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毎月1冊、しょ~おんが「これは!」と感じた本を、課題本として選んでいます。

その本をお読みになり、「感想文」を2000文字程度で書いていただくのが、「今月の課題図書」というプログラムで、この中から1名の方を優秀賞として選び、その方には10,000円分のAmazon商品券か、基本編セミナーの受講券を差し上げます。エントリーするには会員登録が必要です。会員登録はここからお願いします

 

優秀賞に選ばれるためには書き方にコツがあります。エントリーしようと思っている方はお読み下さいね。

 

この感想文は、「要約」コンテストではありません。このページに書き込む方はみなさん当該書籍を読んでいるわけですから、ストーリーやコンテンツを改めて説明する必要は無いのです。どうしても引用の必要がある場合にはその部分をカギ括弧『』で囲って下さい。

また、感想について主観的な感情を表す修飾語を多用される方が見受けられますが、小学生の読書感想文ではないので、「良かった」、「感動した」、「素晴らしいと思った」のような表現を使ったら無条件で落選すると思って下さい。ここで私が期待しているのは、この本を読んで、新たに気付いたものは何か?その気付きが内なるあなたとどういう対話をして、どういう思索を得たのか、その結果(可能なら)これからの人生でその思索をどう活かそうと思ったのか、という事を文字にするという事です。

初めてエントリーされる方は過去の課題図書からご自身がお読みになったタイトルを探し、その月にどういうエントリーが多かったのか、そして受賞した人はどういうコンテンツを書いたのかをお読みになる事をオススメします。

また、投稿に際しては、メモ帳などを使って清書してから、投稿欄にコピペをして下さい。投稿欄に直打ちで書くと二重投稿の原因になりますのでご注意下さい。

最後に、毎月二桁を超える方がエントリーされるという性質から言える事は、みなさん同じような目線で、同じような内容を書いてしまうという事です(同じ本を読んでいるのですから、似たような感想を持つのは当たり前です。)しかしこれでは選ばれません。だって他の人と同じならあなたが選ばれる理由がありませんから。

どこか他の人と異なるユニークな視点があるから、そしてそれが際立っているから受賞するのです。他の人と同じような事を書いても選ばれる事はないので、エントリーする前に他の人の書いたモノを読んでから構想をまとめて下さいませ。最後に、文字制限を大幅に超える投稿は選考の対象外になりますのでご注意下さい。

それではHappy Reading!

2017年6月の課題本

6月課題図書

 

ぼくはお金を使わずに生きることにした


この本は5年程前に読んで、えらく感銘を受けてメールマガジン

でもご紹介したんですが、当時は全く食い付かれず話題にもなりませんでした。別に敗者

復活を狙っているワケじゃないんですけど、金運編を受講した人にはスゴく参考になると

思うのでこれにしました。

過去、マネーマネジメントと金運編を受講した人は読んだ方が良いですよ。これだけでお

カネに関する価値観が引っ繰り返りますから。なんだ、おカネが無くても充分に楽しく豊

かに暮らせるじゃないか!という感覚こそが金運を育てるんですから。なぜなら、現代と

いう時代は未来に於けるおカネの恐怖で作られているんですから。

失業するかも知れない恐怖、年金がもらえないかも知れない恐怖、貯金が無くなっていく

恐怖などなど、「将来経済的に困窮状態に陥ってしまうかも知れない恐怖」がゼロになる

人ってそんなにいないんです。ところがここで、「別におカネは要らんもんね。それでも

充分豊かだし」というライフスタイルが存在するのだと知ったら、これは未来に対する価

値観が変わりますよ。

実は私はこの本を読んでから、田舎暮らしに対する恐怖が無くなったんです。最初は漠然

と「このやり方でも行けるんじゃないか」と思っていたのが「たぶんもう大丈夫」となっ

たのはこの本のおかげです。

投稿者 saab900s 日時
平成29年6月度 課題図書/「ぼくはお金を使わずに生きることにした」を読んで

装丁は、上半身裸の男性が自然に囲まれながら使い古された手作りコンロの隣でコーヒーを飲んでいる画である。オビで「真の豊かさ」を問うているが、この時点では困難に満ちたゼロ円生活の中に辛うじて光る豊かさを探しながら、これこそが正しい道だと信じて疑わない、ある種独善的な生活なのだろうと想像した。これは、私が考える「お金を使わない=不自由な生活」という近視眼的なレンズを通していたからである。

私がこの本を読んで得たことは、お金という妄想ラットレースを俯瞰してみることができたこと。コミュニティの持つパワーの大きさ知ることができ、情報発信の波及効果と潜在的賛同者の顕在化の大切さとその方法である。

私にとってお金とは、基軸の交換基準であるという経済システムを盲信していたために、無くては困るものであり、そして、優先順位が高いものだった。しかし、そもそもの経済は物々交換でありその代替手段であったお金が独り歩き、いや、暴走しており、それに必死にしがみ付いているのが私であった。今や交換の対象は、モノだけではなく、コトも、情報も当てはまる社会をゼロ円生活で実現していたことにも驚いた。衝撃的だったのは実在しているお金以上の空想の価値を銀行が信用を元に創出するというカラクリ、アメリカ原住民族の価値観が、白人兄弟が押し寄せて以来一変したという2点である。本来は生活を便利にするためのモノだったお金に振り回されているという自分は知ってはいたものの、代替手段を知りえなかったためにしがみ付き続けるほかに選択肢がなかったのだ。確かに収入はあるに越したことは無いが、収入が増えると支出も比例して増える。勿論、支払う税金も比例して増えていく。1日24時間という限られた資本を、効率化を追求して生産性を上げ、最少の工数で最大の付加価値を作り上げるのも良いのだが、一見すると妄想ラットレーサー・消費マシン・納税マシンに堕してしまってはいないだろうか?ゼロ円生活で味わえる豊かさとはベクトルが違うのだが、五臓六腑に染みわたる豊かさは間違いなく後者だろう。

似たような疑問を持っている人、この指とまれー!! をWEBで行った結果、そういった価値観に賛同する人が集まった。しかも世界中から。集まった人は、潜在的に同じ価値観を持ってはいたものの、実際にゼロ円生活を実行するまでには至らない小さな「声なき声」であるが、それらの小さな一声を集めると大きな数になり、世論の一角を形成するようになる。
そして、人の根本的な特徴である「みんな得手不得手が違っている」をうまく活用し、困っている人が助けられる人を募集し、本文中の問題を見事に解決していっていた。たった一人でお金を使わずに生活するのと、価値観が同じコミュニティを活用しながら実現させていくのとでは、主観的な難易度が低く感じる事だろう。
何事も数が揃えば質に転換される良い例である。最も肝心なのは数を集める事。自分の頭の中ではマイノリティだと思ってみても、日本語の壁の中で1億人、言語の壁を超えることができた場合74億人を分母として考えることができるのだ。この時、自分が思った以上に似た考えを持つ人はいるということを目の当たりにするだろう。その方法はインターネットという世界規模のインフラを使うのだが、この指とまれー!!といって人差し指を高らかに突き立てる事。つまり、情報を発信し続けることこそが潜在的な賛同者を顕在化させる唯一の近道であろう。

「ゼロ円生活」という概念も、現在のインフラを活用しながら手出し費用ゼロ生活であり、社会の無駄をかき集めるという時代に即したゼロ円生活と言える。ここで一度立ち止まって考える必要があるのではないだろうか。果たして本当に継続的な経済成長は必要なのだろうか?と。資本主義経済とはうまく付き合うといいが、程よい距離感を保たないと妄想ラットレーサーに仕立て上げられるので注意が必要だ。

本文中で印象的だったフレーズは「りんごの木は無条件で果実を与える」という一文であった。何かした場合、必ず対価が発生するというのがこれまでの考えであったが、自然の理に沿っていくと、自分の役割を果たすだけ。イマココ、中今に集中することの大切さを再度認識することができた。どうせ同じ時間を使い生きていくのであれば、私と関わるご縁を頂いた人へ何か与えることできる側に立ち、りんごの木のように無条件で何かを与えていきたい。もうひとつ「睡眠なんて死んだ後にたっぷりとれるんだから」という表現も心に残った。その時は取材攻勢から電気の限られたPCを使ったメールでの返信やゼロ円生活と非常に時間が無い中で、その状況を俯瞰することにより憂うことなくウィットに富んだ解釈・表現をすることができるのも、とても柔軟な発想の持ち主なのだなと感じ入った。

ゼロ円生活に限らず、コミュニティがあり、ちょっと泥臭くても頼り頼られる人間らしいコミュニケーションを乗り越えれば、心も精神も豊かになるという示唆に富んだ本だったと感じる。
投稿者 hiroto77 日時
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読んでの疑問と自答

この本を読んで生まれた疑問と、自答を述べていきたいと思います。

最初の疑問
「なぜ、お金を使わないで生活するという試みに、これほどまでの注目と感心が集まった
のか?」

世界中に「お金を使わないで生きている人々」は存在していて、どの国にも、どの街角にも、「実質的にお金を使わないで生きている人たち」は存在するのに、なぜ、普通の青年がそれを実践するという発信が、これほどまでの注目を集めることになるのかは、考えるべき疑問だと感じました。
注目したのは、背景にある、この著者が経済学を学び、地球環境を知り、問題意識をもつ「インテリ」であること、自発的な選択、意思により「金なし生活」を実践したこと、その2つの点です。それは、他に多く存在する「自発的ではない、金なし生活実践者」と異なる点であり、それが求心力となったのだと考えました。
さらに、この著者が最初から「注目されること」を意図し、それが目的であった点も要因であることを、確認しました。
情報発信において、「平凡な青年」であることを強調し、ルールの制定、そこに至る意識、動機の表明には、他人の関心を惹きつけるためのメソッドが、駆使されています。
誰もが抱く不安や疑問に対して、アプローチする姿勢を明確に打ち出し、ストーリーとして発信しているのは、「目的として注目を集める」ことが意図されていると、解釈しました。

2番目の疑問
「ほんとうに、金なし生活は実現できるのか?」

半自給自足の生活をしながら、世間との関わりをもち、文明と物質の恩恵を受けながら、完全に経済活動から離脱することが、本当に可能なのか疑問でした。
その疑問から確認できたのは、事前ルールの巧みさと、そこに折り合いをつけた行動でした。
金なし生活の現実化に際し、矛盾がないように、決定的な批判を受けないように考慮されながらも、重要なメッセージを発信するための表現と内容には、驚かされました。
柔軟でありながらも、なかなか真似できないという境界線の見極めがあり、多くの人が関心をもつトピック、ノウハウを織り込み、惹きつけながら、「人々が認める金なし生活」を実現していることを、確認しました。
さらに、エネルギーの転換、食の転換、お金という幻想に対する認識の転換の必要性を伝えるという「使命感」が著者の原動力となり、著者が決めたルールの上での「金なし生活」は実現したのだと考えました。
それは、それに共感をもつ人、それを支持する人々の「お金を使った協力」が前提であり、その点では、「街角で金なし生活を実践する人々」のほうが、「真の金なし生活者」であるようにも思えますが、残念ながら彼らには「使命感」がなく、「求心力」はありません。

3番目の疑問
「では、自分にもできるのか?」

この本を読んで、ほぼ全ての人が抱く疑問だと思います。
森でキノコを採り、ソーラー発電でPCを動かし、支持者の人たちと「新しい文明の在り方」を実践することができるか、自問してみたくなります。
この本で紹介されている通り、金銭を介さない物々交換や物品贈与のコミュニティーは存在していて、そこではお金を使わずに、モノを手に入れることが可能です。
食についても、この著者のようなビーガン主義から自給自足、あるいは都市型採取も、使命感があれば乗り越えられなくはないと思いました。
自転車での移動も、自然豊かな土地では魅力的ですらあり、1年の期間を超えてなお、続けたいと感じた著者の気持ちは、共感できました。
さらに「便利、不便」という基準を見直すことにより、金銭を使用する基準が変わり、お金に依存しない生活も、魅力に感じます。
もちろん、エネルギー問題、地球環境の変化に対する影響からも、経済至上主義の終末を感じ取ることができますし、それに対するこの著者の行動力と、コミュニティーには感服しました。
しかし、それを知っても、私は、金なし生活を選択することはないだろう、という回答となりました。
その理由は、「お金が存在する時代に生まれた意味を、理解したい」という想いです。
生まれてから40年以上経ちますが、いまだに「お金」という存在を理解できていません。
常に身の回りにあり、社会の構造を支える存在、ツールであり、幻想であるという解釈、交換と贈与と純粋贈与がもたらした経済構造を具現化したものという解釈、あるいは感謝を可視化するための基準という解釈など、様々な解釈があることを確認し、今回の本では、使用しなくても生きていけるものという解釈も、得られました。
しかし、いまだに、お金は私にとって神秘であり、不可思議であり、追求し続けたい存在なのです。その神秘を超える存在は、おそらく今生では発明されないと、考えています。
また、多額のお金を使わなければ得られない「体験」、それがもつ「求心力」を支持しています。「お金」は人生を謳歌する意欲を可視化するツールだと、考えているのです。
【了】
投稿者 Nat 日時
「ぼくはお金を使わずに生きることにした」を読んで
この本のタイトルを見たとき、「極貧生活」、「ホームレス」のような考えが生まれた。なんだかこんな辛そうな生活を送ったんだぞ~そんな自叙伝のような気がしたが、読んでみるとそうではなかった。
工夫次第でこんなに生活できるのか。しかもパソコン所有でインターネットまで使えてしまい、最終的にはコミュニティまで作ってしまうのだから、人間やろうと思えばなんでもできるんだなと思った。よくよく考えるとしょーおんさんオススメ?の闇金ウシジマ君の中にもipodを持ったホームレスが描かれていたのだから、先進国の中では探せばなんでも手に入るんだろうなと感じる。探す労力と時間を考えればやってみようとは思わないが。。。
この本を読んで得たことはお金=信用という社会以外の社会も存在するという気づきである。僕は社会人になって一人暮らしをするようになって都会に住みだした。それまでは実家暮らしで田舎ではないがいわゆるベッドタウンと呼ばれるところに住んでいた。
この間そんな実家に久しぶりに帰ったが、隣のおばちゃんが作りすぎたからと梅酒を持ってきてくれた。僕は都会で一人暮らしを始めてから今まで梅酒をもらったことなどない。なんならマンションに住んでいるが隣の人がどんな人が住んでいるか知らない笑。ただ不動産を探している時にもらったアドバイスは「あまり安いところに住まない方がいい。安いところには変な人が住んでいるから」というものであった。つまりお金を持っている→お金をたくさん払ってくれる→信用なのである。
更に地方の田舎に住めばお金以外が信用に結びつくのでないかと想像する。例えば地域の行事に参加するとかが信用に結びついたりするのではないだろうか。
お金を使う生活が悪いわけではない。ただお金がないと生活できない!信用が得られない!という考え方からは脱却すべきだなと感じた。
この本を読んでお金を全く使わずに「文化的な暮らしができる」ということを知ってしまったので人生のなかでの選択肢がふえた。選択肢は増えたが、もうしばらくはお金を使う生活を続けてみたいと思う笑
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