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第63回目(2016年7月)の課題本


7月課題図書

 

「幸せ」について知っておきたい5つのこと


帯に、「幸せとは技術である」と書かれているんですが、この言葉には100%同意します。

常々セミナーなどで私が言っている幸せについての概念がこの本にキレイにまとめられて

います。仕事、おカネ、家族、挫折、人間関係の全てで幸せになるための具体的方法がこ

の本には書かれています。これに足りないものがあるとしたら、これを抽象概念にアウフ

ヘーベンして、どのようなイベントにも対応出来るメソッドを作ることくらいじゃありませんかね。

この本には書かれていませんが、富とかおカネって、まずあなたが幸せにならなきゃ手に

入らないんですから。つまり本書を理解して幸せを手に入れられれば、その後におカネが、

財産が、富が着いてくるということなんですよ。だから本書は気合いを入れて読むべしな

のです。

 

 【しょ~おんコメント】


7月優秀賞


今回一次通過されたのは、sakurouさん、kawa5emonさん、diegoさんの3名でした。

で、じ っくりと読み返した結果、本書をなんと4回も読み直したdeigoさんに差し上げる

事にしま した。おめでとうございます。

【頂いたコメント】

投稿者    Valentina    日時    2016年7月17日


「アラフォー独身、手取り18万、来年の仕事未定の私がなぜ幸せか」

 第1章で『人生の満足度を測る』ための5つの質問に答え、さっそく測定した自分の満足度は、35点満点中21点だった。これは、『平均的な満足度』に属する人達の中でも、低い方の部類に入る。

 今、私は夢を叶えるために現在進行形で突き進んでいるし、6月の速読セミナーを経て、しょ~おん塾生として更に広くて強い人間関係を構築できたし、間違いなく自分で「幸せだ」と言える状態にある。にも関わらず、満足度測定で低い点数になったのは、設問が“人生”という長いスパンについてのものであり、私は決して自分の“過去”については満足していないせいだ、と自分なりに分析した。

 過去には満足していないけど、未来に希望がある。その“ポテンシャル”があるから、今、自分は「幸せだ」と言える。―それが、私が自分の点数を見て出した結論だった。つまり、“今”という時間だけにスポットを当てれば、私はまだ幸せな状態ではないということになる。

 ところが、第1章を読み終えただけで、私は自分がとてつもなく幸福な状況に置かれているという事実に気が付いた。

 ダン博士によると、幸せになるために必要な3つの材料は、『人との交わり・親切・ここにいること』。私は、自分がこれら3つを持っているかどうか、1つずつ分析してみた。その結果、自分が夢を叶えるために今力を注いでいること自体、それだけで3つの材料をすべて満たしていることが分かった。

 私は、来年から海外で日本語教師として働くために、去年の10月から日本語教師養成講座に通っている。また、資格を取得する前でも教える経験を積んでおきたいと思い、昨年末から日本語のチューターとしてSkypeで日本語を教えている。更に、オンラインで語学を教えたい人の参考になるような情報が、世の中にあまり出回っていないことに気付いた私は、自分が発信しようと思い立ち、最近ブログやメルマガ発行も始めたところだ。ブログもメルマガも、まさか自分が書く側になる日が来るとは思っていなかったが、意外と楽しく、寝る間も惜しんで文章を書くことも少なくない。

 そんな私にとって、

①人との交わり=日々、世界中のいろんな国の生徒さん達に日本語を教えている
②親切=レッスンをする度に、感謝してもらえる
③ここにいること=レッスンや、宿題を作っているとき、ブログを書いているとき、時間を忘れて没頭できる

 私が日本語を教えているだけで、『幸せの鍵』は3つもう揃っているのだ!私は、第1章を読み終えた時点で、既に、自分がどれほど幸福かということに気が付いて、身震いした。

 私が自分の過去について満足と言えない理由の一つに、全財産を何度もなくした経験が挙げられる。第2章で『モノを買うよりも「経験」を買ったほうが人は幸福を感じる』という部分を読んだとき、私は自分が何に対して全財産を差し出したのか振り返ってみた。

・全財産はたいてスペイン留学
・全財産なくなるまで、収入がほとんどない個人事業を続けてみた
・「海外で働く!」という夢の実現のため、日本語教師養成講座に先行投資
・6人家族を養う弟にお金を借りて、速読セミナーを受講

どれもが「経験」を買っている!!つまり、私はとてつもなく幸福なのだ。こんな素晴らしいお金の遣い方を、これまで私は「全財産をこんなに何度もなくして、カッコ悪い」と思っていたなんて…

 山形のド田舎で超安定志向の両親に育てられた私が、こんな破天荒な金遣いができるようになったのには、あるきっかけがあった。2006年、たまたまW杯のチケットが手に入った私は、入社したばかりの会社を10日間も休んでドイツへ観戦に行った。世界中から観戦に集まった人々でカオス状態のケルン大聖堂前広場で、アンゴラ人の集団を見かけた。アンゴラ人にとって、ドイツまでの航空券を買うために、どれほどの大金をはたかなければいけなかっただろう。もしかしたら、彼らは、そこへ来るためにいろいろなものを我慢して費用を捻出したのかもしれない。でも、彼らはとにかくすごく幸せそうだった。そのとき、私はふと、「こういうお金の遣い方もいいな」と思った。そして、その経験が、私のお金についての考え方に大きな影響を及ぼしていると思う。そんな貴重な経験を20代のうちにできたのも、とても幸福なことだと気が付いた。

 なんだ。私は、過去も十分幸せだったじゃないか。本を読み終えて、そう感じた私は、第1章の5つの質問に再度答えてみた。結果は30点。本を読み始めた直後から、9点もアップしていた。30点は、『非常に人生の満足度が高く、すべての面でうまくいっていると感じている人』とのこと。これで、あとは最愛のパートナーさえ見付ければ、35点満点かもしれない。

投稿者    hiroshi    日時    2016年7月21日


「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室を読んで


「幸せとは技術である」と見た時に、いかに自分が意識していないかが分かった。
仕事について、日々のルーティングをこなしているため
変化を感じていませんでした。
他社に与える気持ち、自社の製品を購入して頂くことで
お客様に役立つ思いで仕事をすると日々の活動が変わってくると思いました。

まずは自分自身が幸せになるという考えよりも、他者に対して感謝される情報や
動きが出来ると自ずと幸せになれると感じました。

「親切」と「感謝」は忘れがちです。
ちょっとしたことでも、人に助けてもらったことは感謝する気持ちを
忘れずに持ち続けたいです。

名声や地位だけを追うことは必要であるが、家族の幸せを忘れてはいけない。

人は一人では生きていけません。
幸福な人がいる環境を身において、自分から幸福なエネルギーを発していきます。

投稿者    Moai    日時    2016年7月24日


しょーおんさんのセミナーに参加した時のノートを振り返ると

 「人生とは○○なものだ」

という質問を与えられた時に

 ・お気楽で楽しい
 ・いろいろな事が起こる(アクシデント、イベントを楽しみたい)
 ・なんとかなる

と答えている。


私は私の人生を結構楽しいと感じて生きてきた。

子供の名前をつける時も、まず自分の名前の姓名判断を行い
この点数でこの人生なら、高得点にこだわらず私よりよければ全然問題ないと
気楽に付けれた。

漠然と「私は幸せ」だと思っていたが、
この本を読み、ちゃんと説明していただけると腑に落ちた。納得だ。

「人との交わり」
「親切」
「ここにいること」


私はもう15年以上前から毎朝の14kmの通勤ランで
すれ違う人追い越される人すべての人に挨拶をしている。

これだけのことだが、信号で立ち止まると話しかけられたり、
「会社で食べ。」って餡パンを分けてもらったり、
「どれでも選び。」って自動販売機でジュースをおごってもらったこともある。
「あなたに刺激を受けた。」と言って通勤ランを始めるおっちゃんや、
「もう仕事やめたけどな、毎朝車の中からあなたを見てたよ。」と伝えられたりもした。
私が来るのがわかると、玄関を閉めずに私と挨拶するまで待ってくれるおばちゃんまでいる。
まだいくらでもエピソードがあって、書ききれないのですが

それがすべて
「人との交わり」
「親切」
「ここにいること」
で説明できる。


「幸福には伝染していく力がある」と学びました。

2006年から子育てに関して毎日メルマガを発行してきた
今は息子も19歳、16歳になり私の事ばかり書いていますが、
私は日々のメルマガ、ブログで周りの人に良い影響を与えたいと
考えていました。
これもこのまま継続していきたい。


ただ、大きな問題が一つあります。
私は仕事を報酬のために働く「ジョブ」としかみていない。
ここでいつも悩む。
週のうち40時間以上を過ごす会社をどのように意味付けるか。
 有意義な仕事であると考え直して定年まで働くか、
 子どもが独立するまで我慢して働くか、
 私の強みを活かせる仕事を探すか。


私の人生だ。
悩むのも楽しみのうちだと思って、日々の生活を味わいます。

投稿者    J.Sokudoku    日時    2016年7月28日


 幸せは運ばれて来ているモノ
 そして、幸せは運んで行くモノ
 さらに、幸せを運んで行くことでまた幸せは自分に運ばれて来るモノ
 そうして幸せはどんどん大きくなり広がって行くモノ

 これは、あるシンポジウムに参加し、そして本書を読むことで新たに得た「幸せ」についての自分なりの考えです。以下に、どのようにしてこの考えに至ったのかについて書きます。

 本書にて、フランス語やその他の幾つかの言語では、「幸運」と「幸福」は同じ単語を使うことを知りました。それが意味するところは、何なのでしょうか?

 まずは、改めて「幸運」という単語の意味について考えてみました。日本語の「幸運」という単語から連想される意味は、運ばれてきた「幸福」に偶発的に遭遇するというイメージであり、自分もそう思っていました。

 しかし、本書を読むことで「幸運」の中には、“運ばれて来ている幸せ”だけではなく、“運んで行く幸せ”もあり、双方を「幸福」ということなのではないか、と思うようになったのです(本書では直接的にこのような表現は使われておりませんが)。

 そして、その「幸福」を得るために重要なのが、“気づく”ことや“見出す”こと、そして“作り出す”こと等の技術や能力なのではないか、という結論に至りました。これは、「幸運」と「幸福」は能動的な行動からも生まれるということです。

 まずは、“運ばれて来ている幸せ”とは何かについて。

 ここでの“運ばれて来ている”を別の言い方をすると“既に身の回りにある”ということを意味します。ただ、その既に身の回りにある幸せに“気づく”ことが出来る人と出来ない人がいるのです。
 
 身近な例で言えば、母は自宅の庭で生長する植物を眺めながらとても楽しそうにしています。その時、母は植物の成長に幸せを“見出せている”のでしょう。しかし、この同じ事象に対して幸せを“見出せない”人もいます。ちなみに、自分は母程でないですが幸せを“見出す”ことができます。

 同じ事象でも、見出せる人と見出せない人がいる。また程度も違うのは、幸せを見出すことは感受する能力、または技術が関係していると言えると思います。

 逆に、幸せに“気づけない”例を挙げると、本書でも述べられていましたが、日本人の幸福度が低いことに顕著に表れていると思います。

 多くの日本人は、他の国々、特に発展途上国に比べると、衣食住の心配や治安が良いということに対して幸せを感じていない、感じられないのです。当たり前だという認識から来る慣れで麻痺してしまって“気づけない”のです。本当は非常に有り難いことなのに。

 しかし、行動をすることで幸せに“気づく”ことは可能です。例えば、世界の貧困問題に関する書籍を読むという行動で、日本人に生まれて来たということが如何に幸せなのかに“気づく”ことはできるのです。こういった面からは、「幸福」を得るコトは、技術と行動だということに頷けます。

 繰り返しなりますが、幸せは既に沢山身の回りに運ばれて来ているのです。

 次に、“運んで行く幸せ”について。

 本書が課題図書になったのは、自分にとっては非常にタイムリーなことでした。何故なら、本書に出会う丁度前に、【日経ソーシャルイニシアチブ大賞】という表彰式と記念シンポジウムに参加し、その際に持った疑問が本書を読むことで解けたからです。

 このシンポジウムは、ソーシャルビジネスの促進を目的として実績を上げた企業を営利、非営利を問わず表彰するイベントです。表彰された団体・企業は、“犬の殺処分ゼロ活動”、“不登校の若者自立支援”、“LGBTのための社会づくり”等、各々のビジョンと活動内容、実績等の報告をしました。これらの団体・企業の活動に共通する内容は、普通の人達は、目をつぶって通り過ぎてしまうだろう事象に正面から向き合って解決方法を探り、解決に向けて活動を続けていることです。

 そして何よりも、壇上に立たれた全ての方々の目は、力強く、澄んでいて、生き生きとしていて、本当に幸せそうに見えました。この方々が放つオーラというのでしょうか、輝きは形容しがたいくらいでした。そして、その時に持った率直な疑問は、
 
 何がこの人たちを突き動かしているのだろうか?

ということでした。そして、幸運にもその疑問への答えは本書で見つけることができたのです。彼らに共通するのは、

 1.「人との交わり」
 2.「親切」
 3.「ここにいること」

と、本書で紹介されている「幸福のレシピ」を使い、強い意志と、とてつもない行動力を備えていたからなのです。

 “1”、“2”はソーシャルビジネスという名称から関連付けは容易だと思います。では、“3.「ここにいること」”についてはどうなのでしょうか?自分なりによく考えてみました。

 出た答えは、彼らは、目の前に困っている人の問題に“気づく”ことができ、そしてそれに正面から向き合い、そして救うことに全力を注いでいるということです。そして、向き合った問題を解決することで救いの手を差し延べて困難な状況にいる人たちに“幸せを運んで行っている”のだと思ったのです。

 そう、幸せを”作り出している”のです。

 また、本書とこの記念シンポジウムを通して気づいたのは、幸せを作り出すためには不幸せというネガティブな事象にも敏感であり、また対峙することが必要であるということです。言い換えれば、「幸福」になるためには、幸せに“気づく”だけではなく、不幸せに“気づく”ことも大事だということです。それは、自分の中に、そして他者の中にもです。そして、幸せを多く感じている人というのは、他者が抱えている不幸せを解決する手伝いをすることで“幸せを運んで行き”、そしてその行動自体が幸せとしてそのまま自分に“運ばれて来るの”だと思います。

 他者の不幸せに気づけない人は幸せになりにくいのです。

 最後に、今後の自分の行動について考えました。20年後、30年後に幸せであるために、これから自分は何をするべきか。幸運にも本書最後のページにそのヒントを見つけました。それは、
 
 ・子供

です。サラッと書かれていましたが、子供の有無は幸せに多少影響するだけだそうです。“えっ⁉多少なの…⁉”と、正直驚きました。何故なら、自分が現在幸せな時を思い浮かべると、子供達と一緒にいる場面が多くを占めるからです。

 しかし、このコトを暫く考えた後、問題点はこの見解が正しい正しくないではなく、また子供の有無の影響が多少なのか多大なのかでもなく、自分の「幸福」がとても偏っていることが問題だという点に行き着きました。

 確かに、子供を持つことで我慢しているコトや諦めているコトは、多々あるのが事実なのです。しかし、この我慢や諦めを当たり前のように素通りさせるコトが果たして良いのでしょうか。今は、良いと思っていても、もしかすると、20年後、30年後に後悔する時が来るのではないだろうか、と初めて思ったのです。その時、大きくなった子供達にそんな愚痴を言うような事態になる可能性も否定はできません。もしもそうなったら、それこそ最悪です。

 そして出た結論は、もっと、子供とは関係無い部分で幸せを探すべきだということです。そして、その上で幸せのバランスを取っていくことが大事なのだと思いました。

 では、何から始めれば良いのでしょうか?

 シンポジウムで表彰されていた方々のようにソーシャルビジネスを通して人や社会と結び付くことがベストなのでしょうが、いきなりそれを始めるのは現実的には難しいです。参考になったのが、先のシンポジウムにて特別表彰された国連の世界食糧計画の日本大使を務めている知花くららさんの話です。知花さんは、自身のモデル業との兼ね合いで制限せざる負えない大使の活動について悩んでいた時に、

 『100やらなくてもいい。10でも1でも、やらないゼロよりずっといい』

という知人の言葉で楽になったと話されていました。

 自分もまずは、気楽に出来るコトや小さいコトから始めようと思います。募金する、道に迷っている外国人に話しかける、電車で席を譲る、食べ物に感謝する、季節の移ろいを味わう、趣味の合う人達と新たにコミュニティーを作る、ご無沙汰の旧友に連絡をする、お墓参りに行く、新しいコトに興味を持つ、何でも良いと思います。まずは、意識してこれらの行動をする回数を増やし、そして続けて行こうと思います。

 そうすることで、幸せは運び運ばれどんどんと大きくなり広がって行くのだと思います。

 本書では、「幸せ」について本当に沢山のコトを学ぶことができました。素敵な本のご紹介ありがとうございました。

~終わり~

投稿者    akiko3    日時    2016年7月28日


「幸せ」について知っておきたい5つのことを読んで
  
 人生満足尺度で、
“⑤ 同じ人生をくり返すよりちがう体験を味わいたい”を、
“ほとんど当てはまらない”と選択すると満足度が6点も下がってしまうが、人生は経験するために自分が選んで生まれてきたと思っているので、違う体験がしたいのだ。最近では幼児の記憶から『自分が親や人生を選んで生まれてきている』ことも語られている。そして、自分の人生を振り返っても、幸あれと親や周りの人間関係、自然界などからも無限の愛が注がれ、生かされている命だと感じる。世界の情報が入り、人生の経験から考えても幸せを実感する。幸せを味わうために生まれてきたとの思いも強くする。
だが、そんな考えを持っていても、辛いとため息なのか呼吸なのかわからないような時代もあったし、持っていないものも叶わなかったこともあるが、総じるとやはり幸せで満足なのだ。

  一方で、生きることは苦とも言う。確かに辛いこともある。何かしら背負い、消化するために日々試される厳しさもある。
  息が詰まるような環境で“ねばならない”に縛られ、ただただ日々を輪の中のねずみのごとく走り続けなければならなかった時、この輪の中から飛び出したらどんなに楽かと思うこともあった。寝る前のほんのひと時のネットサーフィン中に、たまたま見つけたブログに綴られる日々にしばし見入ったことがあった。“いいなぁ~こんな生活”と羨ましく読み進めていたら、ご主人が書かれた文章が目に入り、夫婦仲良くなんて素敵な人生なんでしょうと思った文章に目が釘付け。
  「妻のいない息子と2人の生活になり1か月が過ぎ、やっと慣れてきたように…」
  ええっ死んじゃったの?ブログの中でささやかな幸せを味わう日々に、確かに生き生きと生きていると思っていたのにいないの?その時、”可哀そう…”という感情が真っ先に浮かび、びっくりした。今のボロ雑巾のような自分の人生でも生きている自分の方が、亡くなったこの方よりも幸せってこと?生の方が死よりいいことだと思っているのか!確かに日々は辛いが、どこかでずーっと続くとも思ってはいなかったと思うし、いざとなれば自分に決定権があると思っていたからだとは思う。今はこれを味わうのだと、でも嫌だなと愚痴を思いながら…いつかまた味わえる楽しみがあるはずだ。というより死ぬなんて考えてないことの方が多いのだ。

  ただ、この先もずっと幸せを実感しながら生き続けられるか?著書の中にあった[幸せになるための生き方を学んでいる]のだから、一生勉強一生“青春”とまではいかなくても、どんな壁も超える努力をし続けることが幸せになることであり自分の人生。命尽きるまで続くのだ。
  ただ、年をとるとはまだ未知のこと。絶対自分はずっと幸せ!って言いきれるかは未知だ。高齢者の方は生きているのが“恥ずかしい”とか“つまらない”と呟く。人の世話になって役に立たない自分は生きていても仕方がないと。友達も家族でさえ先にお迎えがきて自分一人が残された場合、孤独な中でも生きる喜びが味わえるのだろうか?
  ただ、救いは“人間は環境に慣れる”ともあった。年をとると環境順応力も衰えたり、痛みを伴ったり、しんどいとは思うが希望がゼロではないはずだ。医療も進歩しているだろうし、幸せについて論じるぐらいだから死に方も研究され、痛みに対する選択肢もあるだろう。

  要はどんな時も心をどうコントロールできるかだ?行き詰まったら言い聞かせたい
・    自分が選んだ人生だ
・    できるからやってごらんという壁だ
・    幸あれと注がれ続けているエネルギーに包まれているのだ
・    生かされているゆえだ(いつか終わりは来る)
  マザーテレサさんの言葉だったと思うが、不可能と思われることを前につぶやかれた言葉だったか?
「私はできると知っています。ただ(神様)がそんなに私を信じて下さらなければよかったのに…」
偉大な人でも弱音を吐くんだと(弱音ではなく厚い信仰心からの呟きなのだが)自分の課題にアップアップしていたので、目から鱗的な一文だった。

  総じて、何があっても大丈夫と心のどこかで思っている。いつか終わりがくるのだし、限りある人生なら味わわないともったいない。年や経験を重ねたからゆえの心境だと思う。不惑の40。太古からの知恵に学びながら終わりを意識しつつ、日々の「幸せ」を味わって生き、その幸せを広げていこう。世の中は不幸もあふれんばかりで、自分の幸せは大海の滴だが、知命も目前、自分の命の証を(人の記憶の1寸にでも)残せるように…。光陰矢のごとし。あっという間にお達者100才かも!
ありがとうございました。

投稿者    ishiaki    日時    2016年7月29日


「幸せ」について知っておきたい5つのことを読んで

「1人の人間の幸せは、周囲の人たちに伝染する力をもっている」と見た時に、
そんな力を持っているのかとちょっとびっくりしました

また、サポートを受けることを考えるのではなくサポートをすることで幸福になるということを見た時
まさに智の道だと思い、これからは積極的にサポートをしようと思います。

投稿者    akirancho0923    日時    2016年7月31日


『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』を読んで


私には今必要なサムマネーが少ない状況にある。

金運セミナーや運が良くなるセミナーを受講したり
投資して、何とか人生大逆転できないか常に模索している。

仕事での人間関係を良好に保つため、常に言葉や行動に注意を払ったり
家族の仲が良くなるように、コミュニケーションの時間にたくさん時間を
費やし、日々積み重ねている。

しかし中々、状況は変わらない。
正確には、3歩進んで、2歩下がる感じだ。
意識して取り組んで、2年ほどになる。

自分を励ましながら、乗り越えた方々の話や類の本を読んだり
今なんとかくわかる重要なことは
自分が意識して改善している状況を、”ふつうの状態”に持っていくことなんだろう
ということ。


良好な関係が維持できている状態が成果として現れた際に
自分が行った改善の行動が
いつのまにか”ふつうの状態”になることが、まず幸せにつながり
人間関係につながり、サムマネーにつながるのだろうと思う。
そしてそれは通常3年は、かかるのだろうな。

そういう意味では本書にはその方法がレシピとして記載があるが
それを継続することも技術として必要なレシピである、という気づきを結びにしたいと思う。

ありがとうございました!

投稿者    sakurou    日時    2016年7月31日


~「幸せ」について知っておきたい5つのことを読んで~

哲学的に語られることが多かった「幸福」が学問、技術(Technique、Technologyの両面で)として語られる時代が来た。
(cf.以前の課題図書「データの見えざる手」の矢野 和男氏による幸福感の研究)

本書の帯にあり、しょ~おんさんが指摘する通り「幸せとは技術である」というのを私自身、実感している。政治、経済、テロ等、混迷する世の中だからこそ、冷静に事実を見つめながらも幸福に近づくための努力をするかどうかで、、目の前の状況は変わらないかもしれないが、人生を楽しめるか、謳歌できるかどうかが変わってきてしまう。

本書を読んで、一番感銘を受けたのはP145にある幸せのなるためのアドバイス1つ目「今ある幸せを確認すること」である。つくづく実感したのは「目の前の幸せを確認する、感じるにはコツが必要」ということと「コツは継続によって身に付く」ということだ。本書では「お金より経験」「物が幸せに繋がる時代は終わった(「物欲なき世界」とのつながり)」「他者への投資」「幸せにはネガティブも必要」「笑うことで幸福感が増大する」等、いろいろ掘り下げたいテーマがあるのだが、総花的になりそうだったので、今月はこの「継続により作られる幸せ」というテーマで、私の経験を交えて感想を書いてみたい。

私が感想文を書き始めたのは約2年前。当時、私は職場のパワハラをきっかけに心身共にボロボロの状態であった。全くと言って程、読書もせず、ダメダメな状態であった。
とにかく読書をしないとダメ人間になる、という何か確信というか危機感というか、そういうことで課題図書に取り組み始めたのだが、その時に始めたのがもう一つある。日々つけている日記に一言、「幸せ出来事ワーク」、とでも言えばよいのだろうか、とにかく、その日楽しかった、幸福感を感じた出来事を書くことだ。最初は当然幸福感アンテナ感度ゼロ(笑)なので、何も書けなかった。最初の数ヶ月は「ごはん美味しかった」しか書けなかった。ただ、書いているうちに、周りにはいろいろな幸せがあることに気付いた。最初は道路の花、木々の新緑、紅葉、朝日や夕日、雲、空といった自然だったが、そのうち公園で楽しく遊ぶ家族等、幸福感を感じられるネタが街には溢れている。

そのうち、日記に書く内容に変化が出てきた。日記には日々のことを綴っているので、当然仕事でミスしたり等のネガティブな内容も書くのだが、ネガティブな内容が減ってきたのだ。日々暮らしていて、ネガティブなことが減っているとは考えにくい。そこで気づいた。ネガティブなことへの受け取り方が変化しているのだ。幸福感アンテナ感度が上がったために不幸感アンテナ感度が下がってしまったのだ、というかそういう風にしか説明できない。または、もしかしたらネガティブなこと自体が減ってしまっているのかもしれない。まあ、どちらかはどうでもよく、とにかく、ネガティブに感じることが減ってきたのだ。
(もちろんミスを繰り返さないための歯止めは必要だが、これは幸福感・不幸感とは無関係)

起こるできごとと幸福感・不幸感とはあまり相関が無い。また、「ものの見方検定」であった秋元康がロス到着後、車から下車した時にいきなり犬のウンコ踏んで偶然性をプラスに捉えてラッキーと思えたように、ものの見方次第でネガティブイベントもポジティブに変えることも出来る。実は私達が思うほど強い相関は無いのではないかと思う。私達はポジティブなできごとが幸福、ネガティブなできごとは不幸と思いがちだだが、そんなことはない。足りないのはポジティブなものの見方があることを知ることと、ポジティブなものの見方をすることを日々意識していないだけではないか。例えば「お金がない」ことは、あながち不幸とは言い切れず、「より稼ぐためには?」「出費を減らすには?」「お金が無くてもできる楽しみは無いか?」等、前向きに生きる、ひいては幸福になるために考えるきっかけになる。P43に内向的な人が外向的な振る舞いをすると幸福感がアップするというのがあったが、ネガティブなできごとに対してポジティブな考えができないか考えるだけでも幸福感アンテナ感度がアップするように思う。これも幸福感アップトレーニングだが、これもいきなり出来るわけはなく、日記への「幸せイベント書くワーク」を続けることで出来るのだと思う。

おかげ様でしょ~おんさんに評価いただき、常連の一人として認められ、時々一次通過できるまでになった。毎月感想文を書くのは難しいと思うが、本書を読んで、P145にあるようなアドバイス等を参考にして、日々実践することは可能だと思う。すぐには感じられないと思うが、半年、一年も続ければ幸福へのアンテナ感度は高まり、自分の意識が変わり、周りに伝播して、人間関係が変化して幸せな人達に囲まれて生活できるようになるはず。

本かトークか忘れたが、私の好きなさだまさしさんの言葉で「不幸の中にも幸せの種が埋め込まれている」というのがあった。以前はこの言葉の意味が良く分からなかったが、過去のつらい経験を経て、今、その言葉は本当にその通りだったなと思う。本書を読んだ方の「幸せの種」が花開くことを願ってやまない。

投稿者    2l5pda7E    日時    2016年7月31日


「幸せ」について知っておきたい5つのことを読んで。

・今ここにいる事
今ここにいることを感じる事で幸福感が増す、これは禅に通じるものだと感じた。
実際に瞑想してみたところ、思考はあちこちに飛び回り、難しい事を感じた。
そこでたまたま書店で手に取った、瞑想の入門(山下良道著)によると今ここにいる事を感じるための瞑想法が書いてある。
体の微細な感覚を観て今を意識する瞑想法や、歩く瞑想法は呼吸に意識を注力する、今を感じる事が出来る簡単な瞑想法だ。
本書を読んで、日々の生活の中に取り入れる事が出来ている。

・幸福も不幸も長続きしない、「ネガティブ」な感情も役に立つ
これは知る事が出来て良かったと思う。知っているか知らないかで、考え方だけでなくそして行動が変わってくる。まさにスキルだと思った。
私はつい最近まで、とても苦しく辛い時期があった。
私が何を苦しく感じていたかと言うと、とにかく将来に対する不安が大きかったからだ。
なぜこんなに自身を律して生活しているのに、一向に良くなる兆しが見えないのか。本当に苦しくて悔しくてみじめで、無性に涙があふれ出て止まらなかった。
でも、失業したわけではない、帰る家がある、食事にありつける、お風呂に入れる、愛する家族と一緒にいる事ができる。
期待する気持ちが大きかったのだ。それを知るためにとてもつらかった時間は必要な時間だっと考えている。

・人生で最も後悔している事
「自分が幸せになるのを許せばよかった」という後悔は、心に響いた。
薄々気づいてはいたが、自分自身で幸せになるブレーキをかけているかもしれない。
今も人生において、引き寄せたくても出来ていないものは、きっとブレーキをかけている為だろう。

本書をご紹介いただきまして、誠にありがとうございました。

投稿者    6339861    日時    2016年7月31日


冒頭で日本の幸福度は世界で43位/196と書いてました。
なぜ?、経済的にもめぐまれ、平和なはずの日本なのに。

ここに幸せと豊かさの違いがあるようです。
これも物質的な豊かさと心で感じる幸せは別物だという根拠なのかなと感じました。

5つの項目のうち、私が一番興味をもったのは、「仕事」です。
自分の時間の中で、もっとも多くの時間を費やしているからです。
そして、40代も後半になってくると、次に興味深いのが「人間関係」です。
お金はおいときます。

結論から申しますと、10年後は自分のやりたい仕事で、
自分がおつきあいしたいと思える人に囲まれて(仕事も含めて)、
人生を送ることができたら、幸せだろうなと思いました。


変な話です。
私は、サラリーマンなのですが、
会社のみんなで飲んだ勢いで、風俗に行くことがあります。
これって、かなり仲良くなれるんです。
ちょっと、人に言いにくい秘密の経験を買って、それを仲間で共有することによる
効果なのかなと思いました。
普段は、そこに通うようなことはないのですが、たまにいくから楽しみでもあり、
それで人間関係が良好になるし、そういった職場のチームで仕事をするのだから、
業務も円滑に進みます。
ある意味理にかなった行動だったんだと思いました。


もちろん、本業でチームでプロジェクトを進行し、みんなで力を合わせて大きな仕事を達成する。
これは、大いに幸せです。
こういった経験は、その後でも飲み会等なにかにつけ、会話の種としていつまでも
共有できるし、そのメンバーとの強いつながりを作ってくれます。
会社員というのは、職種にもよるわけですが、そういった場が自然にできている
という意味で幸せなんだなとあらためて気づかされました。


本を読むと仕事のとらえ方と幸せの密接度について、あらためて理解させられます。
レンガ職人の話が出てきますが、自分の仕事を振り返ってみて、
目先のことにとらわれた仕事になっていないか振り返り、もっとマクロ目線で
どういう意義がるのか考えてみました。

自分の職種、”営業”ではやはりお客様に喜ばれたときにもっとも幸せを感じます。
お客様の課題を解決して、感謝いただいた場合などです。
これはつまり、お客様のお客様も喜ぶことになるはずで、さらにそれがどのように
波及していくか考えると、仕事をもっと大きな目線でとらえることができます。
私の場合は自治体に対する営業ですから、最終的には自治体住民の利益に
貢献することができると考えられます。


次に「ここにいること」の部分で目からウロコが落ちました。
つまり、目の前のことに集中することが幸せを感じる度合いを高める
ということにも気づくことができました。
テレビがあると、だらだらと視聴してしまい気が散るのでテレビをなくしてみました。
あとは、インターネットもなくしてみると面白いかもしれませんが、
情報がなくなるのも怖いので、ちょっとそこまではできないですが。。。


自分ももうすぐ50歳が見えてきたところ。。。
年をとってから幸せに生きる鍵は、
この本にもあるように人とのかかわりに他ならないと感じています。
そのためのコミュニティをいかにつくるかが、40代の宿題です。

そうなるためのヒントもやはり本に書かれているとおり、経験を買っていくのです。
しょうおん塾に入ったのもそのひとつだし、また新しく習い事を始めてみました。
そこで、また新しい人に出会うと間違いなく幸せを感じます。
こんな感じで、年をとっても楽しく語れる仲間を作りたいな~とつくづく思っています。


まだまだ、これから長い人生ですが、大切なことは、
この考え方を日々忘れないで実践することです。
机の上のホワイトボードに考え方を書いて見える化し、
毎日それを意識していきます。

投稿者    andoman    日時    2016年7月31日


「幸せ」について知っておきたい5つのことを読んで

本書を読み終え、真っ先に浮かんだのが、過去に受講したしょ~おんセミナーで聞いた、「"ありがとう"じゃない。"おめでとう"を言える人がいるという事が大切なんだ」というフレーズだ。

本書では「幸福は伝染する」という項目で「幸福」をシェアする事で、その周りの人達にも幸福が伝染する。
と述べられている。それはつまり、自分が幸福になって、それを共有するだけで、それを知った周りの人も幸せに出来てしまうという事だ。。。
しかも、それが人ガン関係が深い繋がりがあればある程、効果は高い。
あまり簡単には信じられないが、データとして、現実に取れており、分布図で記載されている。。。
こういったデータの信頼性は、過去のビッグデータに関する課題図書「データの見えざる手」で証明されているため、まず疑い様が無い。
となると、これはまさに「WIN×WIN」の状態だ。
しかも、幸福に限界というものは無いので、考え様によっては、常に周りと自分とで、「幸福が日々、連鎖的に続く可能性がある。」という事だ…。

ただ、その「幸福」も、どこからどこまでをシェアするの?という事が良く分からない場合がある。
例えば、自分がプリンを食べる事に幸福を感じていて、それを毎回シェアしても、周りの人からすれば「なんだ、またプリンか…。」となる場合もある。(確かに、幸福は主観だけれども…。)
しかし、それについてもヒントは出ていた。
「感謝日記」や「親切した事を日記に記載しておく」という所である。
幸福のシェアの基準が良く分かっていない場合には、これらの日記をつけて、この日記を数日後に読み返し、その時にシェアすべき内容であれば、シェアすればよい。

また、シェアする場についても、本文中で、インドのコルカタの少女場合は、周囲に親やご近所さんがいたが、昭和ならまだしも、現在の日本にはそういった場面はそうそうない。
また、目の前で、自身の「幸福」をその場で見ている人がいたとしても、他人の目を気にする日本人の場合、その時に祝福をくれるのは難しい。
あるのは、舞浜の夢の国くらいなものだ。
そうなってくると、バーチャルな世界。Facebook等のSNSが有効利用できる。
ただ、FacebookをはじめとしたSNSについても、冒頭の「"おめでとう"を言える人」は、そう多くはない。
例え、自分に起きた「幸福」を投稿しても、「いいね」か「超いいね」が付く程度だ。
自分の「幸福」を皮切に、他の人も競った様に「幸福」を投稿する事はしないと思う。
これでは、「幸福の連鎖」は続かない。。。

ところが、これらの要素を含んでいるコンテンツが身近にある。
Facebookの「しょ~おん塾生グループ」だ。
(ご存知の方が多いと思いますが、バージョンアップ編を終えた方(?)が入れるグループです)
このグループでは、「幸福の連鎖」に必要な条件が揃っている。
特に自身に起きた「幸福」については、多くの人が投稿をしている。
また、グループに入っている人は「幸福」について(良い意味で)貪欲な人達なので、誰かが「幸福」を投稿すると、次々に投稿がされる。
本書に記載されている「幸福」のシェアは、このグループで行う事が、最も適していると私は思う。
私も先日、自分に起きた「幸福」と「幸運」を投稿し、面識がある人はもちろんのこと、面識が無い方にまで、お祝いコメントをいただき、更にその後にも「幸福」な投稿があったりと、まさに「幸福」の連鎖が発生していた。

これまで、大きな「幸福」は無かったので、「しょ~おん塾生グループ」に投稿は、あまりしていなかったが、「感謝日記」や「親切した事日記」を付け、そこから「幸福」に感じた事をシェアして行きたい。

今回は本書のおかげで、身近にあるビッグコンテンツを改めて認識する事が出来ました。
今月も素晴らしい課題図書をありがとうございます。

投稿者    gizumo    日時    2016年7月31日


「幸せ」について知っておきたい5つのこと

 自分が今、「幸せ」か?と聞かれれば「もちろん!」と即答はできる。細かいところを詰められると当てはまらない部分も見つかるが、それは“探せば”でのことであり、また量的に”もっと”でのことである。
お陰様で、このセミナーの関係者とのコミュニティに参加でき学び過ごせることにも大変満足しており「幸せ」について考えることができるのも「幸せ」だと思っている。

 仕事・お金・逆境・人間関係についてセミナー形式で進んでいく内容は、正直苦手で分かりにくかった。どれも個々にはテーマとして取り扱われているものは手にしたことがあったがまとめて俯瞰できるのが本書の特徴であったかと考えられた。
 特に印象に残ったのは、日本人の「幸福度」が低いことである。豊かで、経済的にも他国と比べ不自由にないように見える現状でこの結果であり、まさに物質的なものやお金で「幸せ」が図られる(計られる)ことではないことの証明であろう。しかし、その現実は精神的・心理的な面での「幸せ」を見つけられない・関居られない日本人の問題点も浮き彫りにしているといえる。
 
 「幸せが伝染する」という、大切なことが本書から学べたため、つい「自分だけが幸せでも・・・」、「まず、周りから幸せになってもらわないと・・・」などと、やや“いい人(?!)”を演じようとしていた自分を反省し「幸せ」オーラをふりまきつつ、自分はますます充実した絶対的な幸せを邁進し周りをも巻き込んでいこうと確信した読後でありました。

投稿者    magurock    日時    2016年7月31日


そうか、お金が人を幸せにするのではないのか、と『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』を読んであらためて思った。ではなぜ、お金がないのは不幸、と思い込まされてきたのだろう?
「貧しさに負けた~♪」や、「みんな貧乏が悪いんや♪」のような歌のせいだろうか。貧乏と愛欲にまみれて落ちぶれていく純文学のせいだろうか。でも、これらの作品を作った人たちは、自分の好きな創作を生きる糧にし、悲惨な世相を切り取ることで共感を得られて、不幸を表現しながらも実は幸せだったのではないだろうか。

昔の純文学作家は、書いていないと壊れてしまう人ばかりだったようにみえる。「小説は作家の反吐だ」と言った人がいた。でも、書くという苦行を続けることで生を保っていられたのなら、書くということを仕事にできたこと自体、幸せなのではないだろうか。もしそれ以上を求めるとしたら、途端に不幸になってしまうのだろうけど。

幸せについて考えると、『青い鳥』を書いたモーリス・メーテルリンクや、『モモ』を書いたミヒャエル・エンデは天才だ、と今さらながら実感する。ちゃんと日常に幸せが転がっていることを知っているばかりでなく、魅力的な物語にのせて私たちに示してくれているのだから。よりよくなろうと求めることは悪いことではないが、足るを知るのも幸福の秘訣だということを覚えておかなくてはならない。

本書には、国連が発表した世界の国民幸福度で、日本は先進国の中で際立って順位が低かったことが書かれている。確かにいろいろ不自由なところはあるが、私は日本に生まれて本当によかったと感じている。世界が日本の幸福度が低いと感じても、日本にいる人すべてが不幸なわけではないし、その気になれば誰だって幸せになれる鍵を持っている。
不幸なのは、こうした国連のものさしで測った統計によって、「ああ、やっぱり日本人は不幸なのだ」と嘆き、幸せになることをあきらめることだ。

失ってみて、初めてそれがあったことが幸せだったと気づくことがある。それなら、失う前に気づいて幸せな気持ちを味わっていけばいい。それには、やはり「客観」が必要だ。コミュニケーション編セミナーを受講したことがあるなら、きっとできるはず!

投稿者    chaccha64    日時    2016年7月31日


『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』を読んで

幸せのレシピは「人との交わり」、「親切」、「ここにいること」。この材料を使って、お金、仕事、挫折や逆境、人間関係に当てはめて、使い方、調理方法を教えてくれます。
この本でもっともだと思った点は「幸、不幸は永遠のものではない」ということ。幸せも不幸せも永久に続くものではない。つまりは、幸せも不幸に変えられるし、不幸も幸せに変えることができる。それが調理方法なのですね。
不幸な経験、事故にあっても「時が傷を癒してくれる」とよく言われます。これも、幸せのレシピが関係しています。人との交わりで元気がもらえる。他人から親切(この場合は逆でしょうが)にしてもらって感謝でき、同じような境遇の人に対して共感し親切にすることができる。「ここにいること」、辛い状況を真剣に見つめることで、その中にも小さな幸せを見つけることができる(これは、自分には中々できませんが、できるようになりたいです)。
状態は変えられませんが、レシピと調理方法で考え方を変えることができます。感情を変えることができます。
努力してレシピをうまく使えるようになりたいです。

投稿者    kawa5emon    日時    2016年7月31日


書評「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室

幸せとは技術である。ん~そこまで言い切るか?
一読しただけでは、まだこの言葉の真意が理解できなかった。
しかし何度か読み返すうち、確かに記載の研究結果を理解し、
ロジックに基づいた一定の行動を継続していけば、
幸福度を現状よりも更に上げることが可能なことが、
じわりじわりと実感できてきた。

フト思えば、これらの技術と思考回路はしょーおんセミナーで学んだ、
「智の道」を始めとする諸情報と同じである。
つまり若干のアプローチの違いはあれ、「智の道」の日々での実践が、
まだまだ甘いことを最終的には思い知らされたのだった。
日々の実践項目が出来ていても、背景理解があるのと無いのとでは、
その「効き」が違う!との声が、どこからか聞こえてきた。

それにしても最近の他類似書同様、最新の「幸せの科学」は、
こんな段階にまで来ていることに驚きを隠せない。
科学ということは、ある目標に対して、
ある一定の決められた行動を繰り返した場合、
かなりの確率でその目標に到達できるということだ。

何ということだ。あとそこに必要なのは、
その目標に到達するための「技術」である。
そしてその具体的「行動技術」が本書にある。

幸せとは幸運の一形態などと認識していた自分は、
まだまだ幸せの定義が理解できていなかったことも認識できた。

幸せは意図的に手に入るのだ。作為的にそうできる。
天から降ってくるのを待つのでもなければ、
誰かがそうしてくれるのを待っていても「幸せ」は来ない。
何故か?

それは本書を読めば結論が出ている。
自分で作っていく(引き寄せる)ものだからである。


多言語に於いて「幸運」と「幸福」が同じ単語との驚きは、
「夢」という別の単語をも思い起こさせたが、
しょーおん塾で習った、幸福とは「幸」が先で「福」が後、
をも思い起こさせた。その時も衝撃だったが、日本語を知るものとして、
既にこの順番を知っていることはすでに幸せである。


本書を通して、幸せを構成する各種要素の再定義がなされ、
お金、仕事、挫折・逆境への対処、人間関係、広義での
健康をも含んだ全ての章が具体的で実践的であったが、
それのどれもに於いて、自分は
「自分とそれ以外の他者(環境なども含む)との関係」
をやはり意識した。

しょーおんセミナーでもアドラー心理学著書でも学んだ、
「自分の外で起こった事は変えられないが、
それに対する自分の捉え方は自分なりに如何様にも変えられる」
という点である。
「幸せ」への技術のひとつとして、これは非常に重要だと考える。

 5章全てに於いて、この自分で変えられる点を
現状よりも良い方向に変えることがこそが、すぐにでも実践出来る、
幸せになる技術であると捉えた。


 もう一つの大きな学びは、人間関係に関してである。
幸は幸を呼ぶ。幸せの絆の上昇スパイラル。
私もその輪の中にもっと入りたい。いや、本書後はその輪を自ら起こしたい。

 自身は受講資格がないしょーおんセミナーの中で唯一、
人間関係編ととも言うべきコミュニケーション編を受講できておらず、
特に課題図書で人間関係の項目が出てくると、毎回、
苦虫を噛み潰したような気持ちになる。これも修行なのかとも。

 そのような状況下、刺さるような表現は何か?に戸惑うのだが、
本書では他者に対する態度、姿勢、行動が、もうひとつの重要な点と認識した。

 新しい出会いを求め、よりより関係を目指し、親切と感謝を忘れず、
積極的に他者へ投資(与える喜び)し、優しさと思いやりを持って、
進んで自らが先にサポートすること、これら全てがより良い人間関係構築と、
幸せの絆の上昇スパイラルの始まりであることは、間違いないし、
これからの日々の人間関係構築にとても大きなヒントをくれた。


 最後に、諸行無常(受け入れること)について。
日本人に生まれて本当に幸せである。これこそがネガティブ事象から
逃げず避けず、一旦受け止めるという「心の技術」である。
世界で日本人が役に立てる場面を垣間見た気がする。

 もし自身がアメリカ育ちだったら、この概念が、
今の自身にあったかは非常に疑わしい。まず不可能だろう。
「まぁ、人生そんなこともあるがな。たいした事ない。
過ぎ去った過去のことやなくて、前を向いて今を精一杯生きましょ。」

 しかしそんな、達観な掛け声一つに重みを持たせるには、
自身こそが日々の目の前の諸問題、そしてこれからのあらゆる問題から
逃げてはいけないと改めて自戒し、まず受け入れようと思い直した次第です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

投稿者    BruceLee    日時    2016年7月31日


本書の読了後、心に染み込んできたフレーズがある。

・「幸」「不幸」は永遠のものではない
・「どんなにつらい出来事がおきたとしても、それがあなたを永遠に苦しめることはない」

確かに自分自身を振り返ってみても、過去の幸不幸が今現在の自分の心を占領してはいない。
その時々で嬉しい/辛い経験はあったが、嬉しい経験は次第に色褪せ、辛い経験はいつの間
にか和らいで行った。つまり時間がそれらを「過去」にしてくれたのだ。そして、その辛い
経験の中には「あの経験があったから今の自分がある」と言えるものもある。そう振り返って
思うのだ。幸せになるには「時間と上手く付き合う事」にヒントがあるのではないか?
それも幸せの技術なのではないか?

本書にも配偶者の死、半身不随となったアスリート、結婚、そして宝くじ当選等、様々な
幸不幸の実例が出てくるが、実際の統計データを基に本書は言う。それらはある一定の時間
と共に「元に戻る」と。人は感情を持つ生き物だから、目の前の事象を刹那的に判断してしま
いがちだが、幸不幸はその時点ではジャッジ出来ない事があるのも本書の実例から明らかだ。
であればどんな事が起きようと、またこれからどんな決断をしようと、その時の自分がベスト
だと思うなら、自信と勇気を持って行動すれば良いのだ、と本書は教えてくれている気がする。
何故ならたとえ望ましくない結果に終わろうと、行動したという事実と自信が残るからだ。
そして仮にどんなに傷付いても人は元に戻るのだ。実はコレ、長く生きている人間程、頷ける
のではなかろうか。若い人間にそれを実践しろといっても経験が限られてる分、なかなか
難しいだろう。ここであるエピソードを紹介したい。

20代の男子、「K」から恋愛相談のメールを貰ったのは一昨年の暮れだった。「K」とはある
セミナーで知り合い、セミナー仲間と何度か飲んだり、メールでの交流はあったが、特別
親しい間柄でもなかった。よって私は正直「何故自分に?」と不思議に思った。が、この
近過ぎず、遠過ぎずの距離感が、「K」がざっくばらんに恋愛相談をするには丁度良いのかも
しれない。こちらは40代半ばのオッサン、既婚者で子持ち、そして何よりこれまでの人生で
ソコソコの恋愛経験と、間違いなくそれ以上の失恋経験もある。そんな自分が役立つのなら、
と私は考えたのだ。

とは言え、真剣に恋愛相談に乗るには、まず客観的に状況を把握する必要がある。私は相手
の女性を知らないので、「K」からの情報は一面的になる可能性が高い。案の定、最初「K」
の話は事実と気持ちと空想とエトセトラが入り混じり、何が実態か良く分からなかった。
まぁ、ナイーブになっている恋する乙女、じゃなくて恋する男子には良くある事だ。
それらを都度、メールで確認しながら私は事実把握を進めた。そんなメールでの会話数回。
その結果見えてきた実態は以下である。

・「K」はある企業に勤めているが、同僚の女性に好意を持った。その女性は、他の仲間と
  一緒に、時には二人で食事をする仲である。
・以前その女性から「今は恋愛しなくても良い」との発言があった。彼女は理系大学の出身
 で男友達が多いため、彼氏が出来る事で束縛され、自由に遊べなくなるのが嫌らしい。
(男友達の中に好きな人がいる訳ではなく、ただ単純にいろんな人と遊びたいとの事)。
・彼女には以前の彼氏に束縛され、浮気されたトラウマがあるらしい。

「K」のメールは「どう打破していくべきか・・・」で終わっていた。ここまでの情報で、
私は「K」と彼女の距離が近いと感じていたので、あまり難しく考えるケースではなかろう
と感じていた。だとすれば、肝心なのは彼女が「K」の気持ちに気付いているか否かだ。
それを尋ねると「K 」の回答は「うぐ…感づいています!とは、断言できないです(原文ママ)」
という頼りないものだった。「K」の見立ては「あくまで友達または仕事関係の見方をされ
ているだろう」と。「K」自身が周囲の誰とでも仲良くする方で、その女性にも誰それと
飲みに行ったとオープンに話をしてるらしい。なるほど。。。私は頭の中で整理した後、
次のメッセージを送った。「K」にエールを送りつつ。

「●一番はっきりするのは「K」が告白、というか「好意持っており、出来れば付き
  合いたい」と想いを伝え、その反応を見る事。
 ●彼女は「今は恋愛しなくても良い」と言ってるとの事だが、恋愛なんて「しようと
  思ってする」ものでも「しないと思ってしない」ものでもない。好きという気持ち
  に気付いたら恋愛のスタートで、本来はアウトオブコントロールな筈。過去に恋愛
  経験あるなら尚更。そう言ってる背景として考えられるのは、以下2つのケース。
  1)周囲に好きな人が全くいない(ここには「K」も含まれる) => この場合可能性なし
  2)Kに対し他の人とは付き合ってない、と暗に仄めかしている => この場合可能性は大あり」

とは言え、実際彼女はまだ「K」を意識してないのだろう、と私は思っていた。ならば話は簡単。
「K」が気持ちを伝え、相手に「意識させてしまう」行動を起こせば良いのだ。鳴かぬなら
鳴かせてみようホトトギス。そう「幸せは行動できまる」のだ。その結果、彼女に恋愛感情
が生じるかも知れないし、撃沈となるかも知れない。また意識させてしまう事でこれまでの
友達関係の維持が難しくなる場合もあろう。が、相談を受けた者の責任として私は私なりの
回答を誠意を持って伝えるべきだと感じていた。そこにあるのは表面的な労わりではない。
大事なのは長期的に見て「後悔しない事」なのだ。それが「K」より約20年長く生きている
私が進言すべき事のような気がした。その旨を送ったところ「K」から以下のレスが来た。

K:「アウトオブコントロールな感情、おっしゃる通りかと思います。ただ、少しナイーブ
   になっておりました。恋愛感情を生じさせようと動く誘導型手段もあるそのように
   動いてきたのですが、もう少しストレートにしたほうが良かったのかもしれないなぁ
   と…ちょっと反省しております。。(社内関係もあったので、葛藤を感じながら動い
   ていました)。なんか、少しずつ展開が変わってきました…よくわからなくなって
   きました…やっぱり24日のほうが良かったんですかね??今メッセージきたのです
   が、24日は予定あると言われました。疑いすぎかもしれませんが、本命ではない
   けど、一応、手中には入れておこうという感じなんですかね??(原文ママ)」

24日というのはクリスマス・イブの事である。「K」は世のカップルが浮き立つクリスマス
期間のアポを取る行動に出たが、12/23と12/25は会える事になったが、12/24は別件で断られ
たと。要するに肝心な日を除いた両日はアポが取れたが、肝心な日はお預け、って。
う~む。。。なかなか手強い彼女らしい。私は彼女を知らないので判断に困った。
天然なのか?計算なのか?何にせよ「K」にすれば、これ程ビミョーで悩ましい状況は無かろう。
が、そこを詮索しても始まらない。私は特にコメントせず成り行きに任せる事にした。そして
クリスマス期間が過ぎた後、「K」からメッセージが入った。

K:「夜分遅くにすみません。次の恋に行こうかなぁと思います!23日に好意あることは伝え
   ましたが、今日会ったら何かすごくよそよそしくなったと感じまして…詳細は次聞き
   ますが、多分、彼氏ができたんでしょうね。ご報告でした(原文ママ)」

ん?いきなりの急展開。何が起こったのか?私は肝心の「想いを伝えた時の彼女の反応」
を尋ねた。「K」曰く相手の反応は「わたしより良い人はいっぱいいますよ」というもの
だったらしい。私はその回答の雰囲気から、まだ希望はあるような気がした。そして何より
「K」が行動した事を称えた。私からすれば「K」はやるべき事はやったのだ。ならばこの後は、
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。時間に全てを任せるのだ。その年はそのまま暮れ、
そして年明けの1/3、「K」からメッセージが来た。

K:「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。さて、例のご相談
   してた彼女の件、付き合うことになりました(道のりが長かったです)(原文ママ)。 」

ホトトギス鳴く(笑)。年末年始に何があったか私は知らない。が、結果オーライとしたい。
年末の時点で諦めないで良かったではないか。男にとって、女心程不確かで不可解なものは
ないのだ。本書を読んでいるうちに、このエピソードを思い出したのは、本書に書かれている
要素の幾つかを実践していた事に気付いたからだ。「人生で一番後悔していること」として
「勇気を出して自分の気持ちを伝えればよかった」とあるが「K」は実行に移したのだ。
「幸せは行動できまる」のだ。そして私自身は「幸せに不可欠なのは人をサポートすること」
を体感出来た気もするのだ。そして時間は更に熟成され。。。

先日「K」が彼女と入籍した事を知った。人生における最高に幸せな一時。幸せとはこんな
ものではなかろうか?心から祝福を送りたい。おめでとう、ケ○トくん!

以上

注)本内容には「K」の個人情報が含まれますが、本人の許諾を得て掲載しております。

投稿者    Devichgng    日時    2016年7月31日


どうしたら「幸せ」になれるか?という問いに対し、どんな些細な出来事でも本書に記載された「幸せ」のレシビに従った行動をとることで、人は幸せになれると説いています。
もっと言うと、「考え方」や「心の持ちよう」という主観ではなく、行動という原理に幸せの源泉があるということです。

ここから、本書で確立された手順を実践すれば、万人に共通な幸せを得ることができるとわかりました。
決められた手順を実行することは、すなわち技術であり、技です。
技であるからには、正しくやり方を理解し、正しく訓練していけば誰でも再現可能であるということが言えます。

ただ、技と言えば、その技の数とその切れ味に左右されます。

技の数はあればあるほど良いのですが、限られた時間の中では1つの技の切れ味を高めることも大切です。
今の自分にとって必要なのは、技のクオリティを高め、その質を横展開していくことです。ゆえに、個別の解決策に共通する要素を抽出し、それを使いこなすことに集中して行動することを考えました。

仕事、おカネ、家族、挫折、人間関係について、様々な具体的な解決方法が記載されていましたが、その共通項から、メタレベルでの目線で物事を見ること、時間軸を長くとって考えること、その2点に焦点をあてた行動をとることを決めました。

一方で、そもそもなぜ「幸せ」になりたいのかを明確にしておく必要があるとも思いました。
本書によると、「幸せ」だとただ気分が良いだけでなく、健康面では寿命が伸びたり、仕事面での生産性にも寄与します。さらに、しょ~おん先生によると、幸せになると富とかおカネがついてくるようです。

そして、くり返しになりますが、そんな幸せになるために必要なのは技術であり、その行動ですから、自身がやるかやらないかだけです。
より多くの人を幸せにし、また自分も幸せになるために、絞った技の切れ味を高めつつ少し長めの時間軸をで進んでいきます。

投稿者    vastos2000    日時    2016年7月31日


「お金さえあれば幸せになれる」そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

そんな考えのもと、メルマガ『サラリーマンで年収1000万円を目指せ』を購読するようになったわけですが、毎日読んでいくうちに、「ある程度のお金は必要だし、お金(を稼ぐこと)に対して否定的な考えをもってはいかんけど、お金だけじゃ幸せになれんな。」と考えるようになりました。
実際、学生時代は今よりもお金がなかったけど、結構幸せを感じていた気がしますし、最もお金を稼いでいた時は、その時取り扱っていた商品の必要性に疑問を感じていた時期で、あまり幸せではなかったように記憶しています。

お金は一つの目安や基準のようなものでしかないので、今は、お金を稼ぐことは最終目標ではなく、「人の役に立った結果としてお金を稼いでいる状態になる」ことを目標としなければならないと考えています。

この本の第6章に『幸せを追い求めた結果、成功につながる、ということはありえます。人を助けよう、クリエイティブでいよう、思いやりを持とう、幸せになろうと努めることは、決して成功の妨げになりません。結果的には大きな経済的成功を収められるかもしれません。』と書いてありますが、この文章に書かれている心掛けを定期的に思い出すようにしたいので、今年度のスケジュール帳の年間カレンダーのページにメモしておきました。


あとは、具体的にどう行動するかという問題ですが、この本にヒントが書かれていたように思います。

一つには、人間は社会的動物ですので、人とのつながりを大事にしなければなりません。
この本では「人との交わり」と「親切」となっていますが、これはセットではないかと思いました。

やみくもに知り合いを増やしても仕方がないので、縁ある人との関係性のメンテナンスを大事にします。家族を大事にするのは当たり前ですが、友人との関係も大事にしたいと思いました。
高校時代の部活仲間とは毎年お盆休みに集まって飲んでいますが、ここ数年は進んで幹事を引き受け、日程調整しています(実は幹事をやると自分が出席できる日に設定できる可能性が高いという役得がある)。実益的にも、自分は文系だったので、理系の友人の仕事の話は刺激を受けます。他のメルマガで読んだように記憶していますが、「幸運は人が運んでくる。だから人と会うことや多様性を大事にしなければならない」と。

また、サラリーマンとして仕事については、ジョブ・クラフティングという概念をこの本で知ったので、もっと深堀りしようと思います。


そしてもう一つは、正しい目標設定。
最終的に自分が幸福になることで、その幸福が周りの人たちにも波及していくとのことなので、(他人の不幸を前提としない)自分の幸福を目指します。自分の“良い”思いが、周囲に影響を届くように。
そのために、まずは正しい目標設定ができる考え方とスキルを身に着けたいと思います。おそらくこれはやり方や知識の問題だと思うので、良書リストに挙げられている書籍を読んでいけば身につくものと考えています。
(良書リストと言えば、本日、古本屋に立ち寄ったら、ラッキーにも絶版となっていた『合気道修行』と『霊人の証明』をほぼ定価で入手できました。)


上記の二つを日常に落とし込んでいくことにしましたが、達成度がはかりやすいものとして、今年度中残り8か月の間に、良書リストの「怪しい系」と「自己成長」の未読37冊をすべて読もうと決めました。


※この本では幸福のレシピの3つ目に「ここにいること(present)」が挙げられていましたが、『注意力散漫の原因となるテクノロジーを制限するのは、健康と幸福にいい』と書かれており、これは今でも実践できているので今のままで良いと判断しました。

投稿者    ken2    日時    2016年7月31日


『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』を読んで

しょうおんさんのセミナーの内容、とくにコミュニケーション編を聞いているような気がした。

幸せのレシピとは、人との交流、親切にすること、いまここにあることが条件だと。

いまここにあること、というのは一瞬一瞬を味わいつくすということ。
やはり、幸せを感じる瞬間というのは、パートナーの笑顔、兄弟家族の笑顔だ。
まず、身近なところから、そして今後も人間関係は大事にしていきたい。

また、行動という点で、家の玄関そうじを毎日する、ということを始めてそろそろ3年になる。
幸せも行動、ということであれば、幸せな習慣が快適さを運んできてくれることであろう。

エアコンが一定の快適さを保ってくれるように行動を通じて幸せを実感しつづけていきたい。

ただ、快適すぎると、なまけてしまうかもしれないので自分なりのクエストを設定し、達成感を味わうのと、
好きなものは少し控えめにし、とっておきのご褒美にする、という考えも取り入れていこうと思う。

そして、本書で一番ズキン、ときた部分は、予後短い方へのインタビューで「自分の人生で一番後悔していること、自分が幸せになるのを許せばよかった」という部分だ。
自分で自分を縛って制限しているのだ。日本人はそういうメンタルブロックを知らず知らずかけてしまっている人が実は多いのかもしれない。

自分がした親切を数えることもいいかもしれない。自分は発信が足りない。幸せの伝播、ペイフォワードすることを心がけようと思った次第です。

今月もありがとうございました!

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投稿者    diego    日時    2016年7月31日


溶け合う私たち

本書を始めに読み、幸せな気持ちになりました。描かれている幸せなエピソードに共感し、まるで自分がそれらを体験したかのような気持ちになったためです。
それでは、感想を書きましょうと始めたところ、何だかちっともうまく書けないのです。人生満足度のスケールも、最初に行った時と読後とも変わりません。21ポイント。
どうやら、自分が感じている幸せは、「満足度」で表されている質問項目ではカバーされていない気がしたのです。幸せがポジティブな感情と定義されていることも、納得できませんでした。

仕方がないので再読。考えれば考えるほど、なんだか不幸な気持ちになってきました。わからない…。
そこで、英語で満足度チェックを行いました。一気にポイントが5ポイント向上。
これは言語体系による違い?ハッピーと幸せは違うの?
日本語の幸せは、仕合せ、つまりタイミングがあって運がよいという意味合いもあるようです。
この、深いところで私を支える幸せとは、一体何なんだろう?

さらにもう一読。私の中の幸せと、この本書に書かれている幸せの違いは何なんだろう?
私の、「幸せ」の定義自体が間違っていて、本書が正しい?

この間、思い悩んで、逆に不幸だったかもしれません。不快感があり、釈然としない。
そこで自分に立ち返って、幸せな状態と状況について、考えてみました。

例えば、楽器を演奏しているとき。練習の継続は時に難しく、基礎練習もあり地道ですが、音楽と、リズムとハーモニーに溶け合う瞬間があります。
この瞬間は忘我です。演奏後にしみじみと湧き起こる、生きている感じ。これが私にとっての幸せ。
仕事では…毎週必ず締め切りがあり、時間に追われます。それをいかに心地よく気分よく充実して過ごすことができるか、これが毎週のチャレンジです。
仕事中に、アイディアが起こり、仕事のシステムを少し変える。アイディアを実行し、それが形となってうまく流れる。この時も忘我です。
うまくいき締め切りが終わった後、訪れる幸せ。そしてまた、新たにチャレンジしようという意欲。

ここでハタと気づきました。私が幸せと思っている瞬間は、みんなとの流れの中で溶け合う瞬間なのです。
「今ここにいて」「全体と交わり」「自分を忘れる(全体を思いやる)」という、本書の「幸せのレシピ」にとても近い。
でも、その瞬間は忘我だから、気持ちを感じることもないのです。我に返ってから、「あぁ幸せだ…」と思うのです。

本書に書かれている「人に親切にする」ことを、やってみました。
何かしてもらった時に、いつもお礼は言うのですが、今回は、心からお礼を返しました。その瞬間、相手の少し深いところに触れ、何かが溶け合う感覚が起こりました。
「人と交わる」をやってみました。友人と最近の出来事について、そして幸せについて、話をしました。
ここでも、意見が違うことがあるとしても、相手の深いところと交わり、心や魂に触れて溶け合うような感覚が起こりました。

ここで、更に本書を再読してみました。今度は、本の内容と溶け合ってみよう、本当に何が書かれているかを、自分という存在を忘れて読み返してみようと思ったのです。
そこでわかったことは、「幸せ」について、ここまで裏打ちされた情報があり、これはただの意見ではなく、もっと大きな存在で、これから生きていく上での一つの指針である、ということです。
今ここにいることとは、意識のお喋りを止めることでもある。普段の訓練(具体的には呼吸法など、しょ~おん氏のセミナーで紹介されている訓練)を行うと、その間は専念して、忘我の時間が生まれます。
それが一日に数分間あるだけで、一日が全く変わっていきます。
もし「あれをやらなくてはいけない」と思い始めたら、その場でやれば、きっと思い煩うことがないのです。それができないなら、時間を決めておいて、それをその時に行うようにすればよくて、それが積み重なれば、「自分は後でちゃんとやる」ことがわかるので、何も思い煩う必要などなくなっていきます。

もっと今と溶け合うこと、今ここにいて、人や社会、大きな存在ときちんと結びついていれば、目の前のことに集中することができれば、それが幸せなんだ。
これが基調になることは、本書に書かれている通り、気力も体力も普段から高い状態に保たれるし、幸せに対する感度も上がってきて、困難でつらい時でも、幸せをきちんととらえることができる。

4回目に本書を読んで一番心に刺さったのは、
つらいことがあって痛みがあるとき、その不快感は毒のようなもので、解毒をするものだが、
トレーニングにより、心を鍛えることができて、不快感に対する強さ、適応能力が向上し、もっと大きな困難にも対応できるようになる、ということ。
起こるかもしれない大きな困難に対して、きちんと準備する方法があるのかと、目を見張りました。
セミナーネタバレにもなるのであまり詳しくは書けませんが、
大変なことがチャレンジとしてやって来る、それは自分が作り出したものだから、そこでしっかりやるかどうかだ、というしょ~おん氏のメッセージに対して
自分なりに応えられるようにやってみようと思いました。

本書を読むまでは、今の自分は生きているだけでも幸せだし、いいか、ぐらいに思っていたのですが、
この幸せの流れの中でだったら、夢を見ることができると、どこかが感じたのでしょう、
自然に自分が夢に想うこと、目標にしたいことが少しずつ見えてきました。

基本的に幸せって大事ですね。
自分の為だけでなく、人の為にも生きることが、その中に含まれているということが、幸せの価値を更に高めてくれているように感じられます。
誠にありがとうございました。

投稿者    ken2    日時    2016年7月31日


『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』を読んで

しょうおんさんのセミナーの内容、とくにコミュニケーション編を聞いているような気がした。

幸せのレシピとは、人との交流、親切にすること、いまここにあることが条件だと。

いまここにあること、というのは一瞬一瞬を味わいつくすということ。
やはり、幸せを感じる瞬間というのは、パートナーの笑顔、兄弟家族の笑顔だ。
まず、身近なところから、そして今後も人間関係は大事にしていきたい。

また、行動という点で、家の玄関そうじを毎日する、ということを始めてそろそろ3年になる。
幸せも行動、ということであれば、幸せな習慣が快適さを運んできてくれることであろう。

エアコンが一定の快適さを保ってくれるように行動を通じて幸せを実感しつづけていきたい。

ただ、快適すぎると、なまけてしまうかもしれないので自分なりのクエストを設定し、達成感を味わうのと、
好きなものは少し控えめにし、とっておきのご褒美にする、という考えも取り入れていこうと思う。

そして、本書で一番ズキン、ときた部分は、予後短い方へのインタビューで「自分の人生で一番後悔していること、自分が幸せになるのを許せばよかった」という部分だ。
自分で自分を縛って制限しているのだ。日本人はそういうメンタルブロックを知らず知らずかけてしまっている人が実は多いのかもしれない。

自分がした親切を数えることもいいかもしれない。自分は発信が足りない。幸せの伝播、ペイフォワードすることを心がけようと思った次第です。

今月もありがとうございました!

投稿者    jawakuma    日時    2016年7月31日


「幸せ」について知っておきたい5つのこと

人はどうしたら「幸せ」になれるのか?誰もが気になるこの問いに対し、幸福にはレシピがあると明確な解を指し示すことができるとは…幸福学、やるな!

幸福のレシピ ①人との交わり、②親切、③ここにいること
これは何だか小学生でも教わるような、挨拶をしましょう、人には親切にしましょう、学校にスマホを持って来ちゃだめですよ!みたいな話ですが、それが実は「幸せ」に直結していたとは!文科省や教育委員会も捨てたもんじゃありませんね。子供の頃の記憶が幸せに包まれているのはそのためでしょうか?まあ美化しているだけの可能性が高いですが。しかしそこから、時は流れ、ピュアなまま、夢見る少女じゃいられない私たちは、世間の波にもまれるうちに、お金大好き、仕事めんどくさい、スマホでゲーム三昧な日々に毒されてしまうわけですね。そう考えると地域とのかかわり、町会、子供会、PTAなどに積極参加し、
一日一善の継続を重ね(これは五善のほうがよいんですね)メールチェックは時間を決めて行うことが幸せへの直行切符になるわけだと解りました。

ジョブクラフティング、人生の後悔5つも活かしていきたいです。

今月も良書をありがとうございました!

投稿者    wapooh    日時    2016年8月1日


201607【「幸せ」について】知っておきたい5つのこと】を読んで

本書の帯には、こう書いてある。 …「習慣」を変えるだけで人生は9割変わる『幸せとは技術である。』と。
幸せ!と聞いて飛びついた今月の課題図書ではあるが、読み終えて、心が思考停止状態に陥った。絞り出したくても感情も言葉も何も出てこない。
「これでは、感想文が書けない!」とても焦ったのであるが、その後何度も頁をめくって読み返しても、胸が心が石のように固まって動けない。

『そっかぁ。○○は、幸せに暮らしているものと思ったのに…。』
20年ぶりに合う同級生が、私が自分の近況を話し終えると一言そう言った。私は「でもね、毎日幸せを感じているから、不幸とは思ってないねん」と返事をしながら、内心『ではなぜ時に自分を空しく感じるのか?』『夜中にふと感情がこみ上げて『死ね!』という幼稚園児のような言葉が頭に響き続けるのだ?』と自問していた。しょうおん熟生になって、沢山の出会いがあり素敵な仲間に会えて、毎日は豊かに思えるし、胸が震える出来事があったり、仲間の存在に励まされてポジティブな感情が湧き出ることも多くなったと感じているのに、一体なぜなのだろう。。

「幸せのレシピには3つの材料が必要です。①小麦粉②砂糖③卵」と同様に、「幸福のレシピも3つが必要①social(人との関わり)②kind(親切)③present(ここにいること)」とあるので3要件について、レーダーチャートを空で書きながら、振り返ってみる。とっかかり易かったのは②と①だった。
『楽しいから笑うんじゃない。笑うから楽しいんだ』という言葉のように、『幸せだから行動するんじゃない。行動するから幸せなんだ=スキル』 。ひとまず行動を起こしてみるということ=②は、塾生の智の道を意識すれば(周りの素敵な人の行動を真似て、自分なりに心を込めて行動してみれば)、些細なことかもしれないけれど、誰かと一緒に笑える幸せを味わうことができると思うし、実際にそんな機会も増えてきた。他者が登場するので①への意識も少しは上がるということだと思えるのだが、どうだろう。
では、③は? 足りない時の対処法は?
本当に「ここにいる」ことができているだろうか?本書のように、体は今ここにいるのに、頭が関係のない何かを想像したり、感情発言のクセによって過去や将来の恐れや不安などで頭の中がネガティブな感情の世界に引っ張られてはいないだろうか? ⇒ 解決策一つとしては、やはり、呼吸法?マントラ唱えるのも良いのでは?もしまた、心の中の園児が『死ね』と暴言を吐いたら、「その暴言の対象となるもやもやは今ここで起きていることなの?」と自分に突っ込みを入れることも、必要だと思われる。

3要件のバランスをよくしたうえで、自分は何を「経験」していきたいだろうか?「モノより経験」と言えば、2月,4月の課題図書を思い出す。世の中のビジネスはいま、モノの消費ではなく、ストーリーの消費によって顧客満足度が高められていると。自分自身も該当するのだが、では、経験を買うことと物を買うことの違いとは何だろうか。経験とは思い出であり、将来のその人の血肉になり、今ここに通じる断続しない関係のことなのではないか?行って見てきただけで終わるのではなくて、後で誰かと共有して楽しんだり、その時の行動が次の行動の引き出しとなったりヒントになったり反面教師になったりするもの。有機的につながっているもの。
できればそれが、ヒトと共有できるものであるほど満足感が高まるだろう。
その時の幸福感の達成のヒントも本書には書いてあるのだが、それを読んで、しょうおんさんの基本編を受講したときのノートの締めのメモを思い出した。
必要なこと。優しくソフトに一度だけ『有難う』を言う、連発すのは『おめでとう』。

私が毎日常日頃を一緒に過ごしている、今ここの身の回りにいる人々の中に、共に『おめでとう』を言って喜べる相手=本文通りに言えば、「良いことがあったら最高に喜んで、その人を嬉しがらせられる相手」がどれだけいる(日々感じている人)だろうか? または、そのような認識で周りの人と接しているだろうか?自分に対してもどうだろうか?
苦しいことを乗り越える先に、互いに笑顔になれる存在がいるだろうか?それを楽しみにそれを信じて頑張っているだろうか?

これを意識して毎日の目標や行動をとったり、日々の自分の行動を見直せば幸せのスキルのためのPDCAが回せると思う。
具体策が出てこないで終わってしまうけれど、頭の中にリストはできたので明日から始めていこうと思います。

感想文を書くことで石のように固まっている心にも少しずつ揺さぶりをかけられて柔らかくなってきたと思います。苦しい一冊ほど何度も読んで消化すべきだと思うので、何度でも読み返し、心を柔軟に視野を広めたいと思います。今月もこの機会を有難うございました。

投稿者    dukka23    日時    2016年8月1日


「幸せ」というのは、そう感じるコツ(レシピ)があり、
特に幸せを感じることや、
幸せになるための考え方というものあるとのこと。

これは個人的な経験からも、非常にうなずけるのですが、
このことは一方で、何かふわふわした、壊れやすい、
綿菓子のようなものを作ることに似ているな、と思いました。
壊れやすいというのは、

この意味は二つ。
一つは自分自身で紡いでいくスキル・我慢が必要だということ。
もう一つは、周りからの妨害ですぐに壊れてしまうということ。

一つ目は、この本に書いてある通りのレシピを実践する難しさということ。
「他人との結びつきを強めよう」
「親切にして、感謝しよう」
「目の前のことに集中しよう」
と思っていても、
多くのことが流れていく日常生活では、
なかなかパーフェクトにこなせないと思います。

ただ、幸せに対する正しい価値観をすでに持っている人
(もしくは、既成概念から正しい概念へすでに変わっている人)は
運命が変わる3年後に向けて、毎日コツコツと紡いでいくだけなので、
もしかしたらそれほど苦にはならないかもしれません。

他方で、この価値観や概念が変わっていない人、
もしくは変わる途中の過渡期の人にとっては、
二つ目の意味は重要だと思います。


綿菓子のようにふわふわでコツコツ紡いでいくことが不安で
変化があるのかどうか?、良い方向に向かっているのかどうかについて実感がなく
周りからの妨害によって、放棄してしまう可能性があるということです。

周りからの妨害とは、例えば、

「やっぱり人生はお金だよ。年収いくらあんの君は?」
「人に親切にしたって無駄だよ。リターンがあってもそれには時間がかかりすぎる」
「経験を買うのは良いけど、結局おまえの持ち物はしょぼいじゃん。やっぱモノでしょ。」

など、この本の定義によれば、
おおよそ幸せになりにくい人たちから横槍のことです。
この横槍も、いったん幸せになることを経験した人にとってはなんてことない、
気にもかけない、取るに足らないことなのです。
しかし、まだ幸せになる経験をする前の人にとっては、
気持ちをぐらつかせる大きな要因となると思います。


この二つが大きな阻害要因となって
本当に幸せを感じるところまで行きつく人が少ないのではないかと思いました。


この本を読んで、幸福学という学問は、
どんな人が幸せになっているか?
をどんどんと解明し、衝撃的でした。

次の幸福学は
昔幸せを感じずに、今幸せを感じている人は、
どうやって自分の思考や価値観を変えてこられたか?
上に挙げた阻害要因にどうやって打ち勝ってきたか?
を解明できると、さらに汎用的なメカニズムが解明されるような気がします。