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毎月1冊、しょ~おんが「これは!」と感じた本を、課題本として選んでいます。

その本をお読みになり、「感想文」を2000文字程度で書いていただくのが、「今月の課題図書」というプログラムで、この中から1名の方を優秀賞として選び、その方には10,000円分のAmazon商品券か、基本編セミナーの受講券を差し上げます。エントリーするには会員登録が必要です。会員登録はここからお願いします

 

優秀賞に選ばれるためには書き方にコツがあります。エントリーしようと思っている方はお読み下さいね。

 

この感想文は、「要約」コンテストではありません。このページに書き込む方はみなさん当該書籍を読んでいるわけですから、ストーリーやコンテンツを改めて説明する必要は無いのです。どうしても引用の必要がある場合にはその部分をカギ括弧『』で囲って下さい。

また、感想について主観的な感情を表す修飾語を多用される方が見受けられますが、小学生の読書感想文ではないので、「良かった」、「感動した」、「素晴らしいと思った」のような表現を使ったら無条件で落選すると思って下さい。ここで私が期待しているのは、この本を読んで、新たに気付いたものは何か?その気付きが内なるあなたとどういう対話をして、どういう思索を得たのか、その結果(可能なら)これからの人生でその思索をどう活かそうと思ったのか、という事を文字にするという事です。

初めてエントリーされる方は過去の課題図書からご自身がお読みになったタイトルを探し、その月にどういうエントリーが多かったのか、そして受賞した人はどういうコンテンツを書いたのかをお読みになる事をオススメします。

また、投稿に際しては、メモ帳などを使って清書してから、投稿欄にコピペをして下さい。投稿欄に直打ちで書くと二重投稿の原因になりますのでご注意下さい。

最後に、毎月二桁を超える方がエントリーされるという性質から言える事は、みなさん同じような目線で、同じような内容を書いてしまうという事です(同じ本を読んでいるのですから、似たような感想を持つのは当たり前です。)しかしこれでは選ばれません。だって他の人と同じならあなたが選ばれる理由がありませんから。

どこか他の人と異なるユニークな視点があるから、そしてそれが際立っているから受賞するのです。他の人と同じような事を書いても選ばれる事はないので、エントリーする前に他の人の書いたモノを読んでから構想をまとめて下さいませ。最後に、文字制限を大幅に超える投稿は選考の対象外になりますのでご注意下さい。

それではHappy Reading!

2017年2月の課題本

2月課題図書

 

無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教


ここのところ、「老後」というキーワードに敏感になっています。それも年齢を考えれば

不思議でもなんでもなくて、もう人生の折り返し地点はとっくに過ぎているんですからね。

生まれてから今までの人生よりも、今から死ぬまでの時間の方が短くなれば、老後も現実

的なシーンとして切迫感を伴って感じられるようになります。

そんな老後の終着点が死ぬということなんですが、今の日本って死ぬのも一苦労というか、

死んだ後にこんな面倒な話になっているのかということが縷々語られているわけです。こ

れ決して下流老人に限定された話じゃないんですよ。それなりに裕福で子供もいた家庭だ

ったのに、いざ死を迎える時には葬ってくれる、送ってくれる人がいないなんてことが珍

しくないんですね。

そういう現実を知って、自分の死をイメージすると今の生活が変わってくると思いますよ。

投稿者 Valentina 日時
「坊さんの血を引く私が『無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教』を読んで」

 母の実家は、日蓮宗の寺だ。車で僅か10分の距離にあったので、幼い頃は母に連れられてよく遊びに行った。そう、“遊び”に。お墓は私と弟にとって魅力的な遊具だった。「このお墓が私の家。こっちがお前の。」こんな感じでよく家ごっこをしていた。お寺ではイベントが沢山あった。初詣に始まり、2月には雪で作った舞台の上で、住職であり叔父でもある母の弟を含む大勢の僧侶達が裸で“水かぶり”をした。4月の花祭りには、甘茶の他に、叔父のアイディアでわたあめも作って食べた。他にも、子ども達が華やかな着物姿で練り歩く稚児行列や、檀家さん達との旅行…これが私にとっての「寺」のイメージだ。
 だが、これは飽くまで私が寺の孫だったからそう思えただけのこと。本書を読んで、一般的な現代人、特に都会で暮らす人々にとって、お寺は葬式や法要、お墓参りをするための場所、つまり全ては死者のために出向く場所であり、不吉なイメージを持つ場所なのだという事実を知った。母は私に、「このお墓は寺を作ったばあちゃんのもの。こっちは飢餓で亡くなった人達を供養するために建てたもの。」と愛おしそうに説明してくれた。だから、私はお墓を「怖い」と思ったことはない。「お寺のお墓が見えるのもイヤ(p.39)」という一節を読んで、とても悲しい気持ちになった。
 お墓を不吉なものとして忌み嫌うのと、そうでないのとの境目は、そこに眠る死者が生きた人生に対して関心があるかどうかだと思う。都会では、近所付き合いが希薄になり、隣人の顔さえ知らない。愛着の無い“生”が増え、それに伴って関わりたくない“死”が増える。だが、その“死”に向かって、自分も刻一刻と近付いている。その事実を頭の片隅で意識しているから、「歳を取りたくない」とか、誕生日に「あー、あと3年で40だー」などというネガティブな発言をする人が多いのだろう。“歳を取るのは嫌なこと”と思いながら生きる“生”とは、なんと悲観的でつまらないことか。現代人の“死”に対する考え方の変化が、“生”にマイナスの影響を及ぼしている、そんな気がする。極端な例だが、インドネシアのバリでは、死とは“新たな世界へ送り出すための華やかな祭礼”であり、巨額の費用をかけて盛大に祝う。自分の死後にそんな素敵な祭典が待っていることを知っているバリの人達は、死を恐れず生きているのではないだろうか。

 私自身は、歳を重ねるのは全く嫌ではない。呼吸法を続け、夢の実現のために日々勉強し、経験を積み、人脈を築いていれば、人生はどんどん良くなっていく。1年後の私は、今より確実にスペックが上がっている。10年後はもっと、20年後はもっとずっと…そう考えると、死ぬ直前の自分が寧ろ楽しみでさえある。唯一心配なのは、自分が死んだ時にお葬式をあげてくれる人が身近にちゃんといるのかどうかということだ。私は来月から単身タイへ渡るが、そこでどんな人と出会うのか、そのままタイで定住するのか、それとも他の国へ渡るのか、世界を転々とするのか、現時点では未知数だ。日本語教師の私は、忠犬ハチ公の飼い主である上野教授のように教壇で倒れるのもカッコいいな、という考えが頭をかすめたが、「それって学校に迷惑だから」と塾生I氏に一蹴され、なるほどとあっさり納得した。確かに、そんなことをされては生徒にとってトラウマになってしまう。では、どんな死に方がいいのか?私の理想は、物理的なモノはあまり残さず、代わりに沢山の人達の心の中に思い出と(教師なので)知識を遺して死ぬことだ。私は今年で40歳になるので、一生子どもを産まない可能性もある。それでも「私は人を育てた!」と胸を張れるように、生徒達の人生に役立つ知識を与えたい。

 著者の鵜飼氏は、仏教が権威を取り戻すための手段の例として、「ひとさじの会」や「シャンティ国際ボランティア会」の活動を紹介している。しかし、読み進めるうちに、「しょ~おん塾」こそが、正に仏教が目指すべきピンポイントのモデルではないかということに気が付いた。もちろん、基本編セミナーの冒頭でしょ~おん先生がおっしゃるように、しょ~おん塾は宗教でもなければ、信じる・信じないの次元の話でもない。師であるしょ~おん先生の話を聞きたい、少しでも長く一緒に過ごしたい、お陰様で良いことがあったからお礼がしたい。もし、しょ~おん先生が、自由に出入りできる寺のような場所を構えたとしたら、全国から信者(=塾生)がひっきりなしに訪れるだろう。塾生のコミュニティーは、正に“サンガ”だ。
 『人の人生を丸ごとすくい上げる』ためのシステムを仏教は構築すべきであると、佐々木閑氏は述べている(p.282)。「お金・健康・人間関係」この3つの問題が解決できれば、人の人生は丸ごとすくわれる。つまり、仏教が目指すべきシステムが、しょ~おん塾には既にあるのだ。多くの僧侶達に、ぜひしょ~おんセミナーを受講し、普段から人を集められるカリスマ性を備えてほしいと思う。

 3月、私はタイへ移住する。仏教の未来に暗雲が漂う日本から、釈迦の教えを連綿と受け継ぐタイへ。坊さんの孫として、未知なるもう一つの仏教をよく見てきたいと思う。
投稿者 yashu50 日時
-無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教- を読んで

 仏教の本質がビッグバンの研究に通ずるという所は『納得』の一言に尽きる。仏教との関わりは祖母の葬式位なもので我が家は檀家でもなければ特定の宗派もなく、いざ自分が喪家になる際の心構えが一切なかった事を痛感し恥ずかしい思いがした。両親はどのような最後を迎えたいのだろうか。そんな心境に導いて頂いた課題読書に感謝します。今回も良書をご紹介頂きありがとうございます。

 仏教との関わりがほとんどない私からするとお坊さん便は「サービス向上でええ事やん」と思ったが、営利目的ではない業界である事を全く理解していなかった。私の周りにも寺関係者がおり、後継者問題の渦中にいるものも居る。いずれは彼が継承するのだろうとぼんやり考えていたがそれは遺産相続と同程度であり公共性などには全く思いが至らなかった。

 彼の寺でも初詣の参拝客数は年々減少しており子供の数にそれが顕著に表れているそうだ。以前は除夜の鐘はほぼ参拝客に鳴らしてもらっていたが最近では住職が鳴らす回数がかなり多くなったと。恐らく彼の寺でも檀家は減少しているのだろうが個別の寺単位での打開策を導き出すのは難しいだろう。紹介されていたような都市と地方とが提携するような仕組みが彼の寺にも廻ってくるといち友人としては安心なのだが。現時点では会社勤めの彼はこの様な業界の現状をどの程度把握しているのか分からないし余計なお世話かもしれんが、本書を薦めてみようと思う。
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