書評『私が最も尊敬する外交官』

先週読み終わった本について書評など。

 

著者の佐藤優という人は、元外務省のキャリア組であの鈴木宗男元衆議院議員の収賄事件でワイドショーに頻繁に登場した(というか本人が望んで出演したわけではなく、カメラが一方的に回っていただけですが)、あの強面の御仁です。彼もこの事件に連座して最高裁で有罪が確定し、外務省を追われる事になりいまでは作家として活動しています。

この人については、初めはやっぱりワイドショーでの登場の仕方があまりにも悪役で、しかも容姿がそんなマスコミのシナリオにピッタリだったので、書店で本を見掛けても「どうせつまらん暴露話が書いてあるんだろう」くらいにしか思っていなかったんです。ところがある時(たしかブックオフで)彼の本を立ち読みしたらその文体のあまりの格調の高さというか、文章の裏から滲み出てくる教養というか、見識の高さにクラッと来て思わず買ってしまったのが始まりです。

ここのところ彼の本は読んでいなかったんですが、それでも有料のメールマガジンを購読していて彼の新著についてはウォッチをしていました。そんな彼の最新作がこの本です。

同時に、

も買って読んでみたんですが、今日ご紹介するこちらの本の方に知的好奇心を揺さぶられました。
この本で著者がインタビューをしているのが吉野文六という先輩の外交官で、この人の歩いた経歴が面白いんです。太平洋戦争勃発前に外交官になった氏は、船でアメリカに渡り、そこから汽車を使ってニューヨークを経由し、最後は同盟国であるドイツに赴任します。それからドイツ敗戦までの間、ずっとドイツで生活をしてドイツ敗戦後の混乱を命からがら抜け出し、シベリア鉄道を使って満州を経てどうにか日本に帰国する。この一連の赴任生活を著者がインタビュー形式で聞き取りをするというスタイルで書かれています。

この本でまず驚いたのが、日本の外務省が優秀な若手外交官に徹底的な教育を、時間を掛けて、手を抜かずにやっているかという事でした。当時既にドイツは第二次大戦を始めていて、そこに外交官として赴任しているのにも拘わらず、吉野氏は外交官としての通常業務をほとんどすることなく、ドイツ語の習得をするためにひたすら大学で勉強をする、ドイツ人との人脈を作る、そういう事に専念させていたんですね。日本に暮らす日本人には、国家総動員法による非常時という事であらゆるものが制限されていたのに、同じ時期にドイツにいた彼は、世俗と隔絶した優雅な留学生活を送っていた、正確に言えばそういう指示が外務省から出ていたという事です。

外交というのは極めて労働集約的で人に依存する仕事なので、人の教育については徹底的にやる、どんな非常であろうがそれは所詮一時の話で、戦争が終われば(いつか必ず終わるのです)また能力がある人が必要になる、その時のために投資として教育を施すという姿勢を貫いているところを見直しました。翻って民間企業を省みると、景気が良い時、業績が良い時には教育をし、これが傾くと真っ先に減らされるのが教育、研修費だったりします。

日米が開戦し、日本という国がどういう状況になったのかは多くの書物で詳らかになっていますが、同盟国であったドイツはどうだったのか、特にドイツ国内はどういう状況にあったのか、そしてこれを日本人が日本人の視点で綴った本ってほとんどありません。本書はまさにこの空白地帯を埋めてくれるモノとしてとても参考になります。ヒトラーやナチスがドイツ国内で圧倒的な支持を得ていたとは言えない事を振り返っています。例えば、ヒトラーやナチスが大嫌いな人が経営しているお店では、ナチス信奉者が、「ハイルヒトラー」と言って入ってくると露骨に後回しにする、こういう事が許される程度の自由が当時のドイツにはあったんですね。あのような全体主義の国でここまで大っぴらにそういう主義主張がドイツで可能だったという事実と、日本の当時の状況を対比させるとどちらが全体主義色が濃かったのか、また権力に抵抗せず付和雷同に流れやすい日本人気質にも目を向けると多くの学びがあると思います。

本書は外交官としての生活が軸になっていますから、これを読むと外交とはどういう事か、外交官とは何をやっている人なのかが分かって来ます。この中で驚いたのがドイツが敗戦した際に、ドイツの外交官が同盟国である日本の大使館に同盟の解消を告げに自転車で来たというシーンです。もう誰が見ても敗戦は明らかで、今さら告知しに来なくても良いようなものだと我々一般人は考えるのですが、空襲がヒドい中、自転車に乗って日本大使館までこれを告げに来たドイツ外交官がいた事を知ると、プロトコールと言われる外交儀典の重みを理解出来ます。

また氏が、ドイツの敗戦間近で空爆が烈しい状態なのに上司の命令で酒肴を届けに行かされるあたりは、日本の官僚組織の規律がよく分かります。上司からの命令であればそれがどんな事であれ、やる以外にないこれを遂行するというメンタリティーは私には全く理解出来ませんが、あのような極限状態でもそれを粛々とやる公務員って、戦場に於ける兵士とメンタリティーの上では全く相違がないのです。命じる方も命じる方ですが、それを受けて爆撃が烈しい市内を車で走り回る若手外交官(しかもこの酒肴は外交には全く関係無く、上司の享楽が目的なんです)を見たら、シニカルな意見のひとつでも言いたくなるのですが、インタビュアーの著者もまた元外交官でこの切なさというかやるせなさを同じ温度で共有しているところが、戦後もこの公務員魂が不滅であることを示しています。そんな業務命令には従順な彼らであっても、「国民に嘘をつく国家は滅びる」という歴史の教訓を心に刻み、そのポリシーを曲げずに業務をする事の葛藤が伝わってきて、読後感は爽やかなモノとなりました。

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