無音を奏でるBose のノイズキャンセリングイヤホンQC20がスゴすぎる件

以前、「私の生涯で、本当に買って良かったもの」と題したブログを書いて、我が家の囲炉裏テーブルをご紹介したのですが、これはそもそもこれが設置出来る大きさのリビングがあって、排気用の換気扇が付けられてみたいな制約があって、みんながみんな付けられるモノじゃなかったんですね。

今回はその反省を活かしたわけではないのですが、これまた非常に素晴らしい製品に出逢ったので、ここでご紹介しておきます。

これ、見た目はタダのイヤホンなんですが、イヤホンの外側にマイクが付いていまして、ここで拾った音と逆位相の音を鳴らすことで、騒音を打ち消してくれるノイズキャンセリング機能が付いているんです。これがとにかくスゴすぎるのです。

これを装着してノイズキャンセリング機能をオンにした途端、両耳から「無音」という音が流れて来たかのような静寂が、私を包み込むのです。車を運転中にこれをやると、エンジン音が隣の部屋から聞こえるような感じで、それ以外の音はほとんど聞こえません。それでも助手席に座っている人の話し声は聞こえるんですね。

自宅で読書中にこれを付けると、横でワンコが吠えていてもほとんど気にならず、読書に没頭出来るんです。

仕事柄PCで作業をすることが多いのですが、これを付けて仕事をすると、キーボードを叩く音にも距離感を感じるくらいで、集中の度合いがそれこそ桁違いになります。

無音という音を作り出して、大音量で鳴らしたらこういう感じになるんじゃないのか?という感覚が不思議なんですが、これに慣れたらもうこれ無しでの生活は考えられません。特に、新幹線や飛行機の中では音が消えるため疲れ方が全然違うんですよ。

おまけにこれの良いところは、イヤホンのジャックに何も繋がなくても(つまり音楽を鳴らさなくても)、ノイズキャンセリング機能だけをオンに出来ることです。イヤホンを耳に付けて、コードをダラダラさせて機内を歩くことになるんですが、見た目の奇妙さは措いておいても、やみつきになるはずです。

一度フル充電すれば、16時間もノイズキャンセリング機能が使えるスタミナもありがたいところです。充電はUSBで出来るので、モバイルバッテリーを持っている人には全く問題無いと思います。もちろん、充電が切れてもフツーのイヤホンとして利用出来ます。

QC30というこの機種のワイヤレス版があるのですが、あちらはノイズキャンセリング機能だけ使いたくても、Bluetoothが勝手に接続先を探し続けて、そこで電気を食ってしまうらしいんですね。ここが改善されたら次回はワイヤレスにしてみたいんですけどね。

ちなみにオプションで飛行機(特に国際線)でイヤホンジャックに繋ぐためのプラグも売っているので、これを買って映画や音楽を楽しむというのは、かなりスマートな使い方だと思います。私も次回海外に行く時にはやってみようと思います。

ノイズにまみれた現代社会に生きる我々にとって、意志の力でノイズを消し去る事が出来るこのイヤホンは必需品のひとつになるんじゃないでしょうか。

 

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ブログやツイッターでアンチを作りたくない人に。

前回は、イケダハヤト氏的ビジネスの本質を解説して、「無限にスケールさせたらダメだよ」ということを書きました。そこで広告ビジネスが巻き起こす問題点を提起したんですが、もうひとつどうやって間口を広げる(人を集める、集客する、自分が発信する情報に気付いてもらう)かということも考えなきゃならないんです。砂漠でお店を開いても売り上げが期待出来ないのと同じく、誰もあなたに注目してくれなければ、つまりメルマガなら読者数がゼロに近いとか、ツイッターならフォロワーが100人しかいないとかという状態では、これはイケダハヤト氏的ビジネスは成立しません。だからみなさん、必死になって間口を広げよう、注目を浴びようと考えるわけですね。その注目されるための手段としてメディアが利用しようと考えるのも自然の流れです。

これ、最初はそれでも良いんですよ。著名人(インフルエンサー)と絡んで取り上げてもらうなんてこともありですし、自らがおカネを払って広告を出すというのもありです。イケダハヤト氏的ビジネスの最大の関門はここで、ここを乗り越えられるかどうかが、成功と失敗を決めるといっても過言ではありません。そして情報発信をする人の98%はここで挫折するんです。

私は幸運にも残り2%に入れたわけですが、では私が何をやってこのハードルを乗り越えたのかというと、(これは今でも常に意識していることですが)「無料で提供する情報のクオリティーを高めて評判を得る」ことなんです。私の場合にはメールマガジンで情報発信をしているわけですが、ここで平日に配信するコンテンツにはそれこそ大袈裟ではなく人生を賭けてるわけですよ。書き続けて10年以上経っていて、そろそろ3000回になろうとするわけですが、これをテキトーにおざなりで済ませたことはありません。

情報発信でメシを食おうと考える人が、つまらないありきたりなコンテンツで耳目を集めようと考えるのがおかしいんですよ。書くのなら読んだ人が、「面白い」、「ありがたい」、「役に立つ」、「興味深い」と感じるものでなければダメですし、それを書けないのに読者に課金するとか、アフィリエイトをすると考えるところがバグなんです。そんなことを言われたら書けることがないよ、という人は自分の棚卸しに問題があるのです。2017年に作った「10年後に後悔しない生き方セミナー」のアジェンダは、まさにここを9時間解説するセミナーなので、興味のある人はどうぞ。

では、「面白い」、「ありがたい」、「役に立つ」、「興味深い」コンテンツを書けたらこれで充分かというとここから先は微妙に運が必要だったりするので、必要条件ではあるが、十分条件てはないとだけ言っておきましょう。本稿では、ここの初期状態に存在する最初のハードルを越えた後の話をしたいのです。

クオリティーの高いコンテンツを生産して、適宜広告を打つなどして読者が増えてきた、それなりに反応が返ってくるようになったとなったら、ここからはマインドシフトをする必要があるのです。そのひとつは前回書いたように「無限のスケールを目指さない」ということで、もうひとつは、「しっかりと顧客を選別する」ということなんです。もっと分かりやすい表現をすると、ある属性の顧客は切り捨てるということです。これが普通の人は出来ないんですよ。

せっかく広告まで打って集めた人を、どうして切り捨てなきゃならないのだ?そんなことしたら勿体ないじゃないかというのが大方の反応なんでしょう。ですから言葉を変えて言いますよ、その切り捨てる人にあなたのアンチの卵がウジャウジャといるのです、と言ったらどうですか?この人たちを放置しておくから、卵が羽化してボウフラになって、最後はハマダラカになってあなたを襲い、あなたはマラリアに罹ったような状態になるのですよ。それでも切り捨てずに、後生大事に取っておくのですか?

ビジネスというのは、一部上場企業でない限り、原則として顧客を選別すればするほど楽しくなるんです。これはつまり、誰でも良いから自分に近づいて来た人、自分を評価してくれた人ではなく、あなたが真の顧客だと考える人だけを相手にするということです。それ以外の人は容赦なく切り捨てる(というとドギツく聞こえるので、去っていただけるように仕向ける)のです。

実はこれ、遅まきながらイケダハヤト氏も、はあちゅう氏もツイッターやフェイスブックではやっているんです。アンチが来たらサクッとブロックしてるでしょ。あれをメディアが巨大になる前からちゃんとやっておくのですよ。ところがブログというツールはプッシュ型ではなくプル型なので、これがやりにくいんです。その分アクセスを集めるハードルは低いんですけどね。私はそれがイヤなのでブログよりもメールマガジンに軸足をおいているんです。

これは余談ですが、何年も前から「メールマガジンなんてオワコンだ」とか「メールマガジンの購読率なんてほぼゼロで成果は出ない」って色んな人が叫んでいますが、それはそんな方の発信しているコンテンツのクオリティーが低いというだけですから。私は10年以上メールマガジンで生きていますが、未だにコツコツと読者は増えていますし、反応も精読率も全然落ちている気がしません。同じことは高いクオリティーのコンテンツを作っている他誌にも充分いえることで、だから有料メールマガジンというジャンルが全く死んでいないんですよ。媒体に問題があるんじゃなくて、コンテンツに問題があるだけなんです。だから安心してメールマガジンを書けば良いと思いますよ。

顧客の選別という話に戻ると、情報発信をする時に、発信者として「このコンテンツはこんな人に読んで欲しいよな」と考えるところがありますよね。それが無いと絶対に上手く行きませんからね。想定する読者層を決めて、その人たちに「だけ」刺さるコンテンツを書くというのが、イケダハヤト氏的ビジネスの核なんですから。でも続けていると、それ以外の層も集まって来ます。その時にどうするか?が問われているんです。

ここで前回書いたように、広告でラクして儲けようと考えると、この人たちも動かしてしまおうと思ってしまうんです。何とか煽ってアフィリ商材を買わせてしまおうと考えるわけですよ。その思考が地獄の一丁目なんですよ。世の中にはそういう人たちを誘導させるテクニックがたくさんあって、そういうスキルを学べるセミナーや教室もたくさんあります。そういうのを一通り学べば、あなたでもこの層に何かを買わせることは可能です、というか実は非常に簡単です。だからみなさんこれをやりたくなってしまうんです。

そこでその商材のクオリティーが低かったりしたら、それは逆恨みする人が出て来てもおかしくありませんから。それは前回解説しましたね。

広告を収益の要素にしなくても、こういう狙った枠の外にいる人を顧客にしてはいけないんです。ただの読者ならまだマシなんですが、こういう人たちからおカネをもらってはいけないんです。ところがそんな人の見分けって付けられませんよね。だから定期的に篩を掛けて、枠の外にいる人を出口に連れて行くんです。これが顧客の選別です。

具体的にいえば、私の場合は、「常識のないメールを送ってくる人」、「言葉遣いが悪い人」、「学びによって人生を変えることに興味がない人」を潜在的に顧客だと考えていません。いつでも、今すぐにでも読者登録を解除してもらいたいと考えています。そのために、こういう人たちからの反応があると、その人たちが立ち去りたくなるようなコメントをメールマガジンでします。例えば非常識なメールを受け取ったら、次の日のメールマガジンでこのことを書いて、「こういう人の人生が好転する可能性って低いんですよね」とでも書けば、普通は反省するか、ムカッと来て解除しますよね。

ちなみにこういう人たちが居丈高に罵ったりしないように、自分の立ち位置を高めておくのは必要です。私の場合にはベランメェ調でコメントしたり、「この人、アフォなんじゃないの?」と書いたりするのがそのための施策となっています。これを早い段階でやることで、あなたというキャラクターが確立し、やればやるほど読者に浸透してきます。その結果、このような選別をすることで、意に沿わない困った人が顧客になることを防止出来るんです。

それもこれも全て、「無限のスケールを放棄し、身の丈にあったビジネススケール」を確立しようと考えたから出来るのです。売り上げは多いほど良い、誰からでも良いから売り上げが欲しい、買ってくれる人はみんなお客さんだ、という思考になると顧客の選別は出来ないんですよ。

ここでは解説しませんが、実は顧客の選別をやればやるほど、あなたが顧客だと考える枠の人から高い料金をもらえるんですよ。つまり客単価が上がるということです。だから顧客の選別をやったら売り上げが下がるというのは、中長期的には完全に間違いです。やる、やらないは別にして、顧客は選別すればするほど売り上げと利益が高まるんです。

こうして篩を掛けても残ってしまう困った方にはどうしたら良いのか?というと、最後は売らなきゃ良いんです。無料の情報発信を大人しく読んでいる分には被害がありませんから放置しますが、こういう人がおカネを払って自分の顧客になりたいと言い出した時には、特に注意が必要です。そういう人を排除するために最も簡単なことは、提供するサービスや商材の単価を上げるのです。つまり値上げするということです。

このイケダハヤト的ビジネスって、やってみれば分かりますが最初におカネを払おうとする人たちって、先鋭的で優秀且つ、優良な人たちが多いんです。なんたってまだ無名のあなたを見つけて来て、そこにおカネを払ってみようというんですから。もちろんこれは広告したものを買うみたいなものも含めてですよ。だからこの人たちを裏切るようなことをしなければ、長く続く関係になりえますし、あなたに害を為すこともほとんどありません。この層には安く売っても顧客のLTV(ライフタイムバリュー)が高いので全く問題ありません。

問題は、あなたを取り巻く人たちの数が増えて来た時なんです。長く情報発信を続けていると、ブレークとまでは言いませんが、そこそこファンみたいな人が増えて来たという実感をすることがあります。そうするとそんな評判を聞いて新たな人が集まって来て、顧客になるという動きが発生します。ビジネス的にはありがたい瞬間なんですが、ここに落とし穴が空いていますから。これって時間が下ってから集まって来る人ほど、初期のメンバーに比べて、色々な意味で困った度合いが増えてきますから。

そういう兆候が見えてきたら、意を決して値上げをするのです。そうすると、まともさとヤバさのボーダーラインにいる顧客が離れていきます。こういう人たちってちょっと値段を上げると、それだけで脱落しますから。アンチの萌芽がある人って、色んな意味でレベルが低い人であることが多くて、それは彼らの収入もしかり、有料コンテンツに対する認識とか評価もしかりなんです。だから値段を上げるとそれだけで、彼らにとって価格と提供するもの(自分たちが手に入れるもの)の価値がマッチしなくなって、買わない(買えない)ということになるんです。ですからこれによって顧客の集合の質を維持出来るんですね。値段を上げると人数は減りますが、単価が上がっているので、トータルではあまり違いがありません。ここでもまた、「スケールしない、身の丈でやる」というマインドが効いていますね。これがあるから、人数が減るのが分かっている施策を心おだやかに実施できるのです。

資本主義って価格が品質を代弁しているようなところがあって、特に質の低い顧客は値札に振り回されて、本質が見えなくなるところがあるので、値上げした途端に買わなくなりますよ。反対に優秀な人は、値上げをしてもそこに響かないというか、むしろ高いから買うみたいなところもあったり、または価格のウラにある本質が理解出来たりするので、あまり影響を受けないんです。だから価格って優秀なフィルターの役割を果たすんですよ。

そしてこういう微調整を続けていると、アンチが育つことがなくなるんです。もちろんそのために、有料コンテンツ、サービスの質が高いことは当たり前なんですよ。そうであっても、有象無象を相手にすると、一定の確率でアンチが生まれてしまうんです。本稿ではそれをどう最小化するかということを解説しているわけで、おカネを取ったコンテンツやサービスの質が低いことによるアンチ発生対策ではありません。そこもまた、お客さんに対する「愛」なんだと私は考えていますけどね。質の低いものでおカネをもらうというのは、構造とか施策の前に、愛の欠如ですから、前提が全く違うんですよね。

私はツイッターではまだアンチが産まれるようなスケールになっていないので、全く問題ありませんが、いつかどこかでイケダハヤト氏やはあちゅう氏のようなアンチに囲まれたら、間違いなく鍵アカにするでしょうし、その前にジャンジャンブロックすると思うんですよね。と、こうやって事前に書いておくことが、アンチの発生を抑制することに繋がるんです。

私はブログではなくて、メールマガジンという媒体を選んでホントに良かったと思っています。やっぱり登録をしないと情報をもらえないという、この一手間があるおかげで、変な人が寄って来にくいですからね。逆に言えば、ブレークというか、世間が認知するまでに時間が掛かるということでもあるんですがね。私にはこれくらいのスケールがピッタリで気持ち良いですわ。

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イケダハヤト氏やはあちゅう氏を目指したい人たちへ

私のメールマガジンや、このブログを読んでいる人たちの中で「イケダハヤト」という人や、「はあちゅう」という人を知らない人はいないわけで、中には彼らみたいになりたいと強く願っている人もいると思うんですよ。で、そうなるためにせっせとブログを書いてPVを上げる方法を考えたり、ツイッターやnote、最近ではVoicyという音声配信ツールで情報発信をしている人もたくさんいると思うんですよね。

それはそれで頑張れば良いと思うんですが、彼らを目指す上でどうしても知っておかないといけないことがあるんです。それはあなたの発信する情報を受け取ってくれる人たちに、常に愛を送るということです。なんだかキザに聞こえるかも知れませんが、これがビジネスの設計図にないと、カネは入っても幸せにはなりにくい、もっと言えば、有象無象の存在から憎まれる、叩かれる、足を引っ張られる、いわゆるアンチというクラスタが湧いて出て来ますから。

そこを深く知りたい人は、この本を熟読玩味する必要があります。

この本の最後に、「ダークサイドの話」という章があって、そこには「あなたが手にした成功と同じくらいのイヤなこと、ムカつくことがあなたを襲う。それは成功が持つダークサイドの側面だから仕方がないことなんだ」と書いてあるわけです。まさにそれと同じような構造に陥ることになるんです。それがイヤな人は、ここから書くことをじっくり読んで、しっかり理解して下さい。ホントはこれ、noteで有料配信したいくらいの深さを持つ内容なんですから。

まず、イケダハヤト氏やはあちゅう氏のビジネスモデルがどういうモノなのかを説明すると、「原材料費が掛からない」(だから必然的に粗利率が高くなる≒儲かる)、「現金前払い」が多いので回収のロスがない、と同時にキャッシュフローが良くなる、さらに「在庫がない」から棚卸しの必要もなければ、倉庫代といった固定費も不要(だからさらに儲かる)、その上さらに、「従業員を最小化出来る」ので、もっと儲かって潰れにくい。

こんなにメリットばかりあって、それなのに小資本で、副業的にスタート出来るのですから、ちょっと目端が利いた人間ならやらなきゃ大損だよねということに気付くのです。そこにこの世界の大家としてイケダハヤト氏やはあちゅう氏のような存在が、これでもかとサラリーマンをディスって、自分たちの豊かさやカネ回りの良さをSNSでアピールするのですから、これに憧れる人が続出しても不思議ではありません。ちなみに斯く言う私もひっそりとではありますが、この世界に属して口に糊をしているわけです。

ではこのビジネスモデルに死角とか欠点とかはないのか?と言いますと、これは構造ではなく思考に死角というか、誤解というか、落とし穴が存在しているんです。そのあたりの題材となる面白いブログを見つけたのでご紹介します。

はあちゅうサンが、仮にFacebookのような株の銘柄だったら……http://markethack.net/archives/52000610.html

これはアメリカ在住の広瀬隆氏のブログなんですが(氏の経歴云々はご自分で調べて下さい。特に本稿の内容やその論旨と関係がありませんから割愛します)、ここで広瀬氏は私と同じ観点で、イケダハヤト氏やはあちゅう氏のビジネスを解説しています。ところがここに落とし穴があるのです。それを理解するためにも、この記事はじっくり読んで下さい。読みましたね。ではその落とし穴を解説します。

このビジネスモデルの欠点というか、最も大きな落とし穴は、「無限にスケールさせようとするマインド」なのです。上記ブログで広瀬氏は、これは「無限にスケールするビジネス」だから理想のビジネスなのだと論じています。まさにここがこのビジネスモデルの落とし穴なのです。最初に私の考えを述べておくと、「無限にスケールさせようとする」から、先ほどの神田雅典氏の著書に書いてあるような、「成功が持つダークサイドの側面」から逃れられなくなるんです。

このビジネスモデルに於けるダークサイドの側面とは、「アンチの台頭」です。試しにネットで「イケダハヤト」とか「はあちゅう」という単語をググったら分かりますが、彼らのアンチという人種がいるんじゃないか?と勘違いしたくなるくらい、彼らの発言を否定し、曲解し、意地悪にツッコミ、落ち度があれば頭蓋骨が陥没するくらい頭を叩き続ける困った人々がこんなにも存在していることに驚きます。こういう人たちはイケダハヤト氏やはあちゅう氏が何を言おうが、それを許せない、否定して罵らないと気が済まないという面倒である種不幸な存在なのですが、本人たちにしてみれば、何を言っても、何を書いても、とにかく足を引っ張ることに自身の存在意義を見出しているような、御両人には迷惑以上のなにものでもない、そんな人たちがいるのです。

こんなアンチの存在を作らないということと、無限にスケールさせることにどのような関係があるのでしょうか?これはこのビジネスの収益モデルを考えることで理解出来るのです。彼らのような(私も同じですが)ビジネスでは、どのようにして収益、売り上げを上げるのかというと、大きく分けて「サービスの提供」と「広告」になります。サービスの提供とは、オンラインサロンやセミナーを開催したり、noteで有料記事を書いたりということで、おカネを支払う人に直接その対価となるサービスを提供することを指しています。これを別名信者ビジネスと呼ぶ人もいて、つまりイケダハヤト氏なり、はあちゅう氏のファンや読者、視聴者が彼らが生み出す何かに相応の価値を感じている、その価値を手に入れることに喜んでおカネを支払うということでなりたっているんです。

これは非常にアンチを生みにくい構造です。なぜならイケダハヤト氏を嫌いな人、はあちゅう氏を嫌いな人が、彼らに接触するましてやおカネを払うということは考えづらいからです。接触しなければ、憎しみも発生しづらいですし、おカネのやりとりがなければ、揉めることもないわけですよ、基本的には。基本的と書いたのは、こちらが好戦的な態度に出なければという条件を所与のものとして考えるならばということです。(イケダハヤト氏やはあちゅう氏に関しては、彼ら自身がアンチの存在を利用し必要としている側面もあるんですけどね)

それでもアンチがゼロになるかと言えば、彼らの提供するサービスの無料部分(ブログやVoicy、ツイッターといったタダで入手出来る情報)の裾野の広がり具合に応じて少しずつリスクは高まって行くんですよ。これがイヤなら、サービスの無料部分の開放度合いを絞っていく、ヤバそうな人が入らないように(近づきたくなくなるように)、情報の出し方をコントロールしなければなりません。この御両名を見ているとそこが完全に無防備な状態なので(アンチや炎上を利用している部分があるんですからそれも当然です)、これからもアンチは増え続けるんでしょう。(ここについては次回もう少し深く解説します。)

ところが困ったことに、提供するサービスの無料部分を調整して間口を狭めると、それは直接売り上げの減少という形で効いて来ます。やっぱりメディアに大々的に露出した方が、たくさんの人が集まって来ますし、集まって来た人の数イコールビジネススケールという部分は否定出来ませんから。そしてこれはふたつ目の収益モデルである「広告」にも多大に影響を及ぼします。

広告とはマス(大衆)に向けた情報発信を起源としていますから、一般的には100人に知らせるよりは1000人の方が、1000人よりは1万人、10万人の方が効果が高い(つまり価値も高い)と考えられているわけですよ。その理論の土俵上で勝負をしようとすると、どうしたってたくさんの人にリーチしたい、人の目に触れたい、集まって来る人をもっと増やしたいという欲求が出て来るという未来までは、一本道の読みで、これ以外の読み筋は存在しません。そしてこれこそが落とし穴なのです。

まず一つ目の落とし穴として、そうやってマスを集めることで、前述したように一定の確率でアンチが集まってしまうということ。もうひとつの落とし穴は、そうやって集めてしまったマスから最大限の収益を上げるために、(法に触れない限り)どんなものでも広告のネタにしたくなるという心理が働くことです。そもそもそうやって人を集めるために、自分も集客コストを掛けているんですから、それをペイさせるためにも、要するにジャンジャン広告を打たなきゃやってられない状態になるんですね。この後者の問題ってあまり議論されていませんし、だからほとんど注目されていないんですけど、私はこことアンチの発生、台頭に密接な因果関係を感じるんです。

広告ってやったら分かるんですけど、ホントにラクで儲かるんですよ。単純な広告は言わずもがなで、バナーなりPRの文面をコピペするだけで、かなりの高額がチャリンと入ってくる訳です。今をときめくグーグルとかフェイスブックの収益の柱が、圧倒的に広告事業であることを知れば、如何に広告が美味しいビジネスなのかを理解出来ますよね。アフィリエイトはもう少しハードルが高いですが、その分、単価はグッと高くなるんですね。アフィリエイトって成果報酬ですから、売れなきゃおカネが入らないという広告モデルで、だからこそ売るために躍起にならざるを得ません。実はこれが潜在的なアンチを広げる活動になるんです。

この手のビジネスモデルは、元々情報発信をする主体(イケダハヤト氏とかはあちゅう氏ね)が発する情報を、「面白い」、「ありがたい」、「役に立つ」、「興味深い」と感じる人たちで構成されていたわけですよ。でなきゃ彼らのツイッターやブログを読むわけありませんでしたから。つまりそれは自分のファンを作り、拡大していくということに他ならないわけです。そんなファンたちは、有料サービスの提供という商材におカネを払うことを抵抗がありません。だってファンなんだから。

でもね、ファンだからこそ、彼らの発信する情報を実態以上に信じてしまうという心理が働くんです。これはつまり、「彼らが言うのだから間違いないのだろう」と考えやすいということです。ファンなのに最初から斜に構えて、「お前の話なんて信じないぜ」という態度を取ることは考えづらいですよね。そんな人はとっくにその集合から出て行ってしまいますから。その状況で、「広告の効果を高める」というニーズが発信者側に付加された場合、どうなるのかは火を見るよりも明らかです。

片や売りたい、紹介したい、売れなきゃ報酬が入らないと考え、反対側に発信される情報が正しいものだ、と考えたい人たちが存在したらどういう未来が待っているのか。これも3手詰みのような難易度で、「イケダハヤト氏やはあちゅう氏が宣伝しているから買ってみた」となるのです。それでもその商材がその人にとって素晴らしいものなら、それは発信者であるイケダハヤト氏やはあちゅう氏の評価を高めることになります。ところが、彼らが純粋にビジネスとしておカネのために広告を打っていたとしたら、どういう未来が生まれるでしょうか?悲劇はここから生まれるのです。

特にアフィリエイトで良く見ることなのですが、その商材を売るために過剰ともいえるセールストークを書き連ねるアフィリエイターっているわけですよ。いわゆる「煽る」というヤツです。イケダハヤト氏で言えば、「まだ東京で消耗しているの?」と都会で暮らす人を煽って、あたかも簡単にそこから抜け出せるかのように錯覚させる書き方で、「転職エージェント」を紹介したり、自身のブログ塾の生徒を高額で募ったり、最近ではこれさえ持っておけば将来は安泰だみたいなトーンで仮想通貨を勧めたりしているわけです。これ、ご本人がどこまで本気で、つまり紹介、販売している商材に思い入れを持って、自信を持って勧めているのか分かりませんが、どう見ても控えめに宣伝してますって感じじゃないわけですよ。

言葉は悪いですがそれに唆されて、買ってしまって大損した人、後で後悔した人って少なくないと思うんですよ。そういう人の、情報発信者に対する心情がどう変化するかって考えるまでもありませんよね。おまけに当人たちがそうやって手にした収益で派手な生活をしているとか、SNSでカネ持ちっぷりをアピールしていたら、ちょっと待てコラ、って気持ちにもなると思うんですよ。

これ全部、ラクにもっと稼ぎたいという心情から生まれているんですよ。つまり「無限にスケールすること」を目指すという設計図から生まれたんです。5年ほど前にそのことに気付いた私は、一般のいわゆるPR広告のすべてを止めました。今でも定期的に広告枠が無いのか?というお問い合わせを頂くのですが、「本当に良いものならば、私にまず試させて下さい。それで良いものだと感じたら広告しますよ」と返すと、全件そこから音信が途絶えるんですね。広告しなきゃ売れないようなモノって、そういうのがかなり混じっているということなんでしょう。

ですから無限にスケールすることを止めて、身の丈にあった、自分の周りに集まったファンを裏切らない、失望させないサービスを提供することに注力するべきですし、そうしているとアンチってそんなに増えないものなんですよ。そのことを私は、「お客様(ファン)に愛を送る」と表現しているんです。私が紹介した商材や、私が提供するサービスで損をした、裏切られたと思われない、そこについては自信があるぞというモノだけを扱っていたら、あの御両人の周りに蠢いているようなアンチって生まれにくいと思うんですよ。

そしてこのビジネスモデルって、前述したように粗利率が高い上に、回収の心配も、在庫も無いので、スケールさせなくても充分に食っていけるんです。私の塾生でもこのビジネスモデルでバリバリ稼いでいる人がいますが、売り上げレベルで(それはイコール収益に近いわけですが)8桁の後半とか、私の師匠格の人は、従業員を少しだけ雇ってスケールさせて2億とか3億とかの年商(だからほぼほぼ収益なんですけど)には育てられるわけです。やり方にも依りますが、パーヘッド1億くらいまでは現実的だと思います。で、訊きたいのがそれでもまだ不足なのか?ということですよ。

おカネって海水みたいなもので、飲めば飲むほど喉が渇くんです。それはかつては年収150万でも幸せに生きてやると宣言していたイケダハヤト氏が、アフィリと仮想通貨であぶく銭を手にした結果、カネの亡者に変身した例を見れば良く分かると思います。このビジネスはどこかで、「足るを知る」マインドを持たないとおカネに振り回されてしまうんです。その結果、自分が良いと思っていないものでも、儲かるから、報酬金額が大きいからという理由で、自分のファンを煽って買わせるようになるんですよ。困ったことに買わせるためのテクニックって、やればやるほど高まって行きますから。

逆に言えば、自分が惚れた、共感した、感動したそういう商材は、いくら紹介しても誰も文句を言わないばかりか、感謝されたりするわけです。私が紹介する本やサービス、商材、セミナーは全部私の目利きとしてのフィルターをパスしたものだけですから、一度紹介するとロングセラーになりますし、買った人からお礼のメールを頂くほどなのです。これはアンチとは真逆の存在で、そういう人がこのビジネスを支えているのです。

私の知り合いで、このビジネスモデルの上で自分のセミナーを販売している人がいますが、その人が抱く受講生への愛の強さと深さって、アンチに悩まされているインフルエンサーの行状とは真逆ですから。そもそもアンチの存在を利用してマネタイズする炎上商法みたいなものを考えて実践しちゃうだけで、設計図にバグがあると思うんですけどね。

「足るを知る」を分かったら、ひっそり静かに顔出しせず、少数のお客さん(ファン)と濃くて深い関係を維持するビジネスの方が、圧倒的に楽しいと気付けるはずなんですけどね。私の塾生でこのビジネスを始めようと考えている人は、まずはここをしっかり考えた方が良いですよ。

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田舎暮らしの手引き その7

現地に行かなきゃ分からない

2ヶ月くらい時間を掛けて、雑誌や書籍で情報を集め、それを脳内で組み立てて、こんな田舎暮らしが出来そうだな、というイメージを作りました。ここから先は体当たりで現地の人にリアルな話を聞かなきゃダメだろうと考えました。

そこで再度雑誌を見ていたら、中国地方の物件を毎回たくさん掲載している不動産屋が目に止まったんです。それが「自然と暮らす」という会社で、ここが扱っている物件からそれなりにめぼしいモノを2つか3つピックアップしてコンタクトをしました。他にも何カ所かコンタクトをしたんですが、この会社以外は反応が鈍かったり、こちらの問いとあちらの答えがズレていて会話にならなかったりで、田舎と都会の違いをすでに感じました。

都会で暮らしている人には常識なんですが、メールやウェブで問い合わせをしたら当日に欲しい答えが返ってくると思うじゃないですか。田舎の会社にはそんな常識は通用しません。ヒドいところは連絡が来たのが一月後ですから。早いところで3日。しかもこちらは、「この物件に書かれている畑は家からどれくらいの距離ですか?」と訊いているのに、返ってきた答えが、「大丈夫です、すぐ近所です。山も付いています」だったりするとガクッとなるわけです。「携帯電話の電波は問題ないですか?」と訊いたら、「私のヤツは通じます」って返って来て、じゃそれはどこのキャリアなんだよ!と一人でツッコミましたから。しかもその返信が1週間後だったら、こりゃ付き合えないよなぁと思いますよね。その中で前述した会社だけはストレスなく意思疎通が出来たので助かりました。

また、ちょうどその時期に、友人から小豆島で有機農業をやりながら、民宿を経営している方を紹介してもらったので、そこに遊びに行ってみることにしていたので、そのタイミングと合わせてもらいました。

こうやって実際に動く計画を立てるのって大事です。頭の中で妄想するだけでは現実が反響してくれません。自分で考えたこと、イメージしたことに対して現実がどういうボールを投げ返してくれるのか(これが反響です)は、行動しないと分からないんですね。確かトータルで4泊する予定で現地に行ったんですが、これは良い勉強になりました。

小豆島の民宿では、農業以外に何か生活の糧を持っていないと厳しいこと、温暖だと思われていた瀬戸内も冬はそれなりに寒いことが分かりました。また小豆島を車で移動してみて、このサイズの島に永住するのは色んな意味で大変だということも感じられました。私の場合には仕事柄、定期的に東京や大阪に行かなきゃならないんですが、島には飛行場が無いんですね。となると、フェリーで本州まで出なきゃならないわけです。ところが台風などで海が荒れると、これが結構呆気なく欠航になるみたいなんですよ。

また、田舎というのはどこでもそこそこ閉鎖的なものですが、島となるとその閉鎖性がさらに強くなってしまうことにも気付きました。逃げ場の無い島で、ブルーな気分で生活するために移住するわけじゃありませんから、この体験で島暮らしは無いなと理解出来ました。

そして本州に帰って来てから、アポを取っていた前述の不動産屋に岡山県内の物件をいくつか紹介してもらったんですが、物件の程度と価格は完全に比例関係にあることが分かりました。やっぱりすぐに住めるような物件って、安くないんですよ。安いところって水回りを直したり、屋根を修理したりしなきゃいけなかったりで、要するに先におカネを払うか、後で買ってからおカネを使うかの違いに過ぎないんです。

内覧した物件はどれも帯に短したすきに長しという印象で、ここまで来たのに結局この程度の収穫なのかと、ちょっとガッカリしたのを憶えています。そして翌日は自分たちで車で走りながら風景や街並みを見て、その土地の空気感を掴むことにしたんです。これが私たち的には奇跡の出逢いに繋がるわけですけど。

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田舎暮らしの手引き その6

移住先を決めるには、移住後のライフスタイルを考えるべき

田舎暮らしが上手く行くか、楽しいものになるかの8割は自分にフィットした移住先に行けたかで決まるんだと思います。いくら条件が良くても(条件というのは駅からの距離や、インフラの整備具合や、補助金のアリナシなど)、それよりも重たい条件がズレていたら途中で挫折してしまうと思いますよ。

ところが移住って、それを決断し実行しようとしたら都会での生活を抛つ、全て精算するというケースが大半ですから、途中で失敗したから振り出しに戻るというわけにはいかないんですね。これが田舎暮らしをやる際の大きなハードルになるんだと思います。失敗が許されない、それなのに踏ん切らなきゃならない時に必要なのは充分な情報です。いつの時代も知識は力なりで、必要且つ充分な情報があれば、この問題はそれなりに解決するのです。

ではあなたにとってどのような情報が必要なのでしょうか?これは実は問いの順序が間違っています。まずあなたが決めるべきは、田舎でどのようなライフスタイルを送りたいのかなのです。それが明確になってから、そんなライフスタイルを実現するために必要な情報は何かを考えるのです。

私の場合には、「雪下ろしはやりたくない」、「自家消費用に畑と田んぼをやりたい」、「主要交通機関まで1時間以内に着きたい」、「コンビニが徒歩圏内にある必要はないが、寂れすぎているのはイヤ」、「出来れば風景が田舎らしいところ」、「近所や部落の人が排他的でなく、といって近づきすぎない感じ」という希望を持っていました。この中で最後の条件だけは、情報として入手するのは難しいかなと思っていましたが、残りは全て調査可能だろうと思ったんです。

こういう条件でエリアを絞ったんですが、今なら千葉のいすみ市とか、神奈川県なら逗子、三浦あたりも考えたんでしょうけど、私が移住を考え始めたのはあの震災の直後ですから、どうしても関東エリアは除外ってことになったんですよね。そして寒すぎないところと言ったら、中部から西の太平洋、瀬戸内沿いが目に付くじゃないですか。初めはこの程度のザクッとした感じで、候補地を決めて良いと思います。どうせ見に行くまで決めることは無いんですから。

ちなみに当たり前ですが、実際に自分で足を運ばなきゃ本当のところは分かりませんよ。東京からだと時間もおカネも非常に掛かるんですが、これをケチってエイヤで手を打つと後で後悔することになると思います。

私が候補にしたのは、兵庫の西側から岡山、広島の真ん中あたりまでの中国地方と、その対岸にある香川、愛媛。もうひとつは浜松から西の渥美湾を囲むあたりと、最後は紀伊半島の和歌山県側の3つでした。結論を言えば、最初の中国地方を見に行った時にこのあたりだなとピンと来たので、実見という意味では渥美湾も紀伊半島も行っていません。

情報収集は、先日書いた

この雑誌のバックナンバーを1年分図書館で借りて、全部読み込みました。さらに書店、ブックオフを駆使して実際に都会から田舎に移住している人の体験記を10冊くらい読みました。自分の望むライフスタイルが明確になっているのなら、これらの情報プラス今ならネットの情報で外枠はほとんど固まるはずです。

ここから先は体験を通して、身体で集める情報が必要になり

そうしたら各地域の物件情報が毎号載っていて、そこに中国地方の田舎物件を専門に仲介している不動産屋が多くの物件を出していたんです。それが「自然と暮らす」という会社で、ここが扱っている物件からそれなりにめぼしいモノを2つか3つピックアップしてコンタクトをしました。ちょうどその時期に、友人から小豆島で有機農業をやりながら、民宿を経営している方を紹介してもらったので、そこに遊びに行ってみることにしていたので、そのタイミングと合わせてもらいました。

こうやって実際に動く計画を立てるのって大事です。頭の中で妄想するだけでは現実が反響してくれません。自分で考えたこと、イメージしたことに対して現実がどういうボールを投げ返してくれるのか(これが反響です)は、行動しないと分からないんですね。確かトータルで4泊する予定で現地に行ったんですが、これは良い勉強になりました。

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田舎暮らしの手引き その5

その農作物って誰に売るつもり?

前回、田舎暮らしの生計を農業に頼ろうとするのはムリがあるよという話を書きました。そもそもそんなに簡単に農業でメシが食えるのなら、みんな農家を目指すはずですし、離農なんて起こらないはずですし、後継者がバンバン生まれるはずなんですから。

それとは真逆なことが起こっているというのなら、それは農業ではメシが食えないことの証左なんじゃないかと思います。移住後に仲良くなったご近所の農家の人(全員が70代ですが)だって、「売れるもんなら田畑を売りたい」とか、「農業はホンマカネにならん」ってボヤいていますから。

ここには様々な問題が横たわっていて、一筋縄で解決出来るような話じゃないんです。そのあたりについて知りたい人は、この本をオススメします。

農業の持つ根本的な闇については措いておいて、実際に最大のハードルになるのが、誰にどうやって売るのかなんですね。ビジネスって売り上げが無ければ、話は始まりませんから。そして売るということは買ってくれる人がいるということなんです。これをどうやって見つけるのかが、農をビジネスにする場合の最大の問題なんです。

みなさんこれを持たないから、安く叩かれることが分かっていてもJA(農協)に卸さざるを得ないんです。逆に言えば、自分で販路を切り開ければ、ちょっとは可能性が出て来るということでもあるんです。

こう書くと多くの人は、「無農薬、有機栽培って書けば買いたい人はたくさんいるはず」と考えるんですが、今日びちょっと大きなスーパーに行けば無農薬の有機栽培なんて珍しくもありません。おまけにそれらの野菜はプロが見栄えや形までちゃんとしたものを作っているんです。

これは自分で作ってみればすぐに分かるんですが、形を揃えるのって手間が掛かるんです。曲がらないキュウリをどうやって栽培するのか未だに分かりませんもん。おまけに味には全く影響がないんですから、頑張って真っ直ぐにしようというモチベーションが高まりませんしね。

さらに収穫時期や収穫量を予想することが難しいんです。なんたって天候次第ってところがありますから、ちょっと雨が続いたり、逆に乾燥したりしただけで予定は大きく狂います。ところが消費者はそれじゃ納得してくれないんです。やっと買い手が見つかったと思ったら、欲しい品種と数量がマッチしなくて、発注してもらえないとなったら悲しいですよね。というか、これに応えられるようにするには、相当な規模でやらなきゃムリですから。

ところが規模を拡大させるとついて回るのが機械化のコストや人件費なんですね。農業って労働集約的ビジネスですから、規模の拡大以外に生産性を高めることが出来ないんです。ところが規模を拡大させると、機械化や、化学肥料、農薬を使わざるを得なくなって、それってただの慣行農法ですから差別化が難しくなるという隘路に陥るわけです。

この問題をクリアしても最後はロジスティックの問題が残ります。作ったものを消費者のところに運ばなければならないんですが、このコストがバカにならないんです。我が家でも採れすぎたトマトとかカボチャを都会に住む友人に送ってあげたくても、送料が1,000円とか言われたら「なら買った方が安いだろ」って話になるんですよね。宅配便も相当の量をコミットすれば値段を単価を下げてくれるんですが、個人経営に毛が生えた程度では全く相手にしてもらえません。

ということで農業をビジネスにする際の問題点をまとめると「顧客開拓」、「安定供給の方策」、「規模の拡大」、「配送費の問題」がネックになるということです。

 

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田舎暮らしの手引き その4

田舎暮らしで農業はムリだと悟れ

いきなり厳しい話ですが、田舎暮らしに憧れる人ってみなさん口を揃えて、

 

■ 無農薬の米や野菜を作って売ろうと思うんです

 

って言うんですよ。もうね、どこまで現実を知らないだって話です。

ハッキリ言いますけど、この設計図はほとんど形になりませんから。これでメシが食えるんなら、何年もプロの農家をやっている人がみなさんやりますって。田舎の農民だってバカじゃないんですから。そっちの方がラクで儲かるならとっくに手を出しているに決まってるでしょ。それをやっていないということは、その設計図を形にするのがとてつもなく難しいか、全然ペイしないかのどちらかなんです。

田んぼでも畑でも一度無農薬でやってみたら分かるんですが、農薬を使わないと夏の間は毎日が草刈りで終わってしまいます。私が借りている田んぼなんてたったの3畝しかないんです。(1畝は1/10反ね)こんな面積だと自家消費分のお米が出来るだけなんですが、それでも無農薬でやると、ひと夏でトータル20時間/人の労力が草取りに必要です。たったの20時間って思いますか?真夏の炎天下、1時間草取りをしたら汗が目に沁みるくらい出て来て、倒れそうになりますから。どんなに頑張っても2時間は連続で出来ません。その2時間を10回もやらなきゃならないんです。

お米を売っておカネを作ろうとしたら、最低でも3反から5反はやらなきゃならないんですが、3反って3畝の10倍ですから。つまり200時間/人の労力が掛かるんですよ。エアコンが効いた室内での労働なら法定時間プラス40時間の残業もわけないでしょうが、炎天下で2時間が限界という環境で200時間の労働をこなすのは大変だと思いますよ。

おまけに無農薬で作ったからといって値段が2倍になるわけじゃないんです。というか言いにくい話なんですけど、無農薬だからといってお米が美味しくなるわけじゃないんです。素人の人は食べ比べても違いは分からないと思います。

お米の味の違いって、農薬を使ったかどうかじゃなくて、収穫後に天日で干したかどうかで決まるみたいです。我が家のお米は天日干しをしているのですが、こうすると玄米で食べてもしっとりとした水分が残ったお米になります。都会では健康のために玄米を食べる人がいるんですけど、彼らがオーガニックのお店で食べる玄米って、コロコロと丸くて、パサついていて、噛むと唾液が全部吸われちゃう感じで、非常に食べにくい上に全然美味しく無いんですけど、天日で干した玄米はそういうことは全くありませんから。

じゃ天日に干すか、となったら必然的に稲刈りは手刈りになりますよ。バインダーという稲刈り専用の機械を使えばラクできますけど、新品で30万円くらいします。

http://www.jnouki.kubota.co.jp/product/combine/binderRJ/

 

手刈りを選んだ場合、3畝でオトナ5人で5時間、さらにこれを稲架に掛けるのに1時間が必要です。我が家の場合には毎年全国の塾生にお手伝いに来ていただいているんですが、人手がなければ1週間くらい掛かるかも知れません。3反とか5反となったら、倍の人数がいても3日ほど掛かることになりますね。これをやるとお米には88回以上の手間が掛かっていることが実感出来るでしょう。

そして話はここで終わりません。約ひと月天日で干したら、次は脱穀しなきゃならないんですから。残念ながら、ここからの機械化は出来ません。コンバインというのは稲刈りと脱穀を同時にやる機械で、脱穀だけやるわけにはいかないみたいなんですよ。となると、我が家のように足踏み脱穀機と、唐箕掛けをやらなきゃなりません。そのあたりはこのブログに説明があります。

 

脱穀、籾選(唐箕掛け)

 

3畝の田んぼからはだいたい100キロから120キロくらいのお米(というか籾)が採れるんですけど、これを脱穀するにはオトナ5人でやっぱり5時間、さらに唐箕掛けで2時間くらいが必要です。3反とか5反の場合がどうなるかは計算して下さいね。

つまり、無農薬で本当に美味しいお米を作ろうとしたら、田植え以外の機械化は出来ないということです。で、そうやって作ったお米が機械化で作ったお米の3倍の値段で売れるわけではないんですね。ちなみに、農家がJAに卸すお米の価格って知ってますか?品種にもよりますけど、10キロ2000円とかですから。先ほど私のところの田んぼから100キロ程度のお米が収穫出来ると書いたんですが、これを売ったら2万円になるんですね。20時間の草取りと(書いてませんけど、田植えは5人で2時間程度です)、稲刈り、脱穀、唐箕掛けで10数時間を掛けて20000円ですから。ここから苗のおカネとか、肥料やら、水利費とかが掛かるんですよ。

私がサラリーマン時代に、お客さんに請求する時間あたりの単価が1時間15000円程度でしたから、効率を考えたら全くペイしない話ですよね。

農薬を使って、機械でやって、肥料も化成肥料をたっぷりやる慣行農法では1反あたりの収量が8俵(480キロ)くらいになるそうです。それでも反当たりの売り上げ(利益じゃないですよ)が10万円ですよ。5反やって50万って、2倍の価格で売ったって儲かる商売じゃないのが分かりますよね。

こう考えると農家の方は良く300万円とかするトラクターやコンバインを買えるものだと思います。

さらにいえば、作ったお米を誰にどうやって売るんだ?という問題が残っているんですよ。末端の消費者に直接売る販路があるんなら、良いお米なら10キロ5000円以上で売れますよ。でもそんなお客さんをどうやって見つけて来るのか?という問題は残るんですよね。

 

農業でメシを食いたいと考えている人は、これらの問題をクリア出来るソリューションを持っていないといけないのだということに気付いて下さいね。

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田舎暮らしの手引き その3

生活インフラは確認すべし

田舎って基本的に過疎化が進んでいるんです。私の住んでいる町でも平成22年から27年の5年間で7.8%の減少となっています。

町というのはある一定規模の人が住んでいないと成立しないんですね。なんたって人間が暮らしていくには様々な物資が必要でそれらを供給する人たちがいなくなったら、途端に生活が破綻するわけですから。特にライフラインと言われるインフラは確認が必要です。

インフラというと、電気、ガス、上下水道を真っ先にイメージするものですが、これは現在人が住んでいるというのなら、基本的に問題は無いはずなんです。もちろん下水が浄化槽という地域もあるかもしれませんが。問題はそこじゃありません。

現代に於けるライフラインとして確認しなきゃならないのは、「携帯電話の電波状況」と「インターネット環境」です。この二つがお寒いところへの移住は相当な覚悟が必要になると思いますよ。携帯電話は3社あって、その全てが繋がりにくいという地域は余程の田舎で、これは仙人のような生活を覚悟する必要があります。たいていはどこか1社は問題なく繋がるものです。

問題はインターネット環境なんです。私も移住先を探している時に、中国地方の様々な場所を見て回ったんです。で、とある場所で家が二軒に田畑が4反、さらに自宅の裏山1反分がセットになって、おまけに家はリフォームして渡すという条件で1500万という物件に出逢ったんです。内覧させてもらったら家もキレイでそれほど傷んでいない。そして田畑は家の目の前で、一部は猪除けの柵まであったんですね。家人とここはなかなか良いよねと盛り上がったわけです。

そして不動産屋に案内してもらった翌日、自分たちでもう一度現地を訪ねたんです。そしてお隣に住んでいる人が庭に出ていたので挨拶をして、このあたりの情報を聞き出したらなんとビックリ。ここはインターネットはダイヤルアップとADSLしかないって話なんです。でもADSLって下りで20MBとか出るから問題ないかと思ったら、そのお隣さんが実は町会議員の人で、「ここから基地局まで何キロあると思ってるんだい?ここに来る頃はダイヤルアップよりも速度が遅くなってるよ」とのことで、ゲゲッとなったわけです。

私の商売でネットが遅いというのは致命的なので、その物件はもちろん外れたわけですが、こんなのが移住後に分かったら泣くに泣けませんから。

 

そして次に確認すべきは、郵便局、病院、コンビニ、商店、ガソリンスタンドといった生活に直結するお店です。もちろん子供がいれば学校までの距離や、駅までの距離、電車や汽車が来る間隔なども調べておくべきです。

我が家から一番近いコンビニまで5キロ、車で5分以上掛かるんですがこれがもっと近かったら便利なのになと思います。ちなみに我が家から郵便局までは簡易郵便局が徒歩圏内、支局までが車で10分、病院は複数あってどちらも車で10分程度、ガソリンスタンドも同じく10分程度、スーパーまでが5分強という感じです。これ以上遠いとストレスになると思いますよ。車で5分のスーパーは品揃えがイマイチなので、毎週一回は車で25分掛けて大型スーパーに行ってます。

こういうのはみんなグーグルマップで調べられますから。そして大体の距離を掴んだら、そこに行くまでの時間をイメージしてどんなライフスタイルになるのかを妄想したら良いんです。

ちなみに、これは全国レベルの話なのか分からないんですけど、こういうスーパーが近所にない、そして老齢になって車の運転も出来ないという人をマーケットとして捉えたのが生協でして、彼らは毎週小型のトラックで家の側まで配達するという商売をやっています。これならアマゾンが使えないジジババも安心です。おまけにこの生協の品揃えが素晴らしくて、食料品、生活雑貨、衣類に農機具、花や苗、さらにはお中元やお歳暮の品までと、ちょっとしたスーパーどころか、デパート並みでしてこのカタログが毎週更新されるんですよね。

これを共産党の息が掛かっている組織が運営しているというのが面白いと思うんですけど、このトラックが立ち寄ってくれるエリアなら、リアル店舗がなくても生活は出来ると思います。このブログを読んでいるような人は、これにアマゾンを加えたらなんとかなると思います。ただし、翌日配送はムリだと思って下さい。

 

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田舎暮らしの手引き その2

田舎暮らしをちゃんとイメージしてみよう

田舎暮らしをしたいという都会の人って、話を聞くと妄想がスゴくて現実に起こる田舎暮らしとのギャップが大きいんです。自分の脳内で、こうなったら良いなという想いがあって、それがそのまま現実になると考えてしまうんでしょうね。

これを放置したまま田舎に来ると、厳しい現実とのギャップに耐えられず、1年ほどでギブアップとなるんです。私もこちらに移住後、ギブアップした人に出逢いましたもん。そうならないようにするためには、やっぱり情報をたくさんインプットするのが良いんです。

今では、

こんな雑誌もあるので、まずは図書館でバックナンバーを1年分ガサッと借りて、全部のページを精読するんです。特集記事だけとか、広告は飛ばすとか、そういう読み方じゃダメですよ。この手の雑誌には田舎暮らしの全てが詰め込まれているんですから、その全体像をインストールするつもりで、端から端まで読むんです。

そうしたら初めは、「獣害って何?」と思っていたのが、それが猪や鹿が田畑を荒らすことによる被害だということを知り、それが日本のどのあたりに多いのか、対策はどうなっているのかなんて感じで、徐々にリアルな田舎の風景が作れるようになるんです。

この手の雑誌には田舎暮らしの大変な面(それはたくさんあるんです)がどういうものなのかなども説明されていますから、自分に置き換えてどうするかを考えておく必要があります。田舎暮らしってトータルでは楽しくて健康的で経済的なんですけど、全部が全部良い事ばかりじゃありません。都会育ちの人には、ゲゲッ?それってマヂですか?と仰け反るような習慣や決まり事が存在しますから。そういうものを可能な限り情報として入手して、自分なりの対応策をシミュレーションしておくんです。当然、家族とも情報を共有しておかないと、あとでメチャメチャ揉めることになりますからね。

私の場合も、移住して来て部落の定期的な労働奉仕(川沿いや神社の掃除など)があって、さぼると罰金を取られることや、電車というか汽車が1時間に1本も無いということを知って驚きましたから。

こういう雑誌の情報で、移住前にはほとんど役に立たないのが農作物の栽培に関する情報です。これは実際に住んでみて、やってみて初めて理解出来るというか、体験を通して学ぶものなので移住前には参考情報以上の価値はありません。でもバックナンバーを取っておくと、移住後に役に立つかもしれません。

反対に役に立つのは実際に移住をした経験者の話です。もちろんそのまま同じケースを体験する事は無いんですけど、「そんな苦労が」、「そんな面倒な事が」という知識を持っていると対応力に幅が生まれますから。

そしてこの手の雑誌には、田舎に物件情報もたくさん掲載されています。これは価格は参考になりません。都会の人からみたら、敷地と田畑と住める家まで付いていて1000万は爆安だな~、と感じるかも知れませんが、地元ではだいたいその半額が相場だったりしますから。私もこちらに移住後、隣の部落に都会からの移住者が来るというニュースを聞いて、それが田畑が3反に、住むにはちょっと手を加えなきゃいけない家とその敷地が付いて全部で500万で買ったらしいと聞いて、「ウソ!スゴい!」って叫んだんです。同時に地元の人も「ウソじゃろ!」って叫んだんですが、私の叫びは「安い!」という意味だったんですが、地元の人の叫びは「ずいぶん吹っ掛けたな!」という叫びだったんですね。

都会の人は土地とか家に幻想というか、催眠というか、とにかく高いものだという思い込みがあるので、どうしてもその基準で高い安いを判断するんですが、その物差しは田舎では全く役に立ちませんから。

こういう物件情報を見て、なんとなくめぼしい物件を見つけたら、是非グーグルマップでそのあたりの住所を検索してください。グーグルアースでは風景まで出て来ますから。そして生活に必要なインフラがどうなっているのかを確認するんです。

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田舎暮らしの手引き その1

田舎暮らしも6年目に突入するとそれなりに知見が増えて来ます。最近では田舎暮らしを始めるにあたって、どういうところに注意したら良いかを訊かれることが増えたので、そのあたりをまとめてみようと思います。

田舎に移住するのと、地方都市に引っ越すのは別の話

東京や大阪に住んでいると都会以外は全部田舎という大きな括りで考えてしまうんですが、ロケーションというのは常にユニークなもので、同じ町でも集落や部落が異なれば住み方は全く違うものになるんです。

私が現在住んでいる町にも昔で言う大字(おおあざ)がいくつもあって、それによって生活の仕方が全然違うんです。例えば私の住んでいる集落には猪がほとんど出ませんが、車で5分走ったお隣の集落ではウリ坊(猪の子供ね)が5匹玄関前に屯していたりするわけですよ。そうなると農作物を作るのだって、猪除けのフェンスが必要になったり、猪が好む作物は作らないようにするとかの対策が必要になりますよね。

気候とかもちょっとロケーションがずれるだけで大きく変わります。私の住んでいるところはすぐ横に川があって、東側が山の麓になっているせいか秋から冬にかけて朝は非常に濃い霧が出ます。お隣の家が見えなくなるくらいですから、非常に幻想的ではあるのですが不便でもあります。冬は8時半くらいにならないと太陽が顔を出しませんからね。こんなのは住んでみて初めて分かったんです。

同じ町でもこれくらいの違いがあるんですから、市町村や県が変わったらライフスタイルは全く別物になると考えた方が良いでしょう。ハッキリ言うと田舎暮らしが上手く行くかどうかは、どこに住むかで8割方決まってしまうくらい重要なんです。

そんなロケーションを選ぶ際に、都会の人がやりがちなのが、田舎と地方都市の混同です。都会以外はみんな田舎でしょ、と考えてしまう人が多いんですが、田舎と地方都市は全く違いますから。田舎というのは田んぼや畑、山に川に湖や海が視野の大部分を占めるエリアで、写真にしたらこんな感じです。

それに対して地方都市というのは、畑や田んぼがほとんど無いんです。確かに東京よりも密度は少ないし、道路も混んでいないけど、でも基本的に人工物しか目に入らないというエリアのことです。こういうところに住むのは田舎暮らしではなく、移住でもありません。こういうのは地方都市へのお引っ越しですから。

これはこれでアリですよ。なんたって住居費が都会に比べて半額とか、場所によってはそれ以下になったり、生活費もグッと安いのが当たり前ですから。でもそれはここで論じる田舎暮らしではありません。このような地方都市から車で30分程度走ると目にする風景を田舎と言っているんですから。

もう少し突っ込んで解説すると、我々が5年前に移住してすぐのことなんですが、駅前の繁華街(つまり地方都市のド真ん中のあたり)にある病院に行ったんですよ。そこで治療の合間に世間話になって、我々が横浜から移住して来たことを知った看護婦さんが、「じゃ、駅前のタワーマンションとかにお住まいなんですよね?」と訊いて来たんです。どんな誤解だ?と思いつつ住んでいる町名を伝えたら、「え?あんな田舎に!」って驚いたんですが、それが田舎です。地方都市に住んでいる人からみても田舎だなと思われるところに住むのが田舎暮らしなんです。

将来、田舎に移住したいと考える人の多くは、イメージの中で田んぼや畑をやっている自分を考えるわけですが、それは地方都市へのお引っ越しでは出来ませんから。だってそこはスケールの小さな都会があるだけで、田んぼも畑も存在しないんですから。

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