関東地方の某都市から、中国地方の地方都市に移住して来てそろそろ4年になります。我ながらかなり上手に田舎に溶け込めたと思いますし、これからもこの町で暮らすんだろうなという実感もあります。
ところが、この4年の間に伝え聞く限りで数組のご家族が、希望を胸に都会から移住されたもののどうも思ったような生活が出来ずにもがいているというか、地元の人に爪弾きにされているというか、中にはもう田舎暮らしを諦めて都会に戻ると決断をした人もいるようです。
そのようになってしまう理由は様々あるんでしょうが、私が傍で見ている感じではいくつかの共通点があるようです。このほとんどは幻想なんですね。田舎暮らしに対する淡い期待というか、勝手な妄想というか、単なる世間知らずというか、想像力の欠如というか、無邪気に自分勝手な想いを抱き、それと現実とのギャップを目の当たりにしてショックを受けるというケースが多いようです。これから田舎暮らしをしたい、しよう、と考えている方はこのあたりを知っておくとミスマッチが減ると思うんですよね。
まずは、都会の人が一度は考える、「田舎に暮らして農業をやるぞ」という幻想をブチ壊してみましょう。
一番多い勘違いというか、妄想というか、現実には成立しない幻想がこれです。みなさん農産物の末端価格ってチャンと理解していますか。世界的にスゴく高いと言われている日本のお米だって、10キロで5000円程度ですからね。感覚が掴めない人に解説をすると、田んぼ1反(約300坪、1000平方メートル)から採れるお米は、化学肥料をチャンとやって、除草剤を撒いて雑草にやられないようにして、8俵(480キロ)採れたら上出来だと言われているんです。末端価格で直接エンドユーザー(つまりお米を食べる人ね)に販売したとしても1反からの売り上げはたったの24万円ですから。都会の人にイメージしづらいんでしょうが、田んぼ1反の広さに東京では10軒の建売住宅が建つ、そういう大きさですよ。だって一辺31.6メートルの正方形が1反なんですから。この大きさを人力で、つまり機械を使わずにやろうとすると田植えに軽く2日は掛かります。最初のうちは、終わった後に太ももがパツパツになって階段を降りられなくなるかも知れません。
農家資格を得るためには、本土の場合5反の田畑が必要ですから、この5倍の面積をやったとして売り上げは最高で120万円です。というか、これもまた幻想で、普通は採れたお米をJAに卸すわけでそこでの買い取り金額は10キロ2000円程度ですから。つまり1反やって96,000円の売り上げって事です。10倍の面積をやっても100万円に届きません。そしてここには苗のコスト、化学肥料代、農薬代は含まれていないんですから。これでどうやって生計を立てることが出来るんでしょうか。どう考えても不可能ですよね。では田舎に暮らしている農家の人達はどうやって生計を立てているのかというと、これはほぼ全員が兼業農家として外でおカネを稼いでいるんです。そちらの収入がメインで、農業の方はお小遣いと助成金稼ぎにやっているんです。
では田んぼではなく畑で野菜を作ったらどうかと考える人もいるでしょうからこちらも解説をしましょう。野菜は手間が掛かるんです。お米って実は最も簡単な農作物なんですよ。化学肥料と除草剤を撒いて田植えをしたら、あとはお水の管理以外にやることはありません。ひたすら稲が大きくなるのを見守って、秋の収穫(稲刈りと脱穀)を待つだけなんです。だからこれは素人でも簡単に出来るんです。ところが野菜はそうは行きません。それぞれの野菜ごとに土作りが異なるんです。例えばホウレンソウは酸性の土を嫌うので石灰をかなり撒いて中和させるとか、ナスは肥料食いなので元肥、追肥をしっかりやるとか、瓜系の野菜は連作障害が烈しいので場所を変えるとか、そういう知識があって、さらにそれに合わせて作業をしなきゃならないんです。おまけに途中で支柱を立てたり、摘果したり、受粉させたり、土寄せしたりと収穫までにものすごく手間が掛かるんです。ですから、畑を1反なんてやったら、スゴく忙しくなるでしょうね。
そうやって頑張って作っても、JAに卸すのでは全然おカネになりませんから。お米よりも収穫までのサイクルが短いのと、シーズン毎に異なる作物が出来るのとでおカネの出入りはありそうですが、年に100万円の売り上げを作るのは簡単じゃありません。
そもそも農業をやるのにどれくらいの経費が掛かるかを知らない人が多いんです。まさか鍬とスコップがあれば出来るって思ってませんよね。1反の田んぼや畑を耕すのを人力でやったら毎日やって1週間は掛かると思います。(戦前の機械化される前の農民で、若い人元気な人で1日1反耕したら大したもんだって言われたらしいですから)ということは農業用の機械を買わなきゃならないんです。新品で買うと一番安いヤツで120万だそうです。お米はもっとおカネが掛かります。田植えには田植機が必要ですし、稲刈りと脱穀にはコンバインが必要で、田植機は一番安いヤツで20万程度、コンバインは150万だそうです。
こんな経費をペイさせるには、相当大規模にやらなきゃなりませんし、もっと言えばJAに卸しているようじゃお話にならないんです。ここがもう一つの盲点で、作ったお米や野菜を誰にどうやって販売するのか、という視点が欠落している人が多いんです。無農薬で美味しい野菜を作ったら飛ぶように売れるはず、と考えていたらその人の脳みそはお花畑ですよ。全国の誰が、どうやってあなたのことを知ってくれるんですか?同じように無農薬で作っているプロとの差別化はどうするんですか?こういうマーケティングの視点を持って農業に参入する人って驚くほど少ないんです。みなさん作りさえすればどうにかなるって思ってるんですよね。イヤイヤ、どうにもなりませんから。良いところ、地元の産直市場で売ってもらえればラッキーで、それさえも産直市場にはプロが作った見目麗しい農作物が並んでいるわけですから、それらとの競争に勝てるかどうか(勝てなければ売れ残りということ)を考えなければなりません。昨日まで都会でサラリーマンをやっていた人が見よう見まねで作った野菜と、その道数十年のプロが作った野菜では、味はともかく見た目という点では敵いませんから。味って言っても、収穫して翌日売り場に並ぶようなら違いが分かる人はほとんどいないでしょう。
余談ですがここだけの話、農産物って収穫してから遅くとも半日以内に食べるから美味しいんですよ。サツマイモなど干した方が美味しくなるものもありますが、サラダにするようなフレッシュな野菜は採ったその場で食べるのが一番美味しいのです。スーパーに並ぶ野菜がマズいのは、収穫してから時間が経っているからです。それなら採ったものをすぐに配送したら売れるのかというと、宅配便を使った配送はとにかくコストが掛かるんです。中国地方から東京にダンボール一杯に詰めた野菜を送ると、送料だけで1000円以上掛かります。オマケに当日は届きませんから。つまりあなたの手作りの野菜を買いたい!という人が都会にいても、野菜の値段以上の送料を負担することに同意してもらわなきゃビジネスにならないんです。オマケに翌日着ですから、味の違いは分かりづらいですしね。
農業をやるための、農地の確保はおカネで解決出来ても(離農者はたくさんいますから)、土地のメンテナンス、実際の農作業、お客さんを見つけてくるマーケティングと販売、ビジネスとして継続させるための経営、これらすべての歯車が噛み合って初めて農業として成立するわけで、これを一気通貫で考えて全てのプロセスに対策を打っている人ってほとんどいないんです。というか、真面目に考えたら「こりゃ不可能だ」という結論になるのが当たり前なんですから。