遅まきながら、今年に入ってからタブレット端末を購入し、出張時に利用しているわけですが、これを使っているとドンドン『アプリ』というプログラムが増えてきます。これの正体は何かというと『特定の領域に於いて必要な情報を取捨選択するツール』と呼べるわけです。Yahooアプリなら、Yahooのページに書かれている事「だけ」を、一切のムダ無く表示してくれる。ANAのアプリなら全日空の飛行機に関する運行状況や予約、座席の指定という情報の操作、閲覧「だけ」をやってくれる。SmartNewsやアンテナなら自分の趣味に合いそうなヒマつぶしネタ「だけ」を集めて表示してくれる。乗り換え情報なら、地下鉄やJR、私鉄の路線案内「だけ」をやってくれる。共通しているのは、「○○だけ」をやってくれるという事です。
つまり、自分にとって不要なモノを排除し、必要なものだけを純的に抽出して最短の手順で手に入れられるようにしたのがこのアプリというモノなんです。これって一見便利なように見えますが、人間ってこういう情報だけに接していてはダメになると思いますよ。
欲しい情報、必要な情報「だけ」に接していると、あなたにとって新しい未知の世界は広がりません。欲しい、必要というのは、その領域について「知っている」という状態が前件になるからです。「知らない」のは箱の中身であって、箱自体は既知のモノなんです。ところが人間の成長というのは、未知の箱に出逢う時に起こるんです。いまみなさんが興味を持っている、必要としている、大好きである、そういう情報だけでは未来のあなたを構築する事は出来ないのです。
音楽でも文学でも同じなんですが、全然知らない、初めて聞く演奏家、作曲家、作家に触れる瞬間が最もワクワクするんです。なんだこれ、どうなってるんだ、これからどういう展開なるんだという不安と期待が綯い交ぜになった時のドキドキ、ワクワクする感覚を思い出したら良いんです。未知のドアを開けてドアの向こうに新しい風景が見えた、その時の喜びが人間のこころを刺激し成長させてくれるんです。
そもそもいまあなたが好きで、興味があるジャンルだって最初は未知の世界だったわけです。そのジャンルに出逢った時の事を思い出してみて下さい。偶然、ひょんな事から出逢ってしまった、でもそれに接していたら段々と味わいが深くなって気に入ってしまった、もしくは最初の出逢いの瞬間に打ちのめされてしまった、それが今ではこれなしでは生きていけないと思うくらいハマってしまったわけです。そうやって人は人生に於いて新しいジャンルを開拓して行くんです。
いま私が気に入っているモノとコトのすべては偶然の出逢いです。仕事も趣味も野良仕事も田舎暮らしも、好きな音楽や本のジャンルだって全部偶然そのあたりをほっつき歩いていたら、出合い頭のように私にぶつかってきて、初めはなんだこんなものと思っていたのが、いつの間にか私の人生で重要な位置を占めるようになったんです。スマフォのアプリで引っかかったわけでは無いのです。
まだGoogleの検索は良いんです。検索の結果、玉石混交色々なものが目の前に提示されて、それをあっちに行ったり、こっちに来たりしているうちに、未知のモノに出逢う可能性がたくさんありますから。フラッと本屋さんに入る楽しみは、興味も無い分野のコーナーでパラパラと立ち読みをしてみて「おお、これは面白そうだ」という本に出逢う瞬間です。CD屋で名前も知らない演奏者のCDを試聴して、「お、なかなか良いじゃないか」と感じる瞬間もオツなものです。
私は「目に見えるモノ」と「目に見えないモノ」という表現をしているんですが、最近の人は目に見えるモノにしか価値を見出せないように思います。そもそも目に見えないモノを認識出来ないか、認識してもそんなものは怪しいとか、非科学的だとか、たいしたものじゃないって考える人が多いんです。しかし物事には表と裏があって、これは表裏一体不可分の関係にあるんです。目に見える世界というのは目に見えない世界によって支えられているんです。特にこれから先の未来とか将来というのは、現在のあなたの目に見えない世界が材料になって作られるんです。
ですから、ここに一定比率で「知らないモノ」を混ぜ込んでおくと、人生が刺激的に変化して行くんです。こんなものに関わって何か良い事があるのだろうか、と感じるような事や、それって何?全然知らないんだけど、という事を毛嫌いせずにそのままの形でマルっと飲み込んでみる。そうするとそれが時間の変化と共に変質してきて、ある時あなたの滋養になったりするんです。だからサラリーマンで、本は読むんだけど全部仕事に関連する分野のものばかり、という人には新しい刺激的な事ってなかなか起こらないんです。そういう人生を続けていくうちに、刺激に対する感受性が失われてさらに同じようなルーティーンが繰り返されてますますいつもの代わり映えのしない毎日を送るようになるんです。
スマフォのアプリってそういうルーティーンを純化させる方向の圧力が強くて、こればっかりを使っていると、新しい未知なるモノが人生に占める割合がドンドン少なくなっていくと思うんです。今必要なモノ以外に価値は無い、必要なモノだけに接していれば良いのだという生き方って、「オレは世界の全てを知っているのだ」宣言しているのと同じです。もし、世界の全てを知っている人がいるのなら、その中から今の自分に必要なものを抽出する事も出来るでしょうが、もちろんそんな人はこの世にいないんです。むしろ世界のほとんどの事を知らない状態で生きているからこそ、そんな知らない世界のどこかに、あなたの人生を今より輝かせてくれるものがひっそりと隠れているわけで、そういうモノとの出逢いって冒険心を持って、エイヤっと未知の世界に踏み込まなきゃ手に入れられないのです。