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第51回目(2015年7月)の課題本


7月課題図書

 

第五の権力---Googleには見えている未来


これからの世界と社会がどう変化するのかをGoogleは真剣に考えていて、その動きに応じて

ビジネスモデルを変えていこうとしているのは間違いありません。そんな彼らがいま、そして近未来

をどう考えているのかを知っておく事は、これからの我々の人生に大きな影響を与えるでしょう。

そんな知的好奇心を味わってください。

 【しょ~おんコメント】

月優秀賞


7月優秀賞は該当者無しです。よって翌月にキャリーオーバーとします。

 

 

【頂いたコメント】

 
 投稿者 satonaka 日時 2015年7月27日

「第五の権力」を読んで

 いきなり自分のことになるが、私はスマートフォンを持っていない。いまだに昔ながらの二つ折り携帯電話(以下ガラケー)を使っている。理由は単純。多くのガラケー利用者がそうであるように、電話、メール、ちょっとしたネット利用以外使わないためだ。自分の利用範囲において、軽くて小さいという利点は手放し難い。
 他人に何と言われようともガラケーを使っていく気持ちは変わらない。
 スマートフォンのいいところもそれなりにわかっているつもりである。豊富なアプリで様々に便利なことに利用できる。ラインで必要なメンバーに簡単に連絡も会話も行える。写真もきれいに撮れ、撮った写真はすぐにSNSにアップすればすぐに友人たちから返信がある。ネットを介して、今までであれば縁が切れていたような遠隔地の友人とも、近況報告をしたりして付き合いをつなげておくことができる。話しかけることなんてできるはずのなかった有名人からコメントを返してもらえることもある。友人がすぐそばにいるかのように(しかも多人数)、連絡を取ったり普通に会話をすることができる。
 みんなつながっている、つながっていたいのだ。ある共通項や意思を持った人たちが、簡単につながることができるのである。

 話は飛ぶが、スマートフォンで撮影して写真をアップする、この行動により戦争カメラマンの出番がなくなっているらしい。軍人が自分で戦場の写真を撮ってアップする。それこそ最前線での写真がアップされることもある。わざわざ民間人が危険な思いをして戦場に出かける意味がなくなりかけているということだ。
 また話は飛ぶが、ある国では銀行を利用していなかった者が携帯電話を持ち、モバイルバンキング利用者が増えたため、現金決済だった経済活動がネットを介することで表面化しGDPを押し上げるほどの効果をもたらした、現金に基づいていた非公式な経済が、ネット上に現れた公式な経済になりつつあるのだ。

 『ネットを介して情報をやり取りする』という手段一つで、大きな変化をもたらすこともある。ただそれは事前に予測することは難しい。起きてしまえば原因と結果は直線で結べるが、起きる前は原因から起こりうる結果は膨大な可能性があるためだ。それでもある意思を持ってネット為政者が誘導すれば、ネット為政者にとって好きな結果に導くことは可能であろう。
 ネット上で大切にしている『つながり』も、スマートフォンを手段としてしか認識していないうちはきっとグーグルやアマゾンに好きなように弄ばれるだけの『つながり』でしかないと思われる。自ら方向性を持たないつながりは、集まるだけで行動できない大衆である。このつながりを第五の権力と著者は言っているが、本当に権力を持つほどの『つながり』になるとは私は思わない。著者にとっても本当に権力を持たれても困るのではないか。若干褒め殺しのような空気も感じるのだ。

 赤の女王仮説によると滅びるしかなさそうであるが、私はしばらくはガラケーを使っていたいと思う。そしてネットの若干外側からこれからの変化を見ていきたい。
 いろいろと書いたが、結論としては誰が何と言おうとも私はガラケーを使い続けるということである。

 

投稿者 yoshiki130 日時 2015年7月30日


『「第五の権力」Googleには見えている未来』を読んで


このご時世にGoogleを知らない、もしくは使ったことのない人は皆無だろう。そのGoogleが見えている未来とは?自分からは想像もつかないことがほとんどであった。前から思ってはいたが改めて自分の無知さに気付いた。そんな自分の感じたこと述べる。

以前からそうだが、変化の速い時代。これから先はさらに速くなる。それに対応していかなければ生き残ることのできない時代。自分はどうしないといけないか。

どうしないといけないかを自分なりに考えてみると今も、これから先も変わらないことをまずは身に着けるべきなのでは?と思った。

この本のサブタイトルに「未来」とついているがまず身につけるべきことは人の心理。さらに深堀すると傍から見たら「怪しい」「胡散臭い」だなんて言われる過去から語り継がれる歴史、哲学、宗教。自分は最近こうだと感じる。これらがあるから人格が形成されて国や文化ができているのである。そして今があって未来を作る。余談ではあるが自分がこれらの大切さを周囲に説いてみると「布団でも売るの?」「勧誘?」なんて言われる始末(笑)

生きる上でビジネスというものは切っても切り離せないもの。そのビジネスというのは最終的には必ず「人対人」になる。そして、それは信頼の上に成り立っているものである。国が同じでも違ってもお互いの信頼関係を構築できなければビジネスは成り立たない。その信頼関係を構築するためには共感を得ること。共感を得るためには理解をすること。理解をするためには考え方、生き方、価値観を知ることである。この考え方、生き方、価値観は歴史、哲学、宗教から生まれていると考える。人を変える事は容易ではないがこれらを知れば理解はできるはずだ。そうすると信頼関係の構築ができるとイメージできる。

人は誰でも過去から学んで今があるし、成長してきたはずだ。過去にした大きな失敗の一つや、二つ誰にでもあるだろう。また繰り返したい人なんていないはずだ。過去から学べば自然と自分が将来どうしないといけないのかが見えてくるはずだ。

その為に今も、これから先も変わらない歴史、哲学、宗教を学ぶべきだ。

と感じた一冊。

ちなみに自分は未来が恐い。その恐さを払拭するために学ぶ事、学ぶ姿勢の大切さを最近ヒシヒシと感じるようになった。未来は恐いがその恐さをどこかで楽しんでいる自分がいる。

 

投稿者 akiko3 日時 2015年7月30日


「第五の権力」を読んで
  
 人間は無限の可能性を創造していく。その進化は止められない。その根底には、利を得る為の競争/戦いが激しく繰り広げられているからだ。
  誰が勝者になるのか?ロボットが人間を乗っ取るのか?と懸念もあるが、著書からはあくまでも人間がロボットを使う、人間がいてこそのロボットだという強気を感じた。だが、“技術は中立だが、使う人間は中立ではない”から、争いが自滅につながる可能性も高い。だからこそ、すぐれた指導者が必要で、その資質は情報技術に偏らず、全体を俯瞰でき、深い思考力を持つリーダーが必要なのだ。はたして、技術の容赦ない進歩に人間は追いつけるのか?技術の進歩に浮かれ、便利な玩具に夢中になり、自滅の道へとベルトコンベアーに運ばれてしまっているのではないか?

ちょっとググってみたとグーグル様様な日常を満喫し、馴染んでいるが、元○○という人材をあらゆる方面から集めた知の集団の強さにはちょっと怯んでしまった。便利に使っているが、いざとなればどうにでもされてしまう。「デジタル時代を導く人間の手の大切さ」と書かれていたが、企業利益を優先させるのもまた道理なり。
病気で寝たきりの人がITを使うことで社会参加ができる事よりも、無人戦争への想定開発の方が絶対的に優先されている現実。誰がそっちを急げと指示しているのだろう?個人の寄り集まりの大きな組織が流れを作っているようだ。一人ひとりがITを持つことで、その流れも動かせるともあったけど、一人ひとりを繋いでいる元を遮断することで阻止されることもある…。個人に何が出来る?使われるふりして使いこなせるようになれる?
マイナンバー、イスラム国、異国で起こる争い、独立運動、世の中の動きは???なことも多く理解できないままで、そんなこともあったよねと流されている。
ルワンダの民族紛争は、「生かされて」という本を読んでいたので、理解がしやすかった。知っていることで情報の捉え方が違うと改めておもった。本書の仮想未来を完全に理解できていない部分もあるが、そういう世界もあると知っていることは、大いに意義があると思い読み進んだ。また争い後には、裁きがあり、どう裁かれるかまで思考が及んでいなかったことに気づき、争いの背景、争い、被害、復興、学び、今後物事を深く思考する上での一助になるだろう。
技術やグローバリゼーションの進化はすごいが、多くがよからぬ動機や強欲に突き動かされがちなのが怖い。唯一、復興に情報通信技術とコネクティビティーの広がりを活かすことは、一番星の輝きに見えたが…。人間の進化を加速させることが急務ではないか?人間にはよくなりたいという本能があるはずだが…。心ってどうやって進化するのだろうか?教育?宗教?哲学?歴史?経験?

考えたり、動かすのは人間。でもそれは一部の人間に限られる。そんな一部の優位な立場の人間は、上から目線で世を見渡せるのだ。その他の人間である自分は…ロボット…以下かもしれないとちょっと涼しくなった。夏の読書週間でせめて人間に近づけるようInputに励みたい!

 

投稿者 J.Sokudoku 日時 2015年7月30日


「第五の権力」~Googleには見えている未来~ の意味

2015年7月14日:
日比谷図書館にて分厚い本書の読了が迫る。そんなさなか、外(日比谷野外音楽堂)では安保関連法案に反対する集会が開かれている。主催者発表の参加者数は、2万人。“戦争反対!安倍やめろ!”のシュプレヒコールが繰り返される。このデモが5年後だったならどうなるのだろうか… 
2020年7月14日:
じめじめした暑い日だ。今日も仕事が終わった。僕の通信機器であるメガネタイプのウェアラブルを装着し、会社から出ようとした時、親友Aから連絡が入る。
僕のメガネ:「ピッピッピッ」
メガネの画面には、Aの名前が映しだされる。僕は、画面右上に視線を投げ1秒停止をさせてメッセージを開いた。
メガネ画面:“〇〇さんからのメッセージ@17:20 未だ、銀座の会社か。現地には何時着だ?もうデモが始まるぞ”
Aは、僕のウェアラブルに埋め込まれているGPSチップから的確にその位置情報を判断している。

僕は、44歳、既婚、2人の息子がいる。勤める会社は上場会社とはいえ、出世コースからは外れている。代わり映えしない毎日を淡々と過ごしている典型的平凡なサラリーマンだ。Aは、30年来の幼馴染、独身、自営業者で行動的である。平等を愛し、格差を憎み、そして平和を叫ぶ、典型的な共産党青年部の一員である。そんな彼から“安保改正法案反対デモ”参加の誘いを受けていた。
 A:「このままだと日本は戦争を平気でする国になる。お前は、それでいいと思うのか?お前の息子が戦場に狩り出され、日本がテロの標的にもなるんだぞ!7/14のデモに参加しよう。」
 僕:「・・・」
 親友A:「これを見ろ、世界中には俺達の行動に共感している人が沢山いるんだ。期待されているんだよ!」
彼は、僕にタブレットで彼のFacebookアカウントページを見せた。彼の発言に対する“いいね!”と応援メッセージが無数に世界中から届いている。彼の友達数は4万人を超えている。
 親友A:「俺には同じ志を持った仲間が世界中にいる。政府という権力には、この同志達と力を合わせて対抗するしかないんだ。お前も賛同の意思をFacebookで表わせ。」
熱心なAの誘いに、昔Aと一緒に沢山の無茶な事をしてきた自分の姿が脳裏をよぎった。
 僕:「お前がそこまで言うなら参加するよ。」
僕は、AのFacebookページに参加の意志と更なる呼びかけのメッセージを英語で投稿した。たちまち“いいね!”の反応がカウントされる。100、1000…、わずか数分で“いいね!”カウントは5000回を超えた。その時、なんとも言えない高揚感が内から湧いてきた。僕はやるべき事を見つけたと思った。

 18:10、日比谷公園に着いた。蒸し返すような暑さの中、溢れるように人が集まっている。自然と気持ちが高揚していく。デモは既に始まっている。上空にはドローンが飛んでいる。30台はいるだろうか。すぐ頭上のドローンからはシャッター音らしき音が聞こえる。遠くには警備用の人間型ロボットが何十機も配備されている。
 僕のメガネ:「ピッピッピッ」
妻からのメッセージだ。
 メガネの画面:“〇〇さんからのメッセージ@18:20 本当にデモに参加するの?何だか嫌な予感がするの。早く帰ってきて。”
確かにこの公園内の喧騒からは暴動にまで発展しそうな空気まで感じられる。僕は、拳を握りしめた。でも引き返すわけには行かない、そう思った。僕はスマートフォンのグーグルマップにAの電話番号を入れAの位置を調べる。どうやらAは野外音楽堂の中のステージの上にいるようだ。塀を登り野外音楽堂の中を覗く。ステージ上では人気芸能人Bがチェ・ゲバラよろしくとばかりに片足を台にかけ演説を行っている。反原発運動等にもよく顔を出してくるBのツィッターのフォローワーは200万人を超えている。BのとなりにAが拳を振り上げ叫んでいた。

 20:20、デモは公園から国会議事堂へ行進を始めていた。群衆は熱気に包まれ興奮している。あちらこちらで警察とデモの参加者が押し問答をしている。警備のロボットが立入禁止箇所に入ろうとしている人を殴りつけている。1人の老女がロボットに殴り倒されて頭から血を流している。助けないと。その時、ドカーン大きな爆発音がした。首相官邸のある南の空に白い煙が上がっていた。

2020年10月12日:
 今日は体育の日だ。秋の木漏れ日が部屋に射し入る。その部屋の中で小学生の子供達がテレビでオンラインゲームをしている。平穏な日だ。3ヶ月前の日比谷公園での出来事が嘘のようだ。安保法案は衆議院と参議院で多数を占める与党によって8月末に可決されていた。Aは、内乱罪にて9月に逮捕されていた。彼は自分のドローンを官邸の窓ガラスを壊し内部に侵入させて搭載した携帯式爆弾を爆発させていたのだ。彼のFacebookアカウントを見ても寄せられているコメントはもう殆ど無い。あの人達はどこへ行ってしまったのだろうか。あの狂気とも言えるデモは何だったのだろうか。子供達を眺めながらそんな事を考えていた時、インターホンが鳴った。
 インターホン:「ピンポーン」
 妻:「はい、どちら様でしょうか?」
 インターホン:「東京地検特捜部です。ご主人はご在宅でしょうか。ちょっとお話を伺いたいのですが」
僕は逮捕された。日比谷公園でドローンが撮影した僕の顔写真から僕の身元を割り出し、インターネットの履歴、Aとの関係から内乱罪の共謀者と断定されたのだ。ただ何となく彼に付いて行っただけなのに…自分の意思を持たず、周りに流され行動し、気づいた時には、犯罪者となっていた。あの高揚感、皆との一体感を得ることの代償は大きかった。

2015年7月30日:
 誰もが、否応なく現実世界と仮想世界、2つの世界を行き来する。より遠くに、より早く、より濃く人々を繋げるインターネットとテクノロジー。ただ、それらとの関わり方は自らの価値観を持って選択、判断をしていくことが大切になって行くのだろう。価値観を築く。そのためには知識が必要だ。

~おわり~

 

投稿者 munetaku 日時 2015年7月30日


世界を変えるのは想像力である、と思わせられる本であった。Googleは検索エンジン開発にとどまらず、自動運転自動車やGoogleグラスなど革新的な技術の会社、というイメージがある。なぜこれほど社会にインパクトを与えることが出来るのか?その答えの一つが想像力であはなかろうか。Googleの技術者は創造力が豊かであると思われるが、創造力だけではただの技術集団に過ぎない。日本にだって創造力に長けた会社はあるだろう。Googleとの差は創造力ではなく、社会がどう変わるか、社会をどう変えたいかという想像力なのではないか?技術を起点にするのではなく、社会を起点として、社会がどうなるか、どういう社会にしたいか、を考える。描いた社会が先にあって、そこに技術を嵌めていく。この順序が大きな差を生んでいそうである。

本書では一民間企業の会長が政府や国家、テロなどの国際問題が技術によって変わる姿を語っていることに驚く。題材のスケールからして違っているが、さらに驚くのは想像力の幅の広さと深さである。政府や国家の話から教育や宗教などの個人の問題まで、話題は多岐に渡る。しかも、普通は未来を語ろうとすると話が抽象的になって、本当にそんな未来が来るの?と机上の空論に聞こえてしまう。しかし、本書は実際に起こった生々しい事件や事象を基に、それらが新しい技術によってどう変わるかを論じているので非常に説得力がある。 また、Googleが未来を語るというと、現実から乖離したバラ色でハッピーな話が盛りだくさんかと思いきや、逆に現実的でネガティブな話題も取り上げている。ポジティブな面だけでなく、ネガティブな面も含めた両方の側面を幅広く、具体的に語っているのでリアリティが感じられ、Googleに見えている未来が本当に起こりそうな気がしてくる。

本書で想像されるように、ネットワークが世界中に張り巡らされて仮想世界が広まるほど、リアルが重要視されるのではないか。仮想世界ではお互いが誰かわからず、情報の真偽も掴みにくいことが度々起こる。そのような状況では人々は真実を欲するようになる。mixiが廃れてFacebookが台頭した理由も同じではなかろうか。仮想世界が広まるほどリアルなつながりが希釈されていくので、 人は仮想のつながりでは物足りず、リアルなつながりを求めるようになる。リアルなつながりを深く、多く持つものが強い権力を手に入れる時代になるかもしれない。

 

投稿者 nkatani 日時 2015年7月30日


「第五の権力 Googleには見えている世界」を読んで

 この本を読み終わってから感じたことは、
情報の持つ影響力のすごさでした。

食べるものがあまりない貧しい国でも携帯電話が普及している事からも、
もはや生きるために必要な「食ベる事」よりも、
「情報を持っている事」の方が重要と考えられていることには驚かされました。


 この本では「情報」を切り口に未来が語られていましたが、
OculusRiftなどによるVR技術の発達も未来に影響を与えるだろうと思っています。
本作に書かれたような未来に、VR技術の進化とも相まって行くと、
体験をよりリアルに近い形で共有できるようになるかもしれません。

今は情報の記録容量に制限があるため、
限定された範囲・期間のストリーミングに近い形であるが、
もし情報がすべて永久保存できるようになったら、
自分たちの子孫は歴史をつい体験できるようになってる時代が来るかもしれません。

そうなると、追体験による学習の効率化がおこるだろうし、
もし人間の処理・記憶能力能力に能力に制限がなくなったならば、
一定の時代以降の本は駆逐されてしまうかもしれません。
文字で読んで想像するよりも実際に追体験した方が速いとい事になるであろうからです。
そうなると、すべての経験・知識・記憶はヴァーチャルに共有され、一つになるかもしれません。
そうなるともはや、個という境目さえもなくなってしまうかもしれません。


 今回の本を見て、いろいろな未来予想が頭をよぎったと思います。
それは楽しい事も恐ろしい事もあったと思います。
便利さにはリスクが伴うということです。

ただ、忘れてはいけないことは、
今後、この本の通りかもしくはそれに近い将来になろうと、
別のイノベーションが起こりまた違った未来になろうと、
どちらにしろ抗えない変化が速度を増して広がっていくという事です。

そうした変化に飲まれないために、どうやって変化の影響から逃れようとするかではなく、
どのように順応し、あわよくば利用するかを考えていく必要があると感じました。
せっかく読んだ本なので、「楽しい未来予想の話しだった」で片付いてしまわないように、
今後も学び、考え続けていきたいと思います。

 

投稿者 matsuhiro 日時 2015年7月30日


 「第五」というと、他の権力に続く「五番目」と考えたくなるのだが、そうではなかった。インターネットという仮想世界にも現実世界と同じように四権力が集合体として存在すると考えると実に強烈な力を感じる。仮想世界と現実世界について、10年先の予言ともいえる内容は、これまでの延長線上にはない新しい「力」なのだから、だからこそ、想像力を働かせ、より柔軟な思考で未来をイメージしていくことが大切だ。想像することで新たな気づきが生まれ、変化の波に乗り、先にいける。仮想世界について、自分の想像力のなさを痛感しながらも、本書から以下について考えた。


1)10年後、14歳になる我が子について、そして親である私について

 本書では最後に未来を楽観しており、確かにマクロな視点でみるとそうなのかもしれない。しかしながら、我が子がこの2つの世界で生きていくか、について親として考えると、単純に楽観視できないと感じる。親の役割は非常に大きい。

 ふと、日本で明治維新までおこなわれていた「改名」が浮かんできた。武士の世界では、元服すると必ず改名していたが、そこには、出世と運気上昇、強い人間としての成長などの願いが込められていた。しかしながら、本書を読んで改めて、改名とは、過去の自分と切り離し、新しい自分を作り出すことでもあるのだと感じた。成長において大事なことは前を見つめることである。過去のことは記憶として残るものの、失敗したとしても、それを乗り越え、前を見つめ、成長していくのである。

 しかしながら、今後は、過去を切り離すことは相当難しくなる。前をむいて成長していってほしいと思えばこそ、過去の記録に足をひっぱられてしまっては可哀想である。だからこそ、仮想世界のことをしっかり教えなくてはいけない。仮想世界でやっていいこと、いけないこと、それらが永遠に「記録」として残ってしまうことの怖さについて、踏み込んで教えていかなくてはいけない。これは、親として最低やるべきことで、現実世界でいうところの交通ルールと同じようなものだ。信号を守ること、止まれのマークでは止まること、と同じなのである。なお、友人がインターネットに公開した情報が悪さすることも考えられるので、すべてをコントロールすることはできないのだが、だからこそ、私自身が親としてインターネットでつながる世界のことを積極的に正しく理解し、そして気を配って付き合っていくことが最大の防御策なのだと理解し、我が子にも伝えていきたい。

 もう1つ、昨年話題になった記事を思い出した。それは、スティーブ・ジョブズの言葉である。「子どもたちにはiPadを使わせてない。デジタル機器使用はかなり制限しているんだ。」ハイテク企業やベンチャー企業の幹部の多くが、家庭ではジョブズと同じようなことをしているようだが、改めて、子供の成長に何が必要なのか考えさせられる言葉である。記事は続けて次のように記載されていた。「毎晩、スティーブは決まって、キッチンの長いテーブルで夕食をとり、本や歴史や様々なトピックについて話し合うのです。誰もiPadやコンピューターを使いません。子どもたちはデジタル機器中毒になっているようには全く見えませんでした。」残念ながら、コネクティビティの世界では心の成長を育むのは難しいだろう。子供は将来、必ず仮想世界でも過ごすのだから、まずは現実世界でFace to Faceを大切にわが子の心を育みたい。そして徐々に仮想世界につなげていきたい。

 そして、仮想世界と接点をもつとチャンスも広がっていく。本書を通して改めて理解したことは、教育が変わるということだ。今後ますますインターネットによって教育の機会は多様化する。興味があることは学校からの提供やその機会を待たずとも、インターネットを介して自らどんどん進めていける。なんて素晴らしいことだろうか。教育機会が乏しい国々の子供たちは、教育そのものに飢えているため、仮想世界の教育機会を積極的に活用し、飛躍的に成長していくだろう。どこでも誰でも高いレベルの教育機会が受けられえるのだから、我が子にも同じように楽しんでほしい。このように書くと私自身もわくわくしてくるのだが、成長の根源でもある、ハングリー精神、好奇心が育んでいけるように妻とともにサポートしていきたい。


2)周りの人々とのつながりの重要さについて

 コネクティビティの広がりによって、市民がつながり、力をもつようになるのだが、一方で人とのつながりや情報がますます複雑になっていく。見えない世界、複雑化した情報は不安を招く。不安になると人はつながりを求める。そういう環境では、私だったらよりリアルなつながりを求めたくなるだろう。実生活と仮想世界の共存は、結局のところ、日々接している周りの人々が幸せでないと自分自身も幸せになれない、ということを痛感するのだろう。本書を読み進めながら、「生」のつながりが生きていくうえでますます大切になっていくということを痛烈に感じた。本書が最後に未来を楽観しているのは、実はこのことなのかもしれないが、これから幸せに生きていくには、仮想世界と積極的に関わりながらも、これまで以上に現実世界を大切に生きていくことなのだろう。

 人生、ワクワク感がないと面白くない。現実世界も変わっていくのが当たり前なのだから、仮想世界についても、未来のあらゆる可能性を抱いたまま、ワクワク感をもって、その道を進んでいきたい。


3)自分なりの考えをもつ大切さについて

 将来、何かに賛成するより、反対するほうがずっと簡単になる。それは、一見、社会とのクールな関わりのように見えて、実は、インターネットの力によって、私たちから深く考える癖、習慣が失われてしまうかのような恐怖を感じた。考えることは成長の源である。コネクティビティの広がりにより多くの人々とつながっても、人生でなにか決断するとき、最後に決めるのは自分なのだ。自分自身で考え決断していくのが人生である。他人のせいにはできない。だからこそ、改めて、自分はどのように考えどのように行動するか、自分の言葉で語るということを大切にしていきたい、と感じた。


 これまで仮想世界に対して漠然とした不安を抱いていたが、本書に出会い、整理することができた。こうした良書に出会い、知恵をつけられたことに感謝し、自分自身の生活をより豊かで充実したものにしていきたい。

 

投稿者 morgensonne 日時 2015年7月31日


「第五の権力」を読んで

スマートフォン、パソコンなどで世界中の情報が瞬時に伝わる現在。
場所、時間に関係なく様々な情報、データが氾濫している。

その一方で日々衣食住をどこかで繰り返し生活している。
世界がどう動こうと目の前には自分の現実世界がある。

情報機器に映し出される世界。
仮想世界には現実世界のあらゆる情報がビッグデータとして
記録される。
そして様々な作られた情報と人々の意思が組合せされ
世界へ拡散していく。

わたしたちは日々その情報を読み解きながら
正しいと思った情報を頼りに生活し仕事をしている。

これからは現実世界以上に仮想世界の変化が激しくなるだろうが、
現実世界と仮想世界をバランス良く利用することが
必要になるだろう。
その具体例の一部を本書から学ぶことができた。
世の中は便利な世界になることは間違いないが、
プライバシーをどう守っていくかも考えていく必要がある。

正しい情報によって正しい行動ができるように
知識を身につけ価値観をつけていきたい。

ありがとうございました。

 

投稿者 BruceLee 日時 2015年7月31日


「人民への導火線」

某国情報管理局。局長室に一人の情報担当者が入室する。

担当者「失礼します。局長、お呼びでしょうか?」
局長 「うむ。早速だが米国連邦刑務所のマーカス・モンゴメリーに手紙を送って欲しい」
担当者「え!と、言いますと。。。」
局長 「そう、Gにコンタクトを取りたい」
担当者「そ、それは一体?」
局長 「君はこの『The New Digital Age』という本を読んだかね?」
担当者「は、はい。少し前ですが」
局長 「どう感じたかね?」
担当者「は、はい。Google社の技術と未来構想が書かれておりますが・・・正直言って
資本主義に汚染された米国の下品さに不快感を覚えました」
局長 「・・・それだけか?」
担当者「はい?」
局長 「君がこの本を読んで感じた事はそれだけかと聞いているのだ」
担当者「い、いえ・・・いや、そ、その・・・」
局長 「分かった、もういい。どうも最近の君たちには平和慣れしているのか、
お隣の島国のように危機感が薄れて来ているようだな。今回は急を
    要するので私から説明するのでしっかり聞きたまえ」
担当者「は、はい」
局長 「君も完全な馬鹿でないのなら、Google社に限らず、技術を売り物にする
    IT企業がその将来構想レベルの情報をこんな本で公開する筈が無いのは
    分かるだろう?この本で株価が大きく上昇する訳でも無いしな」
担当者「・・・」
局長 「では、何故この本は出版されたのか?違和感を覚えた私はGoogle社に
    潜入させている我が国のエージェントに調査させたのだ。結果、この本
    には彼らの新技術を試みる、ある実験的意味が含まれている事が判明したのだ」
担当者「じ、実験ですか?」
局長 「君はサブリミナル効果という技術を知っているだろう。映像の中に人が
    知覚しない程度の短さで、訴求したい映像を挿入すると、本人も気付か
    ないうちに見せられた対象への欲求が沸いてくるように仕向ける事を可能
    とする技術だ。国によっては使用を禁止している」
担当者「はい、その技術は存じております」
局長 「この本に仕組まれているのはそのサブリミナル効果の文章版ともう言う
    べき技術だ。端的に言えば、本書で近未来の技術の利点がうたわれて
    いるが、反面それを一般人が使い出すと多くの独裁国家は管理しきれなく
    なると書かれている。その具体例が数多登場するが、要するに本書の
    端的なメッセージは、我が国がこれ以上、人民の情報統制を仕切れない、
    という事であり、それを本人も気付かぬうちに読者の潜在意識に植え付け
    られるようGoogle社の新技術が仕込まれているのだ。つまり、Google社の
    技術は既にITの領域を飛び越え、人間操作にまで及び始めており、米国は
    彼らと手を組み、我が国を転覆すべく市場に放ったのが本書なのだ」
担当者「ええっ!」
局長 「君は不快感を覚えたと言ったな。そこが問題なのだ。この本が米国市場に
    流通し、米国市民がどう感じようがそんな事はどうでも良い。問題なのは
    我が国の人民がこの本を読む事なのだ。君も認識してる通り、我が国の
    人民同士が『コネクティビティ』で繋がったが最後、中央当局への不満を
    持った集団となって暴徒化し、大混乱に陥る事は何年も前から分析出来て
    いる事だ。よって我が情報局にてfacebookやツイッターなど、欧米のSNSの
    使用制限による情報統制を行ってきた訳だが、本書ではそれらの活動を
    愚策と批判し、いつか破綻すると結論付けている。君もエジプト、シリア、
    その他各国で、暴徒化した人民がコネクティビティで繋がったが故に、
    どういう結末に至ったか把握してるだろう?同じ事が我が国で起こったら
    どうなる?再びあの広場に戦車を出し、人民の血で染めろと言うのか?」
担当者「・・・」
局長 「米国は密かにそれを画策しているのだ。そしてGoogle社のこの技術の
    開発担当部長であるデビット・テイラーという男に極秘プロジェクト
    として進めさせている。この本は数年前に出版されたのだが、米国内
    では再度広告宣伝を広げ、更なる市場への浸透を計っている。これも
    Google社の実験の第二段階である事も調査済だ。が、我々はその波が
    我が国内に浸透し、我が人民が事実に目覚めてしまう事だけは何としても
    阻止せねばならない。よって今回はこのデビット・テイラーを葬る事で
我が国から米国への警告としたい。必要なのは単なる彼の死ではない。
    彼の死に様が、誰が見てもこの男とこの本を結び付けるようにし、米国に
    我が国がこの下らない実験を見抜いていた事に気付かせ、そして今後この
    ような事をすれば我が国がどんな手段に出るかを思い知らせてやるのだ!」
担当者「し、しかし、どうやって?」
局長 「それもGへの依頼の一部とし彼に任せる。いずれにせよ、我が人民は今や
    いつ爆発するかも分からない爆薬であり、米国によって点火されたこの
    導火線は何としてでも消さねばならないのだ!」

数ヶ月後。

米国Google社のデビット・テイラーの死亡記事がニュースで流れた。ハイウェイ
を走っていた彼の車が運転ミスにより(?)放り出され、<偶然にも>巨大な
「The New Digital Age」の広告塔に突っ込み、そこで車が炎上するというおぞましい
光景が報道された。但し、デビット・テイラーの遺体の眉間に残っていた1発の弾痕
については何故か報道されなかった。後日、この事故の映像と不可解な死が逆に
ネットで話題となって様々な憶測を呼んだ。結果的に『The New Digital Age』は
再度ベストセラーとなり、某国人民の間でも日に日に読者が増えているという。

<完>

ビックコミック増刊(123)2014年8月21日号掲載
ビックコミック別冊(145)2014年12月31日号掲載

 

投稿者 gizumo 日時 2015年7月31日


第五の権力を読んで

勉強していた資格試験に「IT」の科目があり、一般的な「IT」に関する知識は抑えているつもりであったが、いかに最低限の一般知識であったか改めて痛感した。
「IT」の世界が“ドックイヤー”から“マウスイヤー”といわれるほどどんどんと進化していることは理解できていたがまさに想像を超えた世界が広がっていた。
「小説」や「映画」の世界だと思っていたことがすでに現実であることは驚きしかなかった。

中国の活躍ぶりも信じられないものも多い。中国の特殊性(?!)による嫌悪感からの悪評価だと思っていたことが、本書の内容を実施していることが事実であればその身勝手さは・・・。
しかし、それが中国だけではなくすでに格差を実感している新興国とて躍起になることも当然であり、そこに企業、つまり経済=お金がかかわってくると誰もがそうなってしまうのだとしたら、人としてちょっとさびしいものがある。

CMに描かれるような「IT」「インターネット」を使った“夢見る”快適な暮らしに広がる闇の世界を垣間見たようでちょっとむなしさも漂う読後であった。

情報の重要性はさらに強まることは、今さらであり言うまでもないことであるが、それは想像以上であることをしっかり受け止め情報への関わりを考え直すきっかけとして非常に有効なきっかけとなった。しかし、持つものと持たざるものの差が大きくなるようでそうでないのも情報かもしれない。
情報はその活用がポイントであり、「猫になんとやら」の立場に立つ場合もあるわけで、さてどちらが幸せなのか…?!

 

投稿者 chaccha64 日時 2015年7月31日


「第五の権力」を読んで

仮想空間、ネットを支配するのは誰なのか?
今の世の中、ほとんどすべてがネットにつながっている。インフラの、水、電気をはじめとして。そして、著者は将来全世界の人がネットにつながるという。
そこでは、現実の世界と仮想世界が相互に影響しあう。すでに、ネットを通じて、テロも、戦争も、革命も起こっているし、現実世界に影響している。つまり、ネットを支配することは世界を支配することと同じになるという思想がこの本の中にはある。
現実世界のように国が管理できないという。中国の例があるように、ほころびがでてしまう。ある程度の管理はできるだろうが、長くは続かないと見ている。それよりは、現実的にネットの、ユーザにある程度任せた緩やかな管理を主張している。
一般大衆の自由意志で発展していくことを。つまり、ネットの当初の思想、「善意」を前提とした発展を願っている。
というような感じで読み進めていたのだが、Googleはネットの世界の支配を狙っているのではないかと感じを受けた。技術を支配し、提供することで、表に出ることなく裏で着々と管理を進めているような。今までの多国籍企業がやってきたことをネットの世界でやろうとしている、と思える。
国家の支配も問題だが、企業の支配も問題だ。企業には選挙という仕組みはないのだから。市場の神の手はないことはすでに証明済み。なんだか安物のスパイ小説の世界になっている気がしてきた。こうならないことを願います。

 

投稿者 magurock 日時 2015年7月31日


漠然と、
「あれこれ言われているけど、政府によって情報を操作されるなんて、日本ではまだまだ先のことだよね」
などと暢気に構えていたのだが、本書を読むと、近い未来か、あるいは知らないうちにもうすでに始まっているのでは!? と思った。

そのくらい、私は無知だった。
さすがに中国での情報操作は知っていたが、アラブ首長国連邦やサウジアラビア、インドが、ブラックベリーに圧力をかけたり、イギリスでも暴動拡大の元凶として夜間のサービス停止を要請したり、なんて出来事など、ちっとも知らなかった。(イギリスの場合は、暴動拡大の元凶をおさえる努力ではなく、暴動の元凶となった事件を繰り返さないよう努力することが先決なのではないか? と思ってしまうのだが)

また、コネクティビティによる、プライバシーの問題も心配になった。自分に関する情報が筒抜けになったり、自分が発信した情報が勝手に改ざんされていたり、なんてことになったら、おちおちパソコンや携帯電話などの通信を使えなくなってしまう。

通信機器だけではなく、先日はFCAUSが140万台の自動車をリコールする、と発表された。きっかけは著名な2人のハッカーによって、走行中のクライスラーの車が遠隔操作される動画がアップされたことによる。私もその動画を観たが、運転手はなにも操作していないのに、ワイパーが勝手に動いたり、エンジンが勝手に停止するのだ。なんて恐ろしい。これからは遠隔操作ができる家電だって、危険にさらされるかも知れない。

未来は明るいのか!? 暗いのか!? それはこれからの私たちにかかっている。
よく情報をチェックして備えていかなければいけない。その情報が操作されていたら、もうどうしようもなさそうだが、そんな時代がくるからこそ、呼吸法や瞑想などで、日々勘を磨いておくことが大事なのだと思い至るのである。

 

投稿者 ken2 日時 2015年7月31日


『第五の権力 Googleには見えている未来』を読んで

本論とは少しずれるが、本書により日本のテレビや新聞だけの情報では到底知りえない世界各地の紛争や力関係の事情がわかった。
世界情勢についてもさまざまなアンテナを張り、情報ソースは広く取り入れなければと改めて感じた次第。
では、Web検索での情報取得でよいかというと検索エンジンによりフィルタリングが異なるため、Google、Yahooなど複数の検索エンジンで情報をチェックするという手間を惜しんではいけないだろう。

目次をざっと見渡して、これは何のメニューか、と思った。
・アイデンティティ、報道、プライバシーの未来
・国家の未来、
・革命の未来、
・テロリズムの未来、
・紛争と戦争の未来、
・復興の未来

この章立てを見ると著者は、国家レベルのあらゆる可能性、紛争地域でさえ、Googleは受け皿になるという壮大なコミットメントをしているということだろう。
それゆえ、Googleに代表されるIT技術は、コミュニケーションを助け生活を豊かにする「天使」にも、目次に数多くあるようなネガティブな争いを助長する「悪魔」にもなりうる。

実例もたくさん紹介されており、実際、ISIL(いわゆるイスラム国)なぞはここに書かれているような筋書きのひとつが実現してしまった残念な例に見える。(原書は2013年に書かれているので、予見していたのか。)

しかし、やはり個人として一番関心があるのは、アイデンティティ、報道、プライバシーの未来だ。
明るい未来、恐ろしい未来の両方の可能性を提示して、著者は将来について楽観的と書いているが、我々市民はしょせん、「Googleせんせい」の手のひらの上で泳がされている存在ということか。
「オンラインでつながるひとりひとりが第五の権力」と定義されているが、そのひとりひとりの情報を押えることができる「Googleせんせい」が実のところ、「第五の権力」ということではないか。

現実と仮想現実の両方の世界においてどう付き合っていくか、Web上に何を残して何を残さざるかのリテラシーを磨いていかなくてはと痛感した次第である。

今月も良書をありがとうございました!

 

投稿者 2l5pda7E 日時 2015年7月31日


「第五の権力」を読んで。

近い将来、仮想世界と現実世界の2つの世界に跨って生きてゆく。
今よりも仮想世界にどっぷり浸かる事になるとは想像していませんでした。

著者の持っているデータは私の予想している様は、想像以上でした。
私自身そんなに積極的に予想していませんでした。
企業が世界のトップを今もなお走り続けるには、理由があったのですね。

・プライバシーの未来
オンラインアイデンティティによる、プライバシーには細心の注意が必要であると
感じました。

私はFacebook/twitterのアカウントは持っているのですが、ただの傍観者です。
他の人が情報を発信しているように、私も情報を発信できたらなぁと思いますが、
ほとんど情報を発信していません。
情報をインプットする量が少なく、また発信をする情熱と勇気が無いと思い返しました。

仮想世界が大きくなるにつれて自分のプライバシーを守り、そして国家や政府の
不正を知るために、戦わなければならない事が予想できました。
そんな近い将来にバーチャルな世界で力、すなわち第五の権力を持つためには、今から準備が必要だと感じました。
しかし、漠然としたイメージしか思い浮かびません、想像力が足りないと思います。

・ビジネスの変化
未来を想像できているという事は、ビジネスとして立ち上げる事が可能かと思いました。

既に、存在する企業もあります。
SNSのオンラインプラットフォームを使って、市場動向の調査や、投稿から災害や事故現場を
いち早く把握するシステムを売り出しています。

プライバシーとセキュリティーのシステムは、今後ますますソフトウェア開発を活発に行う
でしょうし、ロボットと無人飛行技術も同様です。


本書は私にとってレベルの高い内容でした。
言葉の意味がわからず調べたり、文を一読しただけでは理解できず、
何回か読み返す所が多く、大変時間がかかりました。
今回の様な体験を繰り返して、私にとってレベルの高い書がすんなり頭に入ってくるように
したいと思います。

良書をご紹介いただき、ありがとうございました。

 

投稿者 sumio 日時 2015年7月31日


第五の権力 ー Googleには見えている未来  感想

『機械が人間を乗っとるなどという戯言は忘れよう』。
そうなのですが、世界の第一線のクリエーターは、コンピュータが人間を排除するストーリーを相次いで映像化しています。

「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」や「ターミネーター:新起動/ジェニシス」。
人工知能が、自身の都合の良いように、過去にさかのぼり、状況をなかったことにする、という発想は、「あり」です。
自業自得、オウンゴールというか、人間の愚かさを示唆してます。
 
私たちの今生きている世界は、大量の個人情報を検索エンジンに自ら渡してしまってます。
ググる行為を通じて、知りたいもの、欲しいもの、希望するもの、必要なものを、結果として、Googleに教えてしまっています。

たとえば、未来、これらの情報が蓄積されて、人工知能が私たちを排除する行動に移ったら。
人工知能からみると、人間は頭の悪い害虫のようなものですから、データ学習し、人間同士が互いに排除するように仕向けたとしたら。
いくらでも先を読んで操作できます。

情報を惜しみなく明け渡しているのは、他の誰でもない自分の意志でやってること。
検索エンジンなどGoogle提供の各種ツールなしで、生活できないのも事実。

注意深く、技術と向き合っていきます。
表だって問題ないものだけが、オンラインに載っかるように、細心の配慮していきます。
できるだけ「デジタルカースト」上位層に位置し、未来を楽しくサーフ・ライディングすることが、しあわせに生きる道のひとつと思いました。
目指します。

ありがとうございました。

 

投稿者 sakurou 日時 2015年7月31日


「第五の権力」を読んで

本書はGoogleが描く未来像を書いたものである。本書を読んで感じたことを以下にまとめる。

1.教育のあり方

本書を読んで一番興味を引いたのは教育である。タブレットにより子供達の英語力が飛躍的に向上したという話があったが、近年、Moocによる質の高いオンライン講座やフィリピン等、安価なオンライン英会話スクール等、無料ないし安価に教育を受けることができるようになった。これは世界がブロードバンドでつながって初めて出来たことである。

学歴が無くても、誰でも自分自身の意識、時間の使い方で質の高いコンテンツを吸収しスキルアップできる時代になった。逆に日本のような先進国で高い学歴を得ていても、これからネットに繋がる、新興国のがむしゃらに努力してきた人にあっさり抜かれる脅威がすぐそこにあることを意味している。チャンスと見るか、脅威と見るかだけの違いでしかないがチャンスは増えていると思う。ただ、チャンスを見逃さないアンテナの高さが重要というのは言うまでもない。

2.国家間の競争、紛争

国家間の競争も大きく変わっていく。これまでは自動車や家電など、ハードウェアでの国際競争時代には工場や精密加工技術等が必要で設備投資ができる国が強かったが、これからのソフトウェア時代の競争では資産はコードというコピー可能なものだし(しかもそれもオープンソースという形で手に入りやすくなっている)PCや3Dプリンタ等、少ない設備投資で競争に勝てるようになる。これも教育同様、資本力の小さい国が大国と同等になれる可能性がある。

サイバー攻撃が一般化し、書かれているような北朝鮮等によるDDoS攻撃や最近話題の標的型攻撃やサーバへのSQLインジェクション等のアタックによる情報流出は枚挙に暇がない。また、最近PCを暗号化させて脅迫するランサムウェアが増えているが、今後は国をターゲットにしても不思議ではない。

資金豊富なテロリスト集団が外国人傭兵さながらに高額な報酬でクラッカーを雇い、サイバーテロ国家を樹立し台頭するという悲観的なシナリオもあるかもしれない。まさにPC同士がスクリーン上で自らの情報を守る攻防戦が繰り広げられる。空恐ろしい感じもするが、そういう世界になっているのだと改めて実感する。

3.オフラインのつながり

これだけネットが普及して、世界どこでも活動できると思いきや、シリコンバレーはこれまで以上に人、金を惹きつけている。

Googleは月ロボットコンテストという形で多額の賞金を用意し世界中の技術を取り込もうとしているし、ベンチャーキャピタリストに向けて世界中から多くの人がビジネスアイデアを持ち込んでくる。

ある人が「シリコンバレーでは電子工作関係等、工学系の趣味やワインなどを語れなければいけない」と言っていたのを思い出した。

つまり、シリコンバレーでも大切なのは自らの技術スキルや英語力ではなく、趣味や熱意等の人間性なのだ。

いくらメールでやりとりしても、実際にあって30分、1時間話していれば自ずと人間性が現れてくる。自分の人間性をアピールし、人脈を作り、新たなビジネスチャンスを作るという基本はシリコンバレーでも同じなのだ。そういうことはシリコンバレーでなくても今ここでもできる。自分を磨き、心から信頼できる仲間を作る努力をこれからも続けていきたい。

4.情報の本質

Googleは「情報を整理する」というビジョンを掲げているが、高い技術と豊富な資金力をバックに、世界中の情報、技術を収集し続けている。タイトルの「第五の権力」という言葉はそのまま権力中枢の変遷をたどっているように思える。つまり、権力と情報(プロパガンダ)は表裏一体なので、これからはネット上の情報がコミュニティを形成し、大きな力となっているということだ。

オンラインの情報には中国等の国家権力の他、Googleとしての意図が強く働いているし、投稿者による偏りもある。国家権力によるフィルタはフィルタをかいくぐる者とのイタチごっこの末、無力化されるように思える(冷戦週末時に東欧諸国の各家庭に西側諸国からのパラボラアンテナがあったように)。

しっかりとした自らの考えを持ち、本質を捉える目が無いとこれまで以上に情報に流された人生を送ることになる。

常に自らを客観的に捉え、偏りなく情報収集、分析する力が求められる。そうすることがより多角的視点で物事の本質を捉え、豊かで充実した人生につながるのではないか。そういう人になれるよう、日々努力を続けていきたい。

 

投稿者 6339861 日時 2015年7月31日


第五の権力を読んで

Googleの会長はどんな思考で世の中を見ているのか、
将来を読んでいるのか、とても参考になる本だった
今現在、日本にいるとすでにかなりインターネットが
普及しているように感じられ、飽和期に入ったようにも
感じられるが、実は世界的にはまだまだ黎明期である
ということに少しショックを覚えるとともに、
これからの可能性にワクワクも感じた。
これからもコンピュータの進化は止まることはなく、
世の中のすべてにおいてそれが浸透していく。
そしてコネクティビティが浸透し、世界中がつながっていく。
となると、それを読んで何かしら先手を打ってビジネスに
することができれば成功できる思う。
チャンスはたくさんありそうだ。

一方、我々のような知識がないものは、自分の情報を
いったいどのようにして守ればよいのだろうと不安も感じた。
例えば、自宅でパソコンを使ってネットバンキングや
ネットショッピングをやっているが、重要な個人情報を
盗むことは、スキルのある人間からすると容易なのかも
しれないと本を読んで感じた。
しかし、我々が防御としてできることはウィルスソフトを
インストールしておくことくらいしかない。
今後、ネットが世界80億人を結ぶ時代が来たとき
おそらく、個人レベルでは自分の個人情報を守ることはできなくなるだろう。
国レベルでそこにつけこんでこられたら、国民はどうしようも
ないのではなかろうかと思う。

自分は日本という恵まれた国に住んでいる者として、
ネットマーケティングは勉強していきたいと思う。
まずは、国内でネットを使ったマーケティング力を身に付ければ
本に書いてあるような世界中がつながり、言語の壁がなくなる
世界では、マーケットが格段に広がりビジネスチャンスが得られることは明白だ。
日本でも近年、アフィリエイトなどネットビジネスが盛んに
なってきているが、この傾向は今後進化こそそれ、すたれることはないはずだ。

日本でもますます個人で稼ぐ能力を身に付けやすい時代がくると思う。
しかし、プラットフォームがいかに充実してもそれを活用し、
情報(コンテンツ)を発信するのは我々人間であるから、
有益なコンテンツを発信できる能力は今後ますます重要になってくると思う。
アクセスを集めるスキルは大きなパワーになるだろう。

この本でも全編にわたって出てきた携帯電話、特に今後はスマートフォンの普及と
その活用により世の中が変わることは間違いないと思う。
スマホ今以上に生活必需品になり、それを使ってなんでもできる時代が来るのだろう。

最後に今後は空を自由に使える時代になることが見えてきた。
それによる規制も整備されてくるのだろう。
宅配便とかもいずれ、簡易なヘリコプターのようなもので
行われる時代がくるのだろう。
人が乗った車はなかなか空を飛ばないけれど、無人飛行機や
ヘリコプターを使った物流は盛んになってくると思う。
そうなると、事故も心配だ。便利さを追求しながらも安全な技術も
並行して進化してほしいものである。

 

投稿者 senumishima 日時 2015年7月31日


第5の権力を読んで

近い将来やってくる、世界中の人間が情報をやり取りする時代にどう対応するべきか、豊かに進歩するために取るべき行動はあるのか。
ということを頭に置きながら読み進め

 

投稿者 starstar 日時 2015年7月31日


感想1
 自分は、インターネットの世界を、旧世代のフィルターで見ていたからか、
辞書であり、連絡手段であり、仲間が広くできやすい、という「便利なツール」
という認識だった。たしかに、インターネットによってアラブの春が促進されたり、
日本やハイチの大震災にたいして新しい技術により革新的な対応がされていたりと
いうところは、知っていたが、自分事としてはとらえていなかった。
 ところが、この本を読んで、インターネットや新技術は、「自分が第五の権力や
大きな可能性に手をかけさせてくれるカギ」、ということが分かった。
 だから、この世界のことを勉強してこの機会を生かす力を得たいと思う。
 そうしたら、もっとワクワクして生きれると思う。


感想2
 私は会社の60周年事業の取りまとめを行うことになり、施策の一つとして
グローバルでの従業員の意見を聞いて施策を決めるというアイディアを経営会議
に通したばかりだった。
 上記のアイディアはアンケートという認識だったが、会社の中で従業員が常に
意見を交換しつながることのできるプラットフォームを作ることができれば、
第五の権力状態ができるのかもしれないと思う。
 (LINEでは自動翻訳機能がついているらしいから、その機能を応用すれば、
さらによいものになりそうだ)

 上記のアイディアを交換する際に、社内グローバルSNSをつくってしまえば、
上の世代は、アンケートの手段程度と思うかもしえないが、デジタル新世代から
したら従業員がコネクティビリティを得ることにより、権力を手にするという
ことにもなる。
 自分の勤めている会社はトップダウンの会社なので、上記の現象と相性がいいの
かは分からないが、もし変化を生かそうという前向きな人が多ければ、必ず
よい化学変化を起こすように感じる。
 会社に置いても、第五の権力を意識して仕事を進めていったら、どんな変化が
でるだろいうか、ということを考えながら、この仕事を進めてみようと思った。 

良書を紹介してくださって、ありがとうございました。

 

投稿者 senumishima 日時 2015年7月31日


第5の権力を読んで

近い将来やってくる、世界中の人間が情報をやり取りする時代にどう対応するべきか、豊かに進歩するために取るべき行動はあるのか。
ということを頭に置きながら読み進めていきました。

国家間の戦争やテロから、教育や医療に関してまで、幅広く影響を及ぼしていくインターネット。それをいち早く取り込んでいけるのは、やはりビジネスの世界だろう。商業用のものから広がっていき、その後、個人相手のサービスやシステムが出来るのは、現在までの流れをみても感じることができる。
ということは、まず仕事において大きな変化を迎えることになる。自分でビジネスを起こす、副業を始める場合もそうだ。
しかし企業が本格的に取り入れだすと、加速度的に変化が起こる。会社務めの人は多いと思うが、まず仕事への姿勢が変化するだろう。
本書にもあった通り、不要になる仕事内容も倍増していく。そこで必要なになるのは、「その人にしかできない仕事」となる。
企画力などの考える仕事は当然だが、それくらいできる人は沢山余ってくる。
そこから1歩前に出るには、その人自身の「流れ」がポイントになる。一緒に仕事をしたいと思えるような人物かどうか。大きな波も乗り越えられそうなエネルギーを持っている、と相手に感じてもらえるか。

これは、これからの人間関係でも同じかもしれない。インターネットであらゆる人と繋がれるように思えるが、実際は同じような価値観を持ったコミュニティが出来上がってしまう。ネット広告でさえ、これまでのユーザー自身の価値観が反映されている。周りはみんな同じと、どっぷりその環境に浸かってしまえば、いつまでも同じ場所にいることができる。
そこで1歩成長しよう、変化しようと思えば、「流れ」を変えてみるしかない。
そうして前に出た人は他人の目から魅力的に映るようになり、沢山の人、つまり仕事が自然に集まってくる。

会社勤めで、人を押しのけて前に出ることができなかったとしても、自分は何ができるか、よく考え知ることは、生きる上で必要なことだ。これも今以上に見つけやすくなるかもしれない。
何か行動を起こし、それに対する反応が速くなる時代になる。小さなことから始めてみて、世の中から必要とされる能力があると分かれば、そこから新しい変化が起こり、適職へとつながっていく可能性も大きくなる。

どんな道具も使い方次第であると思った。もちろんテロや戦争に使われることにもなるかもしれないが、世界中の人間が繋がったインターネットの世界は、人間全体の意識の世界だ。そして現実世界もそれが濃く反映される。感情的な人間が多いと、どうしても極端で時に過激な世界になってしまうだろう。
自身にとって不自然な生活をせずに生きていける可能性を持ったものなので、多くの人がストレスのはけ口ではなく、前向きな意識を持って使うことが、全体意識を良い方向へ牽引していくことになる。

ただただ時間を埋める為に使い、人工知能やネットが提供する情報も便利だが、それだけではもったいないし、何よりも、いいように使われてしまう。
情報を選択して発信するには、自らの意思を持つことがさらに求められる。

 

投稿者 Devichgng 日時 2015年7月31日


『第五の権力---Googleには見えている未来』を読んで

「デジタルカースト」という言葉から、『不可触民』が頭に浮かんだ。
歴史を顧みると、情報技術が及ぼす光の部分を教授する階級は、
それを維持することに全力を注ぐことになるだろう。
しかし、リアル文明でアンタッチャブルを虐げた上位階級の住人も、
仮想文明では公開された情報とその永続性により、
現実世界と同じようにはできないかもしれない。

その一方で、これからオンラインにつながる50億人のアンタッチャブルの層は、
情報社会の成功者にも犠牲者にも成り得る。

では、自分を含む大多数が属するであろう中間層の階級はどうなるであろうか?
本書では様々な変化を主導することになると記載されていた。

主導する変化のベクトルはどちらか?

コネクティビティの広がりによって指数関数的に発達するであろう技術力の恩恵を受け、
上位階級に駆け上がることも一つの手である。
しかし、これから情報社会に参入してくる大多数の人たちを導くのが智の道であろう。

最後に、過去をコントロールする者が未来をコントロールし、
未来をコントロールする者が、現在をコントロールする。
そのために生物は進化してきた、という内容を別の本で読んだ。

Googleは、現在をコントロールするために未来を考えてみたのかもしれない。

 

投稿者 filefish 日時 2015年7月31日


「第五の権力~Googleには見えている未来」を読んで
国家権力三権、20世紀型報道機関が第四の権力で、地球上の誰もがオンラインで繋がると個人個人が「第五の権力」を握るかもしれない、ということだ。
確かに、インターネットが登場する以前には一般人が手にすることのなかった情報が、今日ではオンラインで瞬く間に拡散され、時には大きな力となる。
しかし、インターネット検索状況が常に監視され、スマホを持ち歩いた足跡まで記録されている状況で、この先「第五の権力」を個人が手にするなど、何をおっしゃいますという感じである。

それは置いておくとして、「未来に何が起こるか」を超一流の頭脳がどう考えているか、(もちろん核心に迫る部分は書かれていないと思われるが)を知ることができた。なるほどと思うことから、えーっと思うことまで。

技術を便利に使うには、それを悪用された場合のシナリオをどう考えておくかが非常に大切だと思った。

 

 

 

 

投稿者 nishimikado 日時 2015年7月31日


自分が、「人間」を知り尽くした一企業の手の内で転がされている存在であることに腹立たしさを覚えないでもないが、
本書を読む以前に感じていたよりも、「未来」は遥かに明るいのかもしれないと思えた作品だった。
たとえその「未来」を自分が生きているうちに享受できなかったとしても、だ。

「サイコパス」というアニメーションのファンである。
本書の41ページ(朝のシーン)に描かれた技術が既に日常の風景となった近未来。
人が将来罪を犯す確率(「犯罪係数」)を専用システムにより数値化し、たとえ罪を犯していない者でも「犯罪係数」が規定値を超えれば裁かれる世界で葛藤する警察官たちの物語である。...「法」のための「人」なのか? 「人」のための「法」なのか? と。

本書の読了後の率直な感想は、「結局 ”性善説”? 最高のテクノロジーのはずが最高にアナログな結論だなぁ」であった。

振り返ると、自分がそもそもGoogleという企業に抱いていたイメージは非常に漠然としたものであった。
「”無償でサービスを展開し、集めたデータでビジネスをしている広告屋”。検索とGmailは利用しているけれど、Googleにお金払ったことあったっけ…?」 
本書は、インターネット=コネクティビティの技術というフィルターで予測した未来の「光」と「闇」であり、「闇」の方が多く扱われていた印象がある。
Googleは、時には未来を憂い、そして時には商機を見いだしているが、その分析の深さたるや。
未来を、世界を愛しているから、自分の足で各国の要人を訪ね、ここまで深掘りすることができるのだと思う。
また、時々インタビューに登場するGoogle職員の層の厚さ(元海軍、元国連職員など)に、彼らの本気を感じる。

どうして未来を愛することができるのだろう。
未来が良いものであると信じきれるのだろう。
未来の担い手である「人」を信じきることができるのは何故なんだろうか。

便利になればなるほど、アイデンティティーは脆弱になってゆく。
良くも悪くも、自分の存在感は、透明から色濃いものになっていく。
後ろ暗い生き方が制限され、人間力はより試されるようになるばかりである。

とはいえ、人間そんなに簡単には変わることはできないもので、画期的な技術を巡る新しい紛争、裁判がこれから何度も起きることでしょう。
しかし、痛みと混乱、その整備の期間を経ることだけが、唯一未来へ希望を託せる手段なのだと思う。
著者が生きているうちは混乱だけの世の中かもしれないのに… 
しかしそれをやり遂げる信念の根拠となるものが本書で展開されている技術であり、「早く失敗するべき」ということだろう。

本書では「ディアスポラ」という語に象徴されていたが、「第五の権力=個々が発信できるようになる力」には、拡散した水滴のような印象を持った。
邦題のとおり、「これが自分には見えていなくて、”Googleには見えている未来”か…!」とうならされたのは第4〜6章だ。
特に第5章、社会経済的にリスクを負った人たちや未来を見いだせない若者がテロリズムを形成するメカニズムは、結局「人」に起因する問題じゃん!というわけで、その対応策は「法の確率」「機会の提供」と提示されていた。
また、アノニマスのように分散しているハッカー集団が、ある目的のもとに仮想世界へ多大なインパクトを与えるという描写には、拡散した水滴が集まり、ひとまわり大きな水滴を構成する瞬間が見えた気がした。

最後に、「戦争が自動化されても兵士をロボットに置き換えることができるのか」というトピックには、奇妙な希望を感じた。
こんな場面ですら人間にしかできないことがある。知性ある判断とは、やはり対象に愛をもって臨むことなのかと。

 

投稿者 vastos2000 日時 2015年7月31日


 今後コンピュータはますます安価になり、小型化が進み、処理能力が上がるはず。そしてネットワークはさらに広がり、網の目は細かくなっていく。
そうなると、今の一般市民では到底利用できないようなシーンでコンピュータを利用するようになる。
 ルンバやペッパーは進化して、人の手を介さずに家中の掃除が可能になっているだろう。これから世界の人口は減っていくだろうから、今は人間が行っていることがコンピュータに置き換わっていくはず。
 そうなったときに人間は何をするべきか?やはり人間にしかできない事に注力すべきか。
 日本の大学入試も従来の知識・暗記能力重視型から、思考・表現・目的意識(学ぶ意欲)を評価する方式に変わっていく。
 記憶能力ではコンピュータにかなわないし、将来はきっと常に身につけているデバイスを通じてネットワークに接続して、外部記憶を参照できるようになるから、その情報をどう使用するかが人間の知恵の使いどころとなると思う。今の子どもたちが大人になるころにはその程度の進化はしていると思うし、今の子どもたちの子どもが生まれる頃には、誕生と同時にネットワークにつなげられる世界になっているかもしれない。
その時、権力の在り方はどうなっているのか?
 人の集団の方向性や秩序を保つために、相互の犠牲や同意の上に成り立っているのが権力であると感じるが、市民がみなネットワークにつながり、意志や情報を発信できるのが当たり前の世の中では、やはり情報のハブとなる人物に権力が集まるのだろうか?
 そのような状況下で権力を得るには、Googleの検索エンジンに「価値がある」と判定される情報をネットワークで発信し、検索結果の上位に自分のサイトやコミュニティーが来るようにするのが近道となるのではないか。
 そしてそのために今できることは何か。まずはアウトプットの訓練で、表現することを怠らずすることではないのか。

 

 

 

 

投稿者 andoman 日時 2015年8月1日


「第五の権力」を読んで

本書を読み、明るい技術の話は歓迎だったが、読み終えた後に正直不安を覚えた…。
その理由は「マイナンバー制」の導入だ。
ホームページ(http://www.gov-online.go.jp/tokusyu/mynumber/point/)では「行政の効率化」「国民の利便性の向上」「公平・公正な社会を実現」等と、見え透いた、底の浅い説明が掲載されているが、12ケタの番号で管理される情報は、ネット社会における全ての、あらゆる情報を管理する事が出来る。
本書の3~5章で、革命やテロリストが、ネットをどう使用し、政府はそれにどう対応して行くか?という内容に照らし合わせて考えると、個人のマイナンバーに紐づけるデーターベース(以後「MyDB」と勝手に呼称)は、手始めに、国に登録されている個人の全情報を紐づけ。
それが終わると、適当な理由を付けて、個人が所有する携帯電話番号をMyDBに紐づける。
携帯電話やクラウドに登録されているアドレス帳から、個人の人間関係の繋がり、通話やメールの送信数や内容から、相手とどの様な関係かまでを記録し、抜き出す事が出来る様になる。
また、スマートフォンであれば、Facebookやtwitterを始めとするSNSのアカウント情報を抜き出し、MyDBに登録する事は普通に出来る。
MyDBには、その他、銀行口座やSNSでの発言に対する特定ワードの検索・閲覧・発言履歴を残す事も出来るだろう。
一度MyDBに紐づけられた情報は、AWS等のクラウドで断片的に保存し、マイナンバー若しくはそれに近いIDをキー情報として、管理され続ける事になるだろう。
これだけで、十二分に国民一人ひとりの行動や言動を管理する事が出来る様になる。
ここまでは、順調に進むだろう。
そして、最後は低い情報リテラシーの役人による、情報漏洩で、他国に個人情報が流れてしまう…。
と、そんな事を本書を読んだ後に、一瞬にしてパッと浮かび、一筋の不安となった…。
ただ、本書を読んだ事により、上記に挙げたマイナンバー導入に対するマイナス要素の予防策が、ある程度は取れる可能性もある。
それを今後、考えて行きたい。

 

投稿者 tractoronly 日時 2015年8月1日


第五の権力---Googleには見えている未来 を読んで

邦題が第五の権力と名付けられているのは違和感を覚える本で、内容がどう見ても国家間紛争、民族間紛争、独裁国家の国民統制の方法、それに対抗するテロの手法などなど、インターネット時代ではどちらが勝つのか負けるのか、復興の段階においても誰がイニシアチブをとるのか、戦い、戦い、戦いの連続に、こんなのが未来なのか!?と少し辟易しました。
でも個人的感情は抜きにして著者がGoogle関係者であることを考えると、世界はパワーバランスで成り立っていて統治する側はこのように考えていると捉えなければいけないのでしょう。

注意深く見ていくと日本においても類似の動きがあり、過去は市民の期待によって民主党政権が生まれ、本著の指摘通り、政権交代後のギャップに失望しました。
また現在でもマイナンバー(古くは住基ネット)で国民一人一人の動きを管理しようとしています。ただ、マイナンバーに関しては税金の取り立てに使う程度だろうと思っていて、どれほどの影響やインパクトを持つのかがイメージできていませんでしたが、なるほど、これほど国家運営に都合の良いシステムはありませんね。
怖いのはシステムが成立したあとの、前述の民主党のような素人集団や右左極端な政治母体に運営が変わった時です。その時こそプライバシーはないがしろにされてしまうでしょう。
さすがに日本で革命やテロは国家レベルで起きないと思いますが、前述のような状況にならないために現在の政治を担う人たちを常に監視し、せっかく私自身も権力を持てたのですから、日本がおかしな方向に向かわないよう、この第五の力を有効活用したいと思います。

 

 

 

投稿者 dukka23 日時 2015年8月1日


通信インフラなんぞ、
一昔前は贅沢品の社会インフラであったのに、
「無線」=携帯電話となってから、
衣食住の次、場合によっては食の次に優先される
社会インフラとなりつつあることが分かった。

日本でも確かにそうかもしれない。
大災害が起こっても、命の無事を確認した次は
ケータイをいじり出す風景、というのは容易に想像できる。

このような位置づけになってきた、
通信インフラとスマートフォンなどのデバイスは、
支配者層から言えば市民のコントロールするものであり、
政府転覆を図る人々にとっては革命を扇動するツールにもなりうるとのことだ。
要するに使い方一つで、
大勢の民衆を動かすアジテーションを最大限使えるインフラでもあるということだ。

となると、制情報を司ることで
国家レベルのコントロールができるということだろう。

まさに第五の権力である。
それをインターネットをオープンな技術に仕立てあげたアメリカという国家と、
「すべてのものを情報化する」という使命を帯びたGoogleがタッグを組んで
この権力を支配しようというのだから、覇権国家は考えることが違う。

しかし予想外だったのは、ジョブスか。
彼はiPhoneというスマートフォンの先駆けを世に発表し、
さらには今までのインターネットを使うライフスタイルをガラリと変えてしまった。
固定系や、ガラケーの延長線ではない、このライフスタイルの変化がなければ、
いくら通信インフラといえども、ここまで影響力は持たなかったのではないだろうか。
アメリカもGoogleもここまで早くスマートフォンが普及するとは思わなかっただろう。

それでも、先見の明があり、スマートフォンやSNSの誕生を見込んだ
サービス展開をするGoogleはスバラシイ。
すでに覇権の一つとなっているGoogleだが、今後は中国や独裁国家などとの
電子戦が繰り広げられるだろうから、これも注視していきたい。