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第110回目(2020年6月)の課題本


6月課題図書

 

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現


で、これは先月のインテグラル・シンキングを組織に当てはめたらどのような進化が起こ

るのかを考察した本です。よってこの2冊はセットで読むと価値が高まるのです。難易度

は先月の課題図書の5割増しでして、ちょっとした哲学書を読むような覚悟が必要です。

 

お気楽ご気楽で読める本ではありませんし、全ての章が繋がって、積み重なって理解する

ような作りになっていますから、途中で躓かないように、ひとつひとつの章をちゃんと理

解したことを確認してから読み進める必要があります。

 

文体が読みにくいわけではないのですが、手抜きをすると途端に意味が分からなくなる緻

密で重厚な設計になっているので、理解するために相応の集中力が要求されます。社会人

として、この本を理解できる程度の読書力を持っていたら、人生で困ることはなくなると

思います。

 【しょ~おんコメント】

6月優秀賞

 

今月はみなさんレベルが上がりまして、読んでいて楽しかったです。

今回は4名の方が一次突破しました。

taroheiさん、masa3843さん、gogowestさん、mkse22さんの4名です。

この4名の投稿を再度熟読しまして、今月はmkse22さんに差し上げること

にしました。おめでとうございます。

 

【頂いたコメント】

投稿者 BruceLee 日時 
本書に書かれている事を一言で言えば

「社員がわくわく働く組織には何が必要か?」

という事だ。その実現には企業側も社員側も今の常識をバッサリ切り捨てる必要がある。個人的に仕事の前提が職務記述書である外資の方がハードルが高く、その気になれば日系企業の方が実現し易いか?とは思うが私が必要だと感じる点は2点だ。

1) 企業の透明性
2) 社員の使命感

何故そう考えたか?実は現在の私の組織がティール組織と近いと感じたのでその観点で述べてみたい。私は某外資系企業に属しているが、本国の1事業会社(私が日本で担当している事業)が上場予定で、新たに日本支社を設立し私もその新会社へ移籍となった。社員3人の小さな会社だが、小さいからこそ私が移籍時に代表に依頼したのが詳細な経理情報の開示だ。私は立場的には開発営業の責任者だが移籍前の旧会社ではその情報は開示されてなかった。一般的に言っても社員に細部を開示する企業は少なく、把握しているのは上層部のみではなかろうか?が、私は小さな会社だからこそ細部を把握したかった。それが見えてる/見えてないでは自分が考えるべき、取るべき行動が変わると思ったからだ。

半面、大企業では難しいだろうとも思う。上場企業ならPLは開示されるが、全社員の給料等は経営側が開示しないだろう。何故ならそれをやったら雑音が生じるからだ。「Aさんはそれほど働いてないくせに給料貰い過ぎじゃね?」、「俺/私の給料もっと増やせない?」という輩が(自分含め)必ず出てくる。よって要らぬ事は考えず職務に集中せい!という事だ。つまりこれも統制のためだ。

だが、本書に登場する企業は規模の大小に関わらず、それらの情報を開示している。つまり透明性がある。私は問題起きないのか疑問を持ったのだが、読み進めて納得できた。本書に登場する社員たちは全体性(ホールネス)を見ているのだ。会社が透明性を持ったらどうなるか?自分の場合、収支全てが見え、まず気になったのは自分の給料であった。つまり私はティールレベルに達してない(笑) 

が、暫くすると開示された情報で私自身の視点が変わった面もある。仮に最初の視点が自分の給料という低レベルだったにしても、何れにせよそれを実現するには売上を増やすか支出を減らして利益を増やすしかない。であれば営業の私としては勿論売上を増やす策を考えるのだが、それまであまり考えなかった支出を減らす事にも目が行くようになった。私も入社時に職務記述書を受領しているが、そこに明記されているのは売り上げを上げる事がメインだ。私が先述した「職務記述書である外資の方がハードルが高い」は外資では職務記述書以外の仕事には手を出さないのがフツーだからだ。故に外資には「それは私の仕事ではありません!」と自分の仕事以外は切り捨てる輩は結構いる。だが本書の社員たちはその真逆だ。私の会社の場合、支出は製品原価と輸送費がその大半だ。製品原価はグループで全体で見れば時間かけても仕方ない部分だが、輸送費を減らす努力は意味がある。そこで航空便を船便に変える、客先納入回数を集約する等を検証・相談し、それらを少しずつ実施し利益の最大化を心掛けている。ただ、これもまだ利益を追求してるのでティールではない(笑)

一方、本書の社員と同様に私は日々わくわく仕事をしているのだが、それは何故だろう?と改めて考えてみる。すると旬な商材を扱っているが故に引き合いが多く、日々の顧客との商談が盛り上がるのも一因なのだが、本国の日々のサポートが充実しており、レスポンスが早く、私が仕事をし易い環境にある点に気付くのだ。彼らのサポートが悪ければ顧客からクレームを受けるのは私となるが、それは無く逆に客先から「対応早いですね」と驚かれる事が多い。つまり自分がわくわく働けるのは、本国のサポートのお陰なのだ。そんな彼らに「ありがとう!」と伝える以上に具体的に私が恩返し出来る事は何か?自分にしかできない事は何か?と考えるとそれは、

日本の顧客からPO(注文書)をゲットして本国の仕事を貰う事

の1点だ。日々サポートしてくれる人たちの顔を浮かべ自分の役割を考え仕事をする。私がこれを言葉で表現すると「使命感」となる。それは与えられた仕事を進めるのとは真逆の姿勢だ。そしてそれは与えられた「仕事」ではなく自ら進める「私事」になるのではないか?結果、社員の目の輝きが変わってくるのではないか?但し、時に使命感を勘違いし、あらぬ方向に突っ走る社員も出て来るかもしれない。その時に必要なのが周囲の仲間のアドバイスなのだ。ティール組織では管理・指示するだけのマネージャは不要で、必要なのは全社員のプレイングマネージャとしての気概だ。指示待ち社員や「それは私の仕事ではありません!」社員も不要で、仲間を信頼し全体性のため奮闘する社員、つまり個人個人の高い精神性が重要となるのではなかろうか。

私もこの精神性と共に仕事をしたい、と考えてぃーる。

お粗末様でした。。。
 
投稿者 munetaku 日時 
進化を単なる”成長”と捉えてしまうと、企業が利益を追って事業や規模を拡大して成長するのは当たり前である。が、本書が指す進化とはただ姿形を大きくすることではない。進化とは目前の課題や外部環境に適応して自己を変容しながら姿を変えていくことである。
かつて地球上で繁栄を誇った恐竜が絶滅したことからも分かるように、姿形を強大にすれば生き残れるものではない。外部環境に適応しながらそのときそのときで最適な変化を選択していくものだけが生き残ることが出来る。そういった意味でも進化型組織になれるかが問われるのだと感じた。

ただ、組織が自己変容することは非常に難しい。ともすると、企業は利益の増大を成長目標としてしまう。しかしながら、『利益は空気みたいなもの』であり、利益(空気)なしでは生きられないが、決して利益(空気)のために生きているわけではないことを忘れがちである。商売は本来利益を追求するものではなく、提供する価値に見合う対価として利益を頂くものである。こうしたそもそもの存在目的は大企業ほど失いがちである。なぜならば、時間の経過に伴い創業当初のメンバーが去っていき、組織の存在目的の伝達が薄れていくからである。また、事業が拡大するにつれて事業を効率的に運営するために仕事が部品化されていく。そのため、末端の社員からはお客様の顔や提供すべき価値が見えなくなり、営業ノルマや開発納期といった数値に目標が置き換わってしまう。

こうした問題をクリアしているのが進化型組織である。進化型組織では、各個人が組織の存在目的に沿った判断をして仕事を進める。社員全員が創業者のように、「お客様が喜ぶのか、自社がやることに意義があるのか」を自問自答する。
大切なことは個人が組織の存在目的をしっかりと理解していることである。共通理念に基づいて各個人が判断できる状態にないと組織はバラバラになってしまう。そのためには、組織の存在目的に共感してもらうこと。
そのような組織を設計するためには、理念が一致しない個人には退場を願うことにもなるだろう。むしろ、不協和音を奏でる個人を積極的に退場させないと、ガンにかかったようにそこから病が広がり取り返しのつかない事態になってしまう。
最近は多様化が進み、個人を尊重する風潮があるが、何でもかんでもやりたいようにやられたのでは組織はまとまらない。あくまで組織の存在目的に照らし合わせた上で各自が自由に判断することが重要である。

進化型組織の最大の特徴とも言えるのは、組織を生き物として見ているところにある。組織は、人間の身体のように各部が有機的なつながりを持つものである。オレンジのように中央集権的な組織で全てをトップダウンに判断しているのでは有機的なつながりが生まれない。各部署、各個人に権限を委譲して自由を与え、自己の判断で物事に対応していく。
脳に当たる社長は本当に重要なことだけに対応する。変化の激しい今の時代では、何かあるたびにトップに判断を求めていたのでは対応が間に合わない。判断に速度を要する緊急事態は脊髄反射のように、各部が勝手に対応する方が良い。いちいち脳(=社長)に全ての判断を仰いでいたのは手遅れになってしまう。

組織が利益という外面的な成果を求めてはならず、存在目的を追求しなくてはならないのと同様、個人も外面的な成果を求めてはならない。『大志を抱いているが、野心的ではない人』である必要がある。『私たちは自分が無私無欲となり、個人的な欲や野心から自らを引き離して初めて存在目的を追求できるのだ』とある通り、誰かの役に立ってこそ存在価値があると言える。この視点に立って個と集団(組織)のどちらの存在目的も達せられる組織こそが進化型組織となりうる。そして、内面(存在目的)を追求することで、自然と外面(利益)につながるとある。
さらに、内面を追求することこそが幸福に到る道でもある。外面の目標や評価は己でコントロールすることが難しい。自分でコントロール出来ないものに振り回されるのは非常にストレスであり、自分以外のものに身を任せる人生になってしまうため幸福からは遠い。しかしながら、内面であれば自分でコントロールすることが可能である。自分の人生を自分でコントロールすることが肝要である。
そして、『人生は新しいことが次々と明らかになる旅』とあるように、新しいことにチャレンジして新しい自分を発見すること、自分が変容していくこと自体に人生の意味を見い出すこと。今日の自分は昨日の自分よりも少しは成長しているだろうか、と自らに問いかけながら生きていきたい。
 
投稿者 satoyuji 日時 
『ティール組織』感想 武術団体におけるティール組織化、その障害を超えるために

だからショボい組織しかないのか。それが一番納得したことだった。本書 『ティール組織』を読んで、「武術団体の組織がなぜ化石くさいか」がよくわかった。なぜなら武術団体はレッド、もう少し組織化が進んだところでもアンバー体質なのだ。しかし、このままでは武術団体は生き残っていけない。国民的スポーツである野球も、競技人口が減っている。練習試合は混合チームでしか成り立たないらしい。ならば、競技人口が更に少ない武術が衰退の一途をたどることは間違いない。どうすればいいのか。競技人口を増やすにはティール組織化していくしかない。もちろん競技の魅力を伝える努力は必要だ。しかしそこにいる人達が気持ちよくいられる組織になれば、人は集まってくる。その雰囲気は生徒側へも確実に影響する。ではどうすれば、武術団体はティール組織になれるのか。なれるとして、それを阻むものは何か。以下にその障害を三つ挙げる。

武術団体の体質1 武術としての強さの追求が存在目的になっている(存在目的)
武術は戦争の中で発展してきた。自衛のため、或は征服のための技術だ。それが武術の起源である。しかし、現代日本において親しまれる武術は違う。防衛の手段としてならば、道具に頼った方が早い。それなのに、心の何処かで強さへの郷愁と呼べるものがある。それは体一つでどんな困難にも対処できるという憧れだ。こうして、実戦を経験したことがない人が、「実戦では…」と語る寒い事態が起きている。それほどまでに「実戦で使える強さ」というロマンには力がある。こうした強さの尺度が組織内だけで収まるならいい。だが、実際は学びに来ている人へまで及んでしまう。この人は強くなるために習いに来ている、強くなりたいと思っている。教える側はそうしたレンズで見てしまう。もちろん武術を教えている団体のうたい文句は強さだけではない。健康をうたう所もある。それでも、油断すると「実戦では…」と言い出したくなることは同じだ。武術団体は実戦に使える強さへの幻想から離れられていない。

武術団体の体質2 上下関係、機能よりもメンツの世界(全体性)
武術団体は強さという幻想に囚われている。では実際試してみよう、とはならない。試せないのだ。どうやって試すか。それはとても難しい問いだ。実際に殴り合えばいいのか。それで試せる部分もある。では相手が複数かつ拳銃を持っている。このシチュエーションはどのように試すのか。負傷して右手が動かない状況で襲われるとしたら、どのように試すのか。右腕を骨折させて試すのか。結局、試すことは部分的にしかできない。結果として組織内の関係は、幻想としての強さに拠る。そうして上下関係が作られる。何年やっているのか、年配者であるか。そんなことが幅をきかせている。実際に柔道や剣道の昇段(一定の段位以上は名誉職みたいなもの)には一定の年数を学んでいることが絶対条件だ。組織は存在目的のために機能するのではなく、上下関係を維持させるために機能してしまっている。上に行けば行くほど居心地がよく、下になればなるほど居づらさが生まれてしまう。

武術団体の体質3 そもそも現時点での武術は組織として機能していない(自主経営)
武術の普及を目的とした、組織や団体の歴史は浅い。日本では19世紀末、中国では20世紀初頭になってからである。もちろんそれまでも教えることで生計を立てていた者や一族もいた。しかし組織として拡大をすることはなかった。個人はほとんどが一代限りで途絶えた。代々受け継がれるとしても、外部の者に教授することはほとんどなかった。その門戸が開かれるようになったのは、日本では文明開化、中国では辛亥革命以降である。どちらも組織構造はほぼ同じで、武術の実力者がトップになる。この構造は21世紀になった今も続いている。組織の運営能力ではなく、武術の実力が組織構造を規定する尺度になっている。組織上、経理などの担当にも分かれているが、経理をできる人が経理をしているのではなく、その武術を学んでいる人が経理をしていることが多い。武術は市場に商品として存在しながらも、未だに漠然とした強さや健康、精神修養を売り物にしている。明確な目的がないために、組織として十分に機能していない。そのため、マネージメントを考えるところまで至っていない。形骸的組織になってしまっている。

武術団体がティール組織になるために—存在目的を再定義することから始める
ここまで武術団体の体質を紹介してきた。学ぶ側の視座に立たない存在目的、内向きのメンツ文化、マネージメント以前の組織構造。その結果、大きくなる組織はあっても、トップが亡くなると分裂してしまうことがほとんどだ。武術をしていると、実力がない者の下につきたくないという想いがある。これは仕方がないのかもしれない。しかしここに執着している限り、いつまで経っても組織として機能しない。ティール組織の実現は夢のまた夢だ。ではどうすればいいのか。まず「武術の実力がある者が組織を率いる」、「組織の上に行けば行くほど武術の実力がある」という考えを捨てるべきだ。組織構造上の役割と武術の実力を切り離して考えるようになるべきである。その上で今武術を学ぶことの価値と、それを伝える団体の存在目的を定義し直すことが必要だ。それらを定義するには紙面が足らない。しかし健康になれる、強くなれるといった漠然としたイメージでは不十分だ。組織は変わらないし、興味を持ってくれる人も変わらない。代表者がティールの世界観を持つことを前提に、現代における武術の存在意義を根源から再定義することから始めなければならない。
 
投稿者 2345678 日時 
「ティール組織」を読んで

組織運営していた当時の良かった点悪かった点を考察する機会を本書から得て、今後のチーム運営に役立てたいと強く思いました。

組織の3要素といえば、バーナードの①共通の目的②貢献意欲③コミュニケーションが一番に頭に浮かびました。当時いた会社では、本書で示されるオレンジ組織であり成果を出せば昇進できるというマネジメントスタイル。組織の目的を達成しなければ、自分たちの組織は、死んでしまう。恐怖であり競争の中にいる感覚。何十年もの時間をかけて仕事で成果を挙げるための能力をお互いに磨くことを目指し、個人を評価してきた。会社で求められる自分が自分であるとの思い込みや刷り込みを行ってきた。会社の業績向上が目的となって予実管理を行い、会社での顔を磨き続けていた。多様性の尊重という言葉は当時額縁に飾ってあっただけ。会社の行動様式にそぐわない者は、バスに乗れない。またそのバスに乗車できないようにしていた。今振り返ると、精神的に疲弊した状態であったとつくづく思います。

ティール組織の3要素は、私にとり魅力的です。自主経営で活気づいていた時期もありました。

①存在目的
この組織(役割・個人)は、この世界で何を実現したいのか?
世界はこの組織(役割・個人)に何を望んでいるのか?
この組織(役割・個人)がなかったら、世界は何を失うのか?
これらの問いを探求し続ける。組織の存在目的とメンバーの自分が何を使命とすべきかが重なる。
全員営業を言葉にしていましたが、全員で組織を変化させる。これは踏み込んでいなかった。

②自主経営
組織的に未整備だった頃は、すべてがガラス張りでセルフマネジメントとの言葉は知らずに、この指とまれ的な発想でアイデアを出し、おもしろい、やってみようで進んでいた。本書での助言ではないものの一つの方向性を出していた。組織内でわからなければ、いろいろなアプローチで解決の糸口を見つけ出す。チャレンジする。この繰り返し。楽しい時期。しかし管理ができないとの指摘が経営層から上がり、会社資源の分配は、自分の肩書・役割や社長による決済で意思決定が行われるようになる。30年以上も前のことで管理がメインとなった。

③ホールネス(全体性)
会社業績に直結する働き方がメイン。貢献しない行動はNGの連発。ムダとしていた。また会社内では演じろともよく先輩の社員にいわれました。ありのままで良いとは、当時は言える環境ではなかった。
今ならそれぞれの個性やスキルを最大限発揮できる条件作りができそう。そんな錯覚も本書から得ました。ありがとうございます。
 
投稿者 shinwa511 日時 
本書を読んで、自分で知識を吸収しそれを基に考え決断し実行する、ということの大切さを改めて感じました。

本書、「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」は、現在の働き改革とは異なり、会社で働く組織を作り替えるということを提示しています。

なぜ、会社の組織を作り替える必要があるのか。それは、社会が変化し既存の会社体制に、限界が来ているからです。

近年では、ブラック企業や過労自殺などが社会問題となり、リモートワークや副業など働き方が多様化する中で、少子高齢化が進む中でも、「50年後も人口1億人を維持し、職場・家庭・地域で誰しも活躍可能な社会を作るという政府主導の、働き方改革が行われてきました。

しかし、単に労働時間を減らしたり、多様な働き方を奨励したりすることが、会社が望む成果の増加に直結するとは限らず、社員を管理する管理職への管理負荷や、上司の評価に基づいた報酬の格差などの問題が起きています。

ここで問題の解決をするために考えるべき事は、働く人の問題ではなく、働いている会社の組織に問題があるのではないか、という事です。

現在、年功序列を基本としたピラミッド型の階層構造も疑問視され、65歳まで同じ会社で働き続けるという事が今後できるのかという不安は、常に纏わり付いて来ています。

理由のひとつが、ニュースでブラック企業が話題になり、今まで存在していた組織のあり方について、疑問を感じる人が増えてきているためです。そのような会社の組織は、改善を求められるようになり、新たな組織体制を提示しています。

勿論、そのような変化を起こすことは大変なことです。長く続いて来た当たり前の慣習を変えることは、個人や組織、社会のいずれにおいても難しいことだからです。

昨今、そのような変化を世界的に促す問題が出てきました。新型コロナウィルスの感染拡大です。人との接触を極力避け、ネットを通じて仕事を行う、テレワークがどんどん浸透しています。変化は否応なく起こっているのです。

ティール組織内で行われているのは、各チームの自主経営(セルフ・マネジメント)です。

あらゆる権限と責任はチーム内にあり、ルールや手続きもチーム内の様々な業務を担当するメンバーが自主的に話し合って決めます。すべてのメンバーが現場にいるため、常に情報が共有されており、階層組織のように報告や、伝達に時間と手間を取られることもありません。

問題が発生したらその都度、必要なメンバーで話し合いが行われ、短時間で解決することができます。全員が組織の存在目的を理解しており、互いに信頼し合っているからです。

勿論、ティール組織を実行するには、現場で働く全ての人が、常に疑問を持ち、知識の収集に貪欲になり、情報共有に努めなければいけません。組織によって管理されない変わりに、自分達の事は自分達自身で管理していく必要があるからです。

様々な事に疑問を持つことで、解決に向けた行動を起こすことが出来ます。本書のティール組織というのが出てきたのも、既存の会社体制ではない、現在の社会に合った新たな組織を作ることはできないか、という疑問から起きたことだと考えます。

問題を認識し、どうすれば解決できるのかという、意識を持って解決に導いていくためには、多くの知識を蓄え、自分で解決出来る事を、増やしていくようにする事が必要になります。

もし、ティール組織の体制が今後自分の会社でも実行されるようになった時には、自分で考えた意見を持ち、周囲の人達と行動する事で、考え方をより深めることも出来ます。

本書を読んで、既存の常識に捉われず、自分で様々な知識を吸収し、それを基にして考えて、行動するという大切さを学びました。
 
投稿者 tarohei 日時 
『ティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』を読んで

本書を読んでまず感じたことは、ティール組織のあるべき姿といま自分が属している組織の比較、違い・差分はどこか、その理由は何かということである。これに対して、以下2つの観点を中心に感想を述べていきたい。

まず一つ目について、ティール組織では上司が細かいことまでマネジメントしなくても、各個人が組織の目的実現のために有機的、自律主体的に業務に関われることのできる組織とある。これはおそらく欧米型組織ではかなりハードルが高いのではと感じた。なぜならば、欧米型組織では個人の業務範囲が明確に規定されており、同僚の仕事には手をださない、プロジェクトがどんなに忙しくても自分の仕事が終われば気にせず帰宅するのが常だと聞くからである。
一方、自分が所属した組織と比較してみると、良きも悪しきも老舗日本企業型であり、周りの状況を伺いつつ自分の業務を進め、同僚の仕事が遅れていれば一部業務を手伝いつつ、必要があれば一緒に残業するなど共同作業体制が暗黙の了解のもと形成されおり、各自業務の過不足を相互補完しつつプロジェクトの目的実現ために業務を担っている。そして上司が業務指示を出さなくても各自が自分の担当分野の仕事だと認識すれば自主的に積極的に業務に取り組んでいる。また、各自が自律主体的に組織に関わるセルフマネジメントを実現する要素として、ティール組織では専門家や有識者による助言プロセスが機能していることが重要だと説いているが、自分が所属した組織では、上も下も関係なく言いたいことを言う、間違っていることは間違っているとはっきりと本人に伝える、上役と言えども間違っていたら指摘する、新人と言えども間違っていると感じたら先輩社員に物の申す、という考え方が徹底されている。つまり、専門家や有識者だけにとどまらず、上も下も横も関係ないような助言プロセスが形成されているとも言えるであろう。さらに、偉い人の考えや判断が必ずしも正しいとは限らない、現場の担当レベルの判断も汲み取るという考え方も当然のように根付いている。
しかし、果たしてこれが本書でいうところのティール型組織と呼べるのかのかと言えば、いささか疑問ではあるが、所謂発展途上というところであろうか。
とは言うものの、ティール組織との違いの理由を考え合わせると、上述のことを実現するには頑強な信頼関係が構築されていることが大前提であると言え、このことは本書でも述べられており、目指すべき組織像においては信頼関係が重要な要素になることを改めて痛感した。

次に二つ目について、従来組織では各個人はあくまで目標達成に関する部分しか関心を持たないが、ティール組織では各個人の人間性をまるごと受入れありのままで仕事をすることで大きな成果を得て、心理的安全性を獲得していくこととある。
従来組織では、組織に属する者は評価される立場であり、意識・無意識のうちに期待されている役割を担おうとして、逆に本来の自分の能力や特性に制限をかけているのであろう。
一方で自分が所属した組織では、各自の評価・成績は全てオープンとなっていて(こういうことをやっているのは自グループだけの営み)、だれがどの評価となっているのかとか、給料等も上司含めてグループ員全員で共有される。このことにより、メンバー間での不公平感はなくなり、信頼関係の構築が形成されていると言える。つまり、あいつは仕事できないけど評価も給料も低いので因果応報か、○○さんは評価も給料の高いがあれだけ成果を上げていれば当然だよね、という具合である。尤もよい面での副作用として、上司の好き嫌いにより成果を出しているのに評価が低い場合(その逆もあり)、その不公平感は白日のもとにさらけ出され、前述した上の下も関係なく物申す営みにより自然浄化される。
話しは逸れたが、このような形でグループメンバーは心理的に安定したものを得られている。
その後、別のグループに移動した際は、従来型組織のためか、評価・成績はクローズとなっており、グループメンバーの不満、不公平感は拭い切れず、メンバー間同士で疑心暗鬼となっており、信頼関係は構築とはほど遠いものであった。
このように、心理的安定を得るためにも、信頼関係を構築する上でも、ティール型組織は有効に機能するパラダイムであるという学びとなった。また、ありのままの自分でいられるか、仕事をすることができるかという点においても、根本となるものは信頼関係であると痛感した。

以上、本書を通してティール型組織はこれからのテレワーク時代を迎えるにあたり、働き方改革を進める上でも非常に重要なパラダイムになることを学べた。そしてティール組織を実現するためにはいかに信頼関係が構築されているかがカギであるということも再認識させられた。
自分が所属した組織を鑑みるにあたり、一部はティール組織として機能しているところもあり、一部は発展途上の部分もあり、その中でティール組織の実現に向けて自分自身のできること、目指すべきものが何かを考えさせられる契機となる一冊であった。
 
投稿者 tarohei 日時 
『ティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』を読んで

本書を読んでまず感じたことは、ティール組織のあるべき姿といま自分が属している組織の比較、違い・差分はどこか、その理由は何かということである。これに対して、以下2つの観点を中心に感想を述べていきたい。

まず一つ目について、ティール組織では上司が細かいことまでマネジメントしなくても、各個人が組織の目的実現のために有機的、自律主体的に業務に関われることのできる組織とある。これはおそらく欧米型組織ではかなりハードルが高いのではと感じた。なぜならば、欧米型組織では個人の業務範囲が明確に規定されており、同僚の仕事には手をださない、プロジェクトがどんなに忙しくても自分の仕事が終われば気にせず帰宅するのが常だと聞くからである。
一方、自分が所属した組織と比較してみると、良きも悪しきも老舗日本企業型であり、周りの状況を伺いつつ自分の業務を進め、同僚の仕事が遅れていれば一部業務を手伝いつつ、必要があれば一緒に残業するなど共同作業体制が暗黙の了解のもと形成されおり、各自業務の過不足を相互補完しつつプロジェクトの目的実現ために業務を担っている。そして上司が業務指示を出さなくても各自が自分の担当分野の仕事だと認識すれば自主的に積極的に業務に取り組んでいる。また、各自が自律主体的に組織に関わるセルフマネジメントを実現する要素として、ティール組織では専門家や有識者による助言プロセスが機能していることが重要だと説いているが、自分が所属した組織では、上も下も関係なく言いたいことを言う、間違っていることは間違っているとはっきりと本人に伝える、上役と言えども間違っていたら指摘する、新人と言えども間違っていると感じたら先輩社員に物の申す、という考え方が徹底されている。つまり、専門家や有識者だけにとどまらず、上も下も横も関係ないような助言プロセスが形成されているとも言えるであろう。さらに、偉い人の考えや判断が必ずしも正しいとは限らない、現場の担当レベルの判断も汲み取るという考え方も当然のように根付いている。
しかし、果たしてこれが本書でいうところのティール型組織と呼べるのかのかと言えば、いささか疑問ではあるが、所謂発展途上というところであろうか。
とは言うものの、ティール組織との違いの理由を考え合わせると、上述のことを実現するには頑強な信頼関係が構築されていることが大前提であると言え、このことは本書でも述べられており、目指すべき組織像においては信頼関係が重要な要素になることを改めて痛感した。

次に二つ目について、従来組織では各個人はあくまで目標達成に関する部分しか関心を持たないが、ティール組織では各個人の人間性をまるごと受入れありのままで仕事をすることで大きな成果を得て、心理的安全性を獲得していくこととある。
従来組織では、組織に属する者は評価される立場であり、意識・無意識のうちに期待されている役割を担おうとして、逆に本来の自分の能力や特性に制限をかけているのであろう。
一方で自分が所属した組織では、各自の評価・成績は全てオープンとなっていて(こういうことをやっているのは自グループだけの営み)、だれがどの評価となっているのかとか、給料等も上司含めてグループ員全員で共有される。このことにより、メンバー間での不公平感はなくなり、信頼関係の構築が形成されていると言える。つまり、あいつは仕事できないけど評価も給料も低いので因果応報か、○○さんは評価も給料の高いがあれだけ成果を上げていれば当然だよね、という具合である。尤もよい面での副作用として、上司の好き嫌いにより成果を出しているのに評価が低い場合(その逆もあり)、その不公平感は白日のもとにさらけ出され、前述した上の下も関係なく物申す営みにより自然浄化される。
話しは逸れたが、このような形でグループメンバーは心理的に安定したものを得られている。
その後、別のグループに移動した際は、従来型組織のためか、評価・成績はクローズとなっており、グループメンバーの不満、不公平感は拭い切れず、メンバー間同士で疑心暗鬼となっており、信頼関係は構築とはほど遠いものであった。
このように、心理的安定を得るためにも、信頼関係を構築する上でも、ティール型組織は有効に機能するパラダイムであるという学びとなった。また、ありのままの自分でいられるか、仕事をすることができるかという点においても、根本となるものは信頼関係であると痛感した。

以上、本書を通してティール型組織はこれからのテレワーク時代を迎えるにあたり、働き方改革を進める上でも非常に重要なパラダイムになることを学べた。そしてティール組織を実現するためにはいかに信頼関係が構築されているかがカギであるということも再認識させられた。
自分が所属した組織を鑑みるにあたり、一部はティール組織として機能しているところもあり、一部は発展途上の部分もあり、その中でティール組織の実現に向けて自分自身のできること、目指すべきものが何かを考えさせられる契機となる一冊であった。
 
投稿者 tarohei 日時 
『ティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』を読んで

本書を読んでまず感じたことは、ティール組織のあるべき姿といま自分が属している組織の比較、違い・差分はどこか、その理由は何かということである。これに対して、以下2つの観点を中心に感想を述べていきたい。

まず一つ目について、ティール組織では上司が細かいことまでマネジメントしなくても、各個人が組織の目的実現のために有機的、自律主体的に業務に関われることのできる組織とある。これはおそらく欧米型組織ではかなりハードルが高いのではと感じた。なぜならば、欧米型組織では個人の業務範囲が明確に規定されており、同僚の仕事には手をださない、プロジェクトがどんなに忙しくても自分の仕事が終われば気にせず帰宅するのが常だと聞くからである。
一方、自分が所属した組織と比較してみると、良きも悪しきも老舗日本企業型であり、周りの状況を伺いつつ自分の業務を進め、同僚の仕事が遅れていれば一部業務を手伝いつつ、必要があれば一緒に残業するなど共同作業体制が暗黙の了解のもと形成されおり、各自業務の過不足を相互補完しつつプロジェクトの目的実現ために業務を担っている。そして上司が業務指示を出さなくても各自が自分の担当分野の仕事だと認識すれば自主的に積極的に業務に取り組んでいる。また、各自が自律主体的に組織に関わるセルフマネジメントを実現する要素として、ティール組織では専門家や有識者による助言プロセスが機能していることが重要だと説いているが、自分が所属した組織では、上も下も関係なく言いたいことを言う、間違っていることは間違っているとはっきりと本人に伝える、上役と言えども間違っていたら指摘する、新人と言えども間違っていると感じたら先輩社員に物の申す、という考え方が徹底されている。つまり、専門家や有識者だけにとどまらず、上も下も横も関係ないような助言プロセスが形成されているとも言えるであろう。さらに、偉い人の考えや判断が必ずしも正しいとは限らない、現場の担当レベルの判断も汲み取るという考え方も当然のように根付いている。
しかし、果たしてこれが本書でいうところのティール型組織と呼べるのかのかと言えば、いささか疑問ではあるが、所謂発展途上というところであろうか。
とは言うものの、ティール組織との違いの理由を考え合わせると、上述のことを実現するには頑強な信頼関係が構築されていることが大前提であると言え、このことは本書でも述べられており、目指すべき組織像においては信頼関係が重要な要素になることを改めて痛感した。

次に二つ目について、従来組織では各個人はあくまで目標達成に関する部分しか関心を持たないが、ティール組織では各個人の人間性をまるごと受入れありのままで仕事をすることで大きな成果を得て、心理的安全性を獲得していくこととある。
従来組織では、組織に属する者は評価される立場であり、意識・無意識のうちに期待されている役割を担おうとして、逆に本来の自分の能力や特性に制限をかけているのであろう。
一方で自分が所属した組織では、各自の評価・成績は全てオープンとなっていて(こういうことをやっているのは自グループだけの営み)、だれがどの評価となっているのかとか、給料等も上司含めてグループ員全員で共有される。このことにより、メンバー間での不公平感はなくなり、信頼関係の構築が形成されていると言える。つまり、あいつは仕事できないけど評価も給料も低いので因果応報か、○○さんは評価も給料の高いがあれだけ成果を上げていれば当然だよね、という具合である。尤もよい面での副作用として、上司の好き嫌いにより成果を出しているのに評価が低い場合(その逆もあり)、その不公平感は白日のもとにさらけ出され、前述した上の下も関係なく物申す営みにより自然浄化される。
話しは逸れたが、このような形でグループメンバーは心理的に安定したものを得られている。
その後、別のグループに移動した際は、従来型組織のためか、評価・成績はクローズとなっており、グループメンバーの不満、不公平感は拭い切れず、メンバー間同士で疑心暗鬼となっており、信頼関係は構築とはほど遠いものであった。
このように、心理的安定を得るためにも、信頼関係を構築する上でも、ティール型組織は有効に機能するパラダイムであるという学びとなった。また、ありのままの自分でいられるか、仕事をすることができるかという点においても、根本となるものは信頼関係であると痛感した。

以上、本書を通してティール型組織はこれからのテレワーク時代を迎えるにあたり、働き方改革を進める上でも非常に重要なパラダイムになることを学べた。そしてティール組織を実現するためにはいかに信頼関係が構築されているかがカギであるということも再認識させられた。
自分が所属した組織を鑑みるにあたり、一部はティール組織として機能しているところもあり、一部は発展途上の部分もあり、その中でティール組織の実現に向けて自分自身のできること、目指すべきものが何かを考えさせられる契機となる一冊であった。
 
投稿者 masa3843 日時 
本書は、上下関係も売上目標も予算もない、これまでの組織運営の常識を打ち破る『進化型(ティール)組織』について解説した本である。私は本書を初めて通読した際に、強い衝撃を受けた。なぜなら、自分自身が所属する硬直的な縦割り組織では考えられない特徴がいくつも記されていたからだ。特に印象的だったのは、メンバーの高い自律性と全てを任せるリーダーのあり方だ。本稿では、従来型組織がティール組織へと進化するための要諦について、多元型(グリーン)組織とティール組織を比較することで考えてみたい。

まず、本書のP70には、組織の発達段階を決める要因として、リーダーがどの段階のパラダイムを通して世界をみているかが重要であると説明されている。読み進めている最中には、リーダーシップを重要視することに疑問を持った。メンバーの自主経営に委ねられているティール組織にとって、リーダーシップはそこまで重要ではないと考えたからだ。

ただ、この疑問に対する答えは、本書の第Ⅲ部で解説されている。リーダーは、組織を規定する必要条件に過ぎないというのが、その答えだ。P429には、『リーダーのレベルが上がったからといって、自動的に組織のレベルも上がることはない』と書かれており、著者はリーダーが変わるだけでは『必要だが不十分』だと断言している。

リーダーが必要条件に過ぎないとするならば、ティール組織へと進化するための要諦は何なのだろうか。ティール組織の前段階であるグリーン組織との違いを掘り下げてみる。

グリーン組織の特徴は、第Ⅰ部第1章の中で、
①権限の委譲
②価値観を重視する文化と心を揺さぶるような存在目的
③多数のステークホルダーの視点を生かすこと
の3点であると説明されている。

一方、ティール組織の特徴は、第Ⅰ部第3章の中で、
①仲間との関係性のなかで動く自主経営
②同僚・組織・社会との一体感をもてるような風土・慣行としての全体性
③組織自体の存在目的と将来の方向性について常に探求し続ける姿勢が要請されること
の3点であるとされている。

一見すると、両者には共通点もある。意思決定の多くをメンバーに任せている点や、価値観や存在目的を重視する点などだ。では、相違点は何か。それは、自分と異なる他者に対するアプローチの仕方だ。グリーン組織では多様な関係者の視点を理解して生かそうとするのに対し、ティール組織では組織の内外で他者と一体感を持つ全体性を求めている。P83では、グリーン組織が『寛容という名の下に意見の違いをうまく取り繕って、すべての真実は等しく価値があることを認める』姿勢であるのに対し、ティール組織は『判断と寛容という対立を超越できる』と説明されている。この、対立性を超越した全体性こそが、進化型組織の要諦ではないだろうか。

それでは、この全体性を獲得するために、組織としてすべきことは何であろうか。私は、あらゆる情報を組織内で徹底的に共有することだと考える。なぜならば、メンバーが他者として相手の事情を理解するのではなく、相手と一体化して対立性を超越するためには、相手方の情報を当事者と同じレベルで持っていなければならないからだ。

情報共有がティール組織にとって重要である例を挙げてみる。例えば、オランダの地域看護師の組織ビュートゾルフでは、全チームの成績に関する全てのデータが共有されている。これにより、ある分野で苦戦しているチームは、近隣地区で抜群の成績を上げているチームを見つけて助言を求め、ベストプラクティスを学ぶことができる。しかし、もし各チームの成績が共有されていなかったらどうだろうか。助言を求められたチームは、なぜ助言をしなければいけないか疑問に思うだろう。そして、そのチームへの理解と寛容があって初めて、助言をしようという気になる。対立性を超越できておらず、理解と寛容に依存している。

また、全員参加の会議も、多くのティール組織に見られる情報共有の仕組みだ。決算や価値観調査、戦略の重要な節目のときなど、共有すべき重要な情報があるときに開催される。こういった重要情報がメンバーに共有されないとすれば、組織として一体感を持って全体性を保持することは難しいはずだ。赤字の決算情報など、リーダーからすればメンバー全員に共有したくない情報もあるだろう。こうしたマイナスの情報に接することで、不安な気持ちになるメンバーもいるかもしれない。しかしながら、プラスの情報もマイナスの情報も余さず共有することで、全メンバーが一般的な起業のCEOと同じ状況に置かれることになり、組織を信頼で固く結んで一体感を醸成することが可能になる。

以上より、私はティール組織の要諦が徹底した情報共有にあると考えた。全ての情報を全てのメンバーに共有することは簡単なことではない。物理的にも心理的にも大きな壁が立ちはだかる。しかしながら、それがティール組織につながる道なのだとすれば、試してみる価値はある。


今月も素晴らしい本をご紹介くださり、ありがとうございました。
 
投稿者 AKIRASATOU 日時 
中小企業こそ早期にティール型組織を目指すべきではないだろうか。
大企業と中小企業に共通した問題の一つに人材確保の難しさがある。しかし現状は大企業と比べ中小企業の方がより深刻な問題である。「中小企業白書2019」(https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/03Hakusyo_part1_chap4_web.pdf)を読むと現状がよくわかる。一部抜粋すると「従業者規模別非農林雇用者の推移」では、従業者規模が500人以上の事業所では2002年以降右肩上がりで雇用者数が増えているのに対し、29人以下の事業所では右肩下がりで推移している(その他の事業所はほぼ横ばい)。次に「前職の従業者規模別に見た、現職の企業規模別転職者数の推移」では、前職が中小企業だった場合は中小企業への転職者数は微減傾向にあり、大企業への転職者数は増加傾向にある。前職が大企業だった場合は中小企業への転職者数は微増傾向にあり、大企業への転職者数は増加傾向にある(従業者数300人以上を大企業、それ以下を中小企業と定義)。
以上より、中小企業は転職先として選ばれにくいという傾向にあり、大企業に比べ人材確保が難しいと考えられる。
そこで、この問題解決のため中小企業こそ早期にティール型組織を目指すべきだと考えるのである。なぜなら企業がティール型組織になることは、今以上に仕事にやりがいが生まれ、仕事を通して自己実現できるようになることであるから。そうなれば企業の大きな魅力かつ他社との明確な差別化になる=人材が寄ってくる会社になると考えるからである。
東京商工会議所の「2019年度中堅・中小企業の新入社員意識調査結果」によると、会社の選択理由は「仕事の内容がおもしろそう(42.6%)」、「職場の雰囲気が良かった(39.8%)」、「自分の能力・個性が活かせる(35.5%)」の順になっている。この結果からもティール型組織への移行により各自が自分のやるべき仕事を主体的に見つけ、自己実現が出来る企業になれば就職希望者から選ばれやすくなると言える。
中小企業は大企業に比べると知名度で劣るため親近感が湧きづらい(見たことも聞いたこともない企業より、多少知っている企業の方がよさそうに見える)。知名度による劣後をひっくり返すためには武器が必要であり、ティール型組織への移行は十分に武器になると考えられる。

ここまでティール型組織のメリットを挙げてきたが勿論デメリットもある。例えば、今までとは業務の進め方が異なるため一時的に社内に混乱が生じる、一度は納得したが実際にティール型組織に移行してみたら従来の組織の方が良かったと気持ちが変わり反発が生まれるといったことが想定される。そして、一番のデメリットであると同時に、ティール型組織への移行が進まない要因だと感じるのは、経営層が今まで手にしていた利益・権利を手放さなければならない点だろう。今まで得られていた金銭的な利益を手放すのも難しいと思うが(会社にとってプラスになるとわかっていても、自分にとってマイナスになるような方針・施策を受け入れるというのは難しいものだろう)、それよりも会社の方向性を決める重要な判断を社員に委ねるのは、社員を信用することの難しさと自分の役割がなくなってしまう事への恐れ・恐怖もあるのではないだろうか。経営層がこのデメリットを受け入れ、エゴを捨てられればティール型組織への移行は上手く進むのではないかと思う。

本書を読み私はティール型組織にとても魅力を感じた。私が勤務先はオレンジ型組織のため求められるのは決められた目標数値の達成であり、出来れば報酬が増え、出来なければ報酬が下がる。目標を達成した時は喜びを感じられ、達成までのプロセスにおいて仕事の進め方を自分で考え実践するという面白さはあるが、ティール型組織で得られる仕事のやりがいを想像すると今の組織で感じる面白さとは段違いだと感じた。また、本書の第Ⅱ部5章「職務記述書 役職 オンボーディング」の中にRDH創業者の言葉として【人々は本質的に優秀だという前提の下、ある従業員が仕事について大体の感覚をつかめば、自分でどうすればよいかを工夫したくなるだろう、と考えています】という記述があるが、私はこの箇所を読んで強く心を揺さぶられた。これほどまでに社員を信頼している企業で働けるのはとても羨ましく思った。私の勤務先は比較的良い会社だと思っているが、トップがここまで社員を信頼し仕事を任せていると感じたことはない。大企業は利害関係者が多く、今の仕組みを簡単には変えられない。コロナ禍により、テレワークの推進や働き方改革などは行われているように報じられているが、実際のところは未だにハンコ文化が残っていたり、無駄な会議が多かったりと組織体制が変わるにはまだ時間がかかると思われる(今のコロナ禍の中でも変わらないのだから、それ以上のインパクトが起こらないと変わらないのではないだろうか)。だからこそ、中小企業にはチャンスがあるのだと感じた。

以上より、私は中小企業こそ人材確保のために早期ティール型組織を目指すべきだと考えます。
 
投稿者 3338 日時 
ティール組織のあり方は究極の現場主義である。だから、現場をよく知る人間が働きやすいシステムを構築していく過程そのものが、ティール組織への移行となって行く。世間でよく言われる、現場と管理職の対立がこの組織には無い。そして、この組織の社員は、対立した時も話し合いで問題を解決し、前向きな姿勢で誇りを持って仕事に取り組むことができるだろう。誰もがそんな組織に属していたら、世界は全く違った様相を呈しているに違いない。

 いま私たち人類は地球を食い潰している、という現状を認識しているだろうか?この生活が地球の犠牲の上に成り立っていることを、理解している人間がどれだけいるのだろうか? そして、その解決策がこの本に示されていることを、どれだけの人が認識できたのだろうか? 滅びゆく地球の悲鳴を聞いて、今価値観を変え新しい世界を構築することが、人類が生き残るたった一つの道だとこの本は示唆している。

 例えば、今アパレル業界では何が起こっているのだろうか?まだ着られるにも関わらず、捨てられる衣類が毎年10億着に上り、この量は毎年シドニー湾を埋め立てることができる量となっている。また、2018年にバーバリーが売れ残った服など42億円分を、焼却処分して問題になった。今やアパレル業界の排出する二酸化酸素の量は石油産業に次いで第二位。大量生産大量消費の悪因悪果の末に、地球には重い負担をかかっているが、これは意識を変え、組織の延いては社会の構造やあり方を変えなければ、解決できない問題となっている。アパレル業界だけではなく、医療、教育、政府等あらゆる分野で行き詰まり、今までの価値観のままでは解決策が見出せない。 
 
 だが、ここで価値観を変え、ティール組織に移行することが、果たしてできるのだろうか?今までとは全く違うどころか、逆とも言える価値観でティール組織は運営されている。
例えば、
・経営陣がいない
・会議が無い
・現場が優先
・全体性の希求
・権限の移譲
・エゴを手放す…等々
今まで現場の人間が主張してきたことは、ことごとく実現することは無かった。

 さりながら、今までの人類の歴史を辿ってみれば、進化が右肩上がりに推移しているわけではない。ある時飛躍的に進化するといった現象が度々起きている。この現状が行き詰まっているからこそ、飛躍的な進化を遂げることで、根底から価値観を変え、組織や社会を変える転機を、与えられたと捉えることもできる。今価値観を書き換えて、ティール組織に移行しなければ、組織として生き残ることは難しいと言わざるを得ない。

 もし、経営者がこの本を読んだとしたら、組織のあり方を変えることで、会社の将来に可能性が広がることに気づく。理想論に過ぎないと否定してみても、本書に語られるティール組織の魅力には抗えない。全く違う価値観の組織に、移行することに不安や戸惑いを覚えつつも、真面目な経営者ほど、ティール組織へのシュミレーションを試みてしまうだろう。今移行することで、不確実性の時代に確実に生き残り、社員も組織自体も成長を遂げ、突き抜けることができる可能性を考えれば、たとえ困難があったとしても、やって見る価値があると多くの経営者が考えるだろう。この本に出会ったことを機会に、自らの組織をティール組織へと移行することを考えてもらいたい。

ところで、まず最初の一歩として、「予測→制御」から「感知→応答」への価値観の書き換えが必要となるが、ティール組織の新たな構築または移行で、問題になるのがセルフマネジメントの形である。確かにティール組織では専門の管理職が存在しないが、すべてが民主主義で決まるというカオスでもない。ある程度のルールは必要となる。その基準も含めて、試行錯誤をくり返すうちに、その業種に相応しい形が整うということになるだろう。ここからすでに「感知→応答」が始まっている。いつもエネルギーが停滞している場所を意識して、解放する手段を模索し続ける。ある意味手探り状態で進んでいくこととなるが、実はこれが一番確実で早いやり方となる。その組織にあった形を構築することこそがティール組織の構築に他ならないからだ。その業種に相応しい現場のあり方が、組織の形を支配する。  

ここで話は変わるが、私が働いている職場は、人間関係が非常にいいので、辞めなければいけない事情ができても、出金日数を減らすなどして仕事を続けたい思っている。実にティール組織の要素が多い。
あまりに人手不足で上の手が回らないせいもあるが、
・ほとんどのルールは自分たちで話し合いで決め、負担が偏らないようにしている
・全員が始業の10分前には働いている
・急に休んでも必ずフォローする
・お互いを補って仕事をする
・人の過ちや遅いことを責めない
・ちょっとしたことでも「ありがとう」

 しかも、コロナ禍でも現在でも、売り上げが2倍近くになった。このスーパーは決してティール組織ではないけれど、他の店舗の商品も売るなどして、地域に貢献している。いつのまにか働きやすい職場になっていた。気持ちよく働けることが、こんなに幸せなことだと思わなかった。

 だからティール組織は究極の現場主義なのだと言える。一人一人が責任を持って、気持ちよく働けたら幸せだと実感している。そんな人が大多数を占めたら、今とは違う世の中になる。
 
投稿者 tomooku 日時 
ティール組織を読んで

 ティール組織で実際起こった各自が自分の内的モチベーションを感じながら意欲的に仕事をするエピソードや経営者が疑いの目で従業員を見れば管理が必要な状況になり、信頼の目で従業員を見れば信頼に値する行動をとるエピソード、経営者も階層意識をなくし、従業員を支配や管理をする意識をなくすというエピソードに感心しながら本を読み進めた。

 どのエピソードをとっても理想的な環境で、理想的な考え方を持ち、自分たちで問題を解決しながら生産性の高い仕事をしている。安心できる職場において、自分は必要とされていて信頼されている存在なのだと感じながら仕事をすることは、生産性も高まり働いている人の幸福にもつながると誰もが思っている。しかし、実際にこのような心持ちで仕事をしている人はどれくらいいるのだろうか?
 私の周りにもこれでいいのだろうかと自信がなさそうに仕事をしている人やなるべくなら大変なことはせず、楽な仕事をして給料をもらえればいいと思っている人がいる。本著を読むまではその人個人のキャラクターや考え方の問題だと思っていたが、組織の発達段階や構造・風土の影響も関係しているのだと今では理解できる。
 残念ながら私は組織のトップではないため、組織を丸ごと変えることは難しいが本著を参考にできることからやってみたい。

次に進化した状態とは何か考えてみた。

『自分自身のエゴから自らを切り離せるようになる』
具体的には自分をよく見せたいという欲求や人々や物事を支配したいという欲求を抑えることができ、反射的に行動することがなくなる。

『意思決定の基準が外的なものから内的なものへと移行する』
判断する上で他者からの評価やどのような結果が出るのかなどの外的要因を考えて判断するのではなく、自分の内面に照らして正しいかどうかを重視する。成功や富は求めて判断するのではなく自身の判断に従って行動した結果にすぎないことを知る。

『人生を本当の自分の姿を明らかにする旅と捉える』
ティールで行くことは自分の内からの声に耳を傾けること。逆境も失敗ではなく本当の姿に近づくための経験だと考えられる。問題の原因を人のせいではなく自分の中に探すことができる。

『知ることに対する全体論的アプローチ』
ティールではエゴを失う恐れがないのでどんな不都合な情報でも受け入れやすい。自分の内なる声を聞くことができるので感情や直感から答えを得ることができる。矛盾しているもの同士を合理的につなげる能力を得ることで複雑な思考通じて単純な思考を超越することができる。

ここまで整理すると、問題の原因を自分に探すことや自分の内なる声を聞くことの大切さなどセミナーやメルマガとの共通点が多いことに気づく。矛盾を対立と捉えるのではなくつながっていると捉える先月の課題図書との共通点もあった。

この状態が進化した状態なのであれば、そこを目指していこうと思う。
 
投稿者 gizumo 日時 
「ティール組織」を読んで

「お気軽に読める本ではないので自信のない方はパスしてください」と紹介された本で、「組織論だし…」と悩んだもののずっと課題図書だけは読み続けているのを休みたくなく挑戦してみました。
 以前、勉強していたことのなかに“組織論”も含まれており当時は、何となく既成事実を後付けした理論のようでそれほど興味もなかったです。しかしながら、驚くことにその勉強(試験科目ゆえに少々古い内容だったかと)から遠ざかっている間に、現実は着々と進み「ティール組織」が最新鋭?!と進化していたのでした。人が営むものとして組織は生きているのだなと感動的でした。組織モデルとしていくつかの段階があり、それぞれに必要に応じて発生、進化したものであるためいわゆる「正解」はないと考えています。タイムリーに今現在、日本はコロナによる「非常事態」真っ只中、それぞれの組織がどのように取り組み対応したのかは、興味が持てるところです。そういった意味でも、自分の属する組織=会社はどうなんだろうと、組織に向かないと自他共に認める自分が傍観しながら考えてみるのも楽しかったです。
 わたくしごとながら、現在はプライベート第一で過ごしております。なかなか自由になる時間を創ることができないなか、捻出した時間を使ってする「読書」は贅沢な時間で本当に楽しかったです。自分では絶対に手に取らないような本を読む機会が持てるこの「課題図書」のシステムに感謝しております。ありがとうございました。
 
投稿者 gogowest 日時 
「ティール組織」を読んで

本書を読んで、発達心理学に則った組織形態の段階についてはっきり意識することができました。
この組織論によると、私が勤めている企業はオレンジ組織に分類されることになります。本書によりオレンジ組織の特徴を指摘され、改めて自分の仕事環境の性質を認識することができました。

オレンジ組織とティール組織の成り立ちの違いについてX理論とY理論について論じたところにその違いがはっきりと現れています。これはとても納得しました。 
従業員を不信の目でみて、コントロールするために規則や、命令、罰則を定め、従わせようとするX理論で考えると、従業員側はそれを出し抜こうとして、結果、逸脱した社員の行動が出てくるのに対し、一方のY理論では、従業員に信頼をもって接すると、従業員は責任感ある態度で、それにこたえようとするというところがとても合点がいきました。恐れは恐れを生みだし、信頼は信頼を育てるという原理です。
従業員を不信の目で見るオレンジ組織と従業員への信頼を基調としたティール組織の二つの組織の社員の扱いの違いが、長い時間の中で、社員の質・能力の違いを生み、成果に反映されていくことになります。

オレンジ組織のなかに、完全に浸かりきっていると、仕事に息苦しさの部分があるのは、当たり前で、それをものともせず仕事をすることで対価を得るという世界観が私の中では、当然になっていました。
一方、本書で詳細に語られているティール組織では人間性に関する基本的な前提があり、メンバーに対して信頼をよせることで、モチベーションを向上させるという組織運営です。それに反して、オレンジ組織は、恐れによる動機付けであり、インセンティブ(報酬など)をあたえることでやる気が上がると考えているという大きな違いがあります。

オレンジ組織ではとても不自然な方針設定・運営がされています。例えば、オレンジ組織では、売上高は必ず前年を上回っていなければならないという論理が支配しています。私は以前からこれに非常に違和感がありました。社会全体や業界としての「波」があるのが自然であり、その結果、売り上げがその時々で変動するのがむしろ当然ではないかと個人的には思っていました。しかし、オレンジ組織ではそのような論理は受け入れられず、トップが決めた方針に従わざるを得ないのです。これは組織のメンバーにはどうしても無理な負担がかかる前提条件です。

本書を読む前はティール組織というものはあり得ない理想を語ったものという先入観がありました。しかし、本書によって、ティール組織が人間の本質を理解したうえでの人間らしい組織であり、実際、実現している企業があることを知りました。それ以前のオレンジ組織では従業員は「機械」あるいはパーツに過ぎない扱いであるのとは大きな違いです。

ティール組織でのモチベーションの高め方はとても自然な人間の本性にそったものです。
人は生まれながらに社会性があり、「誰かの役に立ちたい」という思いは人間の本性であり、役に立ったと認められることに、喜びを感じ、達成感を感じます。そして人との暖かい繋がりや信頼があることで、幸福感が高まり、強いモチベーションになります。
ティール組織でおこなわれる自主経営では、社員はこの強いモチベーションで主体的に仕事に取り組むようになります。

ティール組織の「自主経営」の考えでは、仕事をするうえでの「自由と責任」が両方あります。この責任感はとても健全なものだと思います。自分の仕事に主体的に取り組むことで、誇りも持てるし、正しい責任感も育ちます。本の中でFAVIの事例として、納期に数時間遅れそうな案件があった時に、社員のチームの一存で、ヘリコプターをチャーターして、期日までに無事に届けたという逸話があるのが、その一例です。誇りを持った仕事であれば最後まで、完璧にやり遂げるという気持ちが出てきます。

今の時代、責任感が持てなくなっている人が多くなっていると思います。それは、仕事上のことだけでなく、生活のあらゆる面に出ています。人の感覚が何かマヒしていると感じます。たとえば、便利なインフラやサービスを当たり前のこととして使い、とくに感謝も感じることもないこと、豊富な食物を当たり前と感じ、なぜそれがあるのかに思いをいたすこともなく、食物を無駄にすることがおきています。食品ロスの問題は大きな社会的問題になって久しいです。
食べ物への感謝、あらゆる創造物、先人への敬意など、古い世代の世界観のように見えますが、その感覚自体は真っ当な人間性からきているものです。この世界の中で生きるということは、多くのものから恩恵を受けているし、それだからこそ社会、世界、生物界、地球に対して責任があるという感覚を持てる人はごく少数です。こういった感覚がないから人間の本来の生き方から離れていくように感じます。

世界の歴史では、産業革命後、新しい土地に進出していきながら、経済的に成長してきた経緯があります。しかし、現在は世界中に人があふれていて、まったくの未開の土地はすでにないので、GDP的な成長が鈍化していくのは当然の成り行きです。
「ホモ・デウス」に示されている地球上の大型生物の重量の91%は人間自身と家畜であるというデータが示すように、人間という一つの種族のために、とんでもないアンバランスがおきています。
地球資源は水も土地も空気も有限であるために、量的な拡大は現時点ですでに限界にきています。今までのようにGDPの拡大を目指す方向ではなく、次の時代は内面の充実、幸福感の増大の方向に向かうべき時が来ています。失われてしまった「全体性」を取り戻して、持続可能な社会への道筋を付けれるのはティールの視点だと思います。その自主経営、全体性を取り戻そうとする努力、組織の存在目的に耳を傾けるなど、今までにない視点を持ったティール組織が、人類の歴史のこの時期に、各地で出始めたことは起こるべくして起こったパラダイムシフトであり、循環型経済に変わっていくために必要なエポックであるとおもいます。

とても刺激になる本でした。ありがとうございます。
 
投稿者 sarusuberi49 日時 
 一読した限りでは、「ティール組織」とは崇高で夢のような美しい組織であるように思う。そのような組織に憧れるし、いつかそんな働き方をしてみたいとも思う。しかし、現実にはそれほど簡単なこととは思えない。少なくとも私の勤務する会社組織での実現は望めそうにない。なぜならば、私の勤務している会社は典型的な「オレンジ組織」であり、それは関連会社や取引先のみならず、地域社会とも連携した、大きな「オレンジ組織」の中の一つのパーツとして適合し、機能しているからである。そのため、「ティール組織」へと進化するためには、まず地域社会全体が「ティール組織」のような異文化に対して寛容になる必要があると思う。

 では、この本から学んだことをどのように現実世界で活かす道があるのだろうか。昨今、子供を虐待する親の事例が新聞紙上を賑わせている。この本によれば親子関係は「無色組織」であるため、親と子供との境界線が曖昧になりがちである。そのことが、子供への親の過干渉や支配や価値観の押し付けが生じやすい一因であるとも言えそうである。
 なので私は、家庭内を「ティール組織」へ近づけるというチャレンジを試みた。具体的には、親である私が「ティール組織」の経営トップのように、口出ししたい欲求を抑え、求められた時のみ助言するのである。また、高校生である娘を1人の人格をもった大人として扱い、家庭内をどのように切り盛りして行くかなどのルール決定に関しては助言を求めるのである。加えて、良いところを具体的に褒め讃えたり、感謝を言葉にして伝えたりといった行動も取り入れた。実際にやってみた限りではあるが、家事の分担などの敵対的になりやすいテーマについても、良い関係を維持しつつ、時間をかけて話し合うことで同意することが出来て驚いた。また、娘が不用品の処理や家具の組み立てなど、以前なら親任せであった作業を、誰にも頼らず自分一人で手順書を読みながら完成させていたのが印象的であった。

 なので、信頼して任せるというチャレンジを、親子関係に限らず、他の人間関係でも実行して行きたい。このような身近な取り組みが、将来「ティール組織」を受け入れる地域社会の土壌作りにつながっていけば嬉しく思う。
 将来、「ティール組織」が働き方のスタンダードとなる時代が来るのかもしれない。階級や権力に執着せず、社会貢献や環境保護を重視するミレニアル世代の若者達は、案外すんなりとハードルを越えてゆきそうである。

 私としては、この本の中で紹介されていたような、周囲への思いやり、自己開示、誠実さなどを備えた感性湯豊かな人間になれるよう精進したい。とりわけ、瞑想や美術鑑賞を通じて直観力を鍛えることも重視されている点が興味深い。せめて、「ティール組織」で働くにふさわしい豊かな人格を備えた人間になりたいものである。
 
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投稿者 mkse22 日時 
「ティール組織」を読んで

本書を読み終わったとき、実業家の堀江貴文氏のことが頭に浮かんだ。
彼の主張が洗練された形で本書で述べられていたからだ。

堀江氏の主張に「遊びが仕事になる」がある。
これからの時代、AIが発達することで、これまでの仕事はAIが行うようになるため、
無くなっていく。そうなると多くの人が暇になる。
暇になると遊ぶしかない。その遊びのなかにハマるものを見つけることができれば、
それを突き詰めていくことで他人との差別化につながり、
仕事として成立する可能性があるという論理だ。

この考えを最初聞いたとき、私はどうしても違和感を感じざるを得なかった。
理屈では理解できるが、感覚としてしっくりこなかった。

その理由は、私が何かにハマった経験が少ないからだ。
ハマったことがないから、その状態から仕事に結びつけることがイメージできないのだろう。
さらに、仕事に繋がりにくいことにハマった場合はどうなるだろうかと考えてしまった。
例えば、小説を書くことにハマったら?芸術にハマったら?
これらはもともとプロを目指している人でもその道だけで生きていくことは困難な世界だ。
幸運な人を除いてうまくいくとは思えない。

このようなことを考えていた時に本書に出会った。

本書では進化型組織の特徴として、「自主経営」「全体性」「存在目的」を重視する点が挙げられている。特に「全体性」「存在目的」についての記載を読んだとき、堀江氏の言いたいことが私の理解と異なる可能性に気付いた。

本書を読むまで、私は堀江氏の主張を競争を前提に聞いていた。
なぜ、競争を前提に聞いたかというと、私の中に自己防衛の考えが無意識のうちにあったからだ。
自分の生活や地位を守るためには、他人との競争に負けるわけにはいかない。
だからといって、他人を蹴落としてまで勝ちたいとは思わないが、自分を犠牲にしてまで他人に勝利を譲ることはおそらくできない。学生・社会人生活の中でこういった考えが私の中に刷り込まれてた。

しかし、「自己防衛」から「存在目的」に重点を置き換えて堀江氏の主張を聞くと、印象が一変する。
「自己防衛」に重点を置いて堀江氏の主張を聞いているときは、遊びにハマってそれを仕事にしていくプロセスで視点が自分から他者に移っていくように感じていた。
最初は自分の熱意を傾けることができるな何かを見つけ、それにひたすら集中する。
それが一定の量を超えて、遊びを仕事として成立させようとすると、同じものに熱意をもつ人たちとの関係を意識しはじめる。「この点は彼に劣っているが、あの点では勝っている」みたいな感じだ。
なぜなら、すべての面で同業者より劣っていたら、それを仕事としてもお金を得ることを得ることができないからだ。全体からみた自分の位置を確認しながら好きなことをして生きていくイメージをもっていた。

ところが、「存在目的」に重点を置いて堀江氏の主張を聞くと、遊びにハマってそれを仕事にしていくすべてのプロセスで自分視点から考えることができる。
これだけ聞くと一昔前に流行った自分探しと似ているが、大きな違いがある。
自分探しは現実の自分とは異なる理想の自分を見つけること、いわばあるべき自分を追い求めることだ。これは、現実の自分の否定だ。
「存在目的」は現実の自分の肯定である。存在目的を考えるとは、現在の自分の存在を前提として、自分の内面と向き合い、どうなりたいのかを考えるからだ。

さらに、全体性が醸成されている環境であれば、自分を曝け出してもだれも否定しない。これは、自分と社会が分離せず一体化していることを意味する。自分を否定するものと一体感を持つことはできないからだ。この状態は、他人との摩擦がない(他人がいない)ため、ひたすら自分のしたいことに集中できる。

以上より、「全体性」「存在目的」を重視して堀江氏の主張を聞くと、遊びを通じて自分がしたいを見つけ同じような価値観を持った仲間とともに社会で実現していくと理解できる。
ここで、自分のしたいことは、自分の心の声に耳を傾けてみつけたものであるため、最も根源的なものである。現在の自分の存在を肯定できて、さらには心の底からしたいことができる。これは幸せな状態だろう。

本書を通じて、堀江氏が主張をより明確に理解できたことは、大きな収穫だった。

今月も興味深い本を紹介していただき、ありがとうございました。
 
投稿者 vastos2000 日時 
こんな風に組織の形態を分類するなんて著者のラルー氏は着眼点が鋭いな、と感じた。私は
20代から30代にかけて、少なくとも月に1冊のビジネス書を読んでいたので、(文化庁の調査を信じれば)日本人の中では読書量が多いほうなのだが、読んだビジネス書のそのほとんどはオレンジ組織を前提としているものだった。
つまりは、今あるオレンジ組織の中で活躍する、オレンジ組織を効率的にまわすためどうするかと言うことがテーマになっており、そもそも「組織形態を(例えばグリーン組織に)変えよう」と訴える本はほとんど読んだ記憶がない。(例外は稲盛さんのアメーバ経営かな?)

そのような本が多く出版されるのも、日本人はお上、親、会社や学校などから与えられた環境の中で頑張り、最適化することを考えるケースが多いからなのかもしれない。(たしか、メルマガでもこのような趣旨のことが言われていたような・・・)
トヨタ式カイゼンはその典型例だと思っているが、今ある環境(枠組み)の中で無駄を省き、如何に効率や生産性を上げていくかを追求するもので、その前提となる環境や枠組みを変えるというものではない。

上に書いたような、いわば自分の目線の高さでの工夫や改善ではなく、本書のような、一段二段上から眺めてみることも意識してやらないかぎりはできないと感じる。
なぜならば、思考の基礎を気づく学校教育では(特に昭和の末期から平成初期にかけて)教科書に書いてあることをしっかりと記憶し、(パターン数は多いが)決まった形式の問題をより早く正確に解くことを教え、このようなものの見方を教えないからだ。
もちろん中には自ら一段上から物事を見ることを身につける人もいるだろうが、私の40年程度の人生経験ではそのような人は少数派であるように思える。

学校教育で言えば、今年、小学校から始まる教育指導要領の改定では英語の教科化とプログラミング教育の導入ばかりが注目されるように感じるが、政府によれば、『グローバル化や人工知能・AIなどの技術革新が急速に進み、予測困難なこれからの時代。子供たちには自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、自ら判断して行動し、よりよい社会や人生を切り拓いていく力が求められます。』とのことで、これからの世の中で「生きる力」を身につける教育に舵を切っていくそうな。
特に公立の学校においては、教える側の教師が大して変化していないように見えるので、新しい教育が広まって行くには多少の時間を要すると思うが、いつかは今までとは異なる学力を身につけた人材が社会に出てくる事になるだろう。
現在でも、一部の先進的な学校ではすでに政府の言う「生きる力」を涵養する教育を行っており、暗記重視、パターン認識強化の学力とは異なる学力を身につけている高校生や大学生も見かけるようになってきた。(千葉の市川高校の取り組みには衝撃を受けた)


少々脱線したので話を組織のことに戻す。
今後、どれくらいの速度でグリーン組織やティール組織が増えるか、さらにはその先の形態の組織が現れるのかは私にはわからないが、だんだんとアンバーやオレンジの価値観は古いものになっていくだろう。今ではレッドの組織が古いと感じられるのと同じように。

レッドの組織が古いと言う自分のことはどうなのだと考えると、現在所属する組織は「ややアンバーが入ったオレンジ」だと判断した。
その理由としていくつか挙げられるが、特に次の3つの点からそう判断した。
1.組織の目的が「組織が存在しつづけること」
2.ヒエラルキーがはっきりしている。
3.やっていることはほぼ同じことの繰り返し。書類一つ作るにも昨年のものを踏襲する。

私自身は40代であり、先にも書いたようにビジネス書を多く読んできたこともあり、発想や思考がオレンジやマゼンダの組織にどっぷりとつかっており、これからの人生でグリーンやティールの組織に入ることになったらやっていけるのかと不安を感じる。
指揮命令系統がなくてパフォーマンスが上がるのか?セルフマネジメントができる人間ばかりが集まることはあるのか?と疑問を感じるし、自分自身も数値目標がない環境で頑張れるのかと思う。
もしかすると、数値目標なんかがなくてもやりたくて仕方がないことが仕事になるのかもしれないが、人間は皆、自分がやりたいことをやっていれば価値を生み出せ、食っていけるようになる世の中がやってくるのか?

ただ、本書で言うようなルート(オレンジ⇒グリーン⇒ティール)ではないかもしれないが、今後の社会や組織のあり方が変わるのは避けられないと私は思っている。
2月以降のコロナ禍で、多くの人々はリモートワークやオンラインの有用性に気づいたことと思う。私は地方在住なので、なかなか東京で飲み会があると聞いても参加できなかったが、オンライン飲み会であれば、ネット環境があれば地理の制約無しに参加できることを体験した。
ネットワークの発達がコミュケーションのあり方を変え、それが組織の形態にも影響を及ぼすと考えている。移動手段が人力のみだった時代は、一人の人間が一生涯に合う人間も触れる情報量も現代よりずっと少なかったので、変化のスピードも今より遅かったことと思うが、
それに対して現代は(付き合いの濃さは別として)つながっている人間の数が多い。遠く離れた地にすんでいる友人や知り合いの近況もSNSを通じて知ることができるし、その気になれば簡単にコンタクトをとれる。
そのことが影響して働き方も変わってくるだろうし、組織のあり方も変わるのは避けられないだろう。

課題図書の第79回の『LIFE SHIFT』以降、将来の変化を感じさせる本がいくつか課題図書となったが、毎月課題図書に取り組むことで、すくなくとも知識の面では準備が進んでいるので、後はココロとスキルを整えておくことが必要なのだろう。
今回の課題図書を読んだことで、今後、組織や働き方の変化に関する情報に触れた歳の情報摂取の歩留まりが良くなったことだろう。

毎回のことであるが、有用な図書に触れる機会を与えられたことに感謝。
 
投稿者 H.J 日時 
本書は、従来の組織とは一線を画したティール(進化型)組織の概要や成功事例を解説した書籍である。
本書の読み方は様々な読み方があると思う。
例を出すと
・ティール組織とは何なのか。
・ティール組織論で成功した企業は何を実践しているのか。
・ティール組織に移行するためにはどうすればいいのか。
・ティール組織に移行したその先に何があるのか。
タイトルもテーマも「ティール組織」の影響なのか、”組織”が前提になった読み方になってしまう。
ただ、一呼吸置いて、本書の内容を考えると”組織”だけではなく”個人”も大きなテーマである様に思える。
なぜならば、『ティール組織は環境の変化に応じて進化した組織』(付録3最終頁・kindle88%)であり、組織とは人の集合体であるからだ。
つまり、”組織”があるところに”個人”は必ず存在しているため、”組織”を考える上で”個人”は切って離せない要素なのだ。

まず、ティール組織について、とても楽しい理想郷の様な組織だと思う。
そう思うのは、私の性格や価値観が大きく関係してるだろう。
同じ様な単純作業をやり続ける自信はないし、体育会的なノリも好きでない。
トップの意思決定を得るために根回しするために作業時間を取られるのも好きではない。
そんな私から見ると、同じ目的を持った人々が集まり、主体的に動ける組織なんて、とても前向きで素晴らしい。

しかし、ティール組織を100人いたら100人が大歓迎かと言うと、そうではないと思う。
なぜならば、ティール組織を良しとしない考え方の人は少なからずいるからだ。

例えば、ティール組織の3つの特徴のひとつ、自主経営の側面から考えてみる。
自主経営とは、原則として、主体性を持ったメンバーそれぞれが自分の判断で意思決定をすること。
つまり、自分の責任に於いて判断、決定をすることだ。
ただ、世の中には失敗の責任を他人になすりつける人や自分で決めることを恐れて同調するだけの人もいる。
特に日本人は同調圧力が強い民族だと言われている。
これについては、最近のコロナ対策に於ける外出自粛を守らなかった有名人をSNS等で総叩きしてるあたりからも見て取れる。
「私達は守ってるのに、なぜあの人だけが?」みたいなマインドから来ているのだろう。
この同調圧力は、良く言えば集団の和を重んじている。と言えるだろう。
しかし、逆に悪く言えば、個を押し殺してるだけだ。
同調さえしてれば攻撃されることもない。
自分で責任を負いたくない人からすれば、この上ない楽な風潮である。

そういったマインドを持ってる人々が、自主経営出来るか?

と言われると、難しいだろう。
なぜなら、責任を負いたくないから、他人になすりつけるわけだし、同調してるだけで責任を負わなくて良い様にしてるからだ。
勿論、同調してる人が全員この責任を回避してるわけではない。
ただ、ここでは、責任回避のために同調している人は少なからずいるということを言いたい。
そして、こういった人たちは、ティール組織を好みはしないだろう。
なぜならば、責任を負いたくない人が、自分の責任に於いて判断、決定することを良しとするとは考えにくいからだ。
実際に本書内の巻末の解説(kindleで言うと92%あたり)にて記述されている様に、ザッポス社でCEOが全社員に本書を読ませ、ティール組織への移行に賛同できない人に給料3か月分の退職金と共に会社を去るように通達している。

そういった人達にとっては、従来型の組織モデルの方が居心地が良いのだろうし、ティール組織は良く映らないだろう。
それはそれで良い事だと思う。
個人の価値観で、いくらでも変わるものだからだ。
個人に合った組織に属して幸せならば良いことである。
そもそも、時代や状況が変われば、組織論さえも変わる。
例えば、戦争中の国がティール組織を実践するわけがない。
達成型(オレンジ)組織では地位を表す一種の通貨、ティール組織ではエゴにとっての蜜の様なものと例えられた役職が、負けない限りは自分の命を守る盾になるからだ。
そういった状況であれば、順応型(アンバー)や衝動型(レッド)の方が最適と言えるだろう。

以上から時代や状況、自分の価値観に合わせて、個人が何を選ぶのかが重要であるという結論に至った。
個人が、状況に合わせて、どの組織を選択するのか。
時代の流れに合わせて、個人が多様化するように組織も多様化する。
その中で組織を選ぶのも、ひいては生き方を選ぶのも、自分の選択である。

一方で組織から見ても、ティール組織を目指すだけが全てではない。
企業事例に出ていた企業もティール組織を目指したわけではなく、理想的な組織を目指した結果、成功し、ティール組織にカテゴライズされて、本書で紹介されただけの話だ。
組織が理想とする形を選択していくことの延長線上が、ティール組織の一面を持つ多元型(グリーン)組織だったよね。という形も良いと思う。
そこで組織に属する全員が、共通意識を持ち、自分で選択出来、幸せに生きているのであれば、組織の形として良いと思う。
なぜならば、今までもそうだった様に時代や状況に応じて、組織も個人の生活も変化していくからだ。
そう考えると、ティール組織すらも通過点となる日が来るだろう。
 
投稿者 LifeCanBeRich 日時 
“ティール組織と私のいる組織”


生き残りを目的としない組織が存在することに驚いた。

私のいる組織の最重要事項は利益を出して市場で生き残ることだ。なぜなら、資本主義社会において利益を出さない組織には解散、破産という死が待っているからだ。よって、利益を追求することは、私にとって当たり前の考えであり、更には倫理に反することなく利益を出して組織が成長し続けるのであれば、それが組織内にいる人たちの幸福に繋がるという信念を基に行動している。私は、本書を読むまでこの考え方と行動様式について疑いを持つことは無かった。

しかし、本書によると私の当たり前とは裏腹に、ティール組織には生き残りへの執着がないという(P.326)。確かに、パタゴニア社がオーガニック・コットンの採用に踏み切った時、生き残ることや成長することが目的となっているのではなく、パタゴニア社が「どうあるべきか」という在り方を目的としていた。そして、パタゴニア社の地球の環境に配慮するという在り方に世間は共感、賛同し、結果としてパタゴニア社は大きな成長を遂げた。

つまり、ティール組織の中の人たちは、あるべき姿を追求すれば成長は後から付いてくる(P.330)という信念の基に行動しているという事実に、私は大きく驚くと同時に、深い尊敬の念を持った。なぜならば、現在の弱肉強食である資本主義社会において、生き残ることよりも在り方を優先するというティール組織内で共有される意識を持ち実践することは、今の私には現実的に映る事ではなく、恐くて到底出来ないと感じるからだ。つまり今の私はP.73に書かれるように、ティール手前の「第一段の」意識範囲にいるのである。

では、「第二段の」意識範囲となるティールに移行するにはどうすればよいのか?

本書では、エゴから自らを切り離すことでティールへの移行を可能にするとある(P.75)。エゴとは、出世、成功、富、地位、幸福、愛を得たいという欲望や願望のことだ。そして、現在の殆どの組織は、階層的なピラミッド型の構造や評価制度を持ち、お金やポジションなどで人たちを動機づけし、組織内での個人間競争を推進するという人たちの目的がエゴの達成に向かうような組織の在り方になっていて、この点が現代の組織が内包する問題であり限界、つまり人々の可能性を発揮する妨げとなっていると著者は指摘している。

では再度、私のいる組織を見てみよう。組織が小規模なためピラミッドのような縦長の階層ではないが、上述したような組織内の人たちの目的がエゴに向かうような要素は多くある。例えば、給与と賞与は個々人の貢献度によって連動し、意思決定の権限や予算も社内のポジションによって変動するようになっている。そして、最初に述べたように私のいる組織の目的は、利益であり、成長であり、生き残りであり、これもまた一種のエゴだ。だとすると、組織も組織内の人たちもエゴの達成が目的となって組織活動をしていると言えるのだ。ここで私の中に浮かぶ疑問は、そのような組織の内にいる人たちが真の意味で幸福を得られるのだろうか…、今いる組織の目的や在り方はこのままで良いのだろうか…ということである。

結論は、言わずもがなであるが組織内の人たちが幸福を得ることは極めて難しく、よって組織の目的や在り方は変える必要があるということだ。この結論に至ったのは、私自身が持っている組織内への人たちへの不満が実は彼らに原因があるのでは全くなく、そもそも組織の在り方に原因があると分かったのが決定打となった。

私が今いる組織の内の人たちに対して持っている不満とは、思考と行動の人称レベルと主体性の向上についてだ。人称レベルについて求めるのは、思考と行動を自身の目線に留まらず、相手の目線、第三者の目線、更には市場レベルの目線を段々と上げてもらうことであり、主体性について求めるのは自身の頭で考え、判断し、行動を起こしてもらうことである。これらは、組織側から見ると是が非でも組織内の人たちには身につけてもらいたい技術であり、能力であり、心の持ち方ある。しかし、現状は組織側の思惑通りに至っていない。原因は、勿論、組織側の実現へのアプローチにある。

人称レベルと主体性とは、インテグラル理論の四象限にあてはめると右上の『個の内面』の領域内となる。もしも、この『個の内面』の向上を追求するならば、本書に書かれるように他の三つの領域も追求する努力を並行して行えば達成できるのだ(P.390)。しかし、私のいる組織では、人称レベルや主体性の向上を促す、組織文化も、評価制度も、意思決定の権限移譲も、行動指針も充分とは程遠い状態なのだ。もっと言えば、この組織は人の可能性を引き出すために必要な信頼を基に自由や責任を与えるとは逆に、統制や管理を基に自由や責任を与えていない在り方なのだ。この様な現状で、組織内の人たちが幸福を掴むことは、少なくとも組織活動においては難しい。

今回、本書でティール組織を知ることで、私のいる組織の目的が歪んだものであり、また組織の在り方についてもその欠落している部分の多さとその深刻度に驚いた。ただ、これを良い機会として私のいる組織を少しでも人の可能性を広げるティール組織に近づけるように努力する。


~終わり~
 
投稿者 yuttysquirrel 日時 
ティール組織を読んで

私は、この本は人類が次の組織運営のパラダイムに進むための指南書的な位置付の本という
認識をもって読みました。私自身は、課題図書で紹介される前から、所属する組織の在り方や業務評価について
納得しておらず、かといって現状の打破もできないという状況だったのもあり、自分の所属する組織を何とか
できないかと思ってこの本を手に取って読みました。

1回目を通読した時は、こういうティール組織でのびのび働きたい!と思い、本気で会社を
作れないか考えたものです。通読が終わってから、再度読み込むと自分がオレンジとグリーンの
中間の状態にいる居場所が居心地よく感じてしまい、ティール組織の本が苦しくて再度読めない
状態に陥りました。自分の頭の中では、ティール組織にパラダイムシフトをしていかないと
いずれ社員内から暴動がおきて会社そのものが存続できないという危機感はもっています。
ただ、現実を鑑みてみると、日本の教育現場でオレンジ組織もしくは、グリーン組織の考え方を幼少期から詰め込まれており、
自分をパラダムシフトさせるのは非常に難しいと感じています。
まずは、自分自身がまずはティール組織の考え方にパラダイムシフトしなければ、ティール組織なんて
あり得ないだろうと感じました。

今現在、私は常駐という形で働いているので、派遣先と派遣元の2つの組織に向けた
実績を上げねばならず、なんとも微妙な位置づけにいて、のびのび働けているのか?
と自分に問いただせば、半分のみのび、半分窮屈さを感じてもおり、正直ティール組織どころでは
ない現実に打ちのめされてはいます。

このような状況の中でティール組織についての本を読んだので、日本でティール組織が
受け入れられるのか?とまずは、疑問に思いました。疑問に思った理由は、コスト削減のため
働き甲斐というよりは、仕事があれば採用、仕事がなければ契約を切ってしまい、
使い捨てのような感じを日頃から感じており、日本の経営者はティール組織なんて
絶対に導入したくないだろうと思ってしまったのです。
だから、ティール組織を導入するならば経営者からパラダイムシフトをしていかねば
ならないとも感じました。

私がこの本を読んで素直にすごいと思った会社は、オランダのビュートゾルフという会社です。
どうしてこの会社がすごいのかというと、介護を必要とする一人一人に対し、組織として
人間の尊厳を尊重して仕事としている点ですごいと感じました。介護は介護される人と介護する人で
成り立っていますけれども、人対人に関する仕事となりますので、お互いにイライラをぶつけたり
ぶつけられたりしやすい現場であり、ストレスを抱えやすいと想像に難くないです。また私自身が
祖父を介護したときは、祖父のわがままに非常にイライラを募らせた経験もあり、自分自体は
なるべく介護されずにピンピンコロリで死ねるように健康管理には気を使って暮らしています。

そんなストレスがたまりやすい現場を考えると介護を受ける人も、介護もする人もお互いに満足度が
高くあり、医療費が抑えられているという事実は、自分も含め見習うべき点が非常に多いと
感じました。

医療費が抑えられれば国として助かりますし、また自分が人間の尊厳を尊重して介護を受けられるという
希望が持てるのなら、老人になるのも悪くないのではないかと感じました。

また、ビュートゾルフ内で組織の風通しが良い点についてうらやましいと感じました。
私は今の職場に長くいますけれども、社長と話したことなんて1回もありません。
また部署間をまたがる交流やチームメンバー内でお互いに評価するようなことは1度もありませんでした。
そんな典型的な会社の中にティール組織を導入しようとする気になるのかはなはだ疑問に感じました。

管理部門は命令することに慣れているので、逆に自律的に活動されると自分の権限がなくなるので
嫌がる人が多いようにおもいますし、本書の中でもティール組織になじめない人は会社を去っていく
人がいることが記述されていました。

だから世の中的には、すべての組織がティール組織になっていくのは難しいし、仮になっていくとしても
私が生きている間は難しいのかなと感じます。

それでも、自律的にやっていかないと組織も社会も継続が難しくなっていく記述があるので
せめて自分がティール組織の一員として、組織づくり、会社作りができるように
まずは意識を変える所からやっていきたいと考えています。

本書の中でも書いてあるように最初からティール組織にして経営していたわけではなく
経営の目的、状況に応じて徐々にティール組織としてやっていた旨の記載がありました。

こういう指南書的な本があるのですから、私自身も自分で小さな組織からティール的な会社を作るか
ティール的な会社を見つけて転職するなど、別な形のやりがいを探したほうが良いのかもしれません。

以上となります。

ありがとうございました。
 
投稿者 jawakuma 日時 
『ティール組織』を読んで

◆主題:企業活動の推進と地球環境保護の折り合いをどうつけるか?
企業の社会的責任(CSR)が問われている。コーポレートコミュニケーションの一環として、経済的な指標である「アニュアルレポート」とあわせ、「環境報告書」・「CSRレポート」を刊行し投資家やステークホルダー、担当省庁に情報発信を行っている企業が増えてきており、経済面と環境面をあわせた『統合報告書』にも注目が集まっている。

◆問題:【達成型パラダイム】では、利益追求に注力するあまり環境への配慮が蔑ろにされがちである。
よくある企業のCSR活動の一つに挙げられるのが“植樹”である。もちろんこれが悪いという訳ではないが、二酸化炭素を排出しているからという理由(←これはほぼ全ての企業にあてはまるわけだが)からだけで、本業とは関係のない植樹を行い、企業のCSR活動と銘打つことに違和感を覚えるのだ。本業では利益追求に注力するあまり、環境への配慮が蔑ろにされるため、せめてもの罪滅ぼしとして植樹(CSR活動)を行い、世間に媚びているような印象を感じてしまうのは私だけだろうか。
こういった違和感を解消するにはどうしたらいいのだろう。巷間にあふれる【達成型パラダイム】の企業では、利益追求に注力し過ぎるあまり、本来の存在目的であるはずの、企業憲章やクレドについては、社員はもとより経営者すらもうろ覚えとなっているケースが多々ある。資本主義の世の中ではこれが定常化しており、仕方ないものだと諦めかけていたが、本書に掲載されている組織では事情が異なっていた。
 本書で掲載されていた【進化型パラダイム】のティール組織では、その集団の“存在目的”が重要視されており、その組織の利益と矛盾する場合には“存在目的”を優先する判断をするというのである。これは私のように【達成型パラダイム】の企業に属している人からすると常識外の判断といえるだろう。

◆主張:【進化型パラダイム】でのティール経営がサスティナブルな企業活動推進の切り札となる。
本来であれば、どの組織も本業の活動内容自体がサスティナブルなものであることが望ましく、それであれば上記のような罪滅ぼしの環境活動を行う必要もないわけだ。しかし、業種的にどうしても環境に負荷がかかる組織があるのは事実である。そういった組織の場合でも、【進化型パラダイム】にて運営されていれば、それぞれの“存在目的”に立ち返ることで利益追求ではなく、環境に配慮した経営判断をすることができ、その本業での判断そのものがCSR活動として取り上げられることができるのではないだろうか。

◆インテグラルな『統合報告書』の構想
 上述したように、財務面(アニュアル)と非財務面(CSR)をあわせて表記することで『統合報告書』と呼ばれているわけだが、インテグラル理論の統合的思考に当てはめて情報を整理してみると、
|
???(左上 個人・内面) | ???(右上 個人・外面)
------------------------------------------------------------------
非財務面(左下 集合・内面)  |  財務面(右下の集合・外面)
|
と下段は網羅されているが、上段の個別の内面・外面に関する記事が不足していた。一般の消費者が読んでも内容が魅力的に感じないのはこれも要因のひとつかもしれない。トップインタビューや担当役員の挨拶だけでなく、個々のプロジェクトの推進者や働くママさんの声等を個人の内面として掲載し、右上の個人・外面の部分については【進化型パラダイム】での経営判断“利益よりも優先されるもの”等について情報を掲載することで、四象限を網羅したインテグラル版の『統合報告書』を作成することができるかもしれない。

今月も良書をありがとうございました。
 
投稿者 kokchamp 日時 
この本は、今まで私が見聞きしていた「組織論」とは視点が大きく異なっており、かなりの衝撃を受けた。従来の組織論では、ミドルマネージャーでもその考え方を理解すると自身が所属している組織に少しでも取り込んだりすることが可能なものが多かった。しかし、この本は、ある組織のリーダーが、ある一定の心理的発達段階に達した場合においてのみ、この本の内容を実施することが可能であるという内容である。と少なくとも私は理解した。リーダーのみ、しかもそのリーダーには、心の発達段階の最終とも言えるステージに到達しておかないといけない、そこまで求めるこの本から、ミドルマネージャーである自分自身が得るものは一体何か?と読みながら何度も何度も考えた。
一つ目は、最終的に自分自身が組織のリーダーになった際には、このような心理的発達を成し遂げ、この本に書いてあるような認知レベルに達することができるよう、人間としての成長をしなければならない、と思えた事である。そういう意味ではこの本は私にとっては、一種の思想書であった。
二つ目は、組織のリーダーになるには、いまのビジネス、もしくは自身で起業すると思い立っても、その事業の存在目的を明確にしておかなければならないということがわかった事である。なぜなら「進化型組織では、組織は自らの存在目的を持った生命体として見られている。」からである。存在目的を明確にしなければ、組織に生命を吹き込むこともできず、組織成員となる人に存在目的を伝えた際に、共感を得られなければその組織は生き続けることができないだろう。心理的に成功イメージを明確に持つということと存在目的を明確にするということが自分の中ではつながった。
3つ目は、ビジネスにおいて怪しい系の存在が明確に登場してきたため、目に見える世界と目に見えない世界とをつなげることが、今後ビジネスにおいても重要なスキルとなってくると感じることができたことである。今までもしょーおん先生から多くの学びを得てきたが、それがこのようなビジネス書に堂々と書かれるようになったのは大きな発見であり、今後この流れが加速していくと感じたのである。これからは堂々と会議の前に瞑想をしたりすることが当たり前になる可能性も大いにあると思う。
このように考えたのは、社会の変化とともに組織や、人の認知できる世界が変わってきているという話を読んで。現在のSDGsなどの取り組みに合う組織形態という捉え方をしたためである。
そのような認知レベルに達することができるよう日々の訓練等を大事に智の道に取り組んでいきたいとおもう。
 
投稿者 LifeCanBeRich 日時 
“ティール組織と私のいる組織”


生き残りを目的としない組織が存在することに驚いた。

私のいる組織の最重要事項は利益を出して市場で生き残ることだ。なぜなら、資本主義社会において利益を出さない組織には解散、破産という死が待っているからだ。よって、利益を追求することは、私にとって当たり前の考えであり、更には倫理に反することなく利益を出して組織が成長し続けるのであれば、それが組織内にいる人たちの幸福に繋がるという信念を基に行動している。私は、本書を読むまでこの考え方と行動様式について疑いを持つことは無かった。

しかし、本書によると私の当たり前とは裏腹に、ティール組織には生き残りへの執着がないという(P.326)。確かに、パタゴニア社がオーガニック・コットンの採用に踏み切った時、生き残ることや成長することが目的となっているのではなく、パタゴニア社が「どうあるべきか」という在り方を目的としていた。そして、パタゴニア社の地球の環境に配慮するという在り方に世間は共感、賛同し、結果としてパタゴニア社は大きな成長を遂げた。

つまり、ティール組織の中の人たちは、あるべき姿を追求すれば成長は後から付いてくる(P.330)という信念の基に行動しているという事実に、私は大きく驚くと同時に、深い尊敬の念を持った。なぜならば、現在の弱肉強食である資本主義社会において、生き残ることよりも在り方を優先するというティール組織内で共有される意識を持ち実践することは、今の私には現実的に映る事ではなく、恐くて到底出来ないと感じるからだ。つまり今の私はP.73に書かれるように、ティール手前の「第一段の」意識範囲にいるのである。

では、「第二段の」意識範囲となるティールに移行するにはどうすればよいのか?

本書では、エゴから自らを切り離すことでティールへの移行を可能にするとある(P.75)。エゴとは、出世、成功、富、地位、幸福、愛を得たいという欲望や願望のことだ。そして、現在の殆どの組織は、階層的なピラミッド型の構造や評価制度を持ち、お金やポジションなどで人たちを動機づけし、組織内での個人間競争を推進するという人たちの目的がエゴの達成に向かうような組織の在り方になっていて、この点が現代の組織が内包する問題であり限界、つまり人々の可能性を発揮する妨げとなっていると著者は指摘している。

では再度、私のいる組織を見てみよう。組織が小規模なためピラミッドのような縦長の階層ではないが、上述したような組織内の人たちの目的がエゴに向かうような要素は多くある。例えば、給与と賞与は個々人の貢献度によって連動し、意思決定の権限や予算も社内のポジションによって変動するようになっている。そして、最初に述べたように私のいる組織の目的は、利益であり、成長であり、生き残りであり、これもまた一種のエゴだ。だとすると、組織も組織内の人たちもエゴの達成が目的となって組織活動をしていると言えるのだ。ここで私の中に浮かぶ疑問は、そのような組織の内にいる人たちが真の意味で幸福を得られるのだろうか…、今いる組織の目的や在り方はこのままで良いのだろうか…ということである。

結論は、言わずもがなであるが組織内の人たちが幸福を得ることは極めて難しく、よって組織の目的や在り方は変える必要があるということだ。この結論に至ったのは、私自身が持っている組織内への人たちへの不満が実は彼らに原因があるのでは全くなく、そもそも組織の在り方に原因があると分かったのが決定打となった。

私が今いる組織の内の人たちに対して持っている不満とは、思考と行動の人称レベルと主体性の向上についてだ。人称レベルについて求めるのは、思考と行動を自身の目線に留まらず、相手の目線、第三者の目線、更には市場レベルの目線を段々と上げてもらうことであり、主体性について求めるのは自身の頭で考え、判断し、行動を起こしてもらうことである。これらは、組織側から見ると是が非でも組織内の人たちには身につけてもらいたい技術であり、能力であり、心の持ち方ある。しかし、現状は組織側の思惑通りに至っていない。原因は、勿論、組織側の実現へのアプローチにある。

人称レベルと主体性とは、インテグラル理論の四象限にあてはめると右上の『個の内面』の領域内となる。もしも、この『個の内面』の向上を追求するならば、本書に書かれるように他の三つの領域も追求する努力を並行して行えば達成できるのだ(P.390)。しかし、私のいる組織では、人称レベルや主体性の向上を促す、組織文化も、評価制度も、意思決定の権限移譲も、行動指針も充分とは程遠い状態なのだ。もっと言えば、この組織は人の可能性を引き出すために必要な信頼を基に自由や責任を与えるとは逆に、統制や管理を基に自由や責任を与えていない在り方なのだ。この様な現状で、組織内の人たちが幸福を掴むことは、少なくとも組織活動においては難しい。

今回、本書でティール組織を知ることで、私のいる組織の目的が歪んだものであり、また組織の在り方についてもその欠落している部分の多さとその深刻度に驚いた。ただ、これを良い機会として私のいる組織を少しでも人の可能性を広げるティール組織に近づけるように努力する。


~終わり~
投稿者 wapooh 日時 
202006『Tealティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現-』を読んで
本書を読んで、元気が出る人と多少なりとも苦しくなる人と二手に分かれるのではないだろうかと感じたのは、自分がおそらくアンバーかオレンジの時代の働き方や組織の体質に染まっている人間だからなのかもしれない。これからの時代は、『進化系組織(ティール)』が機能し、現状の課題を打開し、未来を築いていくと言う。前時代の価値観にどっぷりな自分、「思考停止をせずに、これからどうして生きて行くべきか?」考えつづけている。
そんな中、解説のザッポスのエピソードは胸をえぐられた。『靴を中心としたアパレル関連の通販サイトを手掛けるザッポスでは、・・・2015年にはCEOのトニー・シェイが全社員にメールを送って、本書を読むよう求め、『進化系組織(ティール)』への移行に賛同できない人は、給料三カ月分の退職金と共に去るようにと通達した。』これはもしかして、先々月の課題図書で知った『ジャマオバ(旧態依然)は退場』と最後勧告されているのではないか?本書を持つ手がだるいのはこの分厚さによる紙の重さだけではなく精神的な重さによるものなのではないかと思った。
けれども、再度本書に目を向けて冷静になれば、『ティールへの移行に…去るように』。つまり、自らティールへの移行に賛同し変化することができれば仕事を続けられるのだ。
では、自分はどのように進化していけばよいのだろうか?
まず左上自己分析だ。ティールが否定するオレンジ(達成型)やアンバー(順応型)なパラダイムとは何か。『ハードな測定できる外面的次元』重視の階層型組織。例えば明確な階級と極端な報酬制度、トップダウンマネジメント、統制による管理。自分が思うに資源が制限されていた時代。ゼロサムゲーム、誰かの配分が多ければ、他の誰かの取り分は少なく設定されている。少ないパイだから常に『欠乏による恐れ』がベースにある世界。
卑近な例では、会社=入社時の学歴や就いた職群(職務規定)により、その後の働きや貢献があろうと昇進に天井があること。また、日常生活においては、ベビーブーマ―世代の親の価値観。戦後で物資・経済が今と比べて充実していなかった親の幼少時代の話『貧乏で、妹の口から飴玉を奪って空腹をしのいだ』『お金がないから、我慢する』『貧乏』の価値観。
一方のティールでは『不測の恐れ』が少ない。恐れがないからもっと人間の『良さ』を追求できる。たとえば、現代の平均的な家庭の暮らしは戦後よりも便利で快適である。最低限、食うに困らず、公共のトイレの蛇口からお湯もお水も出る、殆どの人が携帯電話を持ち、100円であらゆるものが手に入る。情報も、大学を出なくとも、高い情報教材のお金を払わなくとも、インターネットに繋げば無料で膨大な量の知識や娯楽や様々なものを入手できる。
物資の他に、現代台頭した資産であるデータも充実している。『データの透明性』『データへのアクセス瞬時性・開放性』にも恵まれている。例えば、所属する会社の様々な多くの情報が、時代を問わず部署を問わずネットを介して入手可能になった。新入社員であっても自分が興味をもって検索をしていけば多くの情報を入手可能であるし、情報を活用できれば、就業年数を重ねなくとも、優秀な人物ならマネジメントに近い視座と分析をすることが出来る。メールを用いれば国内外のビジネス仲間と連絡を取り、理解を得協力し事業を発展させることも可能な状態ではある。資源への機会のハードルが下がり、オレンジ組織の階級の壁が取っ払われている。しかも、ティール組織時代の人間なら、こうした膨大な情報の裁き方・扱い方、に慣れているから、どんどん活躍の場が広がる。
異常、身近な現象を考えたが、『ファクトフルネス』で学んだことには、世界全体も豊かな暮らしを実現しつつあり、人々の生活のレベルは改善されている。では、生きることに恵まれている環境で生きている人間が、「より良い人生、よりよい働き方」を目指したらはどう思考し行動すれば良いか? 
『よいよいより幸せな選択をする』のじゃなかろうか。そして、世の中がフラットになり差がない状態で、『よい選択をする』ならば、その選択は自分だけではなく多くの世の中にも共通して『よい選択』になるのではないかと思った。
これは、ティール組織のための『3つのブレークスルー』に通じる話だと思う。①自主経営(セルフマネジメント)=自分で気付いて適切な人と連携して意思決定して動く。②全体性(ホールネス)=恐れがないから自分の内面を出し自分らしく行動することで苦しまずに、業務に係ることが出来る。③存在目的=生きることに恐れがないから、自分がこの世の中、組織に存在するための行動とフィードバックにより確認が出来る。『よい選択をする』ための目的が必要。
具体的な行動としては、幾つかの企業や組織の例が挙げられている。自分事に落とし込んで、明日の行動につなげて行こう。正直職場で中心を担いつつある今の若手社員の行動はとてもティールに近く、自分はついていけていないのではないかと日々不安と分離感で眠れない日もある。それこそが、前時代であり、変化の先に自分の貢献と存在目的があるのだと意識を変えて進んで行こう。相手への尊敬を持ち胸襟を開きながら。

2か月にわたり、これからの人生の指針について考える図書を紹介くださって有難うございました。
 
投稿者 2641 日時 
●ティール組織とは? 
端的に言うと、明確なビジネスモデルはなく、カオスな時代に企業が生き残るために自ら変化を繰り返す進化系の組織体です。

●ティール組織の3つの理念+日本で上手くいかせる為には
① 存在目的・エボリューショナリーパーパス
世界は今後、不安定な時代になりつつあります。言ってみれば、超カオスです。そんな中、ティール組織は自らを一つの生命体としてとらえており、生き残るために存在目的も常に変化していく必要があるのです。生命体である組織に、「この組織は何のために存在するのか?」という存在目的を常に問いかけ、その時々の外部の変化に合わせて各細胞にあたるメンバー全員が、変化に合わせた進化をすることが求められます。その進化をし続け、試行錯誤しながら、成功への経験値を積んでいくのです。そして、経験値を積み上げ成功確率を上げていくことが大事なのです。
変化をするときに行動を起こすのですが、その時に目先のリスクにばかりに気を取られることで動かないということは多々あります。失敗と捉えるから動かなくなるので、トライ&エラーで何回もチャレンジできると思うほうが良いかと思います。
そもそも日本人は失敗に潔癖で、始めに計画をしっかり立ててその通りに遂行しようとすることが多々あります。だから動きが重いんです。そうではなく、最初からトライ&エラーを繰り返していったほうが動きは軽く、事前に用意周到で得る学びより遥かに学びが多い筈です。結局はトライ&エラーを繰り返すほうが最短の近道になるのではないでしょうか?

② 自主経営・セルフマネジメント
自主経営が可能となる工夫や仕組みを有していることです。個人でも、小さいチームでもそれぞれが裁量権を持っています。意思決定の際は、専門性の高いチームメンターや、業務プロセスで影響するスタッフに助言プロセスを求めましょうと云うことです。
そもそもの心の奥底で信頼関係が強い組織であれば、相手のニーズとか願いとか想いとか目に見えない意識レベルのところに自然と耳を澄ますようになるのではないでしょうか?
見えない力が欲しいと努力して得るのでなく、信頼関係または相手を思う心を強く持つことでそういう能力が発揮できるかもしれないです。
元々、そういう能力は誰でも持っているらしいんです。しかし、ストレス、人間関係、社会の常識的観念などに囚われていると、本来使えるはずの能力が使えなくなっているのだそうです。それらを解き放つことが出来れば、波動が軽くなり能力も使えるようになるかもしれません。波動が重いままではこれまでの物質的観念が邪魔してしまっているかもしれません。

③ 全体性・ホールネス
    個人としての全体性の発揮が必要です。スタッフがありのままの自分でいられると、組織全体により一層の一体感が生まれます。
しかし、ほとんどの組織が一部のスキルでしか人を評価しない能力主義をとっています。これは本来、人の感情には様々な多様性があるのに、それを一部のスキルしか使わずに仕事をしていると、職場で優位性を発揮できずに元気出ませんね? 人生の大半を職場で過ごすわけですから、そこで活き活きとした生活を送れるか送れないかでは、やりがいやモチベーションの維持、強いて営業の結果などは言うまでもありません。
そもそもティール組織には権限を持つ上司などいないのですから、やりたいことがあれば全部可能であるということです。持っているものを自由に出していくと、お互いが通じ合うということの一つになってきます。これは、小さなコミュニティがありとあらゆるところで発生し、これからの時代にマッチした生き方をしながら、趣味の延長に仕事を置けるような、啓発的な自己を主体においた人生を送っていけるのではないかということに繋がります。
こう云う多様性を活かしていくことが、まだ見ぬティ―ル組織を創っていく鍵なのかもしれません。

●今後の取り組みとして
  茶道の先生が仰っていましたが、愛の字から心を抜くと受けるという感字になります。即ち、愛とは人から人へ心の受け渡しであるらしいんです。まさに、茶道のもてなしは心の受け渡しであって、愛なんだという事なんですね。
 漢字ってすごいですね。日本での漢字です。
これは、多分宇宙人?高級背後霊? その時代の漢字考案者に乗り移って創っているのではないかと思うんですよ。(笑)これは、どう見ても出来過ぎですね。そういった見えない力がこの日本には働いているような気がします。
最後にメンターシップやメンタリングは包容力だと言われたりします。
先ずは、「自分が自分を包容すると同時に、他人を包容する。」
言い換えるならば、「自分を本当の意味で許容すると同時に、他人を許容できる。」
しょ~おん先生に、セミナーの二次会で、君は暗黒面が深いねえなんて言われてドキッとしたことを思い出します。早く、自分を包容しなくてはなりません。(汗)