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毎月1冊、しょ~おんが「これは!」と感じた本を、課題本として選んでいます。

その本をお読みになり、「何を理解し、何を考えたのか」を2000文字程度で書いていただくのが、「今月の課題図書」というプログラムで、この中から1名の方を優秀賞として選び、その方には10,000円分のAmazon商品券を差し上げます。エントリーするには会員登録が必要です。会員登録はここからお願いします

 

優秀賞に選ばれるためには書き方にコツがあります。エントリーしようと思っている方はお読み下さいね。

 

この感想文は、「要約」コンテストではありません。このページに書き込む方はみなさん当該書籍を読んでいるわけですから、ストーリーやコンテンツを改めて説明する必要は無いのです。どうしても引用の必要がある場合にはその部分をカギ括弧『』で囲って下さい。

また、投稿で主観的な感情を表す修飾語を多用される方が見受けられますが、小学生の読書感想文ではないので、「良かった」、「感動した」、「素晴らしいと思った」のような表現を使ったら無条件で落選すると思って下さい。あなたが課題図書を読んでどう感じたのか、を書いてもらう場所ではありません。

書いて欲しいのは、本書を読んで理解したことをベースに何を考えたのかです。読書には2つのステップがありまして、一つ目は著者が伝えたいことを理解するというステップです。もう一つは、理解をした上で何を考え、自分のこれからの人生にどう活かすのかという思考です。優秀賞の選考基準は、二つ目のステップでエッジの効いた思考が出来ているかです。ですから最初の理解のステップでズレてしまうと、残念ながら優秀賞を獲ることは出来ないと思います。ご自身の理解力に自信が無い人は、他の人の投稿を熟読して内容を振り返ると良いと思います。

また投稿は本サイトに直接書くのではなく、メモ帳やワードなどに書いて体裁を整えた上で、本サイトにコピペするようにしてください。それにより誤変換の発見や、二重投稿を防ぐことが出来ます。

過去の投稿で多く見られるエラーに、指示代名詞(それ、あれなど)が適切でない、接続詞(しかし、だからなど)が文脈と一致しないがあります。このようなエラーがある文章は最後まで読まないことがありますので、投稿前にご確認下さい。

初めてエントリーされる方は過去の課題図書からご自身がお読みになったタイトルを探し、その月にどういうエントリーが多かったのか、そして受賞した人はどういうコンテンツを書いたのかをお読みになる事をオススメします。

最後に、毎月二桁を超える方がエントリーされるという性質から言える事は、みなさん同じような目線で、同じような内容を書いてしまうという事です(同じ本を読んでいるのですから、似たような感想を持つのは当たり前です。)しかしこれでは選ばれません。だって他の人と同じならあなたが選ばれる理由がありませんから。

どこか他の人と異なるユニークな視点や思考があるから、そしてそれが際立っているから受賞するのです。他の人と同じような事を書いても選ばれる事はないので、エントリーする前に他の人の書いたモノを読んでから構想をまとめて下さいませ。最後に、文字制限を大幅に超える投稿は選考の対象外になりますのでご注意下さい。

それではHappy Reading!

2020年2月の課題本

2月課題図書

 

銀行王 安田善次郎: 陰徳を積む


令和の今では、安田銀行はみずほ銀行に(富士銀行から合併でみずほに)なったわけです

が、当時の安田財閥って、現在では明治安田生命、損保ジャパン、東京海上、安田倉庫、

銀行では四国銀行、大垣共立銀行、肥後銀行なんかがあるわけで、産業界でも日産自動車

も旧安田銀行系列ですし、私の住んでいるあたりだと、中鉄バスも安田系列と今でも影響

が残る企業グループなんですね。

 

それを一代で築いたのが安田善次郎という男でして、これが小林一三に勝るとも劣らない

傑物なんですよ。

 

 そんな人の生涯をここで確認するのも、そしてここから生き方、考え方を学ぶのも、今の

我々に有意義なことだと思うんですよね。

【感想】

投稿者 akiko3 日時
「積善の家に必ず余慶あり」
安田善次郎伝を読み、日本という国がいかにして成長していったか、混とんとした中で支え続けた人達がいたことを知った。歴史上の著名人の名前も出てきて、その中でも奴隷として海外に売られたとか、いかに日本人が下に見られていたのかと驚くとともに、それでも生きて帰国するタフさには驚いた。学や富や食がなくとも、体内にある生命の炎のような力強いものが、あの時代の人達は持っていることにうなった。
そして、若かりし頃から高い志を持ち、向上心と勤勉さで経験を積み、思考を重ねていくと、己の生活の為の仕事が、地域の為、国の為、他国の為と比例して大きくなることに改めて感じ入った。
そこつながっているのか!と現在の著名人の系譜を知ると、育ちが違うからと一線を引きそうになったが、安田善次郎氏は下流から這い上がっていった人だし、父の教え“陰徳を積む”を実行し成しえたことなのだ。

パワーのある人は、良いことも悪いことも振れ幅が多い分、柱となるものをちゃんと持っていないと危ない。
氏にすりこまれた陰徳基準で、いつも“皆の益になるか”と考え、銀行員らしく、利子の計算などささーと素早いのも感心するが、その金額が何に変わるか、どう活かせるかまでちゃんと計算している。自分の懐に入ったのち、どう生かすか、懐にとどめる感覚がない。
ちゃんと金に付随する、または金がもたらす価値観を捉えている。やりたいことを叶えるツールとして、まだ形のないモノの動きを見える形で示しているだけ。金に対する距離が違うんだ。
生き金になるように使う。財産ができても、土地を購入し将来の公園にとそこまで考える。どこまで無私の人だ。

仕事を通して、事業再建能力や合併などスキルを高め自信をつけていっているが、『真の公益事業』とはと思考も高めていっている。普通に行き着く考えだろうか?“陰徳を積む”習慣により、様々な財や成功を手にし、謙虚さと感謝を忘れなかったから、自分ができるお返しは何か?を考え、行きついた答えに思えた。
信仰心も厚い方だったので、事業の浮き沈みを味わいながら、その時々に助けられる運にもより信仰心があつくなっていったのだろう。金融業として“大いにまかんために、大いに儲けねば”と言っていたが、自分をいかに使うかという“使命”も意識していたようだ。日本に留まらず清国に対しても、その地の人達にとってよりよくなる為ならとアドバイスもしている。利益の為にだけでなく、自分のできることの出し惜しみをしないのだ。

世での成功の陰に、やっかみもあり、理不尽な批判を受ける中でも自分を律して、自分の内に留めている。
人に理解されないと自分だったらぶれそうになったり、やる気が萎えそうになるが、“自分の才を世に理解させる為ではなく、世の為、人の為、国の為に使う”ことにのみエネルギーを注ぐ。
厚い信仰心と陰徳の積み重ねの賜物。そして『積善の家に必ず余慶あり』とのゆるぎない価値観があるから、批判にとらわれず清く受け流せたのだろう。
安田氏は財を築き、世間にも公園や講堂や石碑など寄付して世に残しているものも多いが、家族に一番残したかったものは『余慶』ではないかと思う。
現在でも安田グループがダントツ業界1位を維持していることを目の当たりにすると、余慶ってすごいなと感心し、陰徳積もうって思った!
いや、まじめに、家や世に残せるものや影響をあたえるものがなければ、陰徳は何も持たずとも、心がけで生み出し続けられる。最近、続けて足腰の悪そうな高齢者に遭遇し、手を差し伸べたが(いずれ通る道という下心が無きにしも非ずだが)、今は小さな1つ1つだが継続し、自分の器とともに進化向上させたい。

最後に、現代人の悩みは、健康、金、人間関係のどれかと言われるが、暗殺者は、病・金欠、孤独から破滅に突っ走っている。昨今の道連れ自殺事件が思い出され、背筋がぞぞっとした。
何不自由なく、悠々自適で人生を満喫していた安田氏が巻き込まれてしまったことは、氏の人生に起こった最大の理不尽さに思えて悔やまれる。これも氏の運命だから仕方ないのか…。
投稿者 hikolton 日時
『安田善次郎は"知る人ぞ知る"人物になってしまっている。』
あとがきにこうあるが、確かに富士銀行、損保ジャパン、明治安田生命や安田講堂などは知っていても安田善次郎という人物の存在は知らなかった。
これだけの大企業の創業者であるのに、パナソニックの松下幸之助や三菱財閥の岩崎弥太郎ほどは有名ではない。
なぜだろうか。副題にもある陰徳によるものなのだろうか。

本書を読むと常に倹約、陰徳をつむことをこころがけて生きていたことがうかがえる。
特に若い時でさえ、生活費は収入の常に十分の八までに留めるなどというのは、自分に当てはめて考えてみるとなかなか真似が難しい。
また、それでいて常に先を見据え、また自分のみならず他者の利益のことも考えて生きている。
銭両替に目を付けたとき、太政官札を引き受けた時、大阪市築港に協力したとき、また東京市の都市計画の話などはスケールが違いすぎてビックリしてしまう。

困ったときにはどこからか助け船が現れたり、後藤新平や浅野総一郎などの素晴らしい人物に出会えたのも、陰徳を積んできたからだろうか。
危機の際にはいつも頼られ、国家を支え続けたともある。これも我欲に縛られず世間によしとするための考え方からではないか。
近江商人の『三方よし』などにも通じるが、安田善次郎が実践していた前たれ商法など昔の承認の考え方は現代でもいや、利益の最大化を目指し
目の前の客よりも声だけは大きい株主の顔色を窺う企業が多い現代だからこそもう一度見つめなおさないといけないのではないかと思う。
商売の基本はあくまでお客さんあってのことなのだからと改めて気付かされた。

徐々に商売の規模も大きくなり、資産も増え、寄付なども国益のためのものが増えていく。
そんななか済生会にたいする寄付問題。『慈善とは隠れてなすべき事なのに』という信念のもと、期待された金額よりも少なかったという理由で、
世間の不興をかうのだからいたたまれない。

『五十、六十ははなたれ小僧 男盛りは八十、九十』

時代を考えれば、常人であればあとは余生を過ごそうかという年代に『男盛りは八十、九十』というのだからという安田善次郎には頭が上がらない。
食事は質素であったりと倹約はしつつも、まだまだ体は元気でいまだに東京の都市計画など未来を見据えている。
はたして自分が七十代になったときにそんな気持ちでいられるのだろうか。疑問ではあるが、そのような気持ちを持てているということは、現状からまだ
改善点があり、向上できると思うからこその言葉であると思う。どの年代だろうとそのような人物になっていたいと思う。

また、このような人物が突然死という死に方をしたのが惜しくてならない。
陰徳を積んでいたからこそ世間に善行が知られず非業の死を遂げ、また陰徳を積んでいたからこその事業の成功があったのだろう。
もし、本人の言う男盛りを超え百まで生きていたら、1923年の関東大震災、1926年の大正から昭和への移り変わりの際にどのような態度をとったのだろうか。
もし、死に方を選べたら資産をどのように使い、どのように自分の興していった事業をまとめて死んでいったのだろうか。
もし、東京市の都市計画が彼の協力によって今の東京都はどのような風景になっていたのだろうか。

八十三歳での死とはいえ、安田善次郎という人物の半生をこのように書籍でまとめられた形で読んでみると道半ばで力尽きた感が否めない。
誇りを持てる後悔のない人生を歩むためにはどう生きればいいのか。
本書を通じて彼の半生を追ってみるとなんら恥じることがない、人生を送っているにも関わらず最期の最期で不遇の死を遂げてしまう。
信念を持ち、自分を律することはとても立派で大事なことだが、ここまでの大人物になると陰徳だけではなく陽徳も必要なのではないのかと思ってしまう。
改めて人生においてバランスは大事なのだと感じた。

一般庶民である自分は心置きなく陰徳を積んでいこう。もし、万が一安田善次郎に比肩するような人物になれた際にはその時に考えよう。
そんな風に思ってしまう読後感だった。
投稿者 shinwa511 日時
この本を読んで、自分自身で考え行動する事の大切さを改めて感じました。

本書の中で特に印象に残ったのが、安田善次郎さんが自分自身を語った話で、「私にはなんら人に勝れた学問もない。才知もない。技能もないものではあるけれども、ただ克己堅忍の意志力を修養した一点においては、決して人に負けないと信じている。」(p43)

そして、安田善次郎さんの話から、著者は次のように述べています。
「"克己堅忍"という言葉は最近はやらない"根性系精神論"の代表だが、そんな現代人の失ってしまった"意志の力"が、安田善次郎の中には満ち溢れている」(p43)

確かに読み進めていくと、安田善次郎さんの意志の力は、すごいものであると感じます。金融政策に対する強い信念の持ち主であったのは、この意志力が影響していると考えられます。

本書で書かれているような金融政策をして、近代日本の発展に貢献している人なのに、現代では安田善次郎さんについて、自分自身よく知りませんでした。今回本書を読んで、その偉業や思想を始めて知ることができました。

安田善次郎さんは他の財界人と違い、ノーブレスオブリージュであり、当時の成功した実業家が行っていた、寄付活動を好まなかった人です。ノーブレスオブリージュはフランス語で、身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳感を意味しています。

安田善次郎さんも、事業者は常に事業そのものに邁進し、容易に貧困者に対して施しをするものではなく、事業を発展させることを本業とし、それで得た利益を社会活動へ貢献することを第一に考えるべきである、という思想を持っていたのだと思います。

貧困に困る人に金銭だけを与えて、今すぐの救済をするのではなく、その人自身が働いて自立しようとする活動を、永続的にサポートするのが大切である、という事をしたかったのです。

そして貧困者である国民自身も、裕福な人達からの救済ばかりを当てにするのではなく、自分達で自分達自身の生活水準を、より良くしていく為に考えて働きなさい、と安田善次郎さんは言っているような気がします。幼少の頃から意志の力を養う為にも、自身で考える教育が必要なのです。

現在の教育も、詰込み型の教育から考えさせる教育へ変えよう、と政府が動き始めています。今から約150年前に生きていた福沢諭吉も、「一身独立して一国独立する」という言葉を残しています。学問の目的は、まず「一身の独立」にあり、独立できていない人間は他人から侮られ軽んぜられますが、国家も同じなのです。

国民が甘えや卑屈、依存心から脱却し、日本は自分たち自身の国であるという気概を持たない限り、日本は独立した近代国家として諸外国から認められることはない、という思想です。

自身を振り返ってみて、他人にばかり頼り過ぎて、本当に自分自身で考えて、意思決定の行動をしてきたのではないか、と自問自答をする必要があると考えます。自分で意見を持って考えていかないと、すぐに他人の意見に流されてしまうことになってしまいます。

そうならない為にも、自分自身で道を切り開いていけるように、意志力を身につける必要を改めて感じました。他人の所為にせず、自分の責任の下に考えて、行動の決定をしていくようにします。
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