態度教育、目標設定を徹底させる。それも決して大仰な事ではなく、日々の当たり前の事を当たり前に。「そんなんで日本一になれんのか?」って正直思いました。私自身、まだまだ理屈が先に来ていました。

しかし、その当たり前の事を継続出来ないのが人間の弱さ。人間は他者から指摘・刺激を受けないと、つい手抜きをする。だからこそ原田先生のような強烈なサポーターの存在は大きいし、先生の「○○と思うな、人生と思え」は説得力があるのだと思います。

とてもサラーっと書かれているのですが、この本の中で個人的に最も印象に残った箇所は以下です。

教師:「お前の敵は誰か?」
生徒:「私です」

こう答えられる中学生って凄い。そしてこういう問い掛けをしてくれる原田先生も。こう認識したその瞬間から、中学生といえども陸上という枠を越え、自立型人間として成長し始めると思うのです。何故ならこの認識は、全ての責任は自分で負うと宣言したようなものだから。全て自分次第、だと。

私も中学時代陸上部でした。原田先生の学校ほど人間レベルは高くありませんでしたが(笑)、 それでも試合の直前となれば心臓がもぎ取られそうな程の緊張感を、特に試合の前夜などは震えるほどの緊張感を何度か経験しました。(そう言えば、ここ最近そんな緊張感、味わって無いなぁ) 

陸上は他の個人競技と同様、一度試合が始まってフィールドに出れば自分以外は誰も頼れない孤独なスポーツ。逃げ場は無く、その拠り所は今日まで自分が積み重ねてきた事のみで、誤魔化す事、他責が通用しない世界。反面、周囲に応援して貰っても結果を出せなければ、悔しさのぶつけ処も自分にしかなく、申し訳無さが情け無さとなり、最終的には自分の中のもう一人の自分と向き合うしかない。だから日々「書く事=自分と対面する事」ってとっても意味がある。書く事で、自身と対話し、モヤモヤを明文化し、それを原田先生がしっかりサポートする。

それを生徒たちに更に明瞭化させ、深堀りさせ、考えさせる。勝つと決めた生徒は不安で不安で仕方ない筈だから、自分の弱さと向き合い、戦い、自分の全てを認めた上で、それに打ち勝つために更に書き、書き、書き・・・次第に軸が出来てくる。

そして最後は「自分は本気で勝ちたいと思っているか?それを発言、行動で本当に表しているか?」を自問し、気付いていくのだと思います。こうなると、人間は強い!
陸上の練習だけでは不十分で、勉強、家庭の手伝い、いや、生きている事、生活の全てに対し、全身全霊込めて対峙しているか?となってくる。 「勝ちたい」と心から思った生徒がベストを尽くしつつも、「それ以上の力」が欲しい時の自然な行為なのでしょう。素直な心を持った中学生だからこそ、この習慣の獲得も早かったのかも知れません。 こんな教えを受け、実現した中学生がそれぞれ自律型人間として成長し、各界で活躍するのはある意味道理かもしれません。

それにしても原田先生の決意も凄いです。何故って、変わりたい、成功したいって思う人は大勢いますし、私を含めしょ~おんさんのメルマガ読者もそうでしょう。でも、それって対象が「自分」なんですよね。それでもなかなか思い通りにならないのは、自分の事さえ制御出来ない事が多いから。ところが原田先生は生徒という自分以外の、言ってみれば「他人」を動かした。「人を動かす」事がどういう事であるか、を改めて教えさせられました。私も仕事上マネージャという立場なので、「強烈なサポータ」となるべく、日々意識していこうと思います。

最後に、この本と出会えた事に感謝します。良書との出会いは人との出会いと同じくらい重要なのだなぁ、とシミジミ感じた次第です。また、今、教育現場は大変な状況と聞きますので、この本が多くの教育者の参考となり、日本の教育界がより良くなるよう念を送りたいと思います。

以上

 

投稿者 koro 日時

 

「冷笑主義に打ち勝つ常勝教育」                                                                            

赴任先の荒れた中学校を
陸上日本一へ導く為に行った指導方法として、
企業研修等でも採用されている、
「PDCAサイクル」や「目標管理」等があげられていますが、

自分が感銘を受けたのは、やはり「こころの教育(態度教育)」

個人個人にルーティーンを作り守らせる、
脱いだ靴の置き方等、些細な事でも良くない所は直させる。

「こころの教育」を施す事によって、
下を向いていた意識のコップを上向きにし、
周りの環境に流されない、自立した人間にする。

社会人の自分ですら、
そこまで活用できていない「目標管理」を中学生にやらせるとは、
驚きつつ、反省しつつ、
また「こころの教育」あっての、「目標管理」なんだとも思いました。

陸上の大会だけでなく、指導した生徒のその後の人生も
常勝となっていくに違いないと思いました。
自分も中学生の時に原田さんのような先生に出会いたかったものです。

 

投稿者 sakai 日時

 

カリスマ体育教師の常勝教育を読んで

息子の中学校の教師を見ていると、情熱が薄い教師が多いと感じる。休みの日の部活を熱心にしないなど、とにかく楽をしようとしているように見える。これは、私が中学生(ふた昔ほど前)の時との比較なので、時代が違うと言えばそれまでだが、教師に限らず親やサラリーマンなど、社会全体に無関心・無気力が蔓延しているように感じる。

私が中学生のころは、教師が生徒に対して殴ったりするのは当たり前だった。
生徒が体に痛みを感じることで、教師から生徒に送ることができたメッセージがあったと思う。痛みを伴うという伝達手段を一つ失ったことで、現代の教育は以前と比べて難易度を増したのではないだろうか。
時代が進むにつれて、社会の仕組みや人とのかかわりなど、どんどん複雑になってきている。

本書を読んで感じたことは、現代はコミニュケーション不足ということである。他人と自分自身に、である。身近な教育者に聞いたことがあるが、子供を育てるのは、どれだけ手をかけるかでかなりの差が出てくるという。農作物を育てることに似ているそうだ。農作物は、種を植える日の天気や気温、畑のコンディション、また植えてからの草取りや水やり、害虫対策や施肥など、状況を見ながら手をかけていく。そうすることにより、すくすくと健全に作物は育って行く。まさに人と、畑・農作物とのコミュニケーションである。

原田先生は二つのコミュニケーションを絶妙に実践されたように思います。

一つ目は他人とのコミュニケーション。
原田先生は積極的に生徒とコミュニケーションを取ることによって、目標へと導いている。指導を受けた生徒は、先生に教えられたことを実践して一段高いレベルに到達する。教えられた生徒は後輩を指導することで後輩のレベルも上がり、同時に教えた本人のレベルがさらに上げっていく。まさにコミュニケーションの連鎖である。

二つ目は、自分自身とのコミニュケーションです。
目標を大上段に掲げ、目標達成のために必要な要素を考え抜いて、徹底的にそれを記述し、一日何回も眺めることで、自分とのコミュニケーション、すなわち、潜在意識と顕在意識のコミニュケーションが活発に行われるようにしていく。潜在意識とコミュニケーションを密にとることで、願望達成を成し遂げて来られたのではないでしょうか。

さらに先生が重きを置かれたのは、自分自身を信じること。これができるようになってさらに目標に近づいて行きます。掃除をきちんとしたり、履き物をそろえるなどの実践に併せて、毎日のお皿洗いなど自宅での手伝いをすることによって、自信がさらに強固なものになっています。

自信とともに、運まで引き寄せてしまっているのはすごいことです。
また、先生が山形での優勝をコミットメントした事は、すごいというレベルを通り越しています。「退路を断つ」とは本でよく読みますが、自分自身が競技をするわけでなく、人に指導して優勝させることをコミットメントするのですから、その境地は私の想像をはるかに超えています。

切り口を変えてみると、先生は、優勝しなければ教師を辞めるという背水の陣に立たされたわけで、教師を続けるためには、あたり前ですが優勝することが必要なわけです。

この時の「真剣度」は並大抵ではなかった筈です。先生はこの難題をクリアされましたが、失礼を承知で言えば、この優勝は奇跡に近かったのではないでしょうか?「一念岩をも通す」とは、まさにこのことです。

真剣に、真剣に、真剣に、真剣に、真剣に、真剣に、考えて行動すると、願望は達成できることがイメージできました。
自分のことを考えると恥ずかしくなってきました。私の場合は、残念ながら、「こんなこといいな、できたらいいな、あんな夢、こんな夢♪・・」の領域内にいますが、自分を信じることから始めてみようと思います。

本書は、体系化された成功法則の教本に見えます。教育界からビジネスの場に活動のフィールドを広げられた原田先生の、ますますのご活躍を祈念いたします。

この文を書くことで、一冊の本についてかなり思考をめぐらせました。最後になり恐縮ですが、この機会を与えてくださったしょ~おんさんに感謝いたします。
稚拙な文を最後までお読みいただきありがとうございます。

 

投稿者 yokoyayayuki 日時

 

今月転職し、初めて部下ができました。そしてこの本に出会いました。読む人の心を震わせる原田さんの教えを活かして、今日から以下取り組みたいと思います。
-宣誓-

1.「夢」「リーダー」「誇り」を組織に根付かせます。特に今の職場は「誇り」が欠如しているのが難点です。業界での位置がまだ低いことに起因するので、「業界でのプレセンスは自分たちで築くんだ」と理解してもらいます。
2.「心が大事」を徹底する。知識を習得すれば仕事はできる、MBAさえ取れば何とかなる、という風潮がありますが、「心」を整えることが一番大事であることを何度も伝えます。そのために自ら職場のトイレ掃除を毎日徹底的にします。「心を整える姿勢」を部下同僚に毎日示します。
3.目標をイメージ化できるようにひたすら書きます。それを部下同僚にも公開します。部下同僚にも同様に、目標をひたすら書いてもらいます。それを朝礼で順番に読み上げてもらいます。
4.部下同僚に夢を与える大人になります。目標を3段階で設定し、それを達成する姿を見せることで、「私も頑張ろう」と思ってもらうよう率先して行動します。
5.身嗜みを整えるために毎日寝る前に髪をセットします。商売道具であるスーツとPCを大事に大事に扱います。
6.後輩の日報には、誠心誠意向き合って赤を入れます。少しでも「書く能力」が向上するような指導を怠りません。

以上を行い、2012年末までに売上2倍、組織の満足度も2倍にします。

 

投稿者 hira1223 日時

 

本をよんで、基本的なことを日々積み重ねることが成功の近道なんだと気づかせてくれる本でした。


「なかなか人生が思うようにいかない。」
どうすればうまくいくのか?
自己啓発本、ビジネス書など読み漁っり、やっぱりパソコンなのかとパソコンの勉強をしてみたがうまくいかない。
IT社会たがら、ネットの情報を浴びるように読んでも、何もかわらない・・・

どうすれば自分が満足する人生が送れるんだろうか?

こんなことを思っているときに読むと
自分に何が足りていないかがわかる本だと思いました。

私が、本から感じたキーワードは
1.大きな目標
2.心が大切
3.成功者に学ぶ
4.書く事
5.継続(例外をみとめない)

特に5の継続(例外をみとめない)について、今の自分に足りていないものだと気づくことができました。

今年も残り数ヶ月。
例外はつくらず、残りの数ヶ月がんばりたいと思います。

今後は毎月参加させていただきますのでよろしくお願いします。

 

投稿者 tibi148 日時

 

この本を読んで一番興味を惹かれたのは、「目的に向かう具体的な                                            
行動の前に態度教育(しつけ)が大切(本文98ページ)」としてい
ることでした。
何かを成し遂げたり成功したりするために、積極的な行動を呼びか
ける自己啓発本は多いものです。
でも、態度に注目しているものは、それほど多くないように思いま
す。しかも、それが行動に先立って重要としているところに特徴があ
るように思いました。更に、その態度教育とは、日常生活の中に溶け
込んだ、かつて子どもの仕事と呼ばれた些細な行為を毎日やり続ける
ことなのです。
しかし、その態度教育が(道徳上好ましいと言うだけでなく)自分
で設定した具体的な目標達成のためになぜ重要なのかは、はっきり書
かれていないように感じました。
他方で、しょうおんさんがメルマガで日頃から「成果を求めずたん
たんと継続することこそが力を育てる」というお話をされていること
と何となく通底するような気がしました。
そこでこの点について自分なりに掘り下げて考えたことを書いてみ
ます。


まず、なぜ「態度が悪い」のが目的達成にとって障害なのか、言い
換えれば態度が良くなることがなぜ目的達成にとって有用なのかとい
う点です。
原田先生は、態度が悪いことを「自分の利益しか考えない」態度で
あり、「他者の利益を考えられるように」なることで「能力が高まる」
とおっしゃっておられます(本文110ページ他参照)。利己的な態
度が人間的に好ましくない態度だということはすぐに解るのですが、
どうして目標達成の障害になるのかよくわからないと思いました。

他者の利益を考える――もちろん自分の利益も考えた上で―という
ことは、自分の利益だけを考えている人より、考慮している範囲がは
るかに広いと言えます。特に「他者」を「自分以外のすべての人」と
定義すると、利己的な態度と利他的な態度ではその考慮範囲について
無限大的な差があります。
すなわち、利他的な考え方では自己は全体に含まれる部分であり、
全体の利益を考えることで自己の利益も計っていけることになるの
ではないでしょうか。ここ一番で頑張らなければならないとき、挫け
そうになるとき、自分のことだけ考えるようでは、いつか自分に言い
訳をして結果挫折してしまうでしょう。
結局、利己的な態度は自分だけというちっぽけなものしか考慮しな
いため、遠大な目的を達成する過程では言い訳の源になってしまうと
いうことなのだとうと考えました。

次に、なぜ行動に先んじて重要なのかという点です。
原田先生は定義づけこそされていませんが、当たり前のように「行
動」と「態度」を概念的にハッキリ区別されています。広辞苑による
と、態度とは「状況に対応して自己の感情や意志を外形に表現したも
の」とあります。他方、行動とは「意図的になされた作為(少し意訳
しました)」とあります。
すなわち、行動が意図的・能動的・選択的なものであるのに対し、
態度はなんとなく出てしまうもの・受動的なもののようです。もっと
言い換えれば、その人の思考や精神がはしなくも表れてしまっている
ものが態度なのです。その人は無意識に、その精神のままに振る舞っ
ているのです。

その人の現実世界が、その人の思考や精神が無意識に選択したもの
だとすれば、どういった態度を取っているかを見れば、その人の現実
の世界や幸福感、成功度が解ってしまうということです。
そして、同じ精神体が意識的・選択的に成した振る舞いを行動と言
うのですから、行動が態度のレベルを超えることは定義のコロラリー
としてあり得ないことになるのです。
結局、無意識的に思考を表現しているものが態度であるため、意識
的に思考を表現している行動に先んじて重要になるのだろうと考えま
した。


そうすると、思考が、態度となって表れ、行動を取らせ、人生を決
めていくことになります。
ということは、思考を改めなければ人生を変えることはできないと
いうことです。しかし思考を変えるのはカンタンではありません。
と、ここまで考えて原田先生の態度教育の真のすごさが解った気が
しました。原田先生は、染みついていて無意識的な思考そのものを変
えるのではなく、外形に表れている態度を変えることで無意識的な思
考を変えているのではないでしょうか。

とすれば、あの有名な金言、「思考は現実化する」、「行動は習慣
を変え、習慣は人生を変える」ということの具体的なマニュアル本が
本書だということかなと思いました。

 

投稿者 minoru 日時

 

カリスマ体育教師の常勝教育を読んで

夢を実現するために必要な「心」の作り方が印象的で、原田先生の熱意がこちらまで伝わってきました。目標設定用紙を書き、繰り返し確認することで目標達成に向けて突き進む。私も、実践したいと思い、いざ目標設定用紙を書こうとしました。しかし、ある問題に直面し書く事ができませんでした。その問題とは、私には具体的な人生の目標や夢がないということです。「自分はこれがしたい!」と強く思える目標や夢がないのが現状なのです。

この本と並行してナポレオンヒルの「思考は現実化する」も読んでいたのですが、やはりまずは人生の目標を決めることが重要であると再認識しました。

「人生の目標や夢の設定」に、この本で学んだ事を活かせないかと考えた結果、「コンピタンスを深堀りして自信を持つ」の項目が参考になりました。
「自分の長所をひたすら書く」ことと並行して「将来やりたい事をひたすら書く」。そしてこれを繰り返す。まずは、そこから始めたいと思います。

 

投稿者 120Miracle 日時

 

この本を読んだ印象は、「恐ろしい」 でした。

”15歳にも満たない子供たちが、自ら目標を設定し、それを達成するための毎日の行動を決め、その行動がきちんと出来る要因と出来ない時の要因をリストアップし、明確に意識して自己管理しながら取り組んでいく。“

こんな子供たちが社会人になった時を考えると、あっという間に追い抜かれてしまいそうな気がして恐怖を感じました。

原田氏の最大の功績は、「誰でも自ら設定した目標を達成するプログラムを確立した」点にあると思います。

しかも、やる気があるとか理解が早いと言った特定の秀でたものを持った子供だけでなく、普通の子供が成果を上げている所に注目すべきです。
日本一を獲得したのは一部の子供ですが、その影にも個々人の能力を最大化した成果を上げた子供がたくさんいたのだろうと推察します。


いわゆる「原田メソッド」による目標管理の中で特徴的なのは、“目標を3段階に分けている“ところです。

世にある成功本でも目標設定の重要性が語られたものは数多くありますが、ひとつの目標を達成レベルによって3段階に分けるというのは聞いたことがありません。

さらに凄いことには、各目標ごとに「上手くいくと思う理由」を4つ、「上手くいかないと思う理由」を4つ書くようになっています。

上手くいくと思う理由を考えることは、即ち目標が達成出来た時の自分の状態とそれまでの取り組みを明確にすることです。
そして上手くいかないと思う理由を考えることは、エラーモードを想定し、それを回避するための準備をすることです。

これらによって、起こりうる現象を事前に想定かつ網羅し、なぜそういう結果になったのか瞬時に反省出来る仕組みが出来上がっています。

これはかなり高精度かつ強力なPDCAサイクルが回っていると感じました。

私も似たようなことをやっておりました。
具体的に言うと、神田昌典氏の「非常識な成功法則」を読んで、将来の目標を10個書いて、その中で最も重要な目標に対して出来る行動を毎日手帳に書き、実践していました。
しかしながら「原田メソッド」の徹底ぶりには感服しました。

日本一を達成する人たちの徹底的な目標管理を目の当たりにし、自分の未熟さが浮き彫りになりました。

ですが、この気付きを得たことをチャンスと捉え、さっそく原田メソッドを自分の習慣に取り込み、より予見出来た成果を出すのに役立てていきたいと思います。

今回の課題本からはたくさんの気付きを得ることが出来ました。
ご紹介して頂いた佐藤正遠様には改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

 

投稿者 fortymono1 日時

 

<型と継続>

最初にこの本を手にして感じたのは                                                                  
重さと熱さでした。


もちろん
まだ何も読んでいませんでした。


それなのに
その本を手にしただけで
手が本そのもの以上の重さを感じ、
手のひらが熱くなってきました。


この本に出会えたことに感謝をこめて
以下、感想を書かせていただきます。


原田先生は
型を作っているんだろうなと感じました。


やると決めたことが型になり
それを継続することで
「できた」感覚を持ち続け
自分を信じられるようになっていく。


皿洗いでも、風呂洗いでも、
靴をそろえることでも、
どんなことでもいい。


決めたことを何の言い訳もせず、
ただ続ける。


続けたことは自分だけが知っている。


ほかの誰も、
自分のことを証明してくれる人なんていない。


自分だけがわかっている。


そして、
自分に出す○か×かの判定は
とても明確で
「やったかやらなかったか。」

自分だけにしかわからない世界をもつためのやり方を
手を変え、品を変え、
原田先生は語ってくれているのだと思います。


さて、ここから
自分は何をするかという問いを
無視するわけにはいかなくなりました。


毎朝、
朝6時に起床し
朝9時には会社のデスクに座る。


この小さな行動の繰り返し、
すなわち型の継続が自分の心を変え、
人生を前進することに
つながるのではないだろうか。


そんな強いメッセージを
受け取ったように思います。

ありがとうございました。

HIDE AIMONO

 

投稿者 hujitossy 日時

 

課題本の感想文の投稿に初挑戦します。

この本を読み始めた理由はしょ~おんさんの力強い推薦をいただいたこともありますが                                      
自分で目標設定をする力をつけ達成できるようになりたいと思ったからです。

読みすすめていくと、私は学生時代から振り返っても自分で目標設定をして達成した事が
ほとんどないと気づきました。
宿題やテスト勉強、就職活動など、やらないといけないという義務感や強迫観念に迫られて
努力して来たんだと思います。
過去に◯◯大学に受かるぞ!TOEICで◯◯点を取る為に勉強するぞ!と目標を設定しても
状況が悪くなると『集中できる環境じゃない』とか『仕事が忙しいから仕方ないよ』と
自分以外のせいにして逃げて来ました。

こんな自分を変えたいけど、何から始めて自分をどう変えたらいいかわからない。
しかし、この本を読んで目標を設定して達成する為の方法を学べました。
あとは実行するだけです。

普段は本を読んでも『ためになったなぁ~』で終わってしまったけれど
自分を変える為に少しずつでも行動したいと思いました。

正直、今日までこの感想文を投稿するまで迷っていました。
しかし感想文を投稿する事で自分に変化を起こす為に投稿する事にしました。
「ほかの方の投稿が素晴らしいから、自分が投稿しても仕方ない」とか
「時間がないから次の課題本から投稿しよう」という言い訳はしないことにしました。

最期に、私のつたない投稿を読んでくださった皆様。ありがとうございました。
しょ~おんさん、この本を紹介いただきありがとうございました。
原田さん、私を変えてくれる内容を本にしてくださりありがとうございました。

 

投稿者 tadanobuueno 日時

 

この本を読んで目標を達成するまでの道筋がかなり明確になりました。
原田先生の緻密さには驚くばかりです。目標達成にもっていく具体的な方法・考え方が蜘蛛の巣のように張り巡らされていました。
この緻密さは本文の「書いて書いて、、、」、自分という敵と対峙し続けてきたからこそできるのだ、だからこそ狙って勝つことができるんだと感じました。

特に印象に残った点に関して自分の感想を述べさせて戴きます。

1.継続性
自信をもち、新たな夢・目標をもち挑戦する点は自分でもできていました。
Positiveに考え、新たなことに挑戦することが好き。
ただ、継続してやりきることができていません。尻切れトンボが多い。
目標を立てる、やるべきことを具体化する、それを実行、修正していく。
この大きな流れは分かる、一応書ける、でも続けられない。

本書で気付いたのは、自分に継続での成功体験がなかった、自分でこの成功をえるためのハードルを上げて、苦手意識をもっていたこと。
どうしてもかっこいい目標を立てることに力を使い実現が難しくなり、自分は新し物好きで続けられないと言い訳をして、更に継続への苦手意識が強くなっていました。

皿洗いで自信をつける。本当に目からうろこでした。
極端な話、やる内容は関係なくても、まずは継続の癖をつける、些細なことでも継続できたという成功体験・自信が必要だったんだと実感しました。

2.心をきれいにする態度教育
心をきれいにすることは個の確立だけでなく、自分の夢を実現する周辺環境の整備に必要だと改めて感じました。

本書でもありましたし、自分自身でも仕事・プライベートを通して、自分の限界を知り、自分に謙虚になり、人間は自分だけでは生きていけない、周りのサポートが必要と思いました。

他人から何かよいことをして欲しいと望むのであれば、一番「楽な」ことが自分が相手に良いことをしてあげる(笑顔で対応、人を思いやる等々)ことだと感じています。

さらにこれを義務と思わず当たり前と思ってやれば、自分にとって「やってあげたのに」等の落胆は少なくなっていきます。私はこのやってあげたのに、という落胆でストレスがたまったので義務的に自分から変わってみました。

ただ、他人への思いやりの心を持つと、他人の求めていることへの気付きも磨かれ、他人より学ぶことが増え、このような成功体験が続き、自然と人への配慮が義務と思わず定着していったというのが自分の経験です。

本書にもありましたが他人の邪魔に性をだす、自分でコントロールできないことをやるぐらいであれば、自分を変えたほうが簡単なんだと感じました。

<宣言>
今後以下を実践していこうと思います。
・一番足りない地味なことでもこつこつと継続する、やりきる。
くつをそろえる。できたら、挨拶もちゃんとする。
最初は欲張らずにいきます、、、。

・他人への配慮を今まで以上にする。心をきれいに。
妻と子供たちの話にもっと耳を傾ける。否定、横槍をいれない。
会社の同僚とのコミュニケーションを増やす、より配慮の気持ちをもつ。
今のところあいまいですがとりあえず宣言を。

<最後に>
やはりまとめることが不得手でせっかくの良書を上手くまとめきれませんでした。今後更に読み込み、緻密な内容をもっと自分に落とし込んでぜひ夢の実現へと進んでいこうと思います。
良書との出会いをつくって戴いた佐藤先生に感謝するとともに、既に提出されている皆さんの感想をみせて戴き、自分も出そうと思いました。
今後とも宜しくお願いします。

以上

 

投稿者 morgensonne 日時

 

「カリスマ体育教師の常勝教育」を読んで

まず、この本を紹介して頂き、しょ~おんさんに感謝したいと思います。
最初から最後まで引き込まれるように読み進みました。
その中で特に感じたことを述べたいと思います。


全体を通じて、改めて「心」を鍛えることの重要性を考えさせられました。

始めの第1章で「心」「技」「体」は、「心=技=体」ではなく、「心>技・体」であるというところに注意を惹かれました。

私も学生時代に運動部の部活をしていましたが、その時の先生から「心・技・体」の言葉を教わったのを思い出しました。当時は、日々基礎トレーニングによって「体」と「心」を同時に鍛え、実践的な練習で「技」を鍛えるというどこの部活でも実施している内容を繰り返していました。当然「心」に重点を置くという意識はなく過ごしていました。「心」を強くすることをしていれば、結果が変わった場面もあったのではと感じました。

続いて本書では、第2章から最後まで「心」を強くすることについて、その実践方法や理由、実践した結果が次々と登場し、圧倒されるような思いでした。
その中のひとつの目標設定用紙は、私の会社で社員が作成している目標管理シートよりも細かい内容と
なっていました。これで満足していてはだめだな、と改めて感じてしまいました。

「心」だけでなく、大会出場時に、天候や会場、体調に関してあらゆる想定をして準備をするという面は、まさしくビジネスのリスク管理そのものだと思いました。
仕事ではなく、自分自身の行動に対してそこまで管理できている社会人は少ないのではないでしょうか。
私にとっては反省させられる部分でした。


「心」を強くするとは抽象的ですが、その具体的な方法を、ここまで記載した本はあまりないと思います。何回も読み込んで自分なりに応用して実践していきたいです。

そして、自分だけでなく、子供たちにも「心」を強くすることを教えていきたいと思います。
まずは靴を揃えるなど、すぐできることから実施させているところです。
「心」を意識して、優しさと厳しさを持って、妥協せず接していきたいと思います。

また、会社においては、私は新入社員の現場研修でのコーチ役となっているので、限られた期間内なのですが、この本の内容を取り入れて、少しでも彼らを成長させられるようにしていきたいです。

もちろん自分自身もまだまだ甘い部分があるので、「心」を強くすることを意識して、習慣化できることを増やしていこうとしています。
そして、周囲の人たちと一緒に成長していきたいと思います。

最後に、「松虫中学校」のホームページを見ると、21年度・22年度で全国大会1位と掲載されていたので
紹介させて頂きます。これを見てなぜか感動してしまいました。

ありがとうございました。

 

medal1-icon.gif投稿者 YS08 日時

 

「カリスマ体育教師の常勝教育」を読んで


「私は皿洗いとクラブを毎日休みませんでした」
これは原田氏が松虫中学校に赴任して5年目に、H君とともに日本初の砲丸投げダブル優勝を達成したCさんが、優勝できた理由をインタビューで聞かれて答えた言葉です。

自分の出来ることをコツコツ一日も休まずに3年間続け、強いこころを作り上げた松虫中の生徒たち。大人顔負けの立派さです。

よし、自分も大人としての意地がある。彼らに負けないように自分にできることを一日も休まずにコツコツと続けよう!この本を読むとこう思わずにはいられません。
私にとってのこの本のハイライトは、間違いなくこのCさんのインタビューの言葉です。
感想文を書くにあたって、この言葉を何度も何度も読み返しました。

すると、この「私は皿洗いとクラブを毎日休みませんでした」という言葉の中に、どうも引っかかる部分が
ある事に気がつきました。

それは、何故、「皿洗い」という言葉が先なのか?という事です。

何故「私はクラブと皿洗いを毎日休みませんでした」という順番ではいけなかったのか。

こういう事を言うと、それはたまたまだよ、どちらを先に言うかなんて本人にとって意味はなかったのでは?と思われるかもしれませんが、松虫中の選手たちは常日頃から、試合当日の試合への入り方から自分が優勝する瞬間までを明確にイメージしています。
だとすれば、インタビューの言葉も、自分が伝えたい事を受け手にどう話すか、言葉の順番にまで気を使い、熟考していたと考えても不自然ではありません。
私は何故、「皿洗い」が先なのか?をこの感想文のテーマとし、一歩ずつその答えに近づいていくことに決めました。

そもそも「皿洗い」も「クラブ」も、毎日休まなかったという点では変わりありません。「クラブ」活動では毎回厳しい自分への課題を設定していて、それを毎日休まなかったという事ですから、それによって相当にこころは強く鍛えられたはずです。
しかも、砲丸投げに必要な筋力や技術はクラブ活動で養われます。それでいて、何故「皿洗い」が先なのか?

どうやら最初のヒントはこの文章にありそうです。

「目標を立てて、態度教育を徹底して、そのうえで、いまの自分ができる事で人の役に立つ事を三年間、千日間休まず続ける。できる事の継続こそが心を強くするからです。」(P136)

「皿洗い」も「クラブ」もできる事の継続という意味では同じですが、「人の役に立つ」かどうかという点においては有意な差があり、この差がどのような違いを生み出すのかを掘り下げていくことがテーマを解く鍵となりそうです。

テーマの答えはこの本からだけでも導き出せるかもしれませんが、私は敢えて以下の本を補助的に読む事で、より自分の考察を深化させようと試みました。

・カリスマ教師の心づくり塾 原田隆史 (以下補助本①)
・一日一話 鍵山秀三郎 (以下補助本②)
・掃除が起こした「奇跡の力」 鍵山秀三郎 (以下補助本③)
・完全なる人間 魂のめざすもの アブラハム・H・マスロー (以下補助本④)

加えて、皿洗いを毎日続けた生徒の気持ちを少しでも理解する為に、皿洗いの代わりとして、自分は近所の道路500mのゴミ拾いを毎日行う事としました。

さて、まずはどのような経緯でCさんが皿洗いを始めたかを確認してみます。

日本一の選手を育てると宣言した原田氏が、「技」「心」の鍛え方についてはよくわかっていたが、「心」を鍛える教育をした経験がなかったため、思い悩んだ挙句、生徒に「何か続けてやって、心がきれいになる事こと、心が強くなる事はないかな?」と聞いたところ、「お手伝い」という言葉が返ってきたため、それ以来、陸上部に入ってくる生徒に皿洗い、風呂掃除、靴の整頓など何か一つをやらせるようにしたというのがきっかけだそうです。(補助本① P92-93)
お手伝いとは、その言葉の通り、家事を手伝うという事なので、家族への奉仕、あるいは自分以外の他者へ対しての奉仕という言葉に置き換えられます。
他者へ対しての奉仕を毎日続ける事が、自分のこころをきれいにする事、強くする事につながるとこの生徒は考えたのですね。

お手伝いという実務を行う事でこころを成長させるというアイデアが的を射たものだという事は、「習慣が人格を形成する」という鍵山秀三郎氏の言葉からもうかがえます。
「自分の人生を急によくしようとしても、よくなるものではありません。一つひとつ、良い習慣を身につける以外に方法がないと思います。」(補助本②P31)

氏がこのように述べる通り、自分のこころを変えられるのは行動を通じてのみなのですね。自分の部屋にこもってどれだけ「こころをきれいにするぞ、強くするぞ」と念じていたところで、行動なくしては何も変えることは出来ません。話が脇道にそれますが、私が道路のゴミ拾いを始めたばかりの頃は、「どうして自分が人が吸った煙草の吸い殻を拾わなきゃいけないのだろう?」と随分腹を立てていました。私自身煙草が苦手で、喫煙もしないために、尚更「何故自分が?」と思いました。
これでも私は、「こころのきれいさの重要性」については多少考えていたつもりだったのですが、いざゴミ拾いを始めてみたらこの有様です。「何故自分が?」と感じること自体、きれいなこころを持っていない証拠です。いくらこころのきれいさの重要性を普段気にしていようが、それにつながる行動をしていないと、こころはきれいにならないという事を実感し、氏の言葉が骨身に染みました。

ここまでのところで、「皿洗い」(お手伝い)には、「自分以外の他者へ対しての奉仕」という性質があるということに加え、「こころをきれいにする」事が当初の目標のひとつとして始められたということが分かりました。

先程は私の恥ずかしい体験談をしましたが、今度は生徒がお手伝いを始めた時の事を想像してみたいと思います。生徒がお手伝い、たとえばお皿洗いを始める前、お皿洗いは仮に母親が毎日やっていたとしましょう。
きっと多くの生徒は黙々と、人によっては喜んでこなしたと思いますが、もし「何故私が母親がやっていた事を代わりにしなければいけないの?」と不貞腐れて嫌々やっている生徒がいたとしたら、客観的に見て、その生徒は大会に優勝するように思えるでしょうか?

例え、クラブ活動は熱心に一日も休まず、筋力トレーニング、フォーム磨き、メンタルトレーニングを設定した高い目標通りにこなしていたとして、家のお手伝いを「何故こんな事を・・?」という気持ちでこなし、家族にも不服の態度を隠さないような生徒がいれば、それはあたかも自分の為になる事は努力するが、それ以外の事(=自分の為にはならなくても、人の為になる事)は努力しないと宣言しているように見受けられます。どう考えてもそんな選手が優勝するとは思えません。

反対に、皿洗いを黙々とこなす生徒、喜んでこなす生徒は、「母親は毎日黙ってこんな事を自分たちの為にやってくれていたのか」と気付き、母親への有難さや、その有難さに今まで気付いていなかった申し訳なさを噛み締めたでしょう。最初は不貞腐れてお皿洗いをしていた生徒がいたとしても、毎日続けるうちに段々と「何故自分が?」という気持ちが薄れ、感謝の念が湧いてきたに違いありません。そうした感謝の念に気付いた後には、「こんな自分でも、他人の(世の中の)役に立てるのだ」という喜びを感じながらお皿洗いをこなしたはずです。このような気付きや、奉仕する喜びは、こころのアンテナの感度を上げるのに不可欠に思えます。

同じ事象が目の前で起こっても、感動出来る人、感動出来ない人がいますが、これはひとえにこころのアンテナの感度に違いがあるのだと私は思っています。こころのアンテナの感度が高い人は、些細な人の想いに気が付き、その分、人に感謝の気持ちを持てるのだと思います。こう考えると、お皿洗いという行動が、他者への感謝の気持ちを育てていくと捉えても、何ら不自然ではないと思います。

鍵山秀三郎氏は、お皿洗いではなくトイレ掃除を毎日継続されている事で有名ですが、
氏は、何故トイレ掃除を行う理由として、以下の5つの理由をあげています。
1、 謙虚な人になれる
2、 気づく人になれる
3、 感動の心を育む
4、 感謝の心が芽生える
5、 心を磨く
(補助本③P24-29)
トイレ掃除とお皿洗いという差はあれど、これらの効果はお皿洗いを継続した生徒にも表れているに違いありません。

ではここで、「お皿洗い」で育んだ他者への感謝の想いが、Cさんの優勝とどう関係していたかを考えてみたいと思います。

男子で最初に日本一になったS君は、大会期間中に腰を痛め、最悪のコンディションで決勝に挑んだが、奇跡的に優勝を果たしたというエピソードがありました。夜通しで他の生徒が代わる代わるS君の腰をマッサージしたとの事ですが、その時のS君の他の生徒への感謝の気持ちたるや図り知れません。その感謝の想いもあって、決勝では怪我を抱えながらも普段以上の力が出せたのでしょう。また、きっと普段からS君は、他の生徒から見て、「彼に何かあったら助けてあげたい」と思わせるような態度であったに違いありません。細かく他者へ感謝できるきれいなこころを持っていたのでしょう。それが、決勝前に怪我をしたという有事の際に他の生徒ののこころを呼び起こし、その奉仕がS君のを生んだ。そのが原動力となり、自分の持てる能力以上の結果を生んだのではないでしょうか。

人は一人で生きているのではありません。一人で生きていては、自分の持てる力が自分の限界点となりますが、周りに自分以外の人がいて、その人達ととをお互いに交わし合う事で自分の持てる力以上の結果を出す事が出来ると思います。

S君だけではなく、Cさんにもきっと周りの生徒や先生や両親から受けた恩があり、それをお皿洗いで育んだ、敏感に、深く感謝出来るきれいなこころで受け止めたからこそ、自分の持てる力以上のものが出せたのではないでしょうか。

マスローの著書を読むと、この事象が心理学的にも認められるべき対象である事がわかります。


このような世界に関する生命の認識(B認識)が、健康な人々に最も多く見出され、健康の決定的な性格の一つになるという私の予備的発見である。私はまたこのB認識が至高体験(一過性の自己実現)においても見られたのである。(補助本④ P234)

ここでB認識という見慣れない言葉が出てきますが、マスローはB認識とD認識という二つの認識を定義しており、その中には以下のB愛情とD愛情の概念が含まれるとしています。


B愛情・・・他人の生命の為の愛情、求めない愛情、無我の愛情
D愛情・・・欠乏の愛情、愛情欲求、利己的愛情
(補助本④ P53)

このⅰとⅱで書かれていることを総合すると、至高体験や自己実現の達成をする事と、
他人の生命の為の愛情、(見返りを)求めない愛情、無我の愛情を持つ事には相関があるという事をマスローは心理学者の立場から示しています。

Cさんが皿洗いでその感度を高めたであろう、のこころとのこころは、まさにマスローの言うところの他人の生命の為の愛情、(見返りを)求めない愛情、無我の愛情に他なりません。

以上の考察から、Cさんが「皿洗い」という言葉を「クラブ」より先に発した理由が見えてきます。
確かにクラブ活動を一日も休まず、筋力トレーニング、フォーム磨き、メンタルトレーニングに励むことで、自分の「体」「技」「こころの強さ」に磨きがかけられた。
しかし、優勝までたどり着けたのは、それに加えて、皿洗いをすることで、との気持ちを持てるきれいでこまやかなこころを育み、そのこころをもって自分以外のものに深く感謝でき、その感謝の想いが自分の力となったからである。
こう考え、お皿洗いの効力に感動したからこそ、敢えて「皿洗い」を先に、
「私は皿洗いとクラブを毎日休みませんでした」と答えたのだと私は思います。

これこそが、まさに原田氏が生徒を優勝させる為に、「体」「技」の後に求めた「心」の正体ではないでしょうか。この結論をもって、私の感想文とさせて頂きます。




あとがき

何故、「皿洗い」という言葉が先なのか?何故「私はクラブと皿洗いを毎日休みませんでした」では無いのか?
この意味を考え、掘り下げていくうちに、ふと後頭部を打たれたような気分になりました。
何故かというと、私には自分のために毎日休まず継続していることはありますが、自分以外の誰かのために毎日休まず継続していることは何も無かったからです。
つまり、「クラブ活動」にあたるものは毎日休まず継続しているものの、「皿洗い」にあたるものは何も行っていなかったのです。
日頃から、もっと自分のこころをきれいにしなければとは思っていたものの、それにつながる行動を1年365日継続するというレベルで行っていなかったことに、とうとう気づいてしまったのです。

最近、友人からとてもショックな事を聞きました。最近の小学校では、給食の時間に「いただきます」を生徒に言わせない学校があり、その理由は、「いただきます」を言わせると保護者の中に「給食代はきちんと払っているのだから、先生や学校に食べさせてもらっているわけではない。だから、自分の子供がいただきますなどと言う義理はない」と言い出す人がいるからだというのです。
私は自分の耳を疑いました。若輩者の私が言うのも変な話ですが、いつから日本は本当に大切なこころの在り方を次の世代に教えない (教えられない) 国になってしまったのだと悲しくなりました。同時に、こういうおかしなことは、自分の世代が正面切っておかしいと異を唱えなければならない。その為には自分自身がもっと正しく、美しいこころを持たなければならない。

そう思っていた矢先に、自分が「皿洗い」にあたるものを行っていない事に気付いたのです。これはまずいと思いました。それにこんな状態じゃ、皿洗いを継続し続けた松虫中の生徒のこころを理解できるはず無い、上っ面の感想文しか書けない、とも思いました。

そう気付いた日から、私は皿洗いの代わりに、毎日道路のごみ拾いをすることにしました。雨の日も風の日も台風の日も、今のところ毎日継続しています。まだ始めてから一ヶ月弱ですが、それでもごみ拾いは多くの事を私に教えてくれました。

「なぜ自分が他人の煙草の吸殻を拾わなければならない?」普段、こころのきれいさは幸せになるためには重要なファクターであると認識しているつもりだった自分が、いざごみ拾いを始めるとこのような感情を抱くことにまず驚きました。いくら「こころがきれいな事は大切な事だよなぁ」と部屋で考えていても、やはりこころをきれいにする行動習慣を身につけていなかった私のこころは、きれいにはなっていなかったのです。

数日経つと今度は「なぜ自分が?」という気持ちがすっかりなくなり、自分がこの道路をきれいにすることは当たり前だと感じ始めた事にも驚きました。さらにごみが少ない日には「ああ、今日はみんなが道路をきれいに使ってくれたんだなぁ」と感謝の念が自分の中に沸いてくる事にも驚きました。

台風の日に暴風の中でゴミ拾いをした時には、「どうせ風でゴミが舞ってすぐ汚くなるのに、今日ゴミ拾いをする意味はあるのか」という思いと、「例えすぐ汚くなってしまうとして、自分が目の前のゴミを拾い、その瞬間に道路が一瞬でもきれいになる事は無意味な事なのだろうか?」という思いが絶えず交錯し、理由は分かりませんが何となく「無意味な事ではない」と感じながらゴミを拾った事を思い出します。

このままごみ拾いを三年続けることで、自分にどのような気付きがもたらされるかが今はとても楽しみです。

自分の為になること(益もあれば意味もある事)を毎日継続して続けることは間違いなく重要なことです。しかし、自分以外の誰かのためになること(一見して自分への益はないがそれでも意味はある事)を毎日休まず継続することも、また同様に重要なことです。往々にして我々は、益もあれば意味もある事にばかり目が行ってしまいがちですが、これからは益はなくとも意味はある事にも目を向けていきたい、今はそう思っています。
この事に気付かせてくれたこの本と、この本を課題図書として下さったしょ~おん先生に深く感謝しております。有難うございました。

 

投稿者 nakajirou 日時

 

この筆者の考え方は、目標を自分で設定し、細分化し今やれることを自分から行っていくやり方です。成功の法則としては一般的な手法と思いますし、自分でも試したことはありますが、何故うまくいかないのかがこの本を読んで分かった気がします。この手法はやると必ず壁にぶつかる時がありますが、その際は自らペップトーク等で自己を励ますか、もしくは筆者のような指導者の方から励ましていただくことが必要なのだと理解しました。
確かにこれまでの私には最も足りていなかった要素でした。

近頃の私はあまり目標やどのような手法を取り目標を達成するのかあまりこだわらずに、偶然の出会いや機会をより重視する運命論的な考えを持っておりましたが、ともすればその考えに偏っていた面もありました。
目標を書いて、Plan-Do-Checkのサイクルを回すことも知っていはいますが、最近はやっておりませんでした。自分の誤りに気づいた以上まずはやれることからやっていくように致します。

他にも読んでいてグサリと心に突き刺さる内容がかなりありました。
近頃の子供が態度が悪い、なっていないということは多くの人が感じていることと思われますが、それを筆者は近頃の大人が悪いからだと断言しています。大人に自尊心がない、大人に理念がないから子供たちもそれを真似してしまうんだと主張されますとグウの音も出ません。子供の見本になるような
かっこいい大人にならないといけませんね。

一度読んだ本ですが今回の課題図書がきっかけで読み直して、今の自分に欠けている点に再度気づかされました。良い機会を与えていただきありがとうございました。

 

投稿者 wapooh 日時

 

wapooh
◆カリスマ体育教師の常勝教育を読んで

転寝をしてしまい締め切りの9月30日を過ぎてしまいました。
コメントとしてアップされないのは承知しています。
自分のために感想文をお送りすることをお許しください。

□感想文の前に
私は6月に良書リストをダウンロードし、7月の東京でのセミナーに参加しました。
その時点で、リスト中に読んだことのあった本は1冊だけでした。
セミナー後、これではまずいと感じ、半年間に良書リストに上げられている本を一冊でも多く読もう、
と決意しました。最初はセミナー中で取り上げられた本や短時間で読めて数が稼げる自己啓発本
に手が伸びました。7冊目に23番の山口絵里子さんの本を読み、心が熱くなる思いをしました。
次も同じように熱くなる本を・・と思って気になっていたのが原田先生の本でした。
ちょうど9月の課題図書にあがったことから本書(16番)と9番の原田先生の2冊をアマゾンで注文しました。どちらも本も、読むために持っている手の先から本を通して熱が伝わるように感じられ
熱意のこもった本とはこういう物なのかと実感しました。
本書では原田氏のノウハウをビジネスへと役立てていく現状に関して過去含めて整理されたもの、
16番では、生徒や保護者との心のコップのやり取り(まわり、相手を敬い、丁寧に挨拶する)が
心に染み入る形で紹介されていると思います。

□感想文
印象に残った言葉は、良書リストのコメントにも記載されている「心のコップを上向きにする」です。
コップを上向きにする=単に、原田氏の話しを聞く(受け取れる)耳を持つ、だと読む前に
勝手に解釈していましたが、誤解でした。
コップ=受け皿ではなく、その人の器量を指し、上を向く=受け入れるだけではなく、
人の気持ちを汲み取ることのできる状態のこをと指すのだと思いました。
汲み取るだけでははく、自分や他人へとその関心や愛情を注ぐことのできる器です。
これを身につけるためには、原田先生がいうところの態度教育が必要だそうです。
「真剣に、まじめに取り組む」こと。その土台として日常生活で具体的に自らの行動をコントロール
すること。「挨拶、時間厳守、整理整頓(靴を揃える)、姿勢を正す(立腰)」などなど本文中の
例を上げればきりがなさそうです。
大人でも現代忘れていそうなことも多く、自分の生活や身の回りの状況を反省させられました。

心のコップを持ち上向きにすると色々な人の気持ちが心に入るようになってきます。
それぞれに感謝の気持ちをこめて、仲間にはお互いの価値を高めて、
自分と周りの人のために、がんばれる。練習方法は決してその場主義ではなく
未来の結果を予測して綿密に立てられた方針を元に自分で自分を鍛えていく。
大切なのは心技体。技は陸上で、体は日々の生活から、心も日々の生活から得られた糧で
磨かれ大きくなります。

それぞれの本を読んで、まじめに取り組んで生きることは恥ずかしくないことなのだ、と
気づいたしだいです。本文ではワタミの項で紹介されているSOJOプロジェクトに通じます。
SOJO=仕事だと 思うな、 人生と 思え。
家事や掃除を怠らず自分の仕事として全うする。中学生なら3年の在籍で1000日になります。
その間、継続するということも心を磨く段階で必要とのことです。

普段しょ~おん先生のメルマガ中にちりばめられている言葉をいくつも本書の中に
みつけた気がします。
また、今回皆様のコメントを読むことも一つのきづきが得られて、あつく、
すがすがしい気持ちになれました。
「大人が変わる生活指導」も続けて読んでみたいと思います。
現在、本を読み、数行の感想をつける形式の手帳をつけています。まずはこれを習慣化させたいです。
また、上記に多数の方が読書感想文を投稿され、それぞれの思いや取り組みをご披露されています。
感想文の書き方、読後の自身の生活への活用例などみなさん、様々なスタイルで環境を良くすることを考えておられます。よくよく読んで、自分の中で活かせたら、と思っています。

素敵な本をご紹介くださって有難うございました。