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毎月1冊、しょ~おんが「これは!」と感じた本を、課題本として選んでいます。

その本をお読みになり、「感想文」を2000文字程度で書いていただくのが、「今月の課題図書」というプログラムで、この中から1名の方を優秀賞として選び、その方には10,000円分のAmazon商品券か、基本編セミナーの受講券を差し上げます。エントリーするには会員登録が必要です。会員登録はここからお願いします

 

優秀賞に選ばれるためには書き方にコツがあります。エントリーしようと思っている方はお読み下さいね。

 

この感想文は、「要約」コンテストではありません。このページに書き込む方はみなさん当該書籍を読んでいるわけですから、ストーリーやコンテンツを改めて説明する必要は無いのです。どうしても引用の必要がある場合にはその部分をカギ括弧『』で囲って下さい。

また、感想について主観的な感情を表す修飾語を多用される方が見受けられますが、小学生の読書感想文ではないので、「良かった」、「感動した」、「素晴らしいと思った」のような表現を使ったら無条件で落選すると思って下さい。ここで私が期待しているのは、この本を読んで、新たに気付いたものは何か?その気付きが内なるあなたとどういう対話をして、どういう思索を得たのか、その結果(可能なら)これからの人生でその思索をどう活かそうと思ったのか、という事を文字にするという事です。

初めてエントリーされる方は過去の課題図書からご自身がお読みになったタイトルを探し、その月にどういうエントリーが多かったのか、そして受賞した人はどういうコンテンツを書いたのかをお読みになる事をオススメします。

また、投稿に際しては、メモ帳などを使って清書してから、投稿欄にコピペをして下さい。投稿欄に直打ちで書くと二重投稿の原因になりますのでご注意下さい。

最後に、毎月二桁を超える方がエントリーされるという性質から言える事は、みなさん同じような目線で、同じような内容を書いてしまうという事です(同じ本を読んでいるのですから、似たような感想を持つのは当たり前です。)しかしこれでは選ばれません。だって他の人と同じならあなたが選ばれる理由がありませんから。

どこか他の人と異なるユニークな視点があるから、そしてそれが際立っているから受賞するのです。他の人と同じような事を書いても選ばれる事はないので、エントリーする前に他の人の書いたモノを読んでから構想をまとめて下さいませ。最後に、文字制限を大幅に超える投稿は選考の対象外になりますのでご注意下さい。

それではHappy Reading!

2017年6月の課題本

6月課題図書

 

ぼくはお金を使わずに生きることにした


この本は5年程前に読んで、えらく感銘を受けてメールマガジン

でもご紹介したんですが、当時は全く食い付かれず話題にもなりませんでした。別に敗者

復活を狙っているワケじゃないんですけど、金運編を受講した人にはスゴく参考になると

思うのでこれにしました。

過去、マネーマネジメントと金運編を受講した人は読んだ方が良いですよ。これだけでお

カネに関する価値観が引っ繰り返りますから。なんだ、おカネが無くても充分に楽しく豊

かに暮らせるじゃないか!という感覚こそが金運を育てるんですから。なぜなら、現代と

いう時代は未来に於けるおカネの恐怖で作られているんですから。

失業するかも知れない恐怖、年金がもらえないかも知れない恐怖、貯金が無くなっていく

恐怖などなど、「将来経済的に困窮状態に陥ってしまうかも知れない恐怖」がゼロになる

人ってそんなにいないんです。ところがここで、「別におカネは要らんもんね。それでも

充分豊かだし」というライフスタイルが存在するのだと知ったら、これは未来に対する価

値観が変わりますよ。

実は私はこの本を読んでから、田舎暮らしに対する恐怖が無くなったんです。最初は漠然

と「このやり方でも行けるんじゃないか」と思っていたのが「たぶんもう大丈夫」となっ

たのはこの本のおかげです。

投稿者 saab900s 日時
平成29年6月度 課題図書/「ぼくはお金を使わずに生きることにした」を読んで

装丁は、上半身裸の男性が自然に囲まれながら使い古された手作りコンロの隣でコーヒーを飲んでいる画である。オビで「真の豊かさ」を問うているが、この時点では困難に満ちたゼロ円生活の中に辛うじて光る豊かさを探しながら、これこそが正しい道だと信じて疑わない、ある種独善的な生活なのだろうと想像した。これは、私が考える「お金を使わない=不自由な生活」という近視眼的なレンズを通していたからである。

私がこの本を読んで得たことは、お金という妄想ラットレースを俯瞰してみることができたこと。コミュニティの持つパワーの大きさ知ることができ、情報発信の波及効果と潜在的賛同者の顕在化の大切さとその方法である。

私にとってお金とは、基軸の交換基準であるという経済システムを盲信していたために、無くては困るものであり、そして、優先順位が高いものだった。しかし、そもそもの経済は物々交換でありその代替手段であったお金が独り歩き、いや、暴走しており、それに必死にしがみ付いているのが私であった。今や交換の対象は、モノだけではなく、コトも、情報も当てはまる社会をゼロ円生活で実現していたことにも驚いた。衝撃的だったのは実在しているお金以上の空想の価値を銀行が信用を元に創出するというカラクリ、アメリカ原住民族の価値観が、白人兄弟が押し寄せて以来一変したという2点である。本来は生活を便利にするためのモノだったお金に振り回されているという自分は知ってはいたものの、代替手段を知りえなかったためにしがみ付き続けるほかに選択肢がなかったのだ。確かに収入はあるに越したことは無いが、収入が増えると支出も比例して増える。勿論、支払う税金も比例して増えていく。1日24時間という限られた資本を、効率化を追求して生産性を上げ、最少の工数で最大の付加価値を作り上げるのも良いのだが、一見すると妄想ラットレーサー・消費マシン・納税マシンに堕してしまってはいないだろうか?ゼロ円生活で味わえる豊かさとはベクトルが違うのだが、五臓六腑に染みわたる豊かさは間違いなく後者だろう。

似たような疑問を持っている人、この指とまれー!! をWEBで行った結果、そういった価値観に賛同する人が集まった。しかも世界中から。集まった人は、潜在的に同じ価値観を持ってはいたものの、実際にゼロ円生活を実行するまでには至らない小さな「声なき声」であるが、それらの小さな一声を集めると大きな数になり、世論の一角を形成するようになる。
そして、人の根本的な特徴である「みんな得手不得手が違っている」をうまく活用し、困っている人が助けられる人を募集し、本文中の問題を見事に解決していっていた。たった一人でお金を使わずに生活するのと、価値観が同じコミュニティを活用しながら実現させていくのとでは、主観的な難易度が低く感じる事だろう。
何事も数が揃えば質に転換される良い例である。最も肝心なのは数を集める事。自分の頭の中ではマイノリティだと思ってみても、日本語の壁の中で1億人、言語の壁を超えることができた場合74億人を分母として考えることができるのだ。この時、自分が思った以上に似た考えを持つ人はいるということを目の当たりにするだろう。その方法はインターネットという世界規模のインフラを使うのだが、この指とまれー!!といって人差し指を高らかに突き立てる事。つまり、情報を発信し続けることこそが潜在的な賛同者を顕在化させる唯一の近道であろう。

「ゼロ円生活」という概念も、現在のインフラを活用しながら手出し費用ゼロ生活であり、社会の無駄をかき集めるという時代に即したゼロ円生活と言える。ここで一度立ち止まって考える必要があるのではないだろうか。果たして本当に継続的な経済成長は必要なのだろうか?と。資本主義経済とはうまく付き合うといいが、程よい距離感を保たないと妄想ラットレーサーに仕立て上げられるので注意が必要だ。

本文中で印象的だったフレーズは「りんごの木は無条件で果実を与える」という一文であった。何かした場合、必ず対価が発生するというのがこれまでの考えであったが、自然の理に沿っていくと、自分の役割を果たすだけ。イマココ、中今に集中することの大切さを再度認識することができた。どうせ同じ時間を使い生きていくのであれば、私と関わるご縁を頂いた人へ何か与えることできる側に立ち、りんごの木のように無条件で何かを与えていきたい。もうひとつ「睡眠なんて死んだ後にたっぷりとれるんだから」という表現も心に残った。その時は取材攻勢から電気の限られたPCを使ったメールでの返信やゼロ円生活と非常に時間が無い中で、その状況を俯瞰することにより憂うことなくウィットに富んだ解釈・表現をすることができるのも、とても柔軟な発想の持ち主なのだなと感じ入った。

ゼロ円生活に限らず、コミュニティがあり、ちょっと泥臭くても頼り頼られる人間らしいコミュニケーションを乗り越えれば、心も精神も豊かになるという示唆に富んだ本だったと感じる。
投稿者 hiroto77 日時
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読んでの疑問と自答

この本を読んで生まれた疑問と、自答を述べていきたいと思います。

最初の疑問
「なぜ、お金を使わないで生活するという試みに、これほどまでの注目と感心が集まった
のか?」

世界中に「お金を使わないで生きている人々」は存在していて、どの国にも、どの街角にも、「実質的にお金を使わないで生きている人たち」は存在するのに、なぜ、普通の青年がそれを実践するという発信が、これほどまでの注目を集めることになるのかは、考えるべき疑問だと感じました。
注目したのは、背景にある、この著者が経済学を学び、地球環境を知り、問題意識をもつ「インテリ」であること、自発的な選択、意思により「金なし生活」を実践したこと、その2つの点です。それは、他に多く存在する「自発的ではない、金なし生活実践者」と異なる点であり、それが求心力となったのだと考えました。
さらに、この著者が最初から「注目されること」を意図し、それが目的であった点も要因であることを、確認しました。
情報発信において、「平凡な青年」であることを強調し、ルールの制定、そこに至る意識、動機の表明には、他人の関心を惹きつけるためのメソッドが、駆使されています。
誰もが抱く不安や疑問に対して、アプローチする姿勢を明確に打ち出し、ストーリーとして発信しているのは、「目的として注目を集める」ことが意図されていると、解釈しました。

2番目の疑問
「ほんとうに、金なし生活は実現できるのか?」

半自給自足の生活をしながら、世間との関わりをもち、文明と物質の恩恵を受けながら、完全に経済活動から離脱することが、本当に可能なのか疑問でした。
その疑問から確認できたのは、事前ルールの巧みさと、そこに折り合いをつけた行動でした。
金なし生活の現実化に際し、矛盾がないように、決定的な批判を受けないように考慮されながらも、重要なメッセージを発信するための表現と内容には、驚かされました。
柔軟でありながらも、なかなか真似できないという境界線の見極めがあり、多くの人が関心をもつトピック、ノウハウを織り込み、惹きつけながら、「人々が認める金なし生活」を実現していることを、確認しました。
さらに、エネルギーの転換、食の転換、お金という幻想に対する認識の転換の必要性を伝えるという「使命感」が著者の原動力となり、著者が決めたルールの上での「金なし生活」は実現したのだと考えました。
それは、それに共感をもつ人、それを支持する人々の「お金を使った協力」が前提であり、その点では、「街角で金なし生活を実践する人々」のほうが、「真の金なし生活者」であるようにも思えますが、残念ながら彼らには「使命感」がなく、「求心力」はありません。

3番目の疑問
「では、自分にもできるのか?」

この本を読んで、ほぼ全ての人が抱く疑問だと思います。
森でキノコを採り、ソーラー発電でPCを動かし、支持者の人たちと「新しい文明の在り方」を実践することができるか、自問してみたくなります。
この本で紹介されている通り、金銭を介さない物々交換や物品贈与のコミュニティーは存在していて、そこではお金を使わずに、モノを手に入れることが可能です。
食についても、この著者のようなビーガン主義から自給自足、あるいは都市型採取も、使命感があれば乗り越えられなくはないと思いました。
自転車での移動も、自然豊かな土地では魅力的ですらあり、1年の期間を超えてなお、続けたいと感じた著者の気持ちは、共感できました。
さらに「便利、不便」という基準を見直すことにより、金銭を使用する基準が変わり、お金に依存しない生活も、魅力に感じます。
もちろん、エネルギー問題、地球環境の変化に対する影響からも、経済至上主義の終末を感じ取ることができますし、それに対するこの著者の行動力と、コミュニティーには感服しました。
しかし、それを知っても、私は、金なし生活を選択することはないだろう、という回答となりました。
その理由は、「お金が存在する時代に生まれた意味を、理解したい」という想いです。
生まれてから40年以上経ちますが、いまだに「お金」という存在を理解できていません。
常に身の回りにあり、社会の構造を支える存在、ツールであり、幻想であるという解釈、交換と贈与と純粋贈与がもたらした経済構造を具現化したものという解釈、あるいは感謝を可視化するための基準という解釈など、様々な解釈があることを確認し、今回の本では、使用しなくても生きていけるものという解釈も、得られました。
しかし、いまだに、お金は私にとって神秘であり、不可思議であり、追求し続けたい存在なのです。その神秘を超える存在は、おそらく今生では発明されないと、考えています。
また、多額のお金を使わなければ得られない「体験」、それがもつ「求心力」を支持しています。「お金」は人生を謳歌する意欲を可視化するツールだと、考えているのです。
【了】
投稿者 Nat 日時
「ぼくはお金を使わずに生きることにした」を読んで
この本のタイトルを見たとき、「極貧生活」、「ホームレス」のような考えが生まれた。なんだかこんな辛そうな生活を送ったんだぞ~そんな自叙伝のような気がしたが、読んでみるとそうではなかった。
工夫次第でこんなに生活できるのか。しかもパソコン所有でインターネットまで使えてしまい、最終的にはコミュニティまで作ってしまうのだから、人間やろうと思えばなんでもできるんだなと思った。よくよく考えるとしょーおんさんオススメ?の闇金ウシジマ君の中にもipodを持ったホームレスが描かれていたのだから、先進国の中では探せばなんでも手に入るんだろうなと感じる。探す労力と時間を考えればやってみようとは思わないが。。。
この本を読んで得たことはお金=信用という社会以外の社会も存在するという気づきである。僕は社会人になって一人暮らしをするようになって都会に住みだした。それまでは実家暮らしで田舎ではないがいわゆるベッドタウンと呼ばれるところに住んでいた。
この間そんな実家に久しぶりに帰ったが、隣のおばちゃんが作りすぎたからと梅酒を持ってきてくれた。僕は都会で一人暮らしを始めてから今まで梅酒をもらったことなどない。なんならマンションに住んでいるが隣の人がどんな人が住んでいるか知らない笑。ただ不動産を探している時にもらったアドバイスは「あまり安いところに住まない方がいい。安いところには変な人が住んでいるから」というものであった。つまりお金を持っている→お金をたくさん払ってくれる→信用なのである。
更に地方の田舎に住めばお金以外が信用に結びつくのでないかと想像する。例えば地域の行事に参加するとかが信用に結びついたりするのではないだろうか。
お金を使う生活が悪いわけではない。ただお金がないと生活できない!信用が得られない!という考え方からは脱却すべきだなと感じた。
この本を読んでお金を全く使わずに「文化的な暮らしができる」ということを知ってしまったので人生のなかでの選択肢がふえた。選択肢は増えたが、もうしばらくはお金を使う生活を続けてみたいと思う笑
投稿者 tsubaki.yuki1229 日時
「ぼくはお金を使わずに生きることにした」から学んだ3つのこと

 原始、人はお金なしで生きていた。なぜ現代人はできないのか?-長年抱いてきた疑問である。
 高学歴・高収入のマーク・ボイルさんが、大企業での安定した職業を捨て、自給自足の無銭生活を送るという本書は、「誰もやらないことをやる」というワクワクする挑戦である。
しかもボイルさんが自分と同年生まれなのも手伝って、憧れの眼差しで応援したくなった。
 残念ながら私には彼の生活の全てを真似できないが、学べることはあるはずだ・・・と読み始めた結果、
冒頭の問いを3つの観点から見直すことになった。

1.便利な生活を、お金が肩代わりしてくれている

 ボイル氏の無銭生活は、水と火の調達、食用植物とキノコ摘みから始まる。これだけで重労働。
読みながらシュミレートしたのは
「私なら今この瞬間この場所で生活しながら、お金を使わずに、どうやって一日生きていけるだろう?」
という問いだ。

 結果、文明の利器を使わずに済むことは、一つもなかった。歯を磨くため洗面台に立てば、蛇口から水を出せる。お茶を飲みたければ、コンロで火をつけ湯を沸かせば良い。何でもスイッチ一つで楽にでき、原始の人から見れば夢のような生活を、自分は当然のように思い、無意識に暮らしながら状況に流されていたと気づいた。
 時間と手間の削減のため、私達現代人はお金で便利な設備を買った。結果、表面の便利さの「裏の苦労」を読み取る努力を怠ってきた。
 例えば食卓に魚料理が出てきて「どこで獲れて、漁師はそのためにどんな苦労をしたのだろう?」と想像することなど、ほぼない。自分で育てた野菜が美味しいのは、苦労を知っているからだ。
 本書を読んだ後、炊飯器や電子レンジのスイッチを押す度に、その機械のメーカーの苦労を思い、
感謝を感じ、自分がいかに幸せか噛み締めるようになった。

2.現代人は事を複雑化し、私達はそれにお金を払っている

 「水洗トイレは、ものすごい手間をかけて、水を飲料水並みに綺麗に濾過し、排泄物を流している」
とのボイル氏の指摘。言われてみればその通りだ。

 文明生活にはこのような矛盾が多い。
 害虫対策で農作物に農薬を撒く。獲れた野菜は農薬まみれで、そのままでは食べられない。だから加熱調理をし、スパイスを大量にかけ、防腐剤を用いて保存さえする。少し虫に食われていても、天然の野菜を食べれば美味しいのに、私達は化学薬品を使って、その弊害を消すために別の化学薬品を使って・・・といったように、化学薬品を上塗りする。現代人は生活を複雑化し、結果として野菜の値段を高くし、自らの首を絞めているにもかかわらず「これが文明です」と誇っているのだ。

 つい最近、私のプリンターが故障したが、機械に詳しい弟に「修理するより新品を買った方が、早くて安い」と助言された。何ということだ、これこそ資本主義の闇ではないか。
「企業は消費者に次々と新品を買わせるため、故障しやすい製品を安い値段で売り叩く」というブラックジョークは、現実らしい。

 せめてもの償いに、心を込めて身の回りの物を大切に使おうと決めた。自分のためだけでなく、地球環境のために、手のエネルギーを大切に活用させていただこう。

3.お金は、「人との付き合い」の面倒を肩代わりしている

 本書で最も印象的だったのは、「人生は不完全なもの」と著者が認めていたことだ。(P.263)
YouTubeで、ボイルさんがTEDやその他テレビ番組で、スピーチしている動画を数本見たが、彼は繰り返し
「真の自給自足はありえない」
と述べていた。確かに、彼の無銭生活は、ロビンソンクルーソー
のような完全な孤島暮らしではない。お金を使って生きている普通の人々と関わりながら、共存してい
くタイプのものだ。
 この事実からもわかるように、彼は

① 出来ることは自分でやる
② 無理なことは他人に頼る
③ 与えられるものは他人に与える

・・・この3つをバランスよく徹底している。自分に限界があると認めるからこそ②が可能となり、何といっても、②には親しい家族・親友の存在が不可欠だ。

 ③については、人に何かを贈る時、必ずしもお金で買った物でなくとも良い。
 手料理、道端で摘んだ花、美しい景色を見せる、歌をうたう、家事や日曜大工の手伝い。

 もっとすごい贈り物は、目に見えないものだ。
 知識、お祈り、感謝の念は、いくら他者に捧げても枯渇することなく、無限に続く。スーパーで買い物をする時、レジの人に「ありがとう」の一言を、心を込めて言えば良い。病気で寝たきりになっても、人の幸せを祈る仕事は続けられるというのは、心強い。 

 人間関係は、上手く行けば幸せ、上手くいかないと面倒で逃げたくなる。誰とも関わりを持たない「引きこもり」の人も、日本に多いと聞くが、これはお金があるからこそ可能なのだ。お金が人付き合いの煩雑さを肩代わりしてくれているという観点は、持っておこうと決めた。

 最後に、ボイルさんは静かに無銭生活を続け、周りの人に「考えさせる」という意味で、影響を与えている。
 彼を批判・糾弾する人の多さにも驚かされたが、それさえも彼にとっては想定内なのだろう。
 イギリス人・アイルランド人は、ベジタリアンほか食のスタイルがバラエティに富むと聞く。
LGBTへの寛容性などから見ても、多様な生き方に対する許容量が大きく、これは自分も見習いたいと感じた。
 今回も良書をお薦めいただき、ありがとうございました。
投稿者 audreym0304 日時
感想-ぼくはお金を使わずに生きることにした

 読み終わって感じたのはお金を使わないで生きることとお金を使えないで生きることはまったく違うということだ。収入や貯金がなくてお金が使えない、もしくは収入や貯金は十分あるのに将来を悲観して必要なお金が使えない人間は非常に卑屈で不健康、人間嫌いな印象を与える場合が多いに対し、著者のように世界に何人も存在する積極的にお金を使わないで生活する人々は朗らかで健康的、友好的にみえる。同じ「(使う)お金がない」という状態にもかかわらず、ここまでの差が生まれてしまうのは、お金を使わない、使えないと決めたのが自発的要因か受動的要因かの違いなのだろう。そして、人間の性質にも大きな影響を与えてしまうかに思える。
自発的にお金を使わずに生きることを選んだ著者の一年にわたる実験と「豊かに生きられる」という証明は著者や同じ志を持つ人々に大きな自信と確信をあたえると同時に冷ややかに見守っていただろう周囲の人間やお金がない生活など想像もできない人間には驚きと興味を持たせたかもしれない。それでも冷ややかな態度や否定的な態度を崩さない人も多いだろうが。

著者は原価数十円で作られる現代の貨幣は幻想だという。これには否定しようがないが、貨幣制度は人類がその歴史の中で生み出した非常に利便性の高いシステムだということも否定できない。貨幣制度が発達しなければ、古代日本でいう租・庸・調・防人という複雑で重い税制度や不便な物々交換が文明の発展を阻害したかもしれない。歴史上帝国の滅亡や革命などもお金が原因で起こっているし、文明が発展したことによる弊害も大きい。環境問題、貧困格差、食糧危機など数えればきりがないし、これらの問題は地球規模に密接に絡み合っているからどれかだけを解決することもできなければ、どれかが悪化すれば全てに影響する。そのかわり、全てをちょっとずつ良くすることは可能なのかもしれない。
「地球のために」環境を守ろうというスローガンは偽善的だとおもう。なぜなら、温暖化しようが氷河期を迎えようが、地球の歴史で繰り返されてきたことだからだ。大きな環境変動はそのつど、大量絶滅を引き起こしているから、地球だけでなく人間以外の動植物には環境問題は問題ではないんじゃないかと思う。現代われわれが直面している環境問題は文明の発展で現れ、人類と食料になる植物や動物が生存できる環境を脅かすいわば因果応報である。因果応報だからといって全てを受け入れるほど人類は達観していないし、豊かな暮らしがしたいという欲望はこの先も変わらないだろう。だからこそ、お金を使わずに自分の身の回りにある食べ物や物品を採集や交換、廃棄物の再利用すること、資源を最大限に有効活用することに大きな意味があると思うのだ。
 人類の長い歴史のなかで植物や動物、資源も循環できることができ、無駄になったものはほとんどなかったに違いない。一方で資源を消費し無駄を生み出す資本主義は人類最大の負の遺産と将来称されるかもしれない。人間はその資本主義の中のお金という存在にとらわれてしまっている。
 正直言えば、私はお金が大好きだ。原価数十円でもお金そのものが大好きだ。金貨や太平洋の島々で用いられている宝貝のようなそのものに価値がある貨幣はほんとうにすばらしいと思う。
誰しも同じだろうが、いくらお金を好きでもお金を得るためだけに長時間労働をしたり、極端な節約をしたり、違法なことをしたり、お金だけにとらわれる人間になりたくないし、資源を消費し続けるだけの生活を送りたくない。そういう生き方では資源や自然環境だけでなく、自分の時間も肉体もそして、魂も磨り減る気がするからだ。

 「豊かに」生きるという点で見た場合、金銭で全てを解決できる豊かさと著者のように自分の体と時間を精一杯使いながらお金から離れて生きる豊かさのどちらもあるように思う。どちらが間違っている、正しいではない、選択肢としての豊かに生きる方法だ。
 将来、AIがさらに発達したばあい、仕事を奪われると悲観的なことばかり言われるが、たとえばベーシックインカムのような制度の出現で、お金に対する価値観も今とは変わるかもしれない。テクノロジーを維持しながらも自然に回帰し、お金から離れる豊かさを求める人も増えるだろう。もちろん、お金を今以上に稼ぎ、すべてをお金で解決することを目的とした人々も一定数存在するだろうし、その中間のバランスを取りながら生きていく人も多く存在するだろう。
 多種多様な価値観があることは人間の思い通りにならない自然の中で暮らすような驚きと発見を与えてくれ、その気づきだけでも人生を豊かにしてくれるだろう。お金も資源も食料も無駄にせずに持てる範囲で最大限活用できること、そして、「豊かに」生きることを次世代にも引き継ぐことが求められ、実現することがヒトとしての矜持だとおもう。
投稿者 kwbtakr 日時
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読んで

まず題名から一般社会と断絶した生活の記録と思ったのだが、実際はもっとユルい社会環境での実践だった。だからこそ普通の人にも取っ付き易い内容でもあると思えた。

著者のようにお金を使わない生活とまでは云わないが、ある程度自給自足の生活に憧れる人には参考になる内容であると思った。そしてこの生活を実践する環境は都会ではなく近くに自然環境のある田舎暮らしが適していることも明白であると思う。

しかし、この本を読んで最も感じたことは、やはり人は一人では生きていくことは難しく、何らかのコミュニティに属する必要があるということ。実際に著者も自身で設立した「フリー・エコノミー・コミュニティ」というコミュニティがあり、また著者のお金を使わない生活に共感、理解をしてくれた家族、友人の助けがあった訳で。

では、どのようなコミュニティが自分自身にとって良いものか?
自分自身の価値観と同じ人達の集まりであることと。そしてそのコミュニティに寄生するのではなくなんらかの役割に従事すること。そしてそのコミュニティの中で頭として、まとめ役として存在できればより楽しく(思いのままに?)過ごせるものと感じた。

振り返って自分自身が属している各コミュニティにおいて、自分はどんな存在、立ち位置かを再認識し、どのコミュニティを育てていくべきか検討することが今後の人生において必要なことになっていくものと思った。まずは一番身近なコミュニティである家族を、、、
投稿者 akiko3 日時
「ぼくはお金を使わずに生きることにした」を読んで
  
 “シェアリング”ボランティアに参加していた頃、途上国の持たざる人達に対し、多くを持っている自分は取りすぎなのではないか?と感じ、必要とされる技術を持たない自分は『寄付』をした。ご年配の方たちは昔の生活の知恵や身に着けた技術を駆使し具体的に貢献されていた。生活に役立つスキルが欲しいと思った。
生活力がある、それをシェアし合えるって素敵なことだとロハス的な暮らしにも憧れたが、スイッチ1つの便利な生活に慣れ、給与が毎月入る安定の上での現実逃避でしかなかった。日々の給与も経済優先社会の歯車から生み出され、衣食住はお金があってこそ満たされていると思っていた。お金で幸せは買えないとは思っていたが、便利さを買うことは必要と思うことはあった。でも、特に食事がおろそかになると人生を空しく感じるタイプだったので、買うより作って、自然界の循環の歯車になれる喜びの方がつよかった。それは生活のほんの一部であって、著者のような生活は絶対無理と思っていたが…。

でも、それも思い込みであった。『お金は1つのやり方』として何かに貢献できることや、自分や周りの幸せにつながることなら上手に使うことが大切なのだ。お金を持たない生活を具体的に学び、これなら自分にもできそう、これは無理とジャッジしながら自給自足生活を妄想して楽しんだが、読後はそんなHow toじゃなく、いかに生きるか人生を楽しむかを問われた。
特に“ゆだねて生きる”とはどういうことか、頭で考え、ゆだねているように行動、取捨選択していた。真面目に“ゆだねて生きるぞ”と自分に言い聞かせているという、かわいいっちゃかわいいけど、未熟さ丸出しと笑えた。
だから、カネなし生活から著者が身に着けた「人生を信じる」、「ゆだねると心地よい」には勇気づけられたし、「必要は与えられる」や「与えるほどに多くを受け取る」という世の仕組みにも説得力があった。そして、大切なのは心身の健やかさ、自然環境・人との共存であり、衣食住に関わるスキルはその次なのだということ。ボランティアも具体的に何ができるとか大切だが、まずは自分が豊かであり、幸せの中でともに生きようとシェアする精神からスタートだなと足元を見つめ直せた。
シェアの手段としての社会に対してや自分の暮らしの糧としての労働も、そこに“楽しさ”を忘れないようにしよう。“はたを楽にする”仕事か?折にふれ自問している言葉だが、単なる作業にせずに、ちゃんと労働となるよう、人生となるよう“目的”や“手段”をごっちゃにしないように気をつけよう。そんな積み重ねが人生の充実や平和を築くことになるように思った。
最後に意外だったのが、沈黙の一週間の試みだ。“言葉”に制限をかけるとは!面白い人だなと感心したが、「自由にできる何かをみずからに禁ずることによって、気骨が養われる」これまたとても説得力があった。孤独感もなくなるんですね。何か不安を感じて、それこそゆだねることが出来ていない時、何かを禁じてみよう。

非常にユニークな世界を垣間見れ、でも決して自分の生活とかけ離れた世界でもないんだなと、読む機会を与えて下さったことに感謝いたします。
投稿者 H.J 日時
ぼくはお金を使わずに生きることにした

 本書を読み終えて、私は気づかされた。
 “時間はお金で買えないものを手に入れる事ができる。”

 マークさんは「カネなし生活」で、お金を使う自由と時間を引き換えに、スキルや新しい発見・知識、さらには交友関係、新しい目標などを手に入れている。
無論、今の時代、スキルや知識や人間関係もお金で買える場合もある。
しかし、お金を使って手に入れられるものは限られている。
 マークさんの手に入れたそれらは、まさにお金では買えないものだ。

 私も自分自身、時間と引き換えに手に入れたもの(お金で買えないもの)を考えると、この課題図書だ。
 本自体はお金で買えるが、中身の知識を自分に落とし込むには時間が必要だ。
 読む時間、書き出す時間、自分との対話の時間、まとめる時間、文章にする時間、修正する時間、読み直す時間、投稿してる方々の感想を読む時間。
時には、最初から書き直すこともある。
 1ヶ月の内に課題図書に使っている時間を計測したら驚くほど使っているだろう。
 しかし、消費した時間以上のものを手に入れているのだ。

 私も、まさにお金では買えないものを手に入れている。
 ここから更に時間を効率的に使い、新しい有効なことに時間を回すことができれば、同じ消費時間でもっと沢山のものを手に入れられる。
 これから、とても楽しみだ。


 それと同時にお金の魔力への危機感も感じた。
 いつの間にか私たちはお金に頼りすぎて、依存していた。

 ただの紙切れに価値が付いただけで、生きるために必須のアイテムになっている。
 生きるためにお金が必要。お金を稼ぐために仕事をする。仕事をするために時間を消費する。
 それ自体は悪いことではない。
 時にはお金への切望を持ち、大成功を収める人だっている。

 他方、時には命の奪い合いに発展したり、交友関係を壊したり、人の心を狂わすことだってある。
 良い面もあり悪い面もある。まさにお金の魔力。
 マークさんの言う通り「人間がお金の僕になったのだ。(P15)」という言葉が胸に突き刺さる。

 私も思い返せば、知らず知らずにお金によって選択肢が絞られていた。
 
 お金の魔力から解放される手段として、「断捨離」が一つの最重要キーワードになるだろう。
 「金なし生活」は「断捨離」の考え方と通ずるところがある。
 「不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。」(wiki pedia引用)
 マークさんは、私たちの生活の大半を占めているお金という概念を絶ち、お金に頼る生活を捨て、お金への執着から離れることで、文字通り「身軽で快適な生活と人生」を手に入れたのではないだろうか。
 お金という概念に縛られなければ、選択肢は増える。
 私も何かを選択する時にお金以外の部分に目を向けること、「本当にお金を優先していいのか」や「ここでお金を使うべきなのか」そう自分に問いかけるだけでいい。
まずその行為をすることで良い選択肢が増えるだろう。

 最後にもう一つ思ったことがある。
 
 万が一、大震災が起こり、生活に必要なツールが止められ、物資も満足に供給されない場合、
この様な一時的にお金の価値が発揮出来ない状況下で必要なものは、やはり知識や助け合いだろう。

 お金は活用してこそ、その価値を発揮する。決して私たちの生活の全てではないし、お金の僕になってはならない。
マークさんの「金なし生活」から、そう学んだ。
 
 お金の使い方を見直す良い機会になりました。
 ありがとうございました。
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