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第30回目(2014年8月)の課題本


8月の課題図書は・・


日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦


実は旧帝国海軍の士官、参謀というリーダーたちが戦後秘密で集まって、あの戦

争について反省会をやっていたんです。しかもこれが何年も続いていて、その模

様が録音されていたんです。これだけでスゴく無いですか。


その録音テープを入手し、さらに当時の参加者に会いに行って、彼らが何を語っ

たのかをまとめたのが本書なのです。


これだけでもスゴいのですが、もっと驚くのがその会合で語られた真実なのです。

これは決して教科書や歴史書に出て来ない、軍人の生のホンネなのですが、彼ら

は戦争前からこの戦争が勝てるとは思っていなかったんですね。というか、海軍

としては戦争はやりたくなかったと。そんな事を軍令部(陸軍に於ける参謀本部

のようなもので、海軍の最高意思決定機関です)に所属していた軍人が告白する

んです。


それならなんで開戦したのかというと、これが驚く事に、


  ■ 今まで何年も血税を使って軍艦やら戦闘機を整備して、軍備を整えて来

    たのに、今さら「戦争をやっても勝てません」なんて言えませんよ


は?そんな理由でやっちゃったわけ?

さらに、


  ■ 勝てないからやりませんって言ったら、予算を削られて海軍は成り立た

    なくなっちゃうから、勝算は無いけど「やれる」って言うしか無かった


こんなゆるい感じで戦争しちゃったわけですね。

なんだか今の公務員の無責任さとソックリですね。


こういうのが意思決定者だったから、旧帝国軍は解体されちゃったんでしょう。

自分たちの組織を維持し、予算を増やす事以外のモチベーションを持たない役人

(軍人は役人です)の末路ってこういう事なんでしょうね。


2年前に読んだ時には、途中で何度か憤死しそうになったわけなんですが、こうい

う歴史は日本人は須く知っておくべしだと思います。

【しょ~おんコメント】

8月優秀賞

今月はkd1036さんに差し上げました。
多くの方が同じ視点、同じトーンで書かれたため選考に苦労しました。
その中でこの方の投稿が最もバランスが良いと思われたのでこの方にしました。

 

【頂いたコメント】

投稿者 kwbtakr 日時 2014年8月10日


『日本海軍400時間の証言』を読んで

「海軍あって国家なし」
読み進めるに連れ、こんないい加減なと憤りを感じる人は多いと思う。そもそも旧海軍が対アメリカとの開戦に踏み切ったのも旧海軍の予算確保が目的であり、日本国家を想う崇高な理由ではない。戦後の裁判でも上層部は責任を取らず、現場に責任を押し付ける。組織内に反対意見を提示できない空気が支配する状況、、、

これらは現代社会でも往々にしてみられる状況だと思う。震災時の原発事故の東電の対応など、まさに同じ状況だと思う。

ただ、この状況を単に悪と思うのはその空気の外にいるからであり、自分自身がある組織に属し、自分の意見と異なる意見に従わざる負えない空気が支配している状況では、それが悪であると解っていても反対意見を言えるか分からない。

日本人は空気を読む、これはこれからも変わることはないのではないかと思う。

逆に、戦前も同様に空気を読む習性があったのでは思う。幕末、明治維新で西洋文明が入ってきたが、日本人の根本的なところは変わっていないと思うので、空気を読むという習性は江戸時代、またそれ以前から続いていることではないか。ムラ社会の環境が起因しているのか、、、

戦前以前に関する文献もいろいろと読んで関連を調べてみたいと思う。

投稿者 dukka23 日時 2014年8月19日


【海軍400時間の証言 を読んで】

極東裁判でも組織ぐるみで被告人を守った、海軍の組織力。
その海軍が現代に蘇って、
本書に対する反論を構築するプロジェクトが
あるコンサル会社に外注されたのが、今回のお話。

そして、プロジェクトは最終報告へと進みます・・・

===

(表紙)
はい、それでは本日は
「大日本帝国海軍様 『海軍400時間の証言』への反論構築支援プロジェクト」
の最終報告をさせて頂きます。

(ページ1)
まずは最初に、このプロジェクトの対象となっているNHKスペシャルおよび
書籍については敬意を評したいと思います。
反省会に出席の元海軍の方々の終戦後30年以上経っても
反省をし自己を見つめなおす真摯な態度、
またNHKの番組制作現場の方々、
その他様々な方の緻密で地道な努力の礎の上にたっているものと認識し、
一人の日本人として感謝を申し上げたく存じます。

しかし、その認識を持った上で、本プロジェクトでは
「知能犯と言われた海軍として改めて名誉回復するか」に主眼をおき、
反論をいかに構築するかということが最大の論点ですので、
内容としては多少突っ込んだ言及もございますが、その点はご了承を下さい。

(ページ2)
それでは、報告に入らせて頂きます。
まずは対象書籍への反論を作るにあたってのポイントを
組織分析としてマッキンゼーの7Sや、その他様々な分析手法を駆使し
次のように3点導きだしています。

■ポイント① ~NHKの価値観と軍のみへの責任追求~
本書の一番のウィークポイントは、NHK自身が自虐史観や、
リベラルな思想を組織として根底に持っており、
そのため、どうしても軍のせいにしたい、
という大きな流れ、
価値観と呼んでもよいでしょうが、それを持っている点です。

NHKの制作担当者や、緻密で長時間の作業を実施されて
こられた方は、「純粋に真実に迫りたい」という意識が
強かったことが本書からは垣間見れます。
しかし、放送映像や対象書籍を作るにあたっては、
NHK上層部の承認が必要となります。

その際にはNHKの価値観が大きく働くようになります。
今回の対象書籍では、
露骨な自虐史観やリベラルな意見は封じ込めていますが、
結局は対象書籍の帯にも使われている言葉、

「陸軍は暴力犯、海軍は知能犯」
「国ありを忘れていた」

など、「先の大戦の責任の全ては軍にある」
=体制批判であることが前提にあります。
当時の強烈な開戦の世論や、
それを作ったNHKも含めたマスコミの煽りなどは
多少は対象書籍の中で触れられるも、
開戦の要因となったこととは全く別問題とされています。


(ページ3)
■ポイント② ~本当に「日本のために」を微塵も考えていなかったのか~
さらに、海軍のトップがまるで
「すべての行動や思考が、陸軍との競争も含めた省益のみを考えていた」
ことを前提としている点も、狙うポイントの1つです。

組織のトップがそんなに極悪人であれば、
その組織は一瞬でバラバラで離散してしまいます。
やはり強固な仕組みが、長く続く組織のトップというのは、人望が厚い。

人望というのは、利己的な行動や思考では、作り上げられません。
利他的な、公明正大な行動と思考で作られます。
こういうことができるからトップにもなったのです。
確かに例外があったり、100%すべてのトップの行動が
そうだとは言いませんが、単なるヒラ職員なんかよりも、
ずっと人格が出来ており、徳が高い人がトップになるものです。

その方々が、一挙手一投足すべてが
「海軍という自分の利益のために」動いているような描かれ方もしている。
この点は大いに誤解であり、
作為的な描かれ方をしているように受け取れます。

(ページ4)
■ポイント③ ~反省会のメンバー構成は中枢ではあるものの本当のトップではない~
反省会の中心メンバーは確かに組織の中枢の
軍令部に所属していましたが、
多くは、当時まだ課長以下の現場レベルでの話。

考えても見て下さい。
貴社の経営企画部など、(一応の)中枢部門の課長が
言っていることですよ。

何か全体に影響はありますか?
それが本当に組織の戦略ですか?
課長が全体の戦略を作るのですか?

本当の意味での、組織トップは考えられないほど、
全体を考え、俯瞰する考えを持っているものです。
それに対して、部下や特に課長以下は、
俯瞰する余裕などなく、目の前の仕事をこなすことが精一杯。
当然、「なんでこんな仕事が降ってくるんだ?」との
不満も持ちやすいポジションです。

反省会メンバーは確かにエリートですが、
当時のポジションから言えば、
その人自身の考えや発言については、
それほど影響力はないと考えられるのですが、
それを本書では、「貴重な証言」として完全視をして扱っている。
この点は検討する余地があるのではないか、という反論ポイントです。


(ページ5)
これまでのまとめになります。
これら3つのポイントは本書への反論を構築し、
反撃の作戦を練るための骨子となりうるものです。


(ページ6)
次に、スコープ外ではありますが、
反論の骨子(案)をご提案させて頂きます。
コチラの提案は、海軍様からもプロジェクトチームにご参画頂き、
膝を突き合わせて議論した結果となります。

なお、前提としては、事実がどうだったかは関係なく、
大衆心理を鑑み、さらに報道やメディア露出も同時に、
そして十分に行われる前提での骨子(案)でございます。

今回のプロジェクトのスコープとしては、
前述の「反論を作る3つのポイントの分析支援」でしたので、
メディア露出等の戦略は別途ご機会を頂ければ、
推進計画の策定をご支援させて頂きます。


(ページ7)
【反論の3つの骨子(案)】
●陸軍が介入した上での資料の捏造等があった、というプロパガンダを流布する
これは一部すでに実行されていますが、
「やはり陸軍単独で悪かった」という風潮を作るものとなります。

最も有効な手立てとしては同じNHKから、
別の班を買収するなどして、対抗番組を作成し、
発信してもらう策を取るべきと考えます。
誤報であったという認識を大衆に持たせる作戦です。

「陸軍の捏造」というプロパガンダは、
「海軍の組織内のことはわかるが、陸軍の捏造はあまりにひどいな」
「さすがにウチの会社でもないぞ」

と思わせることで、

「やはり陸軍は最低。」

という論点に向かわせることで、
海軍への矛先をそらすことができると想定しています。


(ページ8)
●反省をしていない陸軍よりも、反省を自主的にした海軍
「反省さえしていない陸軍より、高尚な海軍では自主的にこのような反省会をおこない、
戦後60年以上経っても日本が戦争に突き進まないための方策を考えていた」、
「やはり教育から違った、やはり紳士であった」
との海軍=紳士のイメージを改めて植え付ける方法です。

こちらに関しては、テレビ露出の高い論客や、御用学者などに
発信をさせることが短期の活動の中心になります。
中長期の活動としては、学校指導要綱などに潜り込ませ、
教育時点から海軍>>陸軍の図式を刷り込ませることが重要なポイントとなるでしょう。


(ページ9)
●マスコミの責任をも追求する
さらには、戦争に突き進んだのは軍だけではなく国民の責任もあった、
等のプロパガンダをするという活動です。

これは、前述の骨子(案)の2点とは、
別活動として行い特にマスコミに勘ぐられてはいけません。

「日本人の国民性」などで括ってしまい、
大きな流れには逆らえないというのは組織の中だけではない、
国、世論、国民レベルでもそうなんだ、という反省を
国民=大衆にも促す方法で、海軍の責任を薄める方法です。

これは、一部すでに有志がおこなっていますが、
SNSなどで当時の加熱した新聞報道や、世論の実態などを
根気強くインターネット上に流布することが有効と思われます。

最近では、再度2ちゃんねるがキュレーションされた
「~速報」などのサイトもありますので、
これらを上手く活用すれば、成人だけではなく、
これらサイトの主要利用者である中学生や高校生の世代から
情報刷り込みができると考えます。

(ページ10)
さらに、骨子(案)の3点に加えての追加のご提案です。
本書では、「今まで陸軍だけであった戦争責任は、海軍にもある」
との論調を進めながら、一方で、

「大きな組織では、個人の力は微力」

という、現代のサラリーマン社会を生きる人々にも共感できる内容となっています。
そのため、いくら海軍に責任があるといっても
「それでも自分もわかるなあ。仕方ないよなあ」と
思われる要素も織り込んでいます。

反論骨子(案)を実行する際には
この読者の感情の動きを上手く利用することで、さらに効果的な反論となるでしょう。


(ページ11)
最後に、誠に勝手な意見かもしれませんが、弊社の意見を述べさせて頂きます。

上記の反論の骨子は、あくまで本書に対して限定しているものです。
一方で軍事作戦の中身そのものについての海軍自体の反省は、
今回を含めほとんど世にでていません。

今年で戦後69年となりました。
すでに軍事作戦の失敗分析は、おそらく当時は海軍、
その後海上自衛隊に引き継がれやっているものと思います。

これらは防衛上、全てを公開することが出来ない性質の
ものではあると思いますが、
一般大衆が興味を惹かれるポイントだけでも、一部公表するだけで
「やっぱり、さすが海軍(海上自衛隊)」と呼ばれる称賛の声も増えるのではないでしょうか。

「反省もせずに、誰も責任を取らなかった、それどころか省益を優先していた」
というのが本書の論調です。海軍はこういった腐った価値観を持っていたと。

この価値観を、少しでも覆し、
「やはり日本人であることに誇りを持って良い」と思えるアクションを
海軍自身が行うタイミングに来ているのではないでしょうか。

そのきっかけが、当時の軍事作戦の冷静な分析を、
海軍様ご自身の口から大衆に説明することだと思います。

そこには、国民にはお詫びと遺憾の意を表しながら、
軍事作戦については淡々とした態度が、より好感を持たれると思います。

(背表紙)
最後のページでは言葉が過ぎたようでしたら申し訳ありません。
途中も非常に突っ込んだ内容にも触れさせて頂きましたが、
分析を担当した弊社の率直な意見であります。
ご参考にして頂ければ幸いです。

以上で本プロジェクトの最終報告を終わらせて頂きます。

ありがとうございました。

===


さてさて、海軍が組織として蘇るかどうかは別としても、
さもありなんというお話。。。

本書の出版から10年後の2020年頃には、
作為的に、追加で、戦争時の新たな衝撃的発見がなされるのでしょうか。

しかし、実はこれさえも、WGIPの一環だった、
と考えればやはり敵にした国は恐ろしい国です。。。

投稿者 jorryjorry55 日時 2014年8月24日


日本海軍400時間の証言を読んで

確か高校生のときだったと思うが、日評選書の東京裁判という本を読んだ事を覚えている。ただし、その内容は今となってはうろ覚えではあるが、とにかく大東亜戦争は全て「陸軍が悪」という印象しか残っていなかった。この日本海軍400時間の証言を読んでみて、海軍への印象が根底から覆されたことから、改めてその本を引っ張りだして読み返してみると、東京裁判に続いて行われた豊田裁判における海軍の残虐行為についての記載もあった。しかし全く覚えていなかった。いかに「陸軍が悪」であると刷り込まれていたのかを思い知った次第です。
死刑になったのが陸軍関係者がほとんどで、海軍からは一人も出なかったからというのも大きいのかもしれない。とにかく私は満州事変から引き続きで大東亜戦争に突入したのは全て陸軍による物であり、その親玉である東条英機が諸悪の根源と固く信じていました。
しかしながらよくよく考えてみると、真珠湾を攻撃したのは海軍であり、神風特攻隊も海軍。陸軍だけが戦争をしていた訳ではない事を改めて認識した次第です。

さて、本を読んだ感想ですが、皇族が長く軍令部のトップに君臨していたとか、海軍の残虐行為があったとか、恥ずかしながら知らない事ばかりでした。予算の関係であるとか、責任転嫁であるとか、その場の空気に流されたから開戦に突き進んだとか。今現在の事といっても全くおかしくない問題点が述べられていた。あれだけの犠牲者を出したというのに、あの戦争から何も学んでいない、日本は体質が全く変わっていないという事に愕然としました。南京大虐殺とか慰安婦問題については中韓がぎゃんぎゃん五月蝿いので多少の知識はあるものの、海軍の残虐行為については全く知りませんでした。日本人がそんな酷い事をするはずはないと思っていただけに余計にショックでした。海軍の方がたち悪いじゃん、と。山本五十六とか戦艦大和とか、海軍には良い印象しかなかったのですが、山本五十六だって、ググってみると評判がよろしくない事に初めて気がつく始末。とってつけた表面上の知識だけではダメだという事に改めて気がつきました。
反省会と名前がついているけど、彼らは何を反省したのだろうか?そこが全く見えなかったのが非常に残念です。

それから、ここはこの本の本質からはずれているのかもしれないが、勝てば、敗戦国に対してはどのような感情をもっても良いのか?というのは強く思いました。
捕虜を虐殺し、その虐殺された被害者側の関係者の話が載っていましたが、その虐殺された人だって、捕まるまでは人を殺していた訳だし、何を被害者ぶっているのかと。お互いが被害者でもあり、加害者である視点が完全に抜けていて、完全に被害者面しているのには非常に違和感を覚えました。この本を読んでの一番の気付きはここですかね。自分もいつ被害者でもあり、加害者にもなるかわからないので、常に相手の立場にたって考える事が必要である。この事を忘れずにいかなければと強く思いました。

投稿者 satokei 日時 2014年8月24日


2014年8月 課題図書コメント
(初投稿なので、勝手がわかっていません。投稿方が違っていたらご指摘ください。)

小学生のころ、太平洋戦争(と言われてました)の書物はずいぶん読みましたが、最近はとんと読んでおらず、再び思い返す機会をもらったことに感謝します。
自分がこの本を読んでの結論は以下の通りです。
「安易に非難できない。いや、非難すべし。非難できる自分であり続けるべし。」

この本の中で出てくるようなケースは、規模はともかく、会社でも頻繁に起こります。
部門の頭の力関係による、議論無き決断(賛成してなくても思考停止)。
命令でない命令。
部門間の溝や行き違い。(仲間は無条件に味方だが、他部署は非難の対象だったり無関心だったり)

帝国海軍と自分の属する会社、規模と影響力は違えども、組織という中では流れにのるのが一番摩擦なく生きる方法で、組織に依存していればいるほど力ある者との摩擦は起こしにくいことを改めて自覚しました。
生きるとは、自分のことをOKと言ってくれる人にいい顔することじゃないんだ。
書くと恥ずかしいくらい当たり前なのですが、自分が正直実践できているかというと怪しい。これでは海軍を罵れません。

優秀、有能という点からいえば、海軍士官たちは非の打ちどころのない集団だったはずです。現実もわかっていたはずなのに、結果はこのありさま。
優秀度では及びもつかない自分たちが、そのうえこんな風に流れたり、保身に走ったりしていては、この先本当にまずい。
そう実感できた本でした。

しかし、自分にはすでにできた大きな流れに逆らい変える自信がありません。
それではどうするか?
ならば、保身に流れやすい自分を日々自覚して、智の道に沿った流れを自ら作り出し続けよう(または作成協力する)。それをしてこそ、海軍さん、あんた違うでしょうと言えるのだと思います。

この本で明らかにされた事実から学ぶとすれば、
① 方向を見定める原則を見つけ出し、それをよりどころとし、折に触れてアピールして、方向性を示す。(開戦回避の方針は、無意識なのか故意なのか、決裁者には自覚されていませんでした。)
② 方向性に沿った具体的かつ実現できる計画を立てる。丸投げ、精神論禁止。
(実施できない計画は、計画ではなく夢想で、現実には破綻してゆきました。)
③ 現場を知る。(見えていない者は、すでに人間ではなく自動操縦機で、かつ自分たちの仲間を救うためなら罪を着せてもやむなしとなる恐ろしさ)

自分を守ってくれる狭い世界で、その世界のことだけを考えて生きるのでは、智の道にならないと、水をぶっかけられた本でした。
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投稿者 sakigake 日時 2014年8月25日
正直、この本のNHKスペシャルは見ていない。しかし、この本での述べられている膨大な資料の調査内容がたった1時間計3回の番組で視聴者に伝わったのか疑問に思う。番組を見るよりもこの本を読んだほうがストレートに製作者サイドの意図は伝わるんじゃないかと読後感じた。

今まで「特攻」に関しては、「特攻」に直接関わった方たちの話しか聞かなかったので、なぜ「特攻」が行われたのか、遡ればなぜ「太平洋戦争」が始まったのか?海軍上層部側からの反省会のテープを通して証言を得られたことは大変貴重なことと思う。太平洋戦争自体、事前分析で負けると分かっていながら、陸軍との予算の奪い合いから始まったことは、今の省庁の予算獲得の話とほとんど変わらない。自軍のメンツを保つことに重きを置いたいたのに驚かされた。そんなことで何百万人の人が亡くなったのだ。反省会に出席していた元キャリア軍人はそこまで反省の思いを戦後抱いていたのだろうか?

また「やましき沈黙」から人を人とは思わない「特攻兵器」が作られ、アイデア、構想を打ち出した軍上層部は自分たちが実際、その兵器の乗らないことが分かっていながら、未来ある若い学生に命じたのも自己保身を通り越して、人間の所業とは思われない。反省会のテープの中でも、それに強い懺悔を示しているのは現場の指揮官だけで、軍令部にいた人間からは反省の弁がなかったのは非常に残念に思った。
 
皆、感じているだろうが、「やましき沈黙」いわば「空気を読んで、正しいことをきちんと主張できない」というのは、今の省庁に限らず、会社組織、街の任意団体(商工会やPTA,町内会)でも当てはまる。これは日本人の基質なのであろうか?それでいいのだろうか?だからといって、正しいことを述べて村八分にされるのも怖い。どうバランスを取っていけばいいのだろうか?
その組織の存亡に関わる事案であれば、きちんと正しいことを主張していかなくてはいかないということをこの本は示唆しているように思う。しかも現状を正確に分析したうえで論理だてて述べばければならない。時にはKYであることも必要なのだ。

また、日本人はマスコミが喧伝することに流されやすいことも国民性として問題であるし、「評論家風情のあの人がこう言ってるから、そうなんだよ」と他人に意見にも流されやすい面もある。常に自分の周り及び社会問題に至るまで、自分なり情報収集し、且つ分析をして、確固たる自己意見を持つ訓練を日頃から行う必要性を強く感じた。

投稿者 OTK 日時 2014年8月27日


8月の課題図書を読んで

第二次世界大戦で大敗しているのでこの手の本は読むと噴飯物であろうと思って読み始めたが以前に失敗の本質という書籍を読んでいたので思ったほどは、腹立たなかった。我が国は明治維新後慌てて欧米の真似をし近代国家の体裁を取るべく海軍陸軍を創設したが残念ながら真似てみた所で我が国のそれは欧米のそれに匹敵するもの、伍するものにはなり得なかったという事実が否応なく証明されたに過ぎないのだ。

中世以降、欧州では、数えきれないほどの国家間の戦争が行われた。十字軍遠征(正確には国同士しではないかもしれないが)、百年戦争、ナポレオン戦争、普仏戦争、クリミア戦争。侵略しただけでなく、モンゴル人やイスラム教徒に侵略されたこともある。
チンギスハンのヨーロッパ遠征は、今のウクライナ情勢と無関係ではない。とにかく、日本人と欧州人やイスラム教徒らとは、戦争のキャリアが違い過ぎるのだ。あの戦争が日本がやるべき戦争でなかったという事実だけはひっくり返りますまい。これからも戦争をすると必ず負けるのは必定に違いない。

また、戦争というのは、人にとって抗えないほどのなんというべきか麻薬というかそのような作用を及ぼすものではないかと思った。70年近く戦争をしていないこの豊かな国で本当に幸せに生きている人が驚くほど少ないというのがその証左だ。
私は、沖縄生まれで父母は戦争を経験しており伯父は中学生で学徒動員で少年通信兵で戦死したがその彼らの経験の話をして羨ましいと率直に感想を漏らした人は一人や二人ではない。死の恐怖はまた生を最高に輝かせるものである。

私はそのような麻薬がなくても幸せに生きたい。真実を暴く知性を持ちたい。話が飛躍するが日本とロシアの戦争を仕組んだのは誰か?なぜこの戦争に引き込まれたのか?私は日本の敗戦は日露戦争からスタートしていると思っている。誰にも騙されずおどらされず生きたいと決意した。洗脳され戦争の罪、一方的に責任を負わされて死んでいった兵士の為に。

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投稿者 kd1036 日時 2014年8月27日


読んでいて、途中で思ったのが、福島の原発なんて正にそのままだな~という事でしたが巻末にやはり言及されていましたね(笑)
本書のテーマは、海軍OBの反省会をとおして戦争の教訓を現代に活かそうというものです。そして今の社会に同じ病巣は厳然と存在しているという事実を痛感させれます。
このような社会・組織の構図は一個の事象に対してある視点から良い悪いを論じることは簡単ではありません。関与者の軍にいる時の顔・家庭での顔だけとっても、それだけで視点は多岐にわたり、軍と国家そして敵軍と見ていけば、ある一点が正しいとは誰の何の視点を基点にするかで無限となっていきます。
昔も今もそうだと思うのですが、一番怖いのは、気づかないうちに自分がスケープゴートにされる可能性を常に孕んでいる点ではないでしょうか。個人が正しいと思う事を推し進めていってそのとおりになったとしても、全く別の力の作用で崖から突き落とされる場所に立たされていたという事は、あって欲しくはないけど可能性がゼロには思えません。
本書を手に取る前に、「命のビザを繋いだ男」をたまたま読んでいて、戦争の本は色々読んだけど、そういう場所に立っていた人もいたのかと、つくづく世の中の不思議を感じました。これにしてもナチスドイツから逃れるユダヤ人の面倒を日本国内でみるなんて、よく命があったものだなと思います。
戦争の責任は?特攻の責任は?誰にある・どこにあると、責任という言葉は戦争について語られるときに必ず出てきます。ところで責任ってなんだろう?というのが読んでいる途中に出てきた疑問でした。武士であれば責任を取るイコール腹を切ると理解できますが、自分が責任を取ったことはあるのだろうか?仕事を任せる時に、責任は自分が持つからといって、失敗したら辞職する、関係各所全てに頭を下げるなんてのはすぐ思い浮かびますが、それで責任を取った事になるのでしょうか。人間は間違いを犯すものである、一つのミスも無い人間なんていない、という前提に立てば、間違いを犯した・ミスがあった時には素直にそれを認め、謝罪をし、その後の処遇は然るべき所に一任するというのが、責任を取るということなのかと考えました。しかしこの考えには落とし穴があり、失敗を認めることは選択肢にはない意識の集合体では、そのような事をしようとする人間から抹殺されていくような気がします。本書に登場する個人はそれぞれ素晴らしい人なのだろうと思いますが、組織の中の構成員である場合に、本当に自らの非を認め謝罪した人がいるのかな。もしかしたら個人としてはそうしたくても、組織がそれを許さない。しかも、非を認めない理由を誰それを守るため等、別の第三者を持ち出して言い訳の根拠にしてしまう。ここで正しいか間違っているかを自分の頭で考えることも大事だと思います。しかし、今いる世界はそれが間違っていたとしても、反省会の対象とされていた時代と同じ事が繰り返されているのだという点を自覚し、そのうえでどうするのかを考える必要があると思います。今自分はどういう意図の中に組み込まれているのか、流されるのではなくしっかり自分の頭で考え、自分と守るべきものの安全を確立したほうがいいと思います。ちょっと悲観的になってしまいましたが、個人が無力な存在だと考えたわけではありません。環境は踏まえつつ、一気に個人がガラリと変えることは出来ないとしても、少しずつ良くなるようにそれぞれが進んでいく事が大切だと思うのであります。

8月の課題図書が指定される前に、これって戦争の時と同じなんじゃないのか?と個人的に思っていた事がありました。それは、世界的なイベントであるW杯における日本代表です。
私が感銘を受けた国が二つあります。それはチリとコスタリカです。チリはオランダ・スペイン・オーストラリアと、コスタリカはウルグアイ・イタリア・イングランドと予選グループを戦いました。両国とも戦前予想では予選突破は絶望的と言われていました。しかし両国とも堂々と予選突破を果たし、しかもコスタリカは1位での通過でした。その両国の何に感銘を受けたかと言うと、まず己を知る、自国の戦力を分析し、どうすれば突破できるかの戦略を緻密に立てたであろう事が伺えました。そのうえで、力を100%(もしかしたら120%)出し切り結果を待つ。おそらく戦略どおりで力を出し切ったとしても、突破できるかは分からない状況だったと思いますが、そのやり方以外で戦って突破できる可能性はなかったのではないかと感じました。その持てる戦力で打てる手を打ち切る戦い方と大舞台で能力を最大限に発揮できる力に大いなる感銘を受けた次第です。両国の国民は結果として予選突破しましたが、もし予選敗退でも優勝候補がずらりと並んだグループを自らのサッカーを貫いて戦った代表チームに賛辞を送ったのではないかと思います。
翻って日本代表。メンバーの構成からいっても予選突破は十分に可能性のあるものだと思えました。しかし、その戦いぶりからは予選突破のための戦略が見えてきませんでした。そして選手達は持てる能力を出し切った感じが全くしません。傍から見ているだけなので偉そうな事は言えませんが、何となく予選突破できそうだなという雰囲気は日本国内にあったと思います。そしてどうやって突破をするのかのロジックが国民に伝わらない戦いで最初から最後までいってしまった感じは、何となく戦争の事を自分に思い出させました。
勝てない戦争を、色々理由はあるのだと思いますが、分かってて始めて、勝てないのが分かりながら戦闘を継続しているのとは、日本代表は勿論違います。それにしてもです。
今大会は個人的な感想としては、どの国もチームワークがいいなという事があります。絶対的なエースがいる国が大半ですが、エースに頼るのではなく、それを活かすために戦術を練ってチームでゲームを組み立てています。どの国も、こうしたいんだなという意図が感じられるのですが、日本にはそれがなかったと思います。どこか行き当たりばったり的な感じのする戦争の進め方と重なるように思えました。
監督名+ジャパンという呼び方。これにも違和感があります。これはサッカーという競技に限った事ではありませんが、監督一人に全ての責任を押し付けているように感じます。勿論権限が集中しているとか運営を一手に引き受けているという事ではありません。最終的にきちんとした検証もなく監督を代えればいいや的な空気が・・・、無い事を祈ります。
始まる前の何の根拠もない突破できるという空気感、開催中の無策な感じ、終わった後のうやむやな感じは、予選敗退したからではなく考えさせられます。たとえ予選敗退しても戦略を練り、チームが持てる力を全て出し切ってそれでも駄目だったというなら、進んで拍手を送りたいです。スペイン・イタリア・イングランド・ポルトガルですら予選突破出来ないほどの極限の戦いの場なのですから、そのための戦略は十分だったのでしょうか。W杯はサッカー少年の夢の舞台だと思うのですが、選手たちがその夢の舞台に立っているにしてはあまりにも覇気がなく苦しそうだった印象が消えません。

やましき沈黙、これを拒否することが本書から引き継ぐ大きなポイントだと思います。その視点で見ると、いかに社会がやましき沈黙にあふれていることでしょう。
最近の犯罪に関して、ニュースで何故未然に防げなかったのか?という言葉がよく聞かれます。ストーカー殺人などは最たるものだと思いますが、何故未然に防げなかったのでしょう?法整備の問題等もあるのでしょうが、警察にしろ児童相談所にしろ、防止した=何も起こらなかった、は評価がされないのではないでしょうか?このような部分は公的機関の人達の経験則に基づく勘がとても重要になりそうなのですが、そうすると現場の人間がいくらこれはやらなければいけないと言っても、上を理屈で説得することは出来ず、他にもやらなきゃいけない事はたくさんあるんだからで終わってしまうのかもしれません。
これは私見ですが、一連の海軍の姿勢も現代にあふれている事象も、事なかれ主義が多分に影響していると考えています。そしてこの事なかれ主義は、何かが起こるとヒステリックな反応を引き起こし、特に責任を取るべき立場の人間が「自分は悪くない」という事を伝えるために、ありとあらゆる醜い手を打ってきます。イジメを苦にした学生が自殺した学校で、学校側はイジメはなかったなんて事をのうのうと言ってのけている場面もそんな感じがします。事なかれ主義の行き着いた先が、大東亜戦争であり福島原発事故だったと思えてなりません。
ではどうするか?
先にも述べましたが、組織に対して個人の力はとても小さい、しかしゼロではない。足元と周囲をしっかり見つめ、出来ることを淡々とやり続ける。大きな理想があるのは大事です。しかしそれが大きすぎてたどり着けそうにないと、出来ることもやらなくなってしまいがちです。まずは自分に出来る事をやる、そして必要なら出来ない事を出来るようにしていく、そうして進み続けることが、過去を教訓とし現代に対処することにつながると考えます。
自分は、しょうおんさんに会ってから、自分の直感というものをそれまで以上にすごく気にするようになりました。よく分からないけど何か嫌な感じがするという事については、何故だろうと考えるようにし、理屈はわからなかったけどファーストタッチでそこは感じてたんだねという事がわかるようになりました。仕事上、やましき沈黙に支配されてると私が感じる組織とも接触することはありますが、おたくはこうだから駄目ですよなんて勿論言えません。私が良いと判断するものを押し付けても何も変わりはしないので、相手がどういう仕組みで動いているか慎重に見極め、機会があればチョビっと指摘をするようなことを続けています。

投稿者 uyroa 日時 2014年8月29日


日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦 を読んで。

まずはじめに、私はしょうおんさんがご紹介いただいている2011年版単行本ではなく、2014年版文庫本を読んでの感想になります。2014年版文庫本を敢えて選び感想を書かせて頂きます。その理由は後述します。


本書はNHKプロジェクトチームにより番組後に発行されたものですが、なぜ発行されたのでしょう?壮大なプロジェクトだったから?反響が大きかったから本を出せば売れると思ったから?

TVというビジュアルだけでは伝えきれない何かがあり、それを伝えたいがために本書が発行されたように思い、筆者達の意図を探るべく本書を読み進めてみました。


私は読み始めてからすぐ、どうも戦争や反省会だけにフォーカスして欲しくないようなニュアンスを本書から感じ取りました。

反省会の内容にしても、実際自己の責任を問われると回避して反省していないメンバーが複数見受けられるわけですが、参加者の中には責任の所在を明確にしようとされている方々も見受けられました。結局結論を出さずに毎度うやむやにしている印象を受けました。こういった光景は別に珍しい話ではありません。各自が所属している会社や組織でも同じことが言えるでしょうし、我・個としても当然同じ事が言えるでしょう。

人は誰しも残酷・怠惰になれる生き物です。アイヒマンの実験やスタンフォード監獄実験というものがあり(興味がある方はお調べ下さい。)心理学の実験として上記2つは検証された有名な実験ですが、権威のありそうな人から命令されたり自分に与えられた役割によって人はいくらでも残酷になれる生き物です。人からの命令や役割に応じた行動をとるのは自己を見失って思考的には怠惰になっている状態ですが、本書でも当時の海軍が思考的怠惰に陥っていた事が読み取れます。


後半のインタビューでは敵国民間人である被害者からの情報もありましたが、当時7歳だった当人が迫り来る日本兵から隠れ逃れるため、泣き止まない妹を自らの手で絞め殺したという箇所を読んだ時が一番辛く読み進める事が出来なくなったところでした。つまり戦争とは関連する全ての人を残酷にせざるを得ない状況に追い込むという事です。

本書は生きていく上で様々な事に対する教訓になるのではないでしょうか?少数の怠惰から始まり波及した残酷な状況は常に自分にも起こりえるという事です。人の生き死にだけではなく、自分の怠惰が世界にどう波及するのか?

古ウパニシャッドには【草の葉を一枚切ると、全宇宙が震える】といったような事が記述されています。自分の行動一つが怠惰にまみれていた場合、どの様な影響が起こるか計り知れないですよね。そういった事を意識する事が本書では出来るように思います。


反省会の内容から、当時の海軍については確かに酷い有様です。が、これって今の時代でも似たようなことやってる会社たくさんありますよね?例えば『来年の予算で接待費を下げられないようにする為に今年の枠少しオーバーしなきゃならん!よし、今日の飲みは会社の経費で!』って言われて、同僚や上司たちが盛り上がってる中で【いや!それは駄目です!今日は自腹です!】って言える人がやましき沈黙を打ち破れる人です。言えない人は仮に未来で戦争中の海軍司令本部の重役の一人になった時、過去と同じ経緯を辿るわけです。

普通の人は周りに流されます。当時の海軍士官・参謀も同じく普通の人間だったという事です。強いカリスマ性のある人がいて、反対しなかった事が理由とも言えます。しかし体制が出来上がっている組織を作りなおすのは簡単な事ではありません。これって我・個に対しても言えないでしょうか?怠惰を繰り返していたら怠惰な体制・習慣になっていきます。まずは自分から"良いと思うやりたい事"をまずはコツコツと積み上げる事が良い波及を生むのではないでしょうか。


最後に、冒頭で記載した2014年版文庫本を選んだ理由ですが、2011年~2014年にあった事を本書に照らしあわせて振り返る"後日談"が追記されていたからです。

私が本書で感じた、戦争だけにフォーカスするのでもなくミクロ・マクロにとらわれず、様々な立場・環境で本書を書き上げた筆者達が今なおリアルタイムで向き合っている姿が明記されていたからです。

本書を読んで「やっぱり戦争は駄目だよ」「やましき沈黙は許せないな」みたいな感情を起ち上げて終わらせたのでは意味がないと思います。常に【なぜ?】を意識し、各自が属している会社・組織・グループ・家族・個に至るまで、どうすれば自分が良いと思える方向に舵をとれるのか?問題が起こった時にどう対処する事が出来るのか?そういった自分事として落とし込み、英霊が残して下さった我々の糧とも言えるこの問題に真っ向から向き合ってやろうじゃありませんか。

投稿者 akiko3 日時 2014年8月29日


「日本海軍400時間の証言」を読んで

 あれは組織優先、個人軽視だったと改めて思った。
 当時も、この上司達が人罪だと批判する思いを抱いていた。
新しいことを始める為に、それぞれが志をもって集まった集団だった。背景が違う人達が、1つのことに向かっていこうとする時は、リーダーシップが必要だ。要所要所にキーパーソンを置き、組織を作っていかないと全体はまとまらないし、目も行き届かない。でも、至る所にほころびがあるような組織だった。新しいことをするのだから、背景が違う人達が集まっているのだから、問題や綻びは出てきて当然だろう、それを改善することがよりよい仕組みにできるはずだった。それが作るということだと思っていたのに、トップダウンしか受け付けず、問題が起こる度に犯人捜しになり、感情で処理していった。一度、力を持った人はそれを手放したがらない。力を与えた人もそれを簡単には取り上げられない。しかも、力を与えた人にとって、自分に忠実だと疑いを持たない。
 戦時とは比べものにはならないが、戦国時代のようなピリピリとした環境だった。企業出身の私にとっては当たり前のことが、官僚体質組織の役職経験者らしいその人には、出る杭のように感じたのか、初っ端からバッシングでここでの立ち位置を思い知らされた。他の人から、妬みは怖いと忠告された。 
 数年下り坂をもがいた後に上司達が退き、上層部が介入してきた際、「こう言ってはなんだけど、被害者だね」と労わられた。正直、今頃そんな単純にジャッジして解決した気になるなと反発する思いを抱いた。上層部は時間をかけて少しずつ変えたがっていたが、日々動いている分、組織の傷口は大きくなるばかりだった。上層部が排除することが問題解決と思っていないなら、どういう仕事をすれば結果がよくなるのだろうか?自分なりに関係者の本音をさぐり、誰も傷つかない方法になればとある行動にでた。ここでできる最後の仕事と思った。ここに縛られる必要はなくなって、初めて攻めの姿勢で行動が取れた。やっぱり自己保身で言えずにいたのか?もっと早い段階で行動すべきだったか?
 上層部がなんとかすべきと思う一方で、上司批判はある意味簡単だ、どうしたらできるか?それを考え仕事で表現するのがプロではないか?という理想に縛られ、できる人でありたかったのかもしれない。大変なのは自分だけじゃない、みんな大変な思いや役割を担っていると物わかりのいい自分、愚痴をいう自分はみっともないとかっこつけていたのかも。惨めな被害者と自己憐憫したくなかったのかも。自分も周りに無理を言った加害者の部分もあるから、被害者と自己主張するのが後ろめたい部分もあった。本当の被害者は、自分達の仕事の結果である不遇を受けた人達ではないか?自分は正しかったとは言い切れなかった。自分の仕事で手一杯で、これ以上関わるまいとしたこともあった。その時、その時で組織の駒として無難に流された時もあった。何よりレベルの低さを嘆きつつ、類は類を呼ぶなのだと思うと自分を恥じた。それに、志を果たせなかったという挫折感を認めたくなかった。

 責任ってなんだろう?物事の原因結果の責任分析をすれば、物事は解決するものだろうか?
 被害ってなんだろう?一人一人は、被害は最小限にしたいはずなのに、目の前を動いている現象を多くの人が共有する中で、誰が最小限の被害を見極め、ストップ出来るだろうか?
 何をどう判断したらいいのか?上司達に(あえて会いたいとは思わないが)、会えば会ったで、差しさわりのない挨拶をするように思う。今さら激しく感情をぶつけたところで何が得られるのか?謝罪が欲しいのか?詰め寄ってされた謝罪で満足できるだろうか?でも、心のどこかであの人達も力不足を振り返っていて欲しいと思っている。
 でも、あの人達も人の子であったり、親でもある。人を喜ばせようと純粋に行動する部分もあった。ある面接時、この人は不採用と思う人に対しても、親切丁寧にアドバイスするところがあった。人一倍好かれたいのに、好かれない孤独を味わっていたのだろうか?コミュニケーションべたで一番辛酸を舐めたのは本人だったのではないか?置かれた立場で、持てる能力、判断で出した結果が、空回りばかりに一番戸惑っていた人達かもしれない。どう責任をとったらいいかわからなかったのかも。上層部が部下である上司達の指導をもっとすれば傷の処置になったかも。甘やかしたという結果だったとしたら、上層部にも責任があり、加害者と呼ぶなら、上司達は被害者か?

 同じことが起こったら、今度は上手くできるだろうか?
 わからない。
 ただ、流されていた自分を見つめ、嘘を言わないことは当然だが、何も言わないで疑心暗鬼するだけだと解決にはならないし、罪を作っている可能性を肝に銘じておきたい。また、伝えたことが100%伝わるとも限らない。でも、自分の立場で見えた事を語る。それでも、善のつもりでしたことが、必ずしも善になるとは限らない。その時はどうすべきか?自分の見る世界が狭いものでしかない場合、根本的な解決策が浮かばない時、力不足でも何かをしないといけない時、どうするか?
 今回、何十年という月日を経て、生き残った方達が、生きるだけでも“必死”な日々の中で、コツコツと集めて残して下さった“事実”。どうしたらいいかわからなかったら、わかろうと事実を積み重ねる努力をしたい。他人の胸の内やその立場を100%理解するのは難しいかもしれないが、事実に近づけば、取るべき行動のヒントになるかもしれない。今すぐ活かせない事実でも、後世に託せば解決されるかもしれない。事実には、関わった人達の生きた証が残る。残して恥ずかしくない事実を生きようとする人が増えるかもしれない。
 
 正直、戦争とあの組織での出来事がこんなに被るとは思わなかった。「辛かったと思うけど、後で絶対によかったと思い返せるようになるから…。」と、新たな一歩を見送ってくれた人からの言葉。400時間の中で語られた事実は、喉の奥がぎゅっと苦しくなるようなもので、本当によかったと思い返せるような内容には思えない。だけど、あの時代のおかげで今の平和がある。あの時代を生き残った人達が、戦友の死を無駄にしない為に、“必死”に平和を築き、守ってくれたおかげ。
 今までに触れた戦争は、悲しさとか平和が大切と右脳で捉えていただけだが、組織、社会の仕組みの中で作り上げられていった人災であり、避ける選択があったと思い知らされた。今までの戦争ものとは違う“事実を知る大切さ”という学びが得られた。現在はITの進化で情報が発信しやすいが、一方で特定機密法案が出来たり、新たな壁が立ちふさがるので、簡単にはできないだろうが…。

 最後に、改めて、ひとりひとりが生きたあの時代のおかげで、平和という大切な土台が築かれたことに感謝したい。命をつないで下さった先祖の皆様のご冥福をお祈り致します。

投稿者 haku3 日時 2014年8月30日


大東亜戦争について詳しく知らないため、今夏、関連本を徐々に読み進めています。そこで「最強情報戦略国家の誕生/落合信彦」も読んでいると、まともな諜報機関があり、“アメリカはヨーロッパ戦線に参戦するため日本を挑発している。この挑発に乗ったら日本は絶対に負ける”と指導者にぶつけていたらその後の進展は変わったかもしれないが、パールハーバー奇襲という最悪の選択をした。と、諜報機関の重要性を述べていました。しかし、課題図書を読んだところ、「進言してもあの上層部じゃ変わらなかっただろうな」というのが最初に浮かんだ感想です。さらに日露戦争終結年である1906年、アメリカは同盟国であった日本への対日戦争のブループリント“ウォー・プラン・オレンジ”を作製し毎年改定し続けていたとも書かれており、当時の日本側開戦条件と比較して悲しくなりました。情報・資源・兵力・準備・救助率以外でも、海戦—空戦、兵器の質—量など反省点は多々あげられると思います。それにしても開戦理由など当時の状況を知りましたが、なんとまあ、何も言えませんねぇ。リーダシップや無責任といった点については他の方が素晴らしい考察をしてくれると期待して、私は初期に出てきて気になった軍人恩給と昇進について考えたいと思います。
“特攻隊員として死ぬと二階級特進して遺族への軍人恩給が増えるため、昇進してから特攻する”という話から、それらが組織内でどのような影響を与えるのだろうと疑問が湧きました。昇進については、アメリカは功績があったものをどんどん昇進させたようですが、日本では所属年数により決まっており滅多に飛び越えることが出来ない。競争が働かない低階級では同期意識が一層強くなるだろう。しかし決定権を多く持つ雲の上では出世のために派閥を作って内部争い。現代でも変わらないなあと苦笑いしました。どっちが良いんでしょう。一つの目標に向かって行くのなら、下克上とか考えずに下の意見を聞いても良いと思うのですが。証言舞台にしたらどうだろう。最上位者は席を外して、上層部代表者と中層・下層意見代表者で話し合い、未消化部分を含めて最上位者に伺う。あれ?あまり変わらない?いきなり日本でアメリカ式は難しいからなあ。時間や人数のバランスを考慮してちょっと詰めようと思います。あと、この本内で、裁判に向けての行動の早さや徹底さ周到性や無情さが一番輝いていたと思います。
恩給ですが、海外には殉職による二階級特進はないとあったり、昇進したりもするが勲章が優先されるとか。勲章でも実に多様で、金額や受け取る条件など各国の性質が現れています。でもまだ模索中といった感じです。以前、褒美は思いがけないほうがやる気を出すと書いてあるホント出会いました。個人では適用できますが国家では基準が要るでしょう。ある程度褒美を与える権限を与えておくとかはできますが。
戦時中、所属年数が長いほど多く出すと言われたらなんとしても生きようと考えただろうか。ただ特攻隊は特攻の為に集められたので、救助を前提に作戦を考えられなかったことが遣る瀬無い。
とにかく、褒美と生産性もまた面白いテーマだと思いました。

余談ですが、軍令部や上層部が今話題のSTAP細胞に関わっている組織に当てはめたらどうなるのか思考遊びしています。理化学研究所という組織を半減すると言っていますが、この結果が後々どう影響されるのか実に恐ろしい。敵対しているのは誰でどのような思惑で動いており、何処が喜ぶのか。操られているのは誰か。理研は海軍のように立ち回れるのかどうかなど、注目している事案です。ただ、陸軍海軍の対立を見ているようで、海外は笑っているんじゃないかなあと思う次第です。

まだまだ言いたいことを簡潔に言えないので要訓練です。

投稿者 NobuhiroIida5 日時 2014年8月31日


そういうお前は何者なんだ!?

「反省」という言葉の意味を辞書で調べると、
「自分がしてきた行動や発言に関して振り返り、それについて何らかの評価を下すこと、あるいは自分の行動や言動の良くなかった点を意識しそれを改めようと心がけること。あるいは自己の心理状態を振り返り意識されたものにすること。」
と書かれていました。
単純にこれをこの本で述べられている内容に照らし合わせてみると、戦後、海軍のOB達が全131回にも渡り秘密裏に実施してきた「海軍反省会」なるものが、実は「反省」の定義とは程遠いものであったと思わざるを得ません。
・反省会メンバーの多くは旧海軍の最高幹部たちの直属の部下であったが、反省会が始まった昭和五十年代というのは、かつての上官の多くが既に亡くなった後であること。
・反省会の開かれている間は、その議論は秘密であり、公に提供されるものではなかったこと。
・あくまで仲間内の議論であったこと。
・会自体が何らかの結論を出すことにこだわっていなかったこと。
本当に大東亜戦争の「開戦」や「敗戦」の原因を追求し、国家として何らかの評価や結論を下そうとするなら、それを「海軍」関係者のみで実施すること自体に無理があるはずです。そして今現在ですら、我々日本人は、この戦争に対してしっかりと決着をつけられないままでいるのです。
以前、マイケルサンデル教授が「正義」についての講義を東京大学で実施した際に、
「親の代で犯した過ちの責任を、子の代、孫の代に渡ってまで取るべきか!?」
というような内容で議論を繰り広げていました。
私の意見は「取るべき」です。この「責任を取る」ということはつまり、辞書にある「反省」という意味に従いしっかりと評価を下し、良くなかった点を意識しそれを改めようと心がけることだと思うのです。

さて、先の戦争の「開戦」および「敗戦」の原因を追及することがこの感想文の本意ではないにしろ、私の一個人の見解を明確に示しておきたいと思います。「偉そうにどこかから借りてきた文章を並べているだけで、いったいお前の立場は何なんだ!?」と言われない為にも、ここで自分の見解を明確にしておくことが、戦争を語る上での前提条件だと思います。そして今気付いたのですが、終戦から33年後に生まれた私は今年で37歳になるのですが、今まで誰かに堂々と大東亜戦争(太平洋戦争)に対する自己の見解を述べたことがありませんでした。まさにこの戦争に対してしっかりと決着をつけられないままでいたのです。
私は戦争に至った原因が「海軍」であるとは思いません。
もしかしたら、
・とりあえずの対応でしのごうとする海軍が、やがて日本をじわじわと絞め殺した!?のかもしれません。
・仕事中のあらゆることに疑問を持たない海軍が、やがて日本をじわじわと絞め殺した!?のかもしれません。
・目の前の問題だけしか問題視できない海軍が、やがて日本をじわじわと絞め殺した!?のかもしれません。
・上司たる者の重責が分からないような海軍が、やがて日本をじわじわと絞め殺した!?のかもしれません。

けど私は、大東亜戦争に至った原因は「国民」にあったと思うのです。
・入ってくる情報をそのまま受け入れ、自分自身で疑問を持とうとしなかった。
・「戦争」は軍隊がどこか他国の地で行うものであり、自国民が日本の国土で戦うことになるという意識を持っていなかった。
ジャーナリストの田原総一朗氏は小学校5年生の年に終戦を迎えたのですが、彼は
「終戦前の1学期と終戦後の2学期で、大人(先生)の言うことが180度変わった」
と言っています。
1学期まで、先生たちは
「この戦争は聖戦(正しい戦争)である」「君たちは大東亜共栄圏の捨て石になれ」「寿命は20歳で終わりだ」
と言っていたのに対し、2学期以降は、
「この戦争は日本にとって悪い戦争だった」「戦争は悪である」「もし戦争が起きそうになったら、身体を張ってた戦え」
と教えられるようになったのです。大人の価値観が180度変わってしまったのでした。
以前、各国の国民性にちなんで、こんなジョークが流行ったことがあります。
「様々な国民が乗った豪華客船が沈没しそうになる中、それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければ良いか!?」
アメリカ人:「今飛び込めば貴方はヒーローになれるでしょう」
イギリス人:「紳士ならこういうときに飛び込むものです」
フランス人:「決して飛び込まないでください」
ドイツ人:「規則ですから飛び込んでください」
イタリア人:「海で美女が泳いでいます」
日本人:「みなさん飛び込んでますよ」
韓国人:「日本人はもう飛び込んでますよ」
まさにこの日本人の国民性が、今も昔も私たちを良い方向にも悪い方向にも導いているのだと思います。

さて、戦後の日本は、政権や首相が代わる度に、先の戦争も含め戦争に対する価値観が変わるようです。その政治家を選出しているのが何を隠そう我々国民です。自分で得た情報から自分の責任で一票を投じ、国政を司る政治家を選出していることを認識しているか。
ここ数年、一段と近隣諸国との緊張が高まる中、政治家が式典の挨拶で自衛隊に対して、
「領土、領海、領空、そして国民の命を守ってくれて感謝する。今ほど軍人的精神が求められている時代はない。」
と勇ましく讃える中、本当に我々国民が政治家に期待することは、
「自衛隊が戦火を交えずに済むように食い止めるのが政治家の仕事である。自衛隊の命を守るのが政治の役割である。」
というような言葉であるべきです。
新聞に動かされる国民世論、その世論に迎合する政治家、その政治のつけを払わされる国民。この負のスパイラルを脱する為には、我々国民一人一人が断固とした自分の意見を持ち、それを発信することだと思うのです。
「そういうお前はいったい何ものなんだ!?」
と問われた時に、
「私は自信を持ってこう思います。だからそのように行動しているのです。」
と言えることが、自分の身近なこと、遠くのこと、生まれる前に終わってしまった過去のこと、全てのことに対して責任を負うことだと思うのです。

投稿者 YOSHIKAWA 日時 2014年8月31日


【じゃぁ、今、自分ならどうするんだろう】


P12 プロローグ:この旧海軍で起きた問題が、正直に言えば、今、NHKという組織で働く私にも重なる部分があまりにも多いからである。

 今、企業で働く私にも重なる部分がたくさんあることだろう、と思いながら読み進める。

P37 平塚元少佐「命を捨てるという決断が個人個人の考えならば良いが、個人を預かる上官が言い出したのが大きな間違いだった。」

 これは引退した後振り返ってみて初めて言える言葉であろう。
 その渦中にあってみれば、時に「命を捨てよ」「命を奪え」と命令するのが上官たる者の仕事である。
 「命の一部をこの作業のために使え」と命令するのが、管理職の仕事である。

P43 元軍令部員「日米戦争になったら必ず負けると思っていた」「上官を説得するまではしなかったが」

 戦争を回避するために説得しなければならない相手は上官だけではない。
 上官の上官であったり、政治家であったり、世論であったりするわけで、個人の所見をよりどころに主張し続けるにはとほうもない労力が必要だ。
 その労力をかけた活動が成功した結果得られるものは、道理に合わない他国の仕打ちに忍従し続ける日常生活に過ぎない。

 自分が最先端の真理をつかんでいることを確信して、千万人といえども我行かんの覚悟で議論を展開した偉人は

---ソクラテスとかガリレオとかイエスとか---

いるのだけれども、さてこのような聖人君子が至った覚悟を持って、日々の仕事にあたるサラリーマンがいかほどいるだろうか。

この章を書いたディレクターは「最前線にいた人たちは、こんなに無責任に物事を進めていたのか」と嘆く。しかし、軍の幹部が国家の行く末について責任を自覚して主体的に行動していたら、それはそれで別の不幸な事態を招くのではないか。軍の幹部が原理主義的思想に染まると、往々にして国家的な大混乱を招く。彼らが誇大な責任感を抱かずに淡々と日々の業務をこなしてくれていてくれるのが、大抵の人にとって居心地が良かったのではなかろうか(当時のNHK職員も含めて)。

P85 つまり伏見宮元帥は海軍大臣に対し「軍令部の法令案が通らなければ、自分は海軍軍令部長を辞任する」と述べていたのだ。
 海軍大臣の対応を不満として、皇族が公職を辞したとなれば、大問題に発展するのは間違いなかった。勝負あり、の瞬間だったろう。私は、伏見宮元帥の前でうなだれる海軍大臣の姿を夢想した。ちなみに、なおも反発する井上課長に対し、軍務局長は「こんなバカな案で改正をやったと云うことの批難は局長自ら之を受けるからまげて此の案に同意してくれぬか」と説得したという。

ここは、ワシントン海軍軍縮条約とロンドン海軍軍縮条約を結んで兵力量に制限を設けた政府と海軍省に対して、「兵力量については軍令部総長が起案する」との法令を定めることでこの制限をなくそうとする活動の決定的場面である。
 軍令部も、見境なく暴走したわけではなく法律的な手続きとそれに先立つ関連機関との調整を(けんか腰であったとしても)行っていたし、その過程では井上課長のように反発する者もいれば、軍務局長のように「バカな案」だと喝破した者もいた。しかし、ひとたびトップが折れて仕掛けを変えることを認めてしまったら、組織は変わった仕掛けの中で最善を尽くすべく走らざるを得ない。組織の目的は議論ではなく、仕掛けの中で成果を上げることだから。

仕掛けを変えない選択肢はあったか?

よく、「改革に対する抵抗」といった言葉で非難される官僚組織の硬直性とは、実はこのような仕掛けを守ろうとするベクトルが働いている証拠なのだろう。一方で、世の情勢がいよいよどうしようもなくなったとき、非常手段として期限付きで仕掛けを変えることは、よくある。往々にして、元の仕掛けに戻そうとすると、仕掛けを変えた時の数倍の労力が必要だったりする。いずれにしても、仕掛けをいじるということは、身をすりつぶすような根気と労力を要することを覚悟してやることであって---そういう覚悟という点からすると、私はこの、井上課長を説得したという軍務局長に大いに同情するのですが---喧嘩腰や、やんごとなき方の鶴の一声でやっつける話ではない。

組織の統率のためには、「最後はこの人がいうことに従う」という人が必要だが、その人が「これが通らなかったら俺は辞める」と言い出した時は、間違いなくその人は組織を私している。その人の言い分を通すことがたまたま組織の本義に合致していて、そうした態度が結果的に組織を救うこともあるけれど、物事の決め方として未熟であり、人は納得しない。長い目で見たとき、組織は迷走してパフォーマンスは落ちる。

「これが通らなかったら俺は辞める」・・・その人の言い分を聞けるだけ聞いたうえで、「では、お辞めください。これまでお疲れ様でした」が、正解なんだろう。この正解を出した人は・・・当時の海軍内であれ、今日の会社組織であれ・・・ひどい目にあう。でも、それもまた、仕事。
---*---
 このあと、話は特攻作戦と、戦後の東京裁判対策における、組織防衛に偏した幹部の振る舞いを検証し、思うことが言えない風土や歴史の事実を残す責任について考察していく。

 特攻については、ではどうすべきだったのかが自分の中で判然としない。

 「命を捨てよ」という命令を出すほか手立てがないときに、そこで立ち止まるべきなのか。立ち止まることがそのまま滅亡を意味するなら、唯一の手立てを遂行するしかないのではないか。

 ところで、一気に命全部を捨てよとは言わないけれど、「あなたの限りある命の一部を使ってこの仕事をやり遂げてください」と指示することは、特攻を命ずることとどれほどの違いがあるのだろう?管理職の役目って、雇用者の能力をいかんなく発揮させることなのだとしたら、それはつまり命の一部と言いながら、どれだけ多くの部分を雇用者に吐き出してもらうか、ということで、役目をしっかり果たそうとすればするほど、特攻を命ずる幹部に近づいていくことになる。

 「明日までにバグを直して持って来い」とお客に言われた時、部下にそれを命ずることは特攻を命ずることとどれほど違う行為だろうか?

 ”特攻精神”でことをやらねばならないとすれば、そこに至るまでに技術の欠如か会話の欠如があるのだと思う。技術の粋を発揮してバグを作りこまないこと。万一作りこんでしまった場合のリスクについて関係者にしっかり説明すること。---そんなプロジェクトマネジメントの教科書にあるようなフレーズが心に浮かぶ。だが、プロの世界でそれをきちんとやるということはすなわち、特攻をやり遂げるのに負けないくらいの修練と覚悟を見せるということではないのか。

 実はビジネスの最先端現場と特攻との違いは、「命がけ」という言葉がたとえで済むのか、本当に命をとられるかの違いにすぎず、その違いってほんのわずかでしかないように思う。

東京裁判対策については、海軍テクノクラートは実によくやった、と思う。事前に想定問答を実施し、不都合な証人を逃亡させ、GHQとの効果的なコミュニケーションによっていち早く組織の上層部が責任追及される事態を回避している。責任を押し付けられた下士官たちはたまったものではないけれど、戦争犯罪の責任を誰かが負わねばならないのだとすれば、組織へのダメージがより小さい形に持っていくのが冷たいようだけど管理職の「正義」である。

 本来は、誰かが詰め腹を切らねばならないような事態になる前に手を打つのが管理職の知恵なのだけど、戦争裁判に臨むとなった時点では皆がハッピーな打ち手はなかったのだろう。というか、やってしまったことの清算をさっさと済ませて、これから動き出すにはどうするかを考えることが、全体にとって一番ハッピーだと考えたのであろうし、それは大きく間違ってはいないように思う。幹部だけあって、優秀だったのだ。

 私には、敗戦を経てガラガラポンしたことで、軍幹部たちが本来の手腕を発揮したのがこの対応だったのではないかと思われる。軍の中で金科玉条として語り継がれてる成功体験や兵学校時代からずーっと付きまとう序列がもたらすしがらみから自由になって、ゼロベースで対応すべき課題を与えられて、実は嬉々として取り組んだのではないか。

 優秀な人材が生き生き働ける場を提供し続けるために、時には賭けに等しい組織変革が必要になる。壊滅しない程度に適度な間隔でそれをやるのが、管理職が腐らないためのトップの重要なお仕事なのだと思う。
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投稿者 BruceLee 日時 2014年8月31日
「戦争で最も難しい事は何か?」

本書を読み終えてもモヤモヤ感が残り、スッキリしなかった。エリートの皆さんの
生の声で真相が見えた部分はあるものの、それで何がどうなったのか?「反省会」
と言うが最終的に誰が何をどう反省したのか?様々な立場の人が個人的見解を発した
ものの、我々は本書から何を学べば良いのか?それが良く分からなかったのだ。
そこで思い直した。こういう場合は個々の発言を論理的に考えるのではなく、
全体を俯瞰しその全体から何を感じられるのかを捉えるのだ。
そう「考えるな、感じろ!」だ。

すると、全てのキッカケとなったある「雰囲気」に改めて注意が向く。それは
「日米開戦止む無し」の雰囲気だ。その理由は様々あろうが、それらが絡み合って
いたのだろう。本書ではないが、当時は国民の多くも戦争賛成派だったと聞く。
実態は別にして、日清、日露と勝利を収めた神の国である日本国民が、大東亜共栄圏
のために戦う事を美化し、勢いづいていたとしても無理の無い状況だったかもしれない。
「戦争はイケナイ」は戦後の人が、その悲惨さを体験・学習したから言える事であり、
それが無かったどうだろうか?先の大戦に圧勝していたら?「戦争はイケナイ」と
言うセリフは「腰抜け」、「非国民」扱いされて聞く耳持たれなかったのではないか?
これは理屈ではない。本書に登場する人々の発言から、開戦が避けられない雰囲気が
あった事は認めねばなるまい。

では、「負けると分かっていたが始めた」戦争に関し、頭の良いエリート集団である
軍令部が次に考えるべきは何であったか?それは「引き際」ではなかったか。
ミッドウェー海戦以後の戦況悪化で軍令部は気付いた筈だ。
「やはり想定通り厳しい現実に直面した」と。自分たちの頭の良さを再確認した筈だ。
であれば、そこで戦争を止める方向へ舵取りをするのが本来ではなかったか。
一方、この戦況の不利は近代日本にとって初めての経験であり、だからこそ誰もどこで
どう止めるべきか分からなかったかもしれない。そもそも自ら勝利を諦める発想自体無く、
次々に無謀な作戦を決行する暴挙に出てしまったのではないか。最大の不幸はそこにある
と感じた。つまり、戦争で最も難しいのは、

「負けを認める事」

なのだ。最終的に日本は負けを認めたが、それは自ら認めた訳ではない。原爆投下に
より「認めさせられた」のだ。仮に原爆がなかったらトコトンまで泥沼化し、最終的
には日本という国は壊滅し、日本人は消滅していたのではないか?つまり日本は自身で
「引き際」を見極める事は出来ず、その決断も出来なかったのだ。
注)私は原爆投下を良しとする者ではない。ただ、あのくらいインパクトある殺戮兵器
を用いなくとも、日本はある時点で自ら負けを認める事が出来たか?と問われたら
「YES」とは答えられない者ではある。

だが、ここで再度冷静に考えてみる。自分の主張を翻すようだが、実際「引き際」
ライン を設けても、戦時下においてそれを実行する事は可能だろうか?日本に限らず
実行出来る国はあるだろうか?一度戦いを始めたらどちらかが必ず傷付く。そして
傷付いた側の復讐が始まり、その後はお互いの報復合戦となる。そして設定した
引き際ラインに到達しても収集は付かないのではないか?何故ならそこには人間の
感情が伴い、その人間の集まりである集団に対し「これ以上やっても勝てない」事を
証明し、全体の納得を得る事も非常なる困難を伴うからだ。そして感情論、精神論が
持ち出され、以後、犠牲になるのは末端の兵士であるのは本書に限らず伝えられる
事実だ。だから実際には「引き際」を設けてもそれは名目に終わり、機能しないのが
実際ではないか。

「歴史にIFはない」と言うように、本書から学べる事は「こんな組織でなかったら?
こうすれば勝てたのでは?」では無い。それは「負けると分かっていたが始めた」
戦争であっても、一度始まってしまえば、どんなに戦況が不利になっても負けを認め
難いのが人間なのだ、という事ではないか。それが我々の優秀なる先人が犯した史実
であり、消去できない過去である。であれば、我々が教訓とすべきは実にシンプルだ。

戦争は始めてはイケナイのだ。

投稿者 sumio 日時 2014年8月31日


日本海軍400時間の証言  軍令部・参謀たちが語った敗戦  感想

永野軍令部総長のような暗愚の人事を誰が決めたのか。

できないと言えば、予算取り上げられ陸軍のなすがままになってしまうので今さら「戦争できない」とは言えない。
組織防衛が開戦の理由であったとは。
愕然としました。

永野総長が、組織的に海軍の能力を駆使できれば、陸軍に主導権を握らせずに、開戦阻止できたかも、とも思います。
組織を守るために発揮した、敗戦後海軍の軍事裁判工作の天才的なパフォーマンス。
見事にこなすスタッフをかかえていたのです。

少尉から中尉、大尉、そして少佐、中佐、大佐、さらに少将、中将、大将とステップアップ。

海外駐在武官など赴任地で尊敬を集めたり、各階層ごとのレベルは優秀なはずなのに、
上にいくにしたがって、なぜか役割遂行能力がダウンする。

昇格、昇進のルールおかしくないか。
女性の視点はなぜないのだろうか。(望むべくもないか)

民族、人種が違えば人扱いしないだけでなく、自国民であっても所属階層が低いと人間扱いしていなかったとは。
命を消耗品扱い、エリートは残酷。
まったく懲りてない幹部たち。

組織の命令は、誰の意志なんでしょうかね。
すんごい身勝手な論理をふりまわす、たちまわりだけが天才的にうまい人々の集団のようです。

戦時につきものの員数合わせ。

日本では、いったん責任を負わされ、スケープゴートにされたときの損害があまりにも大きい(無限責任)ので、
誰もが責任を逃れようとする。
その結果、権限と責任が分離し、外部からはどこに権力の中心があるのかわからなくなる(無責任社会)。
以前、「(日本人)」で学んだことです。

上にいけばいくほど、このことをやっちゃってくれてますね。

そして、民族の得手、不得手は確かにあると思います。
日本人は、「与えられた」課題には、強みを発揮する職人。

映画監督の故伊丹万作氏の「騙される側の責任」が浮かんできました。

だますものだけでは戦争は起こらない。
だますものとだまされるものがそろわなければ戦争は起こらないということになると、
戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、
あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、
家畜的な盲従に自己をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、
無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
戦争は軍人や政治家たちが起こしたのではなく、日本がその方向に進むことを何となく許容していた日本人全員の責任なのだと。

課題山積みですが「やましき沈黙」なぞしない、させないしかけをなんとか組み込みたいです。

現在の日本の政治状況、原発問題、etc.を見て、改めて思います。
鵜呑みにしない、本当は何が行われているのか自分で確認する姿勢、視点、必要です。
そして、公務員に良い仕事をしてもらう方法、あるいは操縦術の研究必要かも、と冗談ではなく思います。

ありがとうございました。
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投稿者 kyoko358 日時 2014年8月31日
『日本海軍400時間の証言』を読んで・・・

私は過去にこのNHKのドキュメンタリー番組を見たことがあります。
そこで、水交会(海軍幹部によるOB会のようなもの)という会があり、戦後長きに渡り130回を超える「反省会」が秘密裏に開催されたということを、初めて知りました。
番組を見た当時も今回課題図書として読んだ時も「結局、偉い人は本州本土の会議室にいて指示を出すだけ。下っ端は(事実を何も知らされず)戦場で犬死・・・。
戦争とは本当に不条理なものだ。」そしてまた、「まるで現代社会と同じだな。」と思いました。

ところで、「反省」という言葉を改めて調べてみると、大辞林では① 振り返って考えること。過去の自分の言動やありかたに間違いがなかったかどうかよく考えること。
② 〘哲・心〙 〔reflexion〕 注意・感覚・思考など,意識の作用を自分の内面,自己自身に向けること。何らかの目的や基準に照らしつつ行われる判断であり,普遍原理の窮極的把握そのものとは区別されることが多い。ヘーゲルがカント・フィヒテなどの哲学を,現実の具体性にいまだ媒介されていない抽象的な内省,理性に至らぬ悟性的思惟による反省哲学と呼んだのはその意味による。・・・とありまして、②のような難しい事は良く分かりませんが、大抵の人は①の「今回は失敗した。でも、次回はそうならないように反省する」という行動を取るのが普通です。
然しながら、この水交会の反省会は「あの戦争は間違いだったか?いや、そうじゃない。仕方が無かったんだ。私は悪くない。」と、言い逃れを探す為の集まりだったように思えてなりません。

当時の海軍が己の立場とメンツに拘った為に開戦するに至ったようなもので、そんな経緯や対戦国アメリカの圧倒的な戦力の違いなど一切知らない市井の人々。お国の為と言って特攻攻撃により散って行った若者達の事を考えると、忍びないことこの上無いです。

已むに已まれず、開戦する方向へ流れる風潮を止められなかった。戦争回避は不可能だった、というような事を当時の海軍幹部は言っており、勝てる根拠など無いまま無謀な特攻攻撃まで実行に移すことになるわけですが、もし私がその場に居たら、「戦争はしない。特攻なんて犬死同然。やったところで勝てるわけがない。」と言えたでしょうか?いいえ。恐らく何も出来ずにいたと思います。
そして、これが現代社会だったら・・・やはりサラリーマンは上席には逆らえない。逆らうのであれば退職覚悟で。その姿勢は昔も今も大差が無く、戦後私たちは相当な犠牲を払った日本という国に生まれながらも、過去の事は仕方が無かった事と有耶無耶にされ、戦争の悲劇という情報は活かされる事無く、日本人としての考え方は殆ど進化して来なかったと言えます。

また、今回改めて本を読み進めて思ったのは、「海軍は、特攻までして戦争を続けること=武士道の『武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり』を本気でやってしまったのでは?」ということです。戦場で国の為に自分の命を捧げることを良しとすることが当時の若者には出来たのでしょう。私は鹿児島にある知覧特攻平和館に行ったことがあるのですが、そこには特攻で亡くなった若者達の遺品である手紙が多数展示されております。私もそれを拝見させてもらいましたが、現代の二十歳前後の若者との違いに驚き、またこの若者達を失ったことの大きな喪失感を感じました。純粋に上から言われた事を信じ、守り特攻で死ぬことを厭わない強さ、潔さ、そこまでの丹力を持った若者を沢山失ってしまった日本。彼らが生きていれば、今の日本はもう少しまともな日本としていられたかも・・・?と思えてなりません。

今年、安部内閣で集団的自衛権の行使が閣議決定されました。
日本は戦争をする方向に進んでいるようにも見えなくも無く・・・。この先何年か、何十年先か分かりませんが、「あの時の閣議決定は、なんとなくそういう流れでそうなったんだよねー」と日本のトップOB達による秘密の反省会が開かれるような事がありませんように・・・と思う今日この頃です。

その為には、今を生きている私たちはどうすれば良いのか?やましき沈黙という日本人に根強く残る悪い癖を絶つ為に、具体的に私たちは何が出来るのか?と、常に考え、考えるだけでなく小さな事でも良いから行動に移す力をつけるのが、これから先の課題なのだと思いました。

投稿者 ktera1123 日時 2014年8月31日


「日本海軍400時間の証言」を読んで

読み終わった感想「うーんNHK予算ある。60分の特番3本分でどんだけ時間費やしてるんだろう。」
民間企業では予算的、企画的にできないことをやるのが、某国営放送とも揶揄されることもあるNHKのやることじゃないのかと、よく言われていているがこれを実現しているのがこの本の内容。

昔、某民放放送の番組内の15分位の企画枠にある縁で出演したことがあったのだけど、ディレクターの人はある程度取材意図について勉強してきてるし、2~3時間程度の取材時間だったけど、放送段階ではこちらが思っている以上に放送の際にみていた人が全員ふきだすほどある意味面白い内容に仕上がってきたのでなかなか鋭い人が作成していることは聴いている、知っている、経験しているのだけど、逆に資料が多すぎてどのようにまとめたらよいか、葛藤しているのが伝わってくる。

過去のこととして、淡々と放送するのではなく、今の日本において歴史を知ることで過去の経験としてこれからの日本にどういかしていくか、もし我々があの当時の立場だったらはたして何ができたのか、きっとなにもできなかったんだろうなと葛藤が伝わってくる。

日々なんとなく、どうにかなる、まいっか等のポジティブシンキングでなく、ポジティブイメージネガティブシンキングとセミナーで言っていたなと思いだした夏の日でした。

投稿者 magurock 日時 2014年8月31日


『日本海軍400時間の証言』を読んで、暗澹たる気持ちになった。
勝算も無いままに、組織を守るため戦争に突き進み、無数の命を失わせた海軍。反省会で、徴兵され死んでいった一兵卒や、空襲で亡くなった民間人に話が及ぶことは、ほとんど無かったという。

遊就館で回天や桜花の実物を見た。これを開発した人はきちがいかと思った。体が震え、圧倒されて、カメラに収めることもできなかった。
開発した”変人参謀”黒島元少将は、結局誰にも特攻について語らず、この世を去った。自分が開発した兵器で5000人以上の尊い命が散っていったことをどう受け留めていたのか。
彼の心内はわからないが、戦後すぐの抜け殻のような姿や「戦死した若い部下が出てきた。霊魂はあると思う」との言葉に、少しでも救いを求めたい気分だ。

時の空気には勝てない、組織の流れの中で意見を言えない雰囲気、あいまいにされていく責任の所在。誰にでも心当たりのあることだ。
でも、もし自分の子どもが
特攻隊員として敵艦に突っ込むことになったら
謂れなき戦犯容疑で処刑されたら
捕虜になり斬首されたら
敵兵から逃げ切るために妹を絞め殺さなければならなかったら…
想像すると、くやしくて悲しくてつらくて、感情を背負い切れず頭がおかしくなってしまうかも知れない。
無念のうちに生を断ち切られた人たちの死を無駄にしないためにも、どこにでもあることとあきらめるのではなく、組織全体を変えていくことは難しくても、おかしいことはおかしいと言える人間になる努力を続けていきたいと思う。

老いた父が、この本を読みたがっている。
貸して読んでもらうとともに、このNHKスペシャルのDVDを一緒に観ようと思う。戦争を知っている人間がこれを観てどう感じるのか、当時の話も含めて聞いてみたい。
こんな話ができる時間も、そう多くは残されていないのだから。

投稿者 sakurou 日時 2014年8月31日


「日本海軍400時間の証言」を読んで

本書は日本海軍幹部が昭和55年から平成3年まで、131回にわたって密かに行っていた「反省会」資料について、開戦、特攻、東京裁判の3回に分けて放送した内容に資料収集経緯などを加えてまとめた本である。

この本を読んで思い出したことがある。

昔、職場の同僚との議論で「扇の法則」という名前をつけた法則がある。
幹部の一言、即ち扇の根本を少し動かしただけで、末端の社員はその何倍のレバレッジがかかって動かされ(振り回され)、まさに扇の起こした風に吹き飛ばされることを冗談めかして例えたものである。

「扇の法則」に例えると、この戦争はまさに扇の根本は今回の反省会のメンバであり、扇の先にいる徴兵された一兵卒の兵隊や多くの民間人が吹き飛ばされ、命を落としたことになる。

恐らく当初の反省会開始の目的はなぜ負けたのかという教訓を後世に残すという点にあったようである。

しかし、読み進めていくと、明らかになる反省会の内容は海軍のエリート中のが語るにはあまりにもお粗末と思わざるを得ない。

以降、シリーズ通り、開戦、特攻、東京裁判の3つについて考察する。

1.開戦:組織防衛のための開戦

開戦を巡る発言を読み進めていくうちに目からうろこがポロポロと落ちる思いであった。

開戦当時の状況を巡る発言はまさに「当時の雰囲気に押されるように」開戦してしまったというしかない。

当時、2.26事件のように将校のクーデターへの憂慮等の組織防衛的側面、海軍の予算取りという側面があったのだ。まさに記載の通り「海軍あって国家なし」である。

また、肝心の開戦責任を巡る発言では、勝てないということが当時からわかっていた発言が次々と出て、参加者が笑う場面が出てくる。まさに「現場を考えない会議室」である。

当時の状況では、内心、正面切って言えず、戦後数十年という時間がたったから言える、というところはあるのかもしれない。しかし、それを差し引いても、これらの議論は「扇の根本」の議論であり、「扇の先」を慮ったものではない。

でも自分がその立場にいたら反論出来るだろうか。ともすれば責任を押し付けられるだけだ。組織のミッションに従わなければ、評価されない。また、反論するには多大なリスク・責任を問われるジレンマがある。

「長いものには巻かれろ」という諺もある。日本人だけではないのかもしれないが、特に日本人にはそういう気質があることを今回の件を通じて深く理解した。


2.特攻:何となく生まれた特攻

専門家が調べても分からないほど、特攻発案の経緯は調べれば調べるほど真相が分からず絶望してしまうことを初めて知った。

何となく、いつの間にか公文書が作られ、兵器が開発され、若い兵隊が秘密裏に計画に投入される実態はまさにおぞましい。

永遠の0にも出てくるが、ミッドウェー海戦等の敗戦により、熟練パイロットを失い、技術力が低下していた状況下で、急降下による敵艦への体当たりは高い技術を必要とし、若い未熟なパイロットが次々と投入されたが、戦時中に発達した米軍のレーダ網に捉えられ、敵艦手前で撃墜されたり、敵艦への体当たりができずに墜落するケースも多く、成功率は高くはなかったという。

また、昔から日本には切腹により責任を取る伝統や「お国のために命を捧げる」ことによる国威発揚というのもあるのかもしれない。

しかし反省会ではそもそも論に触れられることはなく、また、幹部が直接知ることのない「扇の先」の兵士への思いが語られることもなかった。

ただ日常生活でも良い例、悪い例どちらにせよ、いつの間にか空気が形成され、既成事実化されている、即ち「いつのまにか扇が動いている」ことはよくあり、その傾向はSNSの普及により増えているように思える。

特攻は無謀だ、と言うのは簡単だが、特攻はまさに「空気」が生み出したものであり、自分にもそういうものを生み出したり流されたりする心があり、「空気」か「事実」かをしっかりと区別することが重要なんだと思う。

3.戦犯裁判:

東京裁判等の戦犯裁判は戦争と比較すると取り上げられないが、帯にある通り「知能犯」である海軍が悪い形で「第二の戦争」として力を発揮したのが戦犯裁判対策であり、初めて知る内容が非常に多かった。

東京裁判の論点が天皇の戦争責任の扱いにあったことはよく知られているが、想定問答集の作成による綿密な口裏合わせや占領軍高官と元海軍高官との蜜月関係による工作がなされたのは非常に驚きだった。

また、海軍幹部についても同様の口裏合わせや証拠の隠滅を図り極刑を回避した。一方で、戦勝国によって行われたBC級の裁判は本書によれば旧海軍幹部(二復)の方針により切り捨てられ、現場の士官レベルは200人が死刑になったが、司令官以上のは死刑は一人もいなかった。

この二復の方針が事実であれば、まさに本書記載の通り「上を守って下を切る」責任の押し付けであり、組織防衛以外の何物でもない。

一般企業でも、組織存続のためには優先順位上、やむを得ずそういう選択をすることは十分あり得ることであり、自分が上にいたらそうするかもしれないし、下にいれば「上の判断なので止むを得ない」と思っても不思議ではない。


以上、3つのイベントについて、かつての海軍で起こったことは、組織の空気、責任の押し付け合い、等、どんな組織でも起こりうる、私達に関係あることだと気付かされた。

しかし、こういう組織は私が述べた「扇の法則」で言えば、「扇が壊れてしまう」のではないかと考える。

実際、海軍は軍令部と連合艦隊とで目的などを共有できないまま開戦し、ミッドウェー海戦で顕在化し最終的には「壊れて」敗れたのである。

今は内部告発、情報公開、コンプライアンス等、秘密裏に計画・実行するのが難しい社会であり、良くも悪くもオープンやフラットに運営する組織が結果的に外的環境の変化に強い組織になると思う(むしろそうであると信じたい)。

やはり予想通り戦争論から組織論につながるんですね。

投稿者 gizumo 日時 2014年8月31日


日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦

「昭和」という時代が終わってすでに24年が過ぎ、終戦から70年近くが過ぎた現在。
昔も今も人間の営みは変わらないなという失望感となぜか少しの安心感を感じた読了後でした。

もちろんこの戦争について知らずに生活することも可能であり、何ら問題も生じないともいえるが、「知る」ことで確実に自分自身の軸が正された内容であったと思う。

あれだけの犠牲者と被害を生んだ戦争の真実が解きほぐされていくさまは、まさしく事実でありぐいぐい引き込まれていく。

こういった組織としての体質が改善されたとは思われず、原発事故のその後が進まないのも納得のいく出来事であったりするのが自嘲的に感じられる。

しかし、自分を振り返りその所属する組織にも同様な弊害があり頭を抱える。キーワードである「やましき沈黙」が横行している?!
しかし、気づいてもどうすることもできず愕然とさらに頭を抱える・・・。

戦後「伝えられた歴史」が事実と違っていることを、真実を伝えるために、各自が行動を起こしたことが唯一の今後への希望であったように、自分自身も何か行動を起こすべきだとひそかに気づかされました。

聞き飽きたフレーズではあるが、「戦争は終わっていない・・・」。


余談とはなりますが、課題本を図書館から借りて読み進めながら感動(興奮?)して内容をべらべら家族にしゃべっていたら、戦争を体験している父親が読みたがり結局Amazonで購入。
このレポート後には父親の蔵書となります。
親子で同じ本を読むことができる・・・。
こんな幸せに恵まれるのもあの戦争を戦い抜いた多くの人たちのおかげだと深く感謝しております。
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投稿者 S86903 日時 2014年8月31日
「日本海軍400時間を読んで」
来年、戦後70年を迎えようとしている今、戦争を知らない自分にとって、この日本が300万人以上
の尊い命の犠牲を強いられ、降伏したということを近現代史の史実として学ぶことはあれ、「なぜ日本
が遠く離れた大国アメリカに戦争を挑んだのか」といったことについて、深く考えた機会はこれまで
なかった。しかしながら、本書は海軍のそれも軍令部などの中枢に属した参謀達の所謂「戦争反省会」
での発言とあって、史実として知らされていない当時の参謀本部の様子がリアルに語られていて、ペー
ジを繰るほどにまるで自分が彼らと一緒に当時の軍令部に立ち会っているかのように本書に引き込まれ
ていった。

 この海軍軍令部に所属することのできたメンバーは海軍兵学校を優秀な成績で卒業し、海軍兵大学校
で特別に教育されるなど、正に海軍のごく限られたエリートとされる。このように一人ひとりは非常に
優秀なエリートの集団であるはずの海軍軍令部が、どうして組織として正常な判断ができなかったの
か。とりわけ、大戦の終盤、いよいよ日本軍の戦況が不利な状況下、軍令部が下した特攻作戦につい
て、少なくともその作戦の有効性、尊い人命の犠牲が前提になっているということについて、軍令部の
誰もが気づいていたはずなのに、そのことに対して何ら意見すらいえない状況にあったということ。
本文でも平塚元少佐が反省会のテープ提供にあたって、「命を捨てるという決断が個人個人の考えなら
ば良いが、個人を預かる上官が言い出したのが大きな間違いだった。日本海軍の問題点はそこだ。」と
発言しているように、大戦の末期では軍令部は機能不全に陥り、ほとんど前線部隊に委ねられていた。
本来であれば、かかる状況下では冷静に戦況を分析し、大局的観点から的確な判断を為し得るリーダー
の存在が不可欠であるが、この非常時ですら軍令部の組織防衛に精力を傾ける様子が垣間見え、畢竟
日本の敗戦の原因は軍令部にあったのではないだろうか。

 平時においては、確かに上記海軍兵学校卒のエリート養成制度は海軍のようなヒエラルギーにとって
極めて有効に機能すると思われるが、常に想定外の事態が発生する戦時においては寧ろ逆効果である。
実は現代においても同様のことがあてはまる。つまり、会社組織であれば常に市場環境が変化し、様々
なリスクに直面する中、担当者は勿論、その責任者、経営層までが直面する問題にいち早く対処し、
組織として常に善後策を講じていくことが重要である。本書は組織人として生きる自分にとって、非常
に示唆に富む内容であった。

投稿者 koro 日時 2014年8月31日


今現在、会社組織に身を置いている身分として、
個人的に重要だと感じた部分は2つ、
「組織の目的を忘れない事」と「場の雰囲気に流されない事」。


「国家の安全を守る」という海軍の存在意義を忘れて、
勝てる見込みのない戦争を、海軍の体裁を保つ為に始めてしまった海軍。

「国民の意見を取り纏め、住み良い環境を作る」という目的を忘れて、
投票者数に偏りがある事を利用して、投票数集めの為の政策を打つ政党。

「持続可能な社会の実現」という理念を忘れて、
金儲けに走り、次世代への負の遺産を積み上げ続ける電力会社。

「生産者と消費者を安心で結ぶ」という…以下略。

巨大組織のあり方は、太平洋戦争当時から、今でも変わっていないのかもしれない。

どの組織も中枢を構成する人間は、学業優秀な人間ばかりであるのに、
一様に目的からずれた状態に陥ってしまっている。

自分が所属している組織の存在意義や目的を、
毎日声に出して読み上げる等、常に意識し続ける重要性を感じた。


本の中で何度も出てきた言葉”やましき沈黙”、
今風に言えば、空気を読んだ結果として生まれた状況であり、
「和をもって尊しとなす」という言葉の偏った理解の元に生まれた状況。

例え、自分の意見が通らないものであったとしても、
意見を言うことが重要なのだと思った。

投稿者 morgensonne 日時 2014年8月31日


『日本海軍400時間の証言』を読んで


今まではどちらかと言うと戦争の前線での体験に関する本を中心に読んできた。
この本のように、戦争時の上層部の考えについての本はあまり読んだことがなく、
非常に興味深く読むことができた。

率直に感じたのは、戦地で戦っている隊員のほうがよっぽど国のために戦うのだ
という意識が強かったのではないということだ。
戦争という状況であっても、幹部たちは組織を守ることを重視し、
またそのように指導されてきたのだろうとも感じた。
そのために軍の負の部分を隠す行動につながっていたと思う。
これは戦後もずっと続いてきたため、事実があまり出てこなかったのであろう。

それを反省会という形で、事実を残していこうということになっていたと思うのだが、
出席者の大半は他人事のような発言が多い。
それは自分の意志ではなく、上司の指示に絶対服従という当時の考え方を
ずっと引きずっていたからではないか。

会社組織においても、特に幹部たちは組織を守ることを第一に考えていることが多い。
現代では利益と報酬という部分が重視されているといえる。
しかし会社は理念を持って設立されているはずであり、再度その理念を
見返して仕事に取り組む必要があると感じた。

また、戦時中のような誤報道はもうないとしても、情報にあふれる現代では、
それが操作された情報か事実かを見極められるような知恵を身につけられるようにも
していきたいと思った。


ありがとうございました。

投稿者 kikukikuyuyu 日時 2014年8月31日


「日本海軍400時間の証言」を読んで

◯序論

非常に“NHKらしい”一冊であり、項数390にも及ぶ労作である。
現代日本の組織を構成する組織の一員として、日本海軍が抱えた問題や犯した罪を、一方的に避難するのではなく、制作スタッフ及び読者(視聴者)にも通底するものとして問題提起しようとする、意欲作でもある。
東日本大震災以降、今なお引き続く福島第一原発事故の問題や相次ぐ企業不祥事、政治・経済・外交を取り巻く閉塞感と、無責任な開戦までの経緯、数々の悲劇を生み出した特攻作戦、幾多の議論を未だに引き起こしながらも、多くが闇に包まれたままの戦犯裁判等を重ね合わせ、当時と現代を重ね合わせながら「この番組は歴史番組ではない。今の日本を映す報道番組にしなければならないんだ」とにじり寄って来るこの問題作と、この夏、私は気合いを入れて対峙してみた。

本書を大根切りすると、
“無責任な「日本海軍」という組織は、勝てないとはじめからわかっていながら日本を「太平洋戦争」という「侵略戦争」に引きづりこみ、特攻等の無謀な作戦で「かけがえのない個人の命」を消耗品のように扱い、「戦争犯罪」で世界の「被害者」の方々に戦後もなお深い傷を残している「加害者」でありけしからんうえに、「上を守り下を切って」指導者達は戦争の責任からまんまと逃げ切って許されないものであるが、そのエリート達がひっそり行っていた「海軍反省会」という「超一級資料」と関係者各位に取材した結果、現代の我々にも海軍の卑怯さはしっかり受け継がれているんだということが浮き彫りになったから、「どんな組織よりも、ひとりひとりの命の方が重いということ」を「読み取るべき教訓」として、戦後も続く「負の連続性」を断ち切るべく組織の病弊を指摘し、「やましき沈黙」に陥らないことが大切ですよ”
といったところであろうか。穿った見方をすると、“国のために献身しても報われないっていう歴史を学んで、どんな組織(公)よりも個人を大切にしましょうね”というコアメッセージが根底にある様に思える。
反省会において語られる元士官達の赤裸々な証言や知られざる事実に対する反省の弁には首肯するところが大いにあったものの、本書(或いは番組)を一貫する伝統的なNHK史観には「はぁ???」であった。
突っ込みどころが多過ぎて、せっかくの「超一級資料」も台無しではないか…
そこで、本書を読み終えての愚見を、
・メディア
・プロパガンダ
・パラドックス
という視点から書き連ねる。

◯本論
・メディア “敗戦利得者”という氷山の一角・NHK

“NHKが如何なる存在であるのか”を置いて、本書を制作したスタッフ一同の“思想を形成するもの”を理解するのは不可能であろう。
端的に申せば、“戦後レジーム”と言われるものの一つの象徴である、GHQの占領策によりて国家の中枢に巣食うに至った“敗戦利得者”を上層部に押し戴き続ける反日放送局、それが“NHK”である。

「大東亜戦争」敗戦後、日本を占領・支配していたGHQは、自由と民主主義のために日本と戦ったとプロパガンダし、自らもそう思い込んでいた間抜けな“敗戦国アメリカ”本国では落ちこぼれ扱いの共産スパイ達の巣窟だったことが、1995年に公表されたヴェノナ文書によって明らかになっている。そのGHQが推し進めた占領政策の中でも、最も重要な政策として位置付けられ徹底されたものが“WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)という洗脳”である。物量と兵器の質に勝るアメリカ軍を震え上がらせ、理解不能であった特攻や玉砕の根幹となるのが、日本の皇国史観であり歴史認識であったことをアメリカ人は見抜き、占領後は徹底した思想・言論の検閲・統制(放送・出版だけでなく、個人の私的書簡に至る全ての通信)を“日本人を使って行わせた”ことが明らかになっている。
この時に検閲に関わった日本人に対して、当時相当高額な賃金が支給されたばかりでなく、その後の社会的地位も高いポジションが与えられて戦後の社会が形成されたため、サンフランシスコ講和条約成立後の独立回復以降も、日本人による戦争の総括もGHQ占領政策に対する見直しの声も、遂に起こること無く70年の歳月が経とうとしている。
また、GHQはいわゆる“極悪非道の特高警察”に逮捕されていた共産主義者や無政府主義者等の“思想犯達(一般の国民が挙国一致で総力戦を戦っていた間中、おかず三品付きの三食・入浴・運動付き至れり尽くせりの留置所暮らしをしていたため、釈放時はしっかり肥えているのが当時の記録写真に残っている)”を、公職追放(アメリカ万歳!と寝返らなかった真っ当な日本人の駆逐政策)によって人員が空洞化した行政・教育・言論・法曹等国家の主要な職域に送り込み、愚民化・属国化の尖兵として日本の歴史否定・アメリカ様の素晴らしさの喧伝と共産・無政府主義思想の普及に邁進させた。その効果は非常に大きく、現代日本の“グローバリズム礼賛”をはじめとする思想的浮遊をもたらしている。
何よりも、「プレスコード(Press Code for Japan)」を用いた日本人の精神構造の解体、新聞・雑誌・書籍・ラジオ放送などの報道統制(正式名称は「SCAPIN-33、日本に与うる新聞遵則」)が、終戦から約一ヶ月後の1945年9月19日発令・9月21日の発布以来、民主主義という政体をとる独立国家の日本で、現在もなお生きているのは異常と呼ぶ他ない問題ではないだろうか(属国だと認めちゃうなら問題にならないが…)。
本来は、昭和27年のサンフランシスコ講和条約で日本が(たとえカタチの上だけにせよ)主権を回復した時点で破棄されるべきものを、日本国民には秘密にされていたこと、GHQが新聞記者などを対象に報道統制を敷くために組成した国会記者クラブが、そのまま講和条約後も生残ったこと、及び印刷物や放送の検閲だけでなく、これに違背すると思われる人を占領期間中にことごとく公職追放していたこと、また代わってプレスコードをそのまま活かしておいたほうが都合の良い左翼主義者らが温存されたこと等の理由によって、なんと、21世紀になったいまでも、このプレスコードは、新聞、テレビ、ラジオ放送などの主要なメディア機関において、いまだに生きているという現実を抜きに「太平洋戦争」の真因など掴めるはずが無いだろう。
この検閲制度の存在自体がプレスコードに引っかかるという理由から、主要メディアは一切この問題には触れず、また、米、露、英、朝鮮人、支那の国家への批判は、差し障りの無い範囲の問題に限定され続けてきた。例えば、北朝鮮への帰還事業は理想郷への旅立ちと美化され30年以上にわたり推進され、その後北朝鮮による邦人拉致問題は確認されているだけでも1970年以降2002年の日朝首脳会談まで40年以上放置され続けた。また、最近でも2010年7月、民主党政権が中国人向け個人観光ビザの発給要件をこれまでの年収25万元(約420万円)以上から年収6万元(約100万円)以上、または主要国際クレジットカードのゴールドカード所有者に緩和した際、中国の国防動員法が同年7月1日に施行されていたという安全保障上重大な問題は、どこのマスコミも一切触れなかった等、有毒食品輸入に至るまで枚挙にいとまがない位である。
プレスコードによって削除および発行禁止対象とされたカテゴリーは
1. SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
2. 極東国際軍事裁判批判
3. GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
4. 検閲制度への言及
5. アメリカ合衆国への批判
6. ロシア(ソ連邦)への批判
7. 英国への批判
8. 朝鮮人への批判
9. 中国への批判
10. その他の連合国への批判
11. 連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
12. 満州における日本人取り扱いについての批判
13. 連合国の戦前の政策に対する批判
14. 第三次世界大戦への言及
15. 冷戦に関する言及
16. 戦争擁護の宣伝
17. 神国日本の宣伝
18. 軍国主義の宣伝
19. ナショナリズムの宣伝
20. 大東亜共栄圏の宣伝
21. その他の宣伝
22. 戦争犯罪人の正当化および擁護
23. 占領軍兵士と日本女性との交渉
24. 闇市の状況
25. 占領軍軍隊に対する批判
26. 飢餓の誇張
27. 暴力と不穏の行動の煽動
28. 虚偽の報道
29. GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30. 解禁されていない報道の公表
と広範多岐にわたる。
私のメディアに対する評価は
NHK=視聴者から強制的に視聴料を強制的に収奪しながら、反日国家中国共産党の情報機関を自社ビル内に併設する他、在日朝鮮人の雇用を積極的に推進
TBS・毎日新聞=社員の多くを創◯学会員が占め、オウム真理教問題を扱っていた坂本弁護士の取材ビデオをオウム真理教幹部へ見せ、その後坂本弁護士一家行方不明事件の発端を作った他、取材対象の郵便物の無断開封や中川昭一酩酊会見問題の際はムービーを引き伸ばし再生して繰り返し報道して印象操作を図り、死亡時には北朝鮮国歌を掲載して祝意を表現、海外英語版変態記事事件では、発覚後即座にサイトを削除して証拠を隠滅、現在まで謝罪すらしていない。
朝日新聞(TV)=元祖従軍慰安婦問題の発信源にして、靖国問題の火付け役であり、中国共産党と韓国と北朝鮮の利益誘導を社是としながら何故か大学入試問題に最もよく題材とされるザ・クオリティペーパー(自称)
日本テレビ放送網・讀賣新聞=正力松太郎と渡辺恒雄がCIA工作員として、読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍を創立し、CIAとペンタゴンから資金出してもらい、娯楽番組・スポーツ番組を大量に放送し日本人の気を反らして、米軍が行う軍事作戦に日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けてもらうため大活躍し、さらにフル稼働で原子力のイメージアップに努め原子力に対する日本の世論を転換させた情報機関
フジTV・産経新聞=紙面は愛国保守を志向し、他紙が一斉に財務省の消費税増税キャンペーンに沿った提灯持ち報道をする中、全国紙で唯一増税反対の論陣を張り、国税に税務調査(ガサ入れ)を喰らうも一歩も引かない勇気は賞賛されるべき新聞社だが、テレビの方は子会社が韓国資本に侵食されて韓流ゴリ押しで反感を買ったり、外国人移民問題では歪曲報道で抗議を喰らう等して腰が定まらない、親米保守なる珍種から支持が高い。
日本経済新聞=“日本で最も信頼されない新聞”を標榜し、嘘と冗談で時流を風刺する“虚構新聞”にさえ「第二虚構新聞」と揶揄されてしまう。「日本はもう成長しないから、これからは対中投資だ〜!」と20年デフレを促進、出資企業には多額の損害を与えた中国経済の牽引役を果たす他、3・11の直後(5月)に出された復興政策についての共同提言として、「市場メカニズムの活用(「自由化」を推し進めよ)」、「財政や環境の持続可能性(「緊縮財政」を進めよ)」という二原則に基く復興遅滞策を、東京大学の伊藤 隆敏・伊藤 元重・吉川 洋、慶応大学の土居 丈朗等、いわゆる「経済学会」の錚々たる先生方(御用学者)の提言として掲載し、財務省の増税根拠として発信、被災地の復興を著しく阻害
というものである。
本塾生諸賢であれば、「太平洋戦争」や「侵略戦争」といった言葉遣いにピン!と来たであろうが、定義を明確にしようと試みると
「太平洋戦争」とは、もともとチリがボリビア・ペルー連合軍と戦って勝利した戦争のことを指していたが、頭のおよろしいアメリカ人達(GHQという機関に特に多かったらしい)が太平洋戦線「ウォー・イン・ザ・パシフィック」を言い間違えたか短略化したものであり、日本が開戦にあたり国会で議決した名称は「大東亜戦争」である事実に辿り着き…
「侵略戦争」を「他国の主権・領土や独立を一方的に侵すこと」という世界の列強で守ってる国を見つけることが困難な条件で定義すると、日本だけが当てはまらないのに、何故か「日本人が軍隊を持つと侵略戦争を始める」という不思議な言い伝えが存在する(特にNHK・朝日・毎日)。朝鮮については併合前後の写真を見比べるだけで「侵略」していないのは明らかで、そもそも日本と朝鮮は戦争をしていない。満州は関東軍が溥儀とジョンストン卿に泣きつかれて建国したもので、当時MADMAX的無法地帯だった支那大陸(現在も大差無いが…)に寧ろ近代工業国家による豊かな生活と、良好な治安と衛生環境の劇的な改善をもたらし、1932年の建国直後2900万人程度だった人口が、建国後10年間で4400万人に膨れ上がっている現実は、「一方的に主権・領土や独立を侵された〜!」とする主張とは、どうにも結び付けられない…
という状況に遭遇するのではないか。

これだけ公開資料や情報が溢れる現代にもなって、何故主要メディアが「報道しない自由」を行使し、自らの歴史を貶めようとし続けるのか。
本書を一読してみて、貴重な証言や資料を提供して下さった元海軍士官やご遺族の方たちの、敗戦に至った戦争指導の当事者であり、その家族であるという贖罪意識を逆手に取った、悪辣なプロパガンダ書の様に私には感じられた。

・プロパガンダ 「強いアメリカに、弱い日本が勝てるはずの無い戦いを挑んだ」という洗脳

「太平洋戦争」という言葉自体が、「大東亜戦争」の本質から目を遠ざけるために重要な役割を担っている事実を、先に指摘しておきたい。戦争目的が二度も変更になるという場当たり的に過ぎた戦争指導は厳しく糾弾されるべきであるが、それは他国にとやかく口出しされる筋合いになく、あくまで先人の尊い犠牲の上に後世に生かせて頂いている、我々日本人の責務である。

大東亜戦争は、誰がどう言おうと自存自衛のための戦争である。
では、何からの自衛であり何を守ろうとした戦いであったのか?という本質を議論せずに、侵略だの戦争責任だのという枝葉末節ばかりを論うのでは、300万有余の英霊・犠牲者に対し、余りに不義理ではないか。

大東亜戦争は、共産主義思想から日本の伝統・文化(つまり天皇の存在と国体)を守るための戦争である。

人口に膾炙される一説に、“石油を求めてアメリカとの戦争に踏み切った”というものがある。しかし、スチムソン・ドクトリン(日本の権益の満州事変以前への復帰を求める、アメリカだけの要求)や、回答期限に定めの無いハル・ノート(ソ連のスパイ、ハリー・デクスター・ホワイトが起草)を突き付けられたり石油の輸入を止められたところで、日本にはアメリカと戦争までする程の権益の衝突は無かったことに刮目すべきである。ハワイから石油は産出しないので、わざわざ参戦の口実を与えるためにハワイに攻撃(艦船戦闘で不利なアメリカに、飛行機でも戦艦を沈められるという実験結果までご丁寧に提供)する戦略的意味も皆無である。
「いやいや、アメリカは航空顧問団の派遣や援蒋ルートで国民党を支援していたからだよ」とする意見もあるが、真っ先にオランダ領インドネシア(産油地域)を攻略して石油だけ確保すれば、アジアに戦艦2隻の派遣しか余力の無かったイギリス(しかも、その2隻プリンス・オブ・ウェールズとレオパルドはマレー沖海戦で2時間で撃沈、チャーチルが人生で唯一涙を流した瞬間と回想)とは決定的な勝利を収めており、マレーシア・ブルネイ、難攻不落と言われたシンガポールでさえ鎧袖一触で攻略しているので、イギリス領インドまでを落とすのは何の問題も無く、援蒋ルートを断絶したうえに、第二の戦争目的に掲げたアジア民族の解放も早期に達成していたのではないだろうか(この案は、当時陸軍派の戦略として最も主流の意見だった)。
1907年に策定された「帝国国防方針(本書では、誰も見たことないコトにされていた…)」には
・対一国以上の戦争はしない。
・もし日本アメリカと戦わばば、アメリカの戦力を太平洋上で漸減せしめ、フィリピン沖において決戦
という大方針があったにもかかわらず、敢えてそれを破り、真面目に戦えば無敵だった帝国陸海軍を、勝算の無い不利な戦いへと戦争を指導した勢力が在った事実を、この本では一切伝えていない。

・パラドックス “世界最強の大日本帝国陸海軍”獅子身中の虫“
偏狭な「太平洋戦争」視野をもう少し拡大し、20世紀初頭から振り返らなければ大東亜戦争の背景は浮かび上がってこず、よって日本・アメリカ双方が“バカとスパイ”が巣食っていた中枢を抱え、無駄に戦った「太平洋戦争」の実態は見えてこない。
「第二次世界大戦はソ連の一人勝ち」
という結果に、事実を列挙することで目を向けよう。

日本(というか、評判では散々な林銑十郎元首相・陸軍大将)は、日露戦争以降、「防共回廊(ぼうきょうかいろう)」という大陸戦略を構想していた。「防共回廊」とは、日本の主導により、ソ連とコミンテルンの手中に陥落しつつあった支那(ここでは中華民国支配地域に軍閥支配地域を含めた地域を指す)を包囲し、世界的共産主義汚染を防ぐ狙いから、極東アジアから中央アジアを結んで防共民族国家群を樹立させようとした構想であり、林銑十郎自身も回教へ帰依し、日本回教協会を設立する等、イスラーム世界との連携を強く推進していた。
日本は当時、現代の我々の認知以上に情報工作能力が長けており、世界でも最も早く世界共産化主義(コミンテルン)の脅威とそれがもたらす惨禍を察知していたため、水面下で数々の防共作戦を遂行していた事実は、極秘事項とはいえ主たる戦争目的に対して重要な位置を占める戦争目標であったにも関わらず、現在余りにも知られていない。
日本は欧米による植民地主義からの脱却と共に、防共封じ込めを世界構想として描いていたのだ。それは第二次大戦以後に米国が資本主義(物質・享楽主義)という形で主導して執っていた防共政策を、思想的にも戦略的にも遥かに先取りしていたものであった。
この防共回廊構想の第一弾が満州国の建国であり、次いで南モンゴル(現状:内蒙古)の民族自治政府の確立まではこぎ着けたものの、東トルキスタン(現状:新疆)民族国家を樹立させるべくした活動は国民党とアメリカの妨害により未遂に終わり、現在も続く少数民族の弾圧問題へと至っている。満州国建国をはじめとする日本が支那地域で執った諸政策や軍事行動は、戦勝国史観に加えて中共御用史観により「満州国は日本傀儡」、「全ては日本帝国主義の悪行」と一方的に断じられ、結果としてチベットやウイグルでのおぞましい民族浄化を、現在進行形の出来事として人類は傍観し続けている。

ここで「歴史のIF」を考えてみよう。「歴史にIFは無い」という言葉自体が、歴史を真摯にシュミレーションされては困る、共産化を擁護する可能性をも含め。

もし大日本帝国の防共構想が完遂できていたならば.....
後の支那における国共内戦→中共成立→文革動乱→民主化運動、北朝鮮の成立→朝鮮戦争、更にベトナム戦争に代表される防共戦争などなど.....それらの出来事からの大量虐殺は生じなかったし、アメリカは反共防共政策からの消耗がいまよりもずっと軽減されていた公算は極めて大きい。
世界史に全く違う歴史が現出していた可能性を否定したいのは、“砕氷船のテーゼ(漁夫の利とも言う)”を常套手段とする、共産主義思想信望者ではないか。
ヴェノナ文書(アメリカに浸透した共産スパイの交信記録を、アメリカ陸軍が独自に傍受し、1980年代までかけて解読を進めたもの)の公表から明らかになったのは、当時アメリカのF・ルーズベルト政権はコミンテルンによって籠絡されてきっており、ソ連にとってドイツとの戦争で最も脅威となる日本を、アメリカとの戦争で釘付けにする方向で誘導されていたという事実であった。同様に、当時の日本国内も、近衛内閣という民主党の輩出した政権が束になってかかっても敵わない強力な亡国政権が、朝日新聞の尾崎秀実が扇動した暴支膺懲(ぼうしようちょう)論に沸き立つ世論との華麗なマッチポンプの末、支那事変の不拡大方針を退け(対支和平交渉において強硬な態度をとったのは、近衛文麿首相、広田弘毅外相、米内光政海相)泥沼化させ、その後の大東亜戦争へと舵を切って行ったというのが歴史事実である。
その顛末が、大英帝国はブリテン島以外のすべての権益を失い、大日本帝国は日本列島のみに返ったうえに、北方四島と竹島を不法に占拠され、アメリカは世界の半分をソ連に持って行かれる様である。スターリンの高笑いが聞こえる様な結果ではないか。

本書に対して私が期待していたのは、世紀の愚将・山本五十六の戦争指導は、アメリカかコミンテルンのスパイという証明が無ければ説明のしようも無い程、辻褄が合わず杜撰極まりないものであったことの背景には、何が存在していたのかという一点であった。当時極秘で設立された「総力戦研究所」が導き出した「現状のままでの対アメリカ戦争は、長期的に勝ち目無し」というシュミレーション結果を、勝利するために必要とされた条件である「独立した空軍の創設(長官に航空戦に慧眼のある堀丈夫陸軍中将を予定)」を握り潰し、作戦目的も意義も不明なアリューシャン・ミッドウェー両面作戦で開戦当初からの日本のアドバンテージを完全に消失させ、下手の碁打ちの如く太平洋上の離島を戦略的妥当性も無く占領して各個撃破を招いた愚策の立案の過程は、本書において繰り返し指摘される“セクショナリズム”の弊害や“空気の支配”だけであったのだろうか?
結局、本書においても歴史的に重要な多くの事実を、当事者達が「述べていない」「遺していない」点において、「小柳資料」やその他の資料となに一つ変わらないのではないか。
“超一級資料”に基づき、敗戦から得られた教訓は“メディアは木を見せて森を見せない”という一点のみであった。

現時点で状況証拠から私が考察し得るのは、アメリカもイギリスもソ連も真っ向から戦争を仕掛けられない程強かった日本を、確信犯的に敗戦に導いたのは、近衛文麿と日本海軍(特に米内光政と山本五十六)である、という推論のみである。

◯結論

凡そ戦争とは、国家間の“価値観と価値観の戦い”であり、そこに善悪という基準をあてはめようという試みは無意味であり、かつ傲慢である。だが、歴史の教えを虚心坦懐に学び、真に反省するという態度は、人間の存在意義が真・善・美を現すために進化することであるとすれば、必要であると考えるのが私の世界観だ。

私も日本における組織を構成する一員として日々生きている一人であるので、この本で指摘されてるような“空気に流されて間違いを指摘できない”場面や、“陸海軍あるを知って、国あるを忘れていた”程の規模ではないにせよ、セクショナリズムの病弊を身をもって痛感しつつ、現場のツジツマ合わせに奔走しているのが実情だ。
完璧な一個人など現実に存在しない以上、人間の作為に依るものに完璧は存在する可くも無く、我々は常に完璧に近付くことを求め、この現実を“よりマシ”にしていく努力を、それぞれの正面において重ね続けるだけである。

かつて、小室直樹氏は「盲目的予定調和説」という考えを提示した。
分業化が進み、それぞれの集団が目標を確立する帰依として、目標の対立が生起する。その時、それぞれの集団が自らの特定正面のみに注力しさえすれば、後は自動的に問題は解決するという思考は、日本人特有の信仰であるとしている。
盲目的予定調和説(過剰なセクショナリズムと自分正面以外は知〜らない!とする態度)に陥らないためにも、少しでも視座を広く保ち、教養(知識と感性の合一)努力が必要であると再確認した。

投稿者 ken2 日時 2014年8月31日


「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」 を読んで

併せて、大空のサムライを読んだ。
実際に、海軍のパイロットたちが、この開戦に至る意思決定、特攻作戦に至る経緯を知ったら、なんと思うだろうか。

読むにつけ、優秀なエリート海軍が体面を保つため、予算獲得のために
尊い人の命を犠牲にした。
「予算を獲得し、使い切る」という一般企業とは逆のベクトルが働く官僚の発想自体をどうにかできないか。

戦争に舵をきってしまった大玉は簡単には止まらない。止められない。

戦争をやめるという決断をするにあたり、それまで消費した資金と物資のサンクコストは膨大である。
人の命という貴重かつ多大な犠牲も払っているため、ゼロベース思考で考えられず、引くに引けない、という結論に流されたのではないか。

戦時中の発想が現代の組織(特に、意思決定者と遂行者に距離がある官僚や大企業)でも、同じ発想をしている、というのも散見されるわけである。(自分への戒めも含め)

さらにさかのぼって考えるに、日本人の「空気を読む」という発想は「ムラ意識」、そして「ムラの中で失敗して村八分になってはいけない」という思考からも抜け切れていないのではないか。

稲作という「ムラ」での共同作業について
亜熱帯植物だった「イネ」を亜熱帯より雨季の短い日本で栽培するには徹底した「水管理」が必要で「ムラ」の水路はすべてつながっていた。
田植えの時期は全体で決め、「ムラ」という「組織」を守り維持していくために勝手なことは許されなかった。
たとえ、言いたいことがあったとしても、「ムラ」の総意を取り付けるには多大な調整がいっただろうし、下手に目立てば「村八分」になるリスクもあったであろう。

そうして「ムラ」の総意として決められたことは有無を言わせず遂行されていった。(長老の意見重視)
結局のところ、「海軍ムラ」の論理が働き、明治維新後の日本は「富国強兵」の掛け声(海軍⇒ジャーナリスト⇒日本人全体)が徹底され、「富国強兵」が当時の日本人の精神的支柱であると雰囲気が醸成され、抗いがたい大玉を停めるすべはなくなってしまったのではなかろうか。

この本を読むにつけ、「特攻」で命を落とした若者たちは何のために命を落とさねばならなかったか。
この点について、意思決定者も、追い詰められ、パイロット養成が間に合わないからと安易に決めてしまったところに悲劇があり、大いに憤りを感じるところである。

この意思決定もさかのぼって考えるに、江戸時代やそれ以前の暴れ川の治水対策でしばしば行なわれたりした「人柱」という恐ろしい習慣がよぎったのかもしれない。敵の攻撃を自然災害になぞらえて、、、

なぜそうなる(意思決定)のか、とひとつ手前までさかのぼって考えることがとても重要になり、「嫌われる勇気」を持たないといけないときは、勇気を持って!という実践が大事になります。

目を背けたくなるようなことでもきちんと向き合って事実を知る、というきっかけを与えてくださり、本当にありがとうございます!

投稿者 lapis 日時 2014年8月31日


「日本海軍400時間の証言」を読んで

本書を読んで遠いことと感じていた
戦争がごく身近に感じられた。

反省会が行われたのは1980年から1991年にかけて。

90年代は私が高校生であり、身近に感じる年代である。
そんな時代に戦争当時に海軍省や軍令部に所属していた人たちが
戦争について話し合う。

私の祖父母は戦争を体験しているから遠い過去ではなく
この80年代に反省会が行われていてもちっともおかしくないが
日常で戦争の影を感じることが無く、
歴史の出来事としてとらえていたことを
事実として目の前に突き出されたようである。

また、学生のときに得た歴史と戦争に関する本から思い描いた
戦争を始めた当時の状況や雰囲気は
私がぼんやりと思い描いていた状況とは違った。

戦争を始めるまでの経緯は
勤めている会社で感じる問題と同じである。

私は一般社員であるが「これはおかしいのでは?」と思っても
小さなことだし、いちいち事を荒立てることでもないかと流す。

それでなんとなくやり過ごすことができる。

これが悪いこととは思わない。
円滑に進めるためにもスルーすることが必要な場合もある。

これが積み重なった結果が開戦へと繋がることとなったし、
原発の問題もそうだと思う。
当事者としては目の前の仕事を片づけることが急務だし、
あとから取り返しのつかないことが起きるとは思わない。
もしくは、予想ができても締切やら部門間の調整やら
なんやかんや考えると「このままでいいか」と思ってしまうことも
仕方がないことだと思う。

しかし、「仕方のないことだ」で終えず
過去を振り返って反省をし、繰り返さないように努力することが
私たちに課せられた宿題である。
戦争を始めたのはたった70年前のことである。

70年で私たちの悪しき組織体質が変わるとは思えない。

投稿者 hanaoka111 日時 2014年8月31日


『日本海軍400時間の証言』を読んで

1980年から1991年の間、確認されているだけで131回にわたって、
旧日本海軍士官のOBにより、海軍反省会という秘密の会議が行われていた。
本書は、その録音テープや関係者への取材から、NHKスペシャル取材班が番組を制作する過程を書いている。

この海軍反省会で語っていた将官の遺族を、取材班が探しだし、取材するなかで、
いままで埋もれていた資料や証言が出てくるところは、臨場感を持って読むことができる。
 その時に疑問に思ったのは、遺族にとっては自分の父が戦争を引き起こした張本人であるような印象を与えかねない番組であり、
なぜ遺族が取材を受けたのだろうかということであった。
それは、戦後、自分の父が、海軍の問題点の真実を明らかにしようとしていた姿を見て、遺族が取材に応じたのではと思った。
その真剣な態度を大事にするべきであるし、この取材を通じて遺族と取材班との信頼関係があったためと推察した。

海軍組織の問題として、開戦の状況、特攻の始まりなどを、反省会の発言記録から明らかにしていく。
日米開戦に関して、私が重要と思えるのは、
 1)誰も戦争に勝てるとは思っていなかったが、陸軍と張り合って予算を取っている以上、『勝てない』とは言えなかった。
 2)日本国内の雰囲気(空気)が、開戦に向かっていて、不戦論は受け入れられない状況と考えていたこと。
 3)戦争しても負ける、戦争すべきではないということをいうと、海軍は不要となるので、組織防衛のために戦争をした。
という3点である。

本来、軍隊は国を守るために存在するのであるが、日本海軍は、結局自分たちや自分の組織を守るためだけに、
勝てる見込みがなく、勝てる方策も取らないまま、戦争を起こしてしまったことがよく分かった。

そのあと本書では、この海軍組織の問題と、現在の日本の官僚組織や企業の問題とを重ね合わせていく。
これは『組織と個人』という普遍的なテーマであり、組織で仕事をしている多くの方が、
多かれ少なかれ海軍組織の問題と同じ問題を身近に感じていると思う。
例えば、だれもが反対できない雰囲気(空気)になっている状況で、自分だけが反対意見を言うことができなかったことは、一度は経験しているのではないだろうか?
「空気を読む」とか「空気を読めない人」という表現があり、その場の雰囲気を理解して、
それなりの行動をする人が組織にとって良いと思われている。
この「空気」を読んだため、本来は反対すべきであるのに、積極的に反対意見を述べず、
「やましい沈黙」のまま黙ってしまう結果、倫理的や法的な問題を起こしてしまい、
最悪な場合、その組織の存亡にかかわる事態になっているのではないだろうか?
 興味深いのは、NHK自身にも海軍組織と同じような問題も含まれているようであるが、
このような番組を制作し放送できたということは、自浄する力がNHKに残っていることを示していると感じた。

本書を読みだした最初は、400時間もの証言で新しい事実が発見されたことに、知的好奇心を奪われたが、
徐々に現在の日本の官僚組織や企業の問題につながり、『いまの時代に、この証言をどう生かすのか?』という問いを
突き付けられたように感じた。
この問いの解答の一つは、「やましい沈黙」の恐ろしさに気づき、日本海軍の轍を踏まないようにすることであると思う。
このことが、多くの証言や記録を残した旧日本海軍士官のOBとその遺族の気持ちに応えることになると思う。

以上

投稿者 tractoronly 日時 2014年8月31日


日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦 を読んで

とてもショッキングな内容でとても感想など述べる気持ちにはなれませんでしたが、冷静になって本書のスタンス通り考察を重ねてみたところ、これはいわゆる日本人論ではないか?という考えに至りました。
そこで過去の課題図書である「(日本人)」の観点から見た分析をしてみたいと思います。

○「空気」に翻弄された開戦、特攻
 「空気(=世間)」つまり、周りの雰囲気に流されてしまったところが散見されました。
予算獲得という勝手な都合で、勝てないと見込まれている戦争も数字を改ざんしてつじつま合わせをした挙句、ぎりぎりのところで戦況を見誤り、結果アメリカを怒らせたのは、ねじ曲がった空気と無関係ではないと思います。これは「政治空間と貨幣空間」の違いのように判断基準を自身の狭い世間に置いたのが原因かと考えます。
また開戦後もやましき沈黙のもと、特攻や桜花、回天という非人道的な兵器、作戦を考案し、命令は絶対であるという空気に委ねたことが犠牲者を拡大させたのではと思います。

どこかのタイミングで「水(=世俗)」をかけて冷静な判断を下すことができなかったのか。非常に口惜しい思いで一杯です。


○戦争責任の回避
 外部から追及される段になると日本人の本質部分である個人主義的が際立ってきたように感じました。
東京裁判で天皇に危害が及ばないようにするためというのは半分正しいのでしょうが、半分は自己保身のためのように思えてなりません。
結局特攻作戦の発案者は闇の中ですし、その反省会でも空気のせいと言わんばかりに追及者を煙に巻く始末。こんなあまりに無責任な参加者の姿勢では犠牲になった方々は浮かばれないと思います。

余談ですが、作戦を直接考えた軍令部も特攻で出撃された方も(最終的には)自己満足のような形で完結しているように見えるのは、究極の個人主義によるものではないかとも思いました。
いい意味でも悪い意味でも自分を信じ込ませるのが得意なのが日本人の特性なのかなと考えます。多分に周りから信じ込まされるシチュエーションが多いでしょうが。


○まとめ
 自身とその組織はどうすれば過ちを犯さないですむかということですが、根本のところでは個人主義をやめて相手のことを想うこと。ただまるっきり個人主義をやめてしまうとLose-WinになってしまうのでWin-Winを意識すること。もう一つは冷静に状況を分析する力を持つことが必要なのだと感じました。

最後に今の日本があるのは数多くの尊い犠牲になった方々と戦後を一生懸命生き抜いた先輩方のおかげだと8月15日正午のサイレンがなるたびに思います。感謝してもしきれないですがありがとうございます。
また今月も考える機会を与えてくださったしょ~おんさんにも感謝いたします。ありがとうございました。
編集 | 削除 | 承認取り消し
投稿者 chaccha64 日時 2014年9月1日
「日本海軍400時間の証言」を読んで

遅くなりましたが、投稿します。
戦後秘密裏に行われていた海軍参謀による反省会を、「開戦」、「特攻隊」、「戦犯裁判」の3点についてNHKスペシャル取材班が調査した結果を報告した書。

人は自分の利益のために行動する。組織の中では出世が目的となる。そのために組織は存続しないといけない。
また、人は、自分の能力ではどうしようもないような場面に遭遇したとき、思考停止してしまう人が多い。他人が何かしてくれるのを待ったり、ただ流されていく。これは、内部で人が動いている以上、組織も同じだと思います。

組織を守るため、予算を獲得するために南部仏印に進駐し、それでアメリカが対日石油禁輸した場合、戦争を進言し、その通りになる。戦争しないで交渉妥結したいが、海軍は意気地がないといわれたくないと、開戦までの数ヶ月もめて、ずるずると戦争に突入していく。

神風特攻は技術が未熟で空中戦闘できないからということで、回天は作った兵器は使いたくなるということで実行された。軍令部が関与していると思われるがはっきりした物象はなく、関係者は口をつぐんでなくなった人に責任をかぶせている。これは、戦犯裁判の生きているものはなるべく助けるため、なくなった人に責任をかぶせる構図と同じです。

著者たちが、これらは現代に通じる問題であり、自分だったらどうしたのかを問うている。自分だったら...同じことをしたし、その後も口をつぐんでいるでしょう。真相を知っているであろう反省会の出席者のように。それが人間の弱さだと。

最後に疑問なのですが、劣勢になってから(その前からでもありえると思いますが)終戦交渉はなかったのでしょうか? 日露戦争では、アメリカに終戦交渉の斡旋工作をしていました。特攻のような作戦でない作戦をするような状況では勝つことはありえないし、陸軍では玉砕ばかりになっています。海軍だけでなく、陸軍にも言えますが。海軍ありて国家なしとはいえ、国家がないと海軍もないと思いますが。このことについて反省会では議論されていないのでしょうか。軍人だから政治には関係ないということでしょうか。開戦はできたのに。